「リリ…?」
場違いに思える声がソロルの口から零れる。しかしその視線は倒れて動かないリリに向けられており。そして、それが幻でなく、間違いでもないと理解したその瞬間、自身の得物である大鎌へと手を伸ばし。
彼女が何かするよりも、それよりも早く動くのは二人。一気に接近するゴザルニとそれをサポートする様に銃弾を放つローウェン。狂いなく撃ち込まれた弾丸はしかし死者の王を僅かに揺らすのみ。しかしそれでも攻撃されたからか、それとも近づいてくるゴザルニを警戒してか、その巨体に見合わぬ軽やかな動きで距離をとる。
そして離れたこと等に意識を向ける事無くさらに加速したゴザルニはそのまま、リリを掴み流れるように担いでハインリヒの元まで下がる。
「ハインリヒ」
「分かってるよ」
口にしながらも手を動かしサラリと状態を確認して応急処置を施していくハインリヒ、とその横で鎌を手に走りだそうとしていたのか前のめりなったまま唖然とした様子で固まるソロルが一人。
えぇ、と声を零す彼女を横目にレフィーヤは改めて見るのは、何をするでもなく身構える彼らを見ながら笑い声を響かせる死者の王。
隙だらけ、と言う訳では無いが。しかし何故何もしてこないのか分からない。
「いやに余裕たっぷりだなおい」
流石のローウェンも分からないようで、眉間に皴を作りながら呟く。それが聞こえたのか、僅かに視線をローウェンへと向ける。その視線だけで分かる、明らかに侮っている。
が、何故そうなのかが分からない。
自分の力に自信があるのか、それとも不死者の指輪とかいうものが在るからこそなのか。分からない、分からないが警戒しないわけにはいかない。
そしてやはりか、一番最初にそれに気が付いたのはローウェンだった。死者の王へと向けていた視線を勢いよく下へと向けたのだ。普段であれば致命的と言える隙だが、やはり何もせずただ眺め笑い声を響かせる佇む死者の王。
「……あぁ、そういう事か」
呟かれる言葉。彼に送れるようにレフィーヤもまた気が付く、地面が揺れていることに。いや違う、さらに正確に言うならば揺らされているのだ、何かによって。そしてもう一つ重要な事がある。その揺れが徐々に大きく、強くなっていることだ。まるで、揺らしている何かが近づいてきているかのように。
「来るぞ」
地面が吹き飛ぶ。同時に勢いよく黒い煙のようなものが辺りを満たしていく。同様に、敵意と言う圧力も。揺れと音が響く。酷く重い何かが、強大な何かが死者の王の笑い声をかき消すように足音を響かせながら向かってきている。
現れた存在に、レフィーヤは思わず息をのんだ。骨の身となった翼、表皮は腐り落ち内臓を覗かせている肉体。どう見た処で死体と言う他ないそれは、しかし驚嘆するほどの生命力を感じさせる。普通ならば在り得ないことだが、それでも可笑しいとは思えない。黒い煙に包まれた中でもしっかりと目に移したその存在。
ドラゴンと呼ばれる最強格のモンスターは、死してなお圧倒的な脅威としてそこに居た。
翼が機能していないのか、宙を舞うことなく口から腐った息を零しながら自らが生み出した穴から這い出す様に足を踏み出し。
大量の銃弾が叩き込まれ、同じように撃ち抜かれ崩された地面と一緒に再び下の階へと落ちて行った。
「……は?」
さて、その声は誰のものだったのか。それを確認するよりも前に、ローウェンは軽やかに進み出ながら言葉にする。
「じゃあ、俺はあっちの相手してくるから。あいつはよろしく」
なんて、軽く手を振りながら下へと穴から落ちていく。結構な高さがある気がするが大丈夫なのだろうかと少しレフィーヤは思ったが、まぁ大丈夫かと死者の王へと向き直る。
そして死者の王と言えば、呆れた様子で声を響かせた。
『愚カナ。ドラゴンゾンビニ一人デ挑ムトハ。余程ノ死ニタガリノ様ダ』
「…あれに同意するのは気に食わないがその通りだ。どれだけ強かろうと流石に」
「まぁ、言っては何だけど弾が尽きたら殆ど出来ることが無くなるものね。ローウェンちゃんは」
「弱点が長期戦闘と金欠ですからねあの人」
「見るからにタフでござろうしな、あのドラゴン」
「長引けば流石にローウェンでも拙いってことだね」
「なんで平然としてるんだお前たちは?!」
何故、何故って決まっている。
「あれの事、頼まれたでござるからな」
なのに、それを達せずに彼の元へと向かったらどうなるか。まぁ普通に考えてドラゴンと死者の王を同時に相手にしなくてはいけないから状況は悪化することになるだろうが。いや、というかそもそもだ。
「あの人が負けるとは思えないんですよね」
「普通にドラゴン倒して戻ってきそうよね」
「そして煽ってくるのでござるな」
容易に想像できる。出来れば回避したいことだ。だから。
「ソロルさん、二人の事をお願いします」
「…大丈夫なのか?」
「えぇ、はい」
杖を握り直し印を輝かせる。ゴザルニは刃を抜き、死者の王へと向ける。コバックは前へと踏み出し構える。
「ローウェンさんだけではなく。私たちだってギルド・フロンティアなんですから」
「朝飯前でござるな」
「料理によっては凄い時間掛けるものね貴女達」
言う必要ない事を口にするコバックに横目で黙っていろと念じながら見る。と、声が響く。
『先ホドノ男ヨリモナオ愚カ。コノ死者ノ王タルアンデッドキングニ刃ヲ向ケヨウトハ』
音が聞こえる、何かが羽ばたき向かってきている音が。
『イイダロウ。モトヨリ我ガ領域ニ許シナク足ヲ踏ミ入レタノダ。平等ニ死ヲ与エヨウ』
視線を上へと向ける。そこには巨大な翼が向かってきているのが目に移り込み。
「よいしょ」
容赦なく放たれた劫火に呑みこまれ叩き落された。
『ナッ?!』
「あぁ、すみません。そういうのは結構なので」
申し訳なさそうに言葉にしながら満面の笑みを浮かべ言葉を口にし。
「王様ならきちんと民の模範として。死人らしく墓の中に戻ってください」
欠片も容赦なく劫火を死者の王、アンデッドキングに向かって打ち放った。