正しく晴天。何処まで広がる青い空を悠々と進む気球艇。其れに乗りながら、危険が無いかと視線を走らせるレフィーヤ。と、その横で唯々景色を眺め続けているアスフィ。その顔は、目的地にまだ着いていないというのに疲れ切っていた。一体、何が在ったというのか、レフィーヤは気に成った、そんな状態で護衛としての仕事を熟せるのだろうかと。だから、問いかけてみる事にした。
「なにか在ったんですか?」
その言葉に反応してか、ゆっくりと視線をレフィーヤに向けるアスフィ。暫くは無言で見つめて、口を開いた。
「……レフィーヤさんは、恩恵を得ていないそうですね」
「えぇ。まぁ正確には捨てたっていうのが正しいですけど……捨てただと言い方が悪いですね」
ならば何といえば良いかと考えるレフィーヤ。そんな彼女を見ながらアスフィは小さく呟いた。
「……常識って何だったんですかね」
「本当にどうしたんですか?」
いきなりそんな事を言い出して。まるで病んでいる様ではないかと視線を向ける。すると、乾いた笑みを浮かべながら、アスフィは景色を眺めて。
「私の持ってきたものがヘルメス様に持っていかれたっていうのは知ってますよね」
「えぇ、見てましたし」
崩れ落ちる瞬間を。
「その中に特別なことが出来るものもありましてね。姿を消したり、空を飛べたり」
「そう言えばそんな道具が在りましたね」
「それ、私が作ったんですよ」
「へぇ」
「……反応が薄いですね。まぁ、私みたいなのが作ったものなんて興味ないですよね」
「いや反応に困っただけなんですけど」
「でしょうね、えぇでしょうね。私みたいな三流の言葉なんて困って当然ですよね」
レフィーヤは静かに思った。これやばい状態なんじゃないかと。さてそうなると下手な事は言えないなと考えを巡らせて。言葉にするよりも早くアスフィの口が開いた。
「ラキアの大工房、在るじゃないですか」
「え、あぁはい」
「持っていかれ分を補う為に、あそこの一角を借りて道具制作をしたんですよ」
「……あそこの一角を借りたんですか? あの変態の巣窟を」
「えぇ、本当に。何様だって話ですよね」
少し、どうしてこんな事に成ったのか分かった気がしたレフィーヤは、しかしまだだと話に耳を傾ける。
「まぁ、設備も素材もオラリオに居た時以上のものが揃ってましたし。三流どころか素人同然の私でもそれなりのゴミが出来上がりましてね。えぇ、本当に今までで一番のゴミでしたよ」
「いやゴミって」
「そしたらですね。何を思ったのか工房に居た人たちがですね。其のごみをですねぇ、持って行ってしまいましてねぇ。そしたらですねぇ」
「良いですから、言わなくていいですから」
駄目だ、聞いてはいけないし言わせてもいけない事だとレフィーヤは察した。だからそう言った。けれど彼女は止まらず言葉にした。
「なんか、沢山、作られちゃいましてね。私の作ったのより、性能が良いのを。沢山。いままでいちばんよりすごいの、たくさん」
「うわぁ」
「笑いながら沢山作って、それを壊して。また作って今度は爆破して、作って刻んで作って凍らして作って埋めて作って食べて、作って作………って」
俯き肩を震わせるアスフィ。あぁ、これは駄目だなと理解したレフィーヤはそっと視線を彼女から外し、一瞬彼女の後ろを見てから耳を塞いだ。直後、彼女は勢いよく顔をあげて・・・吼えた。
「なんなんですか?! 何なんですかあの人たちは?! なんで平然とあんなことが出来るんですか可笑しいんじゃないですか?!」
「まぁ、頭は可笑しいでしょうね」
「でしょうね、えぇでしょうねぇ!! そうでなければあんなとち狂ってる事なんて出来ないでしょうからねぇ!! 本当にねぇ!! でもですよ?! 訊いてみたら恩恵を得てないそうじゃないですか?! 如何いう事ですか、どういう事なんですか?! なんでそれなのに私より良いものを作れるってどういう事ですか?! 頭だけじゃなくて存在も可笑しいとしか言いようがないじゃないですか!!」
「どうなんでしょうね」
「非常識側の貴女が言うな!!」
「えぇー・・・一応、恩恵を得てはいましたけど」
「でも今は無いんですよね」
「そうですね」
「別に何かしてしまったからとか、神がいなくなったとかではなく」
「自分でそうなる様に選びましたね」
「変わらない処かもっと質が悪いでしょうがっ!!」
やっぱり駄目だったなと荒げられている言葉を聞きながら見張りを熟しつつそう思う。まぁ、何時かそうなるかなとは思って居たのは確かだ。尤も、もっと早くにそうなると思って居たのだが、例えば森に行ったときとか。だが、思った以上に我慢強かったのか、案外時間が掛かったものだなとレフィーヤは思う。
「聞いてますか?! いえ聞いてなくても別に良いですよ! ですから私も勝手に喋らせてもらいまずんっ?!」
「あ」
留まる事を知らないと言わんばかりに言葉を吐き出そうとしていたアスフィが崩れ落ちる。そんな彼女をレフィーヤは気球艇から落ちない様にと受け止めて床に寝かし、恐らく彼女の事を気絶させたのであろう少し前から居たローウェンに視線を向けて。肩を竦め、言葉にする。
「変態って怖いですね」
「そうだな」
全部、変態の所為という事にした。