ラキアの大工房。それは在るものを造る為に必要な物と者が集められた文字通りの大きな工房だ。其処では日夜問わず職人たちが試行錯誤に励み、より良き物を作り出さんとしているそこは。
別名、変態の巣である。
「ここは相変わらずですねぇ」
「あの、え、あのここ」
「あぁ、そこら中から奇声が聞こえるのは気にしては駄目ですよ」
まぁ、出来ればとしか言いようがないがと思いながら、柱に頭を叩きつけているパルゥムの女性が見えたが無視しながらどんどん進んでいく。そしてその姿を見て悲鳴をあげそうになっていたリリルカも付いてくる、涙目で。
「怖い、此処怖いです」
「煮詰めた狂気にキチガイと変態を漬け込んでいるような場所ですからねここは」
「ここもレフィーヤさまが?」
「流石に違いますよ。私が、というか私たちがしたのは国のトップに変態を押し付け、もとい紹介しただけです」
詰まり、他の奴らは速攻で染まったか勝手に集まってきたと言う事だ。というか前訪れた時よりもかなり人が増えている。なんという事だ、恐ろしいを通り越して悍ましいなと、レフィーヤは楽し気に笑いながら思う。
「お? おぉ、ウィリディス氏ではないですかー。おひさしゅう!!」
と、工房の奥から声を響かせながら近づいてくる人物が一人。思ったよりも速く気が付いたなと思いながら視線を向けて、レフィーヤは固まった。如何したのかと背に隠れていたリリルカも顔を出し、固まった。
そんな二人など知らないと言わんばかりに笑顔を浮かべながら美しい金色の長髪を……右半分からのみ生やしたエルフが走り寄ってくる。
「えぇ、久しぶりです。と言っても数か月程度しか経ってませんけどね」
「いやいや、数か月でも十分久しぶりと言うべき時間の流れでしょうて」
「そうですかね?」
「はい!! して、此処に来たと言う事はあれですね」
「はい」
「やはり!! では早速見ていただきましょうか!」
こちらへと促され歩いていくレフィーヤに驚いたように視線を向けるリリルカ。あの頭に関して何も言わないのかと言いたげだ。だが、其れに関しては無視しろとしか言えない。
「と、そう言えばそちらのお嬢さんは初めましてですな。エヴィー・ショートと申します」
「えぁ?! あ、リリルカ・アーデです」
宜しくとリリルカに向かって言葉にするエヴィー。宜しくしたくないと彼女の顔に出ているが完全に無視である。そして暫く歩いていると、扉に辿り着く。
「さ、この中ですよ」
「ちゃんと直ってるんでしょうね?」
「勿論!」
心底楽しそうに笑いながら扉を開くエヴィー。さてそこには何が在るのだろうかと、震えながらも少しの好奇心からリリルカは覗き込む。
「……なんですかこれ?」
「あぁ、これですか? これはですね」
そこに在ったのは。
「気球艇って言うんですよ」
「気球……艇」
「えぇ、因みにこれ、空を飛べるんですよ」
「空を?……これが」
信じられないと言った様子のリリルカは、ふらりと気球艇に近づいていく。余り近づきすぎては危険ではないのかと視線をエヴィーに向けると、大丈夫だと言わんばかりにサムズアップ。まぁ、そう言う事ならと、自身も確認の為に、近づく。
「……大きい」
「そうですね。尤も、冒険をする為にていうだけなら大きすぎるくらいなんですけどね。有効活用為しますけど」
「冒険、冒険? これを使ってですか?」
「使ってというより乗ってという方が正しいんですけどね」
「これで……何処までですか?」
「しいて言えば、何処までも……ですかね」
その言葉に、リリルカは呆けたように気球艇を見上げた。しかしレフィーヤは見逃さなかった、彼女の瞳が、少しとは言え、冒険という言葉と、何処までもという言葉に反応し輝いたのを。成程とレフィーヤは頷いた。彼女もまたそうなのだろうと。
