吹き飛ぶ。昏き禍の攻撃ででは無くレフィーヤ自身が放った術の余波で氷で作った壁ごと吹き飛ばされる。所々に痛みを感じながらもう少し自重すべきだったかと思いながら立ち上がり、目にしたのは。
「……やっぱり生きてましたか」
大きく抉れ、汚れ切った血潮を撒き散らしながらも、それでも確かに生きている昏き禍だった。
「出来ればあれで終わっていて欲しかったんですがね」
「期待とは淡いものだな」
なんてローウェンの言葉を聞きながら、すでに抉られた部分が盛り上がり治り始めている昏き禍を見る。思って居たよりも治りが速い。だが、それでも遅い。最初よりも確実に。それが意味しているのは、昏き禍も消耗していると言う事だ。先程よりも動きが鈍く、世界樹の揺れも弱っている事から間違いないだろう。
あぁそれでも、残っている瞳が蠢き彼らを捉える。そこには衰える事の無い殺意が、敵意が籠っている。いいや、それは先程よりも濃く、強くなっている様にすら思える。
油断ならない、では済まないだろう。寧ろこれからが本番であると思うべきだろう。
そう思いながら油断なく杖を握りなおして構える。そして昏き禍は絞り出す様に血潮を撒き散らしながら咆哮を轟かせ。
ゴポリッと音を響かせながら血が湧き立つ。形が生まれる、形が作られていく。それはよく知っている姿をしていた。モンスターの姿をしていた。
湧き立つ、たった一滴から何体も。叫びが響く。生まれ出たモンスター達の叫びが、産声が世界に響き渡る。
レフィーヤは顔が引き攣るのを自覚する。オラリオの迷宮の特性を考えれば在り得ない事では無いと思って居た。いたが、想像以上だった。いいや異常だった。それは数だけではない、多くの冒険者に弱いと認識されている筈のゴブリンが、まるでF.O.Eの如き圧を放っている。
如何するのかとレフィーヤはローウェンを見る。と同時に彼は銃弾を放つ。それは真っすぐ生まれたばかりのモンスターに叩き込まれ、灰の如く崩れ落ちる。
「…取り合えず、弱点が変わってるってことは無いみたいだな」
「と言う事は、胸部と頭部を吹き飛ばせば何とかなると言う事か」
「だな。まぁ問題は数が多い事と」
言いながら動き、振り下ろされた触手を躱すローウェン。視線の先には、叩き潰されたモンスター。
「昏き禍と同時に相手取る必要があるって事だな。ムスペルの時と違って環境自体が殺しに来てないだけましか、いや、数が多いからそう変わらんか」
「モンスターが連携して殺しに来るのも懐かしいね。オーバーロードの居城以来だ」
「ぶっちゃけかなりきついわよね」
「そうですね。かなり拙いですね」
「で、ござるな。特に拙者はそのムスペルもオーバーロードの居城も未経験でござるからさらに辛いでござる」
それを知ってか知らずか、昏き禍はモンスターを生み出し続ける。世界樹の頂きからあふれ出す勢いで。動く事の出来る範囲が失われていく。モンスターを倒しても、すぐに生まれ出る。四方八方を囲まれるのは必然だった。
逃れる場所などない彼らに向かって触手が振り下ろされる。それは間違いなく絶体絶命。
だが、その程度彼らは幾度となく乗り越えてきた。
氷の柱が触手を貫き縫い留める。響き渡る悲鳴を聞きながら、一気に柱を彼らは駆けあがる。柱が砕かれる、だが彼らは止まらない。この程度で止まる訳がない。
所狭しと蠢くモンスター達に向かって落下する。このまま落ちればすりつぶされて終わる事だろう。だからレフィーヤは術を行使し自分の真下に氷塊を作り出し。モンスター達を叩き潰すと同時に足場として一気に掛ける。
触手が彼らを貫かんと迫る。だがそれは酷く鈍重だ。先程までの脅威は在りはしない。故にコバックが強く強く盾を叩き込み強引に軌道を変える。ゴポリッと弾かれた触手から滴り落ち血からモンスターが生まれ出る。と同時にハインリヒの振るう槌に因って頭部をへし折られ崩れる。
昏き禍の絶叫が、穢れた冷気と共に放たれる。自らが生み出したモンスターを巻き込み氷像に変えながら襲い掛かり。
突き破る。
その程度、想定の範囲内だと。印術を輝かせながら彼らは突き進む。モンスターが凍りついた故に、阻まれる事無く加速する。
氷の砕ける音。昏き禍が氷像を砕きながら触手を持って薙ぎ払わんと振るう。それでも駆け続ける彼らから一歩前に、彼女は踏み込む。
線が走る、閃が奔る。ゴザルニの刃が駆けて煌めき両断する。
宙を舞い、新たに生み出されたモンスターを吹き飛ばしながら転がり落ちていく触手。昏き禍の瞳が蠢く。ゴポリッと音が響く。傷口から熱を零しながら彼らに向かって放たんとする。それを阻む様に響く砲撃の音。着弾は直後。巨大であるゆえに外し様の無いそれはまさに灼熱を放たんとしていた昏き禍に叩き込まれる。
時間のずれは僅かに一瞬。だがそれだけあれば灼熱を阻むことなど造作も無い事。レフィーヤの放つ天雷が昏き禍を貫く。集って居た熱が悲鳴と共に霧散する。だが、唯蹂躙の如く攻撃されているだけは当然ない。
瞳が蠢き気球艇を捉える。同時に今まで以上の揺れが走り、砕ける音が響く。気球艇に襲い掛かるは世界樹に封じられていた、しかし今解き放たれた巨大な触手。無数にある内の一本。だがそれだけでも気球艇を落とすには十分すぎるというもの。空を裂き雲を吹き飛ばしながら気球艇を掠める。驚くべきリリルカの技量に因って直撃を避けたが、しかし気球艇は耐えることが出来ずに砕けながら落ちる。落ちていく。いいや落ちてくる。
昏き禍に向かって落ちてくる。
「ただで落ちると思うなぁアアアアアアアアアアッ!!」
自らの内に在る恐怖を吹き飛ばす様にリリルカの叫びが響き、気球艇が昏き禍に直撃する。気球艇が弾け飛び、それだけの質量が叩き込まれた昏き禍が揺らぐ。其れは間違いなく、隙だった。
跳ぶ、跳ぶ、ローウェンが跳ぶ。散らばり落ちていく気球艇の破片を蹴りながら進み。それを掴み取る。
空中である事など気にせず彼は構える。目標の昏き禍は未だ揺らぎ動けずにいる。外し様がない。ローウェンは深く笑みを浮かべながら手にしたそれを、大砲を撃ち放つ。反動に因って吹き飛びながらも、しかし放たれた其れは狂いなく昏き禍へと着弾し、大きく抉る。
だがまだだ。まだ昏き禍は生きている。動いている。終わっていない。昏き禍の瞳が蠢き見るのは一人の少女。印術を廻らせるレフィーヤ。カチリッと噛み合う音が響く。昏き禍からバチリッと音が弾ける。走るは淀んだ稲妻。輝くは始原の印。
そして、放たれ相手を貫いたのは……始原の印術。
集い放たれようとしていた稲妻が弾ける。最後の一つとなった瞳が蠢き、蠢き、止まる。それは虚空を映し。やがて暗く、昏く染まり落ち……崩れ落ちた。