世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第百三十二話

「教会! ちょっと荒れてる気がするけど間違いなく教会だ!」

 

外れた場所に立つ教会、そこでヘスティアはそう言いながら喜ぶように跳ねて、そして視線をレフィーヤへと向けて。

 

「それで。…君は何をしてるんだい?」

「お気になさらず、場を整えているだけなので」

「そ、そうなのかい?」

 

はい、と頷きながら手を動かし印を床に削りながら刻んでいく。教会でこんなことしていいのかと一瞬だけ思ったが、出来る限り装飾に見えるようにしているからそれで許してくれ。漂ってくる悍ましい気配を何とかしないと落ち着いて話など出来そうにないのだから。

 

まぁ、気配を遮断するなんて事したことないし、本当に気持ち程度の変化しかないだろうが、何もしないよりはましだ。いざと言うとき爆弾代わりにもなるし。

 

「と、こんなものかな?」

 

さっと確認してから手を軽く叩き術を行使する。すると少しだけましになった・・・気がする。まぁ、こんなものだろうと軽く肩を竦めてから汚れが目立つ椅子へと腰かけた。

 

「はぁー」

「えっと、何をしたんだい? なんか軽くなったというか」

「そうなる様にしたので。まぁ、誤差の範囲ですけどね。気のせいと言われたらそれまでですよ」

「でも、まさかあれの」

「あれ?」

「ああいや何でもないよ!! それよりもほら相談相談!!」

「露骨に逸らしましたね。まぁ良いですけど」

 

後で訊けばいいし、と。さて、それで相談だ。悩み事を言葉にすることだ。しかし悩みとは何だろう。改めて考える。自分は何に悩んでいるのか、何を思って居るのかをレフィーヤは考えて。

 

「……不思議な体験をしたんですよ」

「不思議な?」

 

在った事を、言葉にすることにした。

 

「気が付いたら全く知らない場所で寝ていたんですよ、私」

「気が付いたらって、攫われたってことかい?」

「多分、違うと思います。攫うとかそういうのができる距離じゃないと思いますし」

 

あそこは別の世界です、なんて言われても否定できない場所だったし。

 

「そこでまぁ、色々あったんですよ」

「色々って」

「全部話してたら日が暮れちゃいますし」

 

けど、それだけで済ませるのもあれかと、少しだけ話す。

 

「でもそうですね。ある人に助けられて、冒険しないかと誘われて、技術を身に着けて、仲間を集めて、冒険に出て」

「仲間、っていうのは。ファミリアみたいなものなのかい?」

「ファミリア……ではないですね」

 

どう考えても家族って感じではない。

 

「本当に、色々在ったんですよ。其処にもあった迷宮に挑んだり、街救ったり世界救ったり。旅に出て他の街に行ったり世界救ったり」

「めっちゃ救ってる」

「ですよね」

 

と言っても二回なのだが。それだけとは言えない。寧ろ二回も、と言うのが正しいだろう。

 

「まぁでも、楽しかったですよ。モンスターと戦ったり、景色を眺めたり。一番良かったのはそこに聳える大樹を眺める事でしたけどね」

「大樹?」

「えぇ、世界樹。なんて呼ばれてましたよ」

「世界樹?! 世界樹が在るのかいそこは」

「えぇはい」

 

頷くと、そうかと少し考える様な仕草をするヘスティアに、レフィーヤは少し目を細めてみる。さて何を考えているのかと思いながら、話を続ける。

 

「で、二つほど世界樹とそれに関係する迷宮を踏破しまして」

「さらっととんでもない大偉業を語るね」

「オラリオのダンジョンよりは楽でしたよ」

 

アリアドネの糸とか樹海磁軸とか、オラリオのにはない便利なものが在ったし。仲間がキチガイだったし。まぁ行き来に無駄な時間を取られなかったというだけで難易度と言う意味ではそう変わらないだろうけど。

 

「それでまた新しい場所で冒険してて、それで……気が付いたら戻ってきてたというか。まぁ、良く分からないんですよね」

 

本当に何故だろう。これと言って可笑しなことは無かった筈だが。精々、アンデッドキングが不死者の指輪を爆弾代わりにしようとしたくらいか、いや違う。もう一つ在った。それがそうなのかは分からないがしかし若しかしたら、あの違和感がそうだったのかも知れない。在り得そうだ。

 

「それで?」

「はい?」

「君は何を悩んでたんだい?」

「それは…それ、は」

 

言っていいのだろうか。心の奥。本音とも言えるそれを。関係ないとはいえ、それでも口に出していいの類のものではない。無いのだが。

 

あぁ、けれど。言葉が止まることなく零れ落ちた。

 

