世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第百三十四話

揺らめくリボンを見ながら、レフィーヤは考える。自分が本当に帰りたい場所は何処なのかを。いや、考えるまでも無いのだろう。けれど、其れを口にしてはいけない。

 

「他にも訊いていいですか?」

『えぇはい、どうぞ』

「向こうの、星? に在る貴方が作った私の体はどうしましたか?」

『そのままですよ。元に戻すこともできますが、いきなり消えたら騒ぎになりますし。尤もそういった事をする前の考えている段階で貴女がまた放り出されたのを認識して急いできたので放置している様な状態ですが』

「そうでしたか」

 

一理あるというか目の前で無かったとしても消えたらどういう反応をするのだろうかと少し考えて。あの人外だったらそれだけで答えに辿り着きそうな凄みが在るな、なんて。未練ばかりかと思わず笑う。

 

『…貴女は戻りたいのですか?』

「どっちにですか」

『それは』

「あぁいえ、言わなくてもいいですよ。自覚してますから」

 

分かっている、分かり切っている。

 

「そうですね。戻りたいですよ。あの人たちの所に」

 

一日も経っていないというのに、こんなにも求めている。優しかったなんて言えない、辛くなかったとも言えない。けれど。

 

「楽しかったですからね」

 

本当の意味で自分で進んでいるのだと思えていた日々。いや、先程の言葉を聞く限り体は少し特別だったのかもしれないが。

 

どうせならもっと凄い感じでも良かったのでは無いだろうかと思わなくもない。毒が効かないとか、身体能力が凄いとか。

 

「どうなんですか?」

『はい?』

「貴方が作った私の体ですよ。もっと凄い感じにできなかったんですか?」

『凄いですよ? 凄い馴染む様にしましたから』

 

そういう事ではない。確かに凄く馴染んでいたけれど、本来の体以上に動きやすかったけれど。

 

『それで、どうしますか?』

「何を、なんて訊くまでもないですよね。戻りますよ、オラリオに」

『良いのですか?』

「構いませんよ。まぁ、確かにあの人たちを一緒に冒険を続けるのはとても、凄く、滅茶苦茶、魅力的ですけど。えぇ、それはもう」

『凄まじい未練を感じますが』

「当たり前でしょう」

『ならば』

 

何故、と言われた。そんなに難しいものでは無い。

 

「だって、オラリオに戻れるか分からないんですよ?」

 

今回の事は偶然だった。けれど次が在るとは限らないし。冒険を続けた処で別の星とかいうあからさまにとんでもない距離があるだろうそこに辿り着けるかと言われれば、否と言う他ないだろう。

 

「人としてあれな感じに成っているとは自覚していますが。ちゃんとした恩返しがしたいんですよ。それに、やっぱり私はあそこが家なんですよ。あの人たちは家族なんですよ」

 

だから。

 

「私が帰るべき場所は、あそこなんですよ」

 

どれだけ惹かれようと、どれだけ未練が在ろうと。それでもとレフィーヤは言葉にして。

 

 

 

「いや、なにあほな事を言っとんねん」

 

 

 

声が聞こえた。反射的に声のする方へと視線を向けると。そこに居たのは。

 

「え、なんで。なんで居るんですか」

 

ファミリアの主神。ロキが、そこに佇んでいた。

 

「なんでって言われても分からんわ。ドちびに良く分からん事されたら何時の間にかや。ほんまに意味が分からん」

 

言いながら頭を掻き深くため息を吐きながら、けどなと言葉を零す。

 

「レフィーヤたんがあほかって言いたなる様な間違え方しとるのは分かったわ」

「何、何を言ってるんですか」

「ええか、レフィーヤ」

 

ゆっくりと近づきロキは、レフィーヤの頬を優しく撫でた。

 

「ファミリアはな、帰るべき場所やないねん。帰って来れる場所なんや」

「帰って?」

「せや。そないな強制する様な場所と違うねん」

「それは」

「なぁ、レフィーヤ」

 

細められた瞼が開き、確かにその瞳はレフィーヤを映し出していた。

 

「うちな、レフィーヤが何をどうしたとか。そういうのは知らんねん。なにも聞かされてないしな」

「…はい、言ってません」

「けどな、何か悩んどるのは見てすぐ分かったわ」

 

これでも神やしな、と。そう言ってロキは笑う。視界の端、栗鼠が僅かに反応したのが見えたが、今は意識の端に追いやっておく。

 

「もう一度言うけどなレフィーヤ。何が在ったのかはさっぱり分からへん。けどな、何かを強制するような事はしたくはないねん」

「ロキ様」

「せやから。教えてくれへんか?」

 

手が動く。頬から肩へと優しく、しかし力強く掴んだ。嘘など言葉にしてくれるなと。

 

「居たい場所が出来たんか?」

「…はい」

「やりたい事が出来たんか?」

「はい」

「諦められへん事なんか?」

「はいっ」

 

なら、と彼女は口にする。

 

「やりたい様にやったらええ」

「それは、でも。私はまだ何も。それに、それだけじゃなくて。体とか、いろいろ」

「このあほ」

 

軽く額を小突くロキ。何をするのかと視線を向けると呆れた様子に息を吐き。

 

「なに諦める為の理由を考えてんねん」

「そ、れは」

「冒険者やろ? なら進むために頭を使わんかい」

 

そうだ、その通りだ。けれど、それでも迷いは振り切れない。だって、思うがままに、望むがままにと言う事は。

 

「…良いんですか?」

「ええよ」

「まだ何も言ってませんよ」

「それでもや」

「酷い事ですよ?」

「それを受け止めるのも神の度量や」

「恩返しできていません」

「無理に返されてもうれしないわ」

「帰って来れないかもしれませんよ?」

「それは確かにさみしいなぁ」

「なら」

 

