水が流れていく音がする。降りた先に在ったのは、広場。水を湛えたその場にポツンとあった。しかし、それだけだった。
怪物と言える様なものは……居ない。
「居ませんね」
「そうね」
何処かに隠れて居るのだろうか。しかし、そんな場所はある様にはと、レフィーヤは気が付く。隠れる場所はある、其れも二つ。それは、何処かに流れていく水の中で。二つ目は、今まさにローウェンが見つめている場所、其れ即ち。
「いや、来るぞ」
天井だ。
ローウェンの言葉の直後だ。それが落ちて来たのは。ズンッ!、と重い音と振動を辺りに撒き散らしなが、眼前に現れたのは、石灰の魔人。その巨躯、その剛腕は唯それだけで死を意識させる。あんなもので殴られれば死んでしまうと。不気味な、まるで笑みを浮かべているかのようなその顔を上げ、彼等を見る。
石灰の魔人は威嚇する様に、或は自らの力を誇示するかのように腕を突き出し。
「あ、撃たせてくれんの? ありがとう」
――――タンッ!!
ローウェンの目にもとまらぬ早打ちに因って放たれた弾丸が魔人の剛腕を撃ち抜いた。え?、と声を漏らしたのはレフィーヤ。僅かとはいえ、目の前の魔人の脅威に飲まれていた彼女は、しかし平然と攻撃を仕掛けたローウェンに驚いた。
しかし、そうだったのは彼女だけだった。
コバックが前に出る。態とらしく音を響かせながら接近する彼に、石灰の魔人を迎撃する様に腕を振り上げ。ようとして失敗する。左腕、ローウェンに撃ち抜かれた左腕が動かずにだらりと力なく垂れている。動かない事に驚いたかのように体を震わせながら、動かす事の出来る右腕を振り上げる。
魔人の行動を見たコバックは、しかし接近を止める事無くさらに踏み込み。 振り下ろされた剛腕を軽く横にずれる様に回避した。左腕が動けば当たっていただろう位置に彼は居る。その事に憤慨する様に体を震わせ、動かぬ腕を無理やり薙ぎ払うように動かした。それは力が入らぬゆえか、鞭を彷彿とさせるしなりを見せコバックに迫る。
が、しかしだ。
「フゥ―――――――――ハッ!!」
その程度、耐えられなければパラディンに非ず。さらに言えば、コバックは熟練のと付けても良い技量を持つ。ならば、行う其れは耐えるのではなく――――――――流す。
激しい音、しかし力が入ってないとはその剛腕から放たれた物を受けた音とは思えぬ程、軽い。受けたコバックは動かず、しかし剛腕は振り抜かれていた。
思わず、体勢を崩しながら顔の様な部分を傾げる魔人に、肉薄する影在り。ハインリヒだ。
彼はメディック。本来ならば後方で待機し、負傷者が出たならば急ぎ治療するモノだ。だが、しかしそれは決して前へ出ない様な職業では無い。逆だろう。そう、負傷者在れば前へ、それがメディックで在り。
そして、彼等の持つ槌は決して飾り物では無い!!
「シャァッ!!」
眼前の魔人の剛腕にも引けを取らぬ豪快なスイング。小柄な体躯から放たれたとはとても思えぬそれが意識を完全にコバックに向けていた魔人の右足に直撃する!!
