東方系色伝   作:偏頭痛

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5話――偵察

 翌日、いつものように朝を迎えた。昨日の疲れもちゃんと取れ、今日も張り切って頑張る為に気合を入れる。水江とお姉様は既に見回りで里の外に出ている。予定通り、私は千里との練習に励む事にする。こうやって千里と接するのは初めてであり、水江とはまた違った緊張感が生まれる。それは千里の高密度の霊力に起因している。普段――特に食事中――は意図的に力を抑えているみたいだけど、いざ目の当たりにすると息苦しさすら感じてしまう程。流石は水江が認めた巫女である。

 

 

 「それで、桃姉さんはどの辺りまで出来ているのですか?」

 

 「ん、形は出来てるよ。ちょっと触ってみて」

 

 「……崩れてしまいますね。でも、たった数日でここまで出来るなんて凄いです」

 

 「そうかな?」

 

 「はいっ!」

 

 

 その満面の笑みを見ると、お世辞とか嫌味じゃなくて純粋に祝福してくれているのが分かる。私のようなちょっと捻くれた妖怪には、くすぐったくて眩しい。否が応にも人間と妖怪の差を考えさせられる。

 

 人間は表の世界に生きるものであり、妖怪は裏の世界に生きるもの。この世の理というか、暗黙の了解という側面すらある。本来であればそれに従っていくべきであるが、この里は真っ向から否定している。それ自体に問題はないし、実際上手く回っているのだから文句の出る余地もない。私もそれに上手く馴染めていければ嬉しいし。

 

 

 「……となると、私が教えられる事は少ないですね」

 

 「そんな事ないよ。結界の強度の上げ方とか教えてほしいんだけど」

 

 「ふふ、勿論教えますよ。やり方は二つあるんですけど、簡単な方からにしますね」

 

 

 取り敢えず実演してもらったのだけど、特に変わったことはなく具体的に何をすれば良いのか判らなかった。ただし、結界は私のそれとは比べ物にならない程しっかりしている。

 

 

 「これは力の加減で強度を調整する方法です。流す力の量に比例して強度が決まるので、直感的に分かり易いと思います」

 

 「ふむふむ。こんな感じ?」

 

 「はい。ただ、結界の大きさまで変わってしまっているので注意です」

 

 「うーん、言われてみれば確かに」

 

 

 この辺りは慣れの問題らしいので、やっぱり焦っても仕方が無いという。一応コツがあるらしく、自分の力の流れを思考回路のように捉える。それで、『大きさに流す力』と『強度に流す力』を意識的に分離する、というもの。千里の教え方は水江のそれに似ている。まあ、良く考えれば当たり前なんだけど。

 

 

 「これを応用するとこんな事も出来るんですよ」

 

 

 なんて言って、千里の雰囲気が変わる。力の奔流が右手に向かい、鮮やかな紅色に包まれる。その右手を振りかぶって、先程千里が発生させた結界に向かって――。

 

 

 

 ――絶句した。

 

 

 

 凄まじい破裂音が生じたと共に結界が粉々になっていた。言わずもがな、千里がやったのだ。それも真顔で平然とやってのけるのだから、心の底から恐怖した。

 

 

 「瞬間的な制約はありますけど、これをお見舞いしたら妖怪でも只では済まない筈です」

 

 「……あ、う、うん。そうだね」

 

 

 にんげんこわい。この後暫く千里の顔を直視出来なかった。

 

 

 

 

 

/**/

 

 

 

 

 

 現状、この里は人間の方が圧倒的比率を占めている。妖怪はほんの一握りしかいない。それは妖怪が全く来ないからではない。寧ろ、最近は来ない日はないらしい。来ると言ってもこの里を覆っている森に、という前提が入る。唯でさえ迷いやすい上に、森にはいくつもの防護用結界が張ってあるので、里の内部まで侵入される事はほぼない。……それは私達が身を以て体験している。

 

 でも、水江や千里曰く、私達のような人間に害を成さない妖怪をこの里に迎えることもある。命に種族はないという、初めて会った時に長に言われた言葉。それが、長が決めたこの里のルールだからだ。

 

 

 

 成程、毎日見回りに行くのはそういう背景があったからなのかと思っていたけど、実はそれだけではないみたいなのだ。妖怪の襲来数が増えているという事実に加え、神様の気配が微かにする。長と水江は、何かに見張られているのではないかという結論に落ち着いた、と。

 

 諄いけれども、この里の殆どは人間だ。変に心配させたくはないし、危機感を持ったところで対処出来ないので何の意味もない。そこに都合よく現れたのが私達だ。焦るなとは言われたけれど、一番焦っているのは確かに水江の方だった。ここまで付きっ切りで私達の練習に付き合っていたのだから。

 

 

 「ちょっと長話が過ぎましたね。桃姉さん、休憩はこれくらいで良いですか?」

 

 「うん。千里、私頑張るからね」

 

 「はい。早く追いついて下さいね」

 

 

 お姉様もきっと水江から同じ話を聞かされているのだろう。自然と手に力が入るのが分かる。最初は後れを取ったけれど、お姉様にも負けていられないという気持ちが募る。水江同伴とは言え、もうお姉様は見回りに出ているのだから尚更である。

 

 さて、強度を上げる二つ目の方法だけど、術式を結界に組み込むというものだった。そこに力の加減は関係なく、術が発動すれば一定の効果が得られるのである。術式には決まりがあって理論に基づいて作るのだけど、その理論が難しいらしく千里でもまだ扱え切れないと言っていた。

 

 だから一つ目の方法を極めて、それでも足りない部分は物理的に強くあろうとした。……なんて逞しい娘なんだろう。

 

 

 「……桃姉さん、ちょっと予定変更で西に行きましょう」

 

 「妖怪が来てるの?」

 

 「いえ。妖怪ではない、何か不自然な気配がしたので」

 

 

 との事で、強度の練習を急遽終えて、里の西に向かう。ちょうど水ちゃんのいる、川のある方面だ。結局宴会以降は水江とほぼ一緒に居たので、里を回る事はなかった。この問題が解決して、いつか気持ち良く里の中を回れるようになったら嬉しい。

 

 道中、『遊びではないですから、気を付けて下さいね』と千里に釘を刺されてしまった。顏に出ていたのか、心の内を読まれたのかは判らないけれど、とにかく気を引き締める。

 

 

 「あら、久しぶりね千里ちゃん。それに桃ちゃんも」

 

 「お久しぶりです、妖精さん。最近は見回りで忙しくて……」

 

 「そうなの。うらしまちゃんも大変そうよね」

 

 「はい。ところで、この辺で何か変わったものを見かけませんでしたか?」

 

 「……そうね、特に見てないわ。ごめんなさいね、役に立たなくて」

 

 「いえ、何もないに越した事はないですから、大丈夫ですよ」

 

 

 私は気配を察知出来なかったから何も言えないけど、特に不審な事は無かったみたいだ。千里の杞憂に終わったのかな。それならそれで良い事だ。……けれど、千里の顔は曇ったままだ。まだ思うところがあるのだろう。

 

 

 「千里、何もなさそうだから一旦神社に帰ろう?」

 

 「そうですね。私、疲れているのかもしれません」

 

 「ふふ、水江には私から言っておくよ?」

 

 「……有難うございます」

 

 

 千里だって年相応の女の子なのだ。毎日休みなく飛び回っていたら精神的にも疲れてしまう。ずっと頼りきりではいけないのだ。私も早く一人前になって、相棒とまではいかないものの手助けぐらい出来るようになりたい。

 

 

 

 ――だって、千里が、この里がこんなにも好きなのだから。

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