「…それで、これがどうしてリリと関係しているのですか?」
「あぁ、それはですね。まぁ、若しかしたら関係なくなるかもしれませんけどね」
「え?」
「取り合えず確認してですね。エヴィーさん、乗っても大丈夫ですよね?」
「何の問題も無いとも!!」
「と言う事なので、行きますよ」
「は、はい」
慌てて、しかし何処か楽し気に専用の梯子を使って上に上がる二人。もっとこう、行き来が楽になる様にしないのかと思わなくも無いが、それはそれ。なんの問題も無く上がる事が出来た。
そして、重要なそれを確認に向かい。手で顔を覆った。
「あの、これはなんですか?」
「あぁ、これはですね。舵輪、舵輪? で良いんだっけな? まぁ、気球艇を操縦するための物だと思えばいいですよ」
「そうですか。凄い重要な物なんですね」
「凄い重要な物ですよ」
「………小さくないですか?」
「小さいですよ、パルゥム位しか真面に扱えない程に」
「…あ、若しかしてリリがその、雇われたのって」
「そうですよ」
何故そうなったかと言えば変態が馬鹿だったからと言う他ない。ちゃんと要望通りに仕事してくれるアスラーガやハイ・ラガード、アイオリスの技術者を見習ってほしいものだ。まぁ、エヴィーは研究者よりなのだが。
「ハインリヒさんでも操縦は出来るんですけどね。どうしてもそれに手一杯に成っちゃうので。前々から誰かをって話はしてたんですよ」
「それで…でも」
「操縦なんてしたことない、って言いたいんでしょう?」
「……はい」
「逆に訊きますけど、操縦したことのある人ってどれだけいると思ってるんですか? はっきり言ってハインリヒさん以外居ませんよ?」
「それは、だとしても」
「と言うかですね」
リリルカの両肩に手を置く。
「貴女はもう私たちに雇われました。だから、ちゃんと仕事してください」
「その仕事がちゃんと出来ないですよ」
「やってもいないのにそんなこと言わない。それに仮にできなかったとしても」
「しても、何ですか」
「操縦できるようにするので大丈夫です」
「それリリが大丈夫な要素全然ですよね!?」
「まぁまぁまぁ、気にしない気にしない」
「しますよ!」
「じゃあ嫌なんですか? これを操縦して空に出るのが」
「それは、その。出てはみたいですけど」
「なら其れで良いじゃないですか」
「でも」
「良いですかリリルカさん」
言い聞かせる様に、しっかりとリリルカの瞳を見ながら、レフィーヤは言葉にする。
「貴女が何に縛られ、苛まれているのかは知りません。話してもらってませんし」
「……言っても、分かりませんよ」
「えぇ、その通りでしょう。ですが、一つだけ言える事が在ります。其れこそ断言できます」
「何を、ですか?」
「今なら貴女は、自由に成れるって事ですよ」
「自由?」
「そうです。でも今の貴女はまだ自由では在りません。何故だか分かりますか?」
「……いいえ」
「其れはですね……私も分かりません!!」
勢いよくズッコケるリリルカ。そして言葉にされるまでも無く、表情を見れば察することができる彼女の思った事。即ち、分からないのかよ!! である。
「別に可笑しなことじゃないでしょう? 私、貴女では無いんですから」
「それはそうですけど、えぇー?」
なんだか気の抜けた声を零すリリルカ。空気が一気に変わってしまいついていけないのだろう。まぁ、そうなる様にしたのだが。でも、分からないのは本当だ。レフィーヤはローウェンでもミカエでもないのだから。
「まぁ、あれですよ。貴女自身、その理由が分からないなら取り合えず操縦するしないは置いておくとして、一度空を飛んでみると良いですよ?」
「空をですか?」
「えぇ、それだけでも随分違いますから」
ふっと、笑みをレフィーヤは浮かべる。
「きっと、前に一歩踏み出せると思いますよ?」