『―――――――――――ッ?!』
衝撃、堪らず膝をつく魔人。視線をハインリヒに向け、剛腕を振るう。それを軽く躱して後方へ下がる。させるかと追いすがろうとする魔人。しかし、弾丸が穿ち、バランスを崩し立ち止まる。それを見逃す事無くコバックがさらに崩しにかかる。
其れを、レフィーヤは見ていた。余りに、展開が早い。如何すれば良いのか。指示が無く、どう動けばいいのか。あぁ、もう少しちゃんと考えて行動しておけばよかったと僅かに後悔。そして思い出すのは、尊敬する人達との経験・・・では無く、ローウェンの言葉。
それは第二迷宮に挑む少し前の事。思い出した様にレフィーヤに向かって言ったのだ。
『あぁ、そうそう。今の内に言って於くから』
『何をですか?』
『お前にやって欲しい二つの事』
思い出す、彼はなんと言っていたのか。しかし、其れは大した事では無かった筈だ。
『と言っても難しい事じゃ無いから。唯単に、印術を使うときはちゃんと宣言してから使ってくれってだけだ。そうじゃ無いと流石に対処できんからな』
そう、そうだ。そんな単純で、当たり前の事をしろと言われ。少しだけムッとしながらも言われた通りに言葉にしながら此処まで来た。そう、言われた通りにしてきただけだ。
息を、吸ってから吐いた。
『あ、ぶっちゃけ連携とかそう言うのは気にしなくていいから。まだそこまで求めてないし』
余計なお世話だと思いながら、息を吸って吐く。
『だから取り敢えず、言われた通りにしてくれんなら…まぁ、好きにすれば良い。冒険者たるもの自分で考えなくてはな……あれ?、何か言ってる事矛盾してね?』
聞かれても困ると思いながら、息を吸って吐いた。
そう、そうだ。言われた通りにしたならば好きにして良いと。ならば、ならば考えて。息を吸って――――
「―――――――――行きます!!」
声を響かせながら杖を振るう。
示される印は火球。 輝きを放つ。熱を生む。掌に乗る程度の其れは、しかしどんどんと輝きを、熱を高めていく。明らかに、初心者の領域でない其れを脅威と看做す事がで出来ない程、魔人は愚かでは無い。
その火球を見るや否や接近していたコバックを無視して腕を突き出す。駆けだす事が無かったのは、単純に間に合わないと判断したからだろう。ならば、何故腕を突き出すのか。それこそが彼の魔人の対処法だからだ。
音を響かせ、何かが放たれる。恐怖を煽る音と速度、距離を置いていたハインリヒが其れが琥珀で在る事に気が付くが。しかいだからと言って対処できる訳では無い。
自身に迫る人ほどの大きさに思える琥珀に、しかしレフィーヤは動く事無く術を練る。躱そうとしない、防ごうとしない。それは、何故か。あぁ、頭の片隅で思い出すのはローウェンの言葉。
『で、もう一つの言って於く事はこれまた、単純な事だ』
『取り敢えず、俺達の事を信じる。な、当然の事だろう』
迫る琥珀、しかし何もしない。何故ならば、既に対処は為されているのだから
――――――タンッ!
銃声が一つ。迫る琥珀の風を切る音に紛れる様に響いて。そのほぼ同時か。高速で迫っていた琥珀が―――逸れた。地面に落ち、それでも止まる事無く削る様にレフィーヤの横を過ぎる琥珀。しかし、一瞥もくれず。唯、言葉の通り。宣言し、彼等を信じて。
彼女は印術を放った。決して速いとは言えない其れが、外れるとは欠片も思っていなかった。何せ、彼等が居るのだから。
魔人は動く、当たれば死に至るだろうそれから逃れようと動き。
「ちょっと動かないで居ようかぁ」
弾丸が放たれる。それは寸分の狂いも無く魔人の右足を撃ち抜き、一時的に行動を不可能にする。
「はい詰み」
火球の印術が――――魔人を焼く。
足掻く、身を焼かれながらも暴れ回り、彼等に近づこうとその腕を動かす。
「あの状態でも動くのか」
「本当、モンスターって凄いわよね」
何時の間にか近くに居た二人。本当に、何時の間にかで在った。特にコバック、さっきまで魔人の目の前に居たのに。と、一際大きな音が響く 見れば、魔人が立ち上がろうとその剛腕を突き立てていた。全身を焼かれながら、それでも立ち上がろうとしていた。まさかまだと、レフィーヤが思うのとほぼ同時。
「言っただろう、詰みだってな」
――――――タンッ
銃声が響く。放たれた弾丸は外しようも無く、魔人を撃ち抜いた。魔人は音を響かせながら―――――――――崩れ落ちた。
「怪物退治……完了」