「ヘスティア様」

「なんだい?」

「私は此処に、オラリオに戻ってくる事を冒険する理由の一つにしてたんです」

「そうか」

「それで、まぁこの通り戻ってきたわけですが」

「うん」

 

「その時、私。落胆したんですよ」

 

「…え?」

「目的が達成できたことよりも、自分の意志で戻って来れた訳じゃないことに、心底がっかりしたんです」

 

あぁ、酷いものだ。帰って来れたと思わずに、帰ってきてしまったと思うなど。

 

「本当に、何時の間にかひっくり返ってたんですよね。帰るために冒険してたのに・・・あぁ、いや。そうじゃなかったか」

 

帰る為に、それを良い訳みたいに理由にして冒険を楽しんでいた。そう考えると、あぁ。レフィーヤ・ウィリディスと言う少女は。

 

「私は、帰ってきたいなんて思って無かったのかもしれません」

 

最初はどうだっただろうか。もう分からない。

 

「…ここが、オラリオが嫌なのかい?」

「そう言う訳じゃないですよ。オラリオのダンジョンは魅力的ですし」

 

思い浮かべてみる。

 

茶目っ気の強い神に背を押され。頼れる仲間と尊敬している、尊敬していた筈の先輩。彼等と一緒にダンジョンへと挑む。実に良い。けれど、しかし。

 

「それじゃあ駄目なんですよね、私」

 

そも、憶えているオラリオの冒険者とは恩恵を受け、戦い、経験を積み、格上の存在と相対し、勝利し、それを偉業としてレベルが上がって、初めてさらに先へと奥へと進むのだ。

 

 

なんだそれは馬鹿じゃないのか?

 

 

それのどこが冒険なのか。本当にダンジョンに、未知に挑む積りが在るのか。

まさかどんな事が起こっても対応できるように先にレベルを上げていると言う事なのか? 

それとも負けてもレベルが足りなかったからなんて言い訳をする為なのか?

 

それこそ馬鹿の極みではないか。

 

分からないからこその未知だというのに。大体レベルを、神の恩恵をむしり取ることのできるモンスターが現れたらどうする積りなのか。

 

と、そこで深く息を吸って、吐く。随分とズレてしまったから。詰まり結局どういう事かと言えば。

 

「神様頼みのダンジョン探索が、とても気に入らない」

 

そう、現状のオラリオの冒険者は神が手を貸して初めて成り立っているのだ。何かに頼りきりで未知に挑むなんて考えたくもない。

 

しかし、よく考えれば恩恵を毟るとは言わないが無効化できるモンスターが居ても可笑しくは無いのだろうとレフィーヤは思う。ただ単に、まだ人々がそこまでたどり着いていないだけで。

 

言った処で笑われるだけだろうが。

 

「えっと、要するに…あれだ。君はファミリアから抜けたいのかい?」

「いえ全然」

「あ、そうなのか」

「えぇ。それに、恩を仇で返す様な事はしたくないですし」

 

目の前の神、ヘスティア以外には誰にも言っていない。けれ邪魔だと、そう思ってしまった時点で恩知らずと言わざる負えない。けれど、それでもこれ以上多くの恩があるファミリアに、仇を返すのではなく。ちゃんとした恩返しがしたいと思って居る。

 

けれど。

 

「あぁ、でもまた」

 

そう、また気が付けば

 

「あの人たちの居る場所に居たなら……とても、嬉しいですね」

 

また冒険できるのだ、あの仲間たちと。心が躍るというものだ。

 

「そんなことを思ってる時点で恩知らずなんですけどね!」

「そんな事は、ないと思うけど」

「いえ。私が、そう思って居るんです」

「そうか、いやそうだね。それは君が決める事だ」

 

頷きながら、ヘスティアは言う。

 

「これは、僕にはどうしようもない事だね」

「でしょうね」

 

寧ろ、如何にかできたら驚く処の話ではない。

 

「うん、これは君たちが話し合って。君自身が決めるべき事だ」

 

だから、そう言いながら髪を止めるリボンを一つ解き、レフィーヤへと手渡す。

 

「え、あのなんで……は? え、なんで??」

 

何故、これを渡すのかと問いかけようとして、そのリボンが何であるのかを理解しさらに困惑する。だって、そのリボンは。

 

「だから僕は、切っ掛けになるとしよう」

「あの」

「さぁ、レフィーヤ・ウィリディス」

 

言葉にする前に、ヘスティアの手が視界を覆い。

 

「夢を、見るんだ」

 

僅かに感じた神威に、一気に意識が遠のいて。

 

 

 

 

 

何故、アリアドネの糸で編まれたリボンが在るのかを問い掛ける事も出来ずに、意識は途切れた。







「さてじゃあ、僕も行こうかな。確か……あっちか。ロキファミリアの、黄昏の館は」
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