「でもな。子供が親離れして、嬉しくても寂しいのは当たり前やろ?」

 

「なんですか…それ」

「分からんか」

「分かりませんよ。親になった事なんて、無いんですから」

「せやろな」

「でも、ですよ」

「あぁ」

「本当に、良いんですか」

「何度もいっとるやろ?」

 

そうだ。ちゃんと覚えている。けれど、それでも言葉にしなければと思ったのだ。

 

「恩返しも出来ず、ただお世話になってばかりだった私は、それでも。望んで歩いていいんですか?」

「それが望みなら。喜んで送り出したる」

「そうですか…なら」

 

『あの、一つ良いでしょうか?』

 

と、遮る様に栗鼠は言葉にする。

 

『仮に戻るとしてもですね。一つ問題がありまして。その、体に限界があるのです』

「えぇ、まぁそうでしょうね」

 

その言葉に、当たり前だとレフィーヤは頷く。言っては何だが、先程の言葉から急いで作ったものだと理解できた。どれだけ性能が良くても、そうであるのは道理というもの。

 

そして、栗鼠の言う問題とはその体に戻った処で無理が在ると言う事なのだろう。ならばどうすべきかと考えて。

 

『えぇはい。なので、わたしが何とかしようと思います』

「そうでってはい?」

「いやなんとかってなんやねん。というかどういう事や?」

 

首を傾げるロキを横目に、レフィーヤは問いかける。

 

「何とか出来る事なんですか?」

『えぇはい。作ったものが限界なら元から在るものと掛け合わせれば良いだけですので。詰まり、貴女の元々の体と合わせてしまおうかと』

「それ…大丈夫なんですか?」

『問題在りませんよ。所詮、力の塊でしかありませんし。寧ろ自然な形になるだけかと。何かが起こるとしても、体と魂の繋がりが強くなる程度の変化しかないでしょう』

 

そういう事ではない。先程、服を取り寄せるのに無理をしたと言っていたではないか。体など移したら。

 

『お気になさらず、わたしが勝手にやる事ですから』

 

心を読んだかの様に言葉を響かせる。言葉が出ない、何故そこまでするのか分からない。そして、それに答える様に栗鼠は口にする。

 

『単純な事ですよ。貴女と、彼らの冒険をもっと見てみたい。そんな個人的な理由です。あぁ、言っておきますが、止めろと言われてもやりますからね』

 

その言葉に、何を言っても駄目だなと思い、同時にそれを否定してはいけないとレフィーヤは理解した。自分も同じようなものだから。

 

「なんというか、二人とも凄いですね」

「当たり前や」

『そう言っていただけると嬉しいですね』

 

嬉しそうに言葉にする一人と一匹を見て、自然と笑みがレフィーヤから零れた。その心に雲は欠片もありはしない。

 

ロキが笑う、迷いの晴れた己の子に、試す様に問いかける。

 

「手助けは必要か?」

「いいえ、不要ですとも。何でしたら恩恵だって要らない位です」

「ほぉぉ、言ったな? ならそうしたるわ、精々世間の荒波に揉まれてひぃひぃ言ったらええわ。そんですぐに泣き付いたらええ、親に頼るんはおかしなことや無いしな」

「いえいえそんな。泣き付く為に帰ったりはしませんよ。戻るとしたら老人介護の為ですかね」

「誰が老人や!」

『いえ、人の子からしたら十分すぎる程かと』

「それは言わんでええねん」

 

漫才の様なやり取り、少しの間の後に笑い声が響き、そして。

 

「行くんか?」

「はい、これ以上は…また悩んでしまいそうですし」

「それは拙いわ。ならさっさと行かな」

 

優しい笑みを浮かべながらロキは言葉にし、それに合わせる様に栗鼠の姿が崩れ光となり瞬く。あぁ、これでお別れかと思い、いいや違うと思いなおす。

 

徐々に意識が遠のいていく。しかしそれは暗がりに落ちるのではなく、光に包まれる様で。垣間見たロキの、第二の母の寂しそうな顔で。

 

だから。

 

「ロキ様」

「なんや?」

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

「―――――ッ…おう、元気でな」

 

浮かべられた笑顔。その頬を伝う雫は、きっと悲しいものでは無いのだろう。

 

 

 

 

 




「んぁ?!」
「おはよう。気分はどうだい?」
「あぁ…ドちびか。そやなぁ、良く分からん」
「そうか」
「ちゅうか…さっきのは」
「夢だよ。多くの親が一度は見る夢だ。君だってそうだろう?」
「…せやな。うちかて思い描いたことくらいあるわ」
「其れでどうだい? 子が健やかに育ち巣立っていった感想は」
「めっちゃ寂しい!!」
「断言したね」

「でも、それ以上に…嬉しいねん」

「そうか、其れなら良かったよ」
「あぁなんやこの空気!? ドちび! ちと酒飲むから付き合えや」
「祝う為かな? それともやけ酒?」
「両方や! あと結局誰なんか言わずにおった奴の事も一緒に呑みこんだるわ!!」
「はぁ? 彼女、名乗らなかったのかい?」
「なんやどちび知っとんのかあの栗鼠の事」
「栗鼠? いやまぁ栗鼠云々は置いといても名前は知っているよ」
「なら教えろや!! 気になって仕方ないねん!! うちの子とうち以上に繋がっとどこのだれかの事をぉ!!」
「良いけど、いいお酒を飲ませてくれよ?」
「おぉおぉ持ってげ持ってげ、そして吐けぇ!!」
「吐かないよ全く。で、彼女の名前は」







「フィアナって言うんだよ」
「そうかフィア……ほぉあ!?」
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