レフィーヤは眼前の音を轟かせる巨大な滝を見ながら糸を垂らす。何をしているかと言えば釣りだ。そう今、レフィーヤは釣りをしているのだ。
ダンジョンの中で。
普通に考えれば危険極まりない行為かもしれないが、割とよくする事だったりする。何せ冒険者にとってモンスターよりも分厚く、そして高く聳える壁として立ちはだかる食料の問題を解決するた為の手段の一つなのだから。寧ろ冒険者なのにそう言った行為、詰り釣りや狩り等をしていない方が可笑しい位だ。尚、オラリオの冒険者は色々と特殊だったので除く。
さて、そんな理由からすっかり使い慣れた釣り竿を軽く揺らしながらレフィーヤは一言呟いた。
「全然釣れない」
「ほんとだねぇー」
なんて声に軽く横目で見てみると、よいしょと言いながらすぐ隣に丁度ハインリヒが座る所だった。
「何時もならもうニ匹位は釣れてるよね」
「まぁ、そうですね……ローウェンさんやゴザルニさんはもっと凄いですけどね」
「泳いでる魚に針を引っかけて釣り上げるあの二人と比べるのはちょっと違うんじゃないかなぁ?」
ですよねと言いながら、そもそもあれは釣りと言って良いのだろうかとふと思ってしまうレフィーヤだったりする。まぁ、それは良いとしてとレフィーヤは軽く息を吐いてから言葉にする。
「それにしても本当に釣れませんね」
「そうだねぇー」
「釣る積りも無いのに何言ってるんだよ」
「あ、ローウェンさん」
と、振り返りながらどうもと軽く手を振る。自分達が今どこに居るのかを忘れているのかと言いたくなる程に気の抜けている彼女だが、特にそれを指摘することなくローウェンは手を振り返した。
「で、釣る積りが無いって言うのは流石に酷くないですか?」
「餌を付けてから言え」
「え、付けてますよ。ほら」
と軽く引き上げてローウェンに見せる。糸の先に括りつけられた印石を。
「……それは餌と言って良いのか?」
「さぁ?」
「おい」
なんて言われて、ふざけるのはここまでにしましょうかと呟きながらレフィーヤは釣り竿を脇に置いた。印石を付けたまま。
「あ、付けたままにするんだ。訊くまでも無い事だけど、危なくは無いのかな?」
「付けたままだと危ない物なんて使う訳ないでしょう。それで、どうでしたローウェンさん?」
「あぁ、どうだったかと聞かれればそうだな。探索がただの散歩に成った」
と肩を竦めながら口にするローウェン。散歩、というダンジョンに似つかわしくない言葉に、しかしレフィーヤはやっぱりとでも言いたげな表情を浮かべた。
「と言う事はギルドが言って居た通り」
「全くモンスターが居なかったな。姿形処か気配まで無かったぞ」
「気配まで…か。うん、流石におかしいねそれは」
「モンスターが出て来ないというのではなく居ないというのは確かにおかしいですね、いえ寧ろ異常と言って良いのでは?」
「まぁ、そう判断したからミッションに成ってるんだろうがな」
そう、ミッションだ。彼らが迷宮に訪れた理由の一つ。内容は単純で、迷宮内からモンスターの姿が見えないと冒険者から報告が在ったから詳しく調査してきて欲しいというものだ。
「で、ローウェンさんは如何思うんですか? 因みに私は何かが居るからだと思ってますけど」
そう彼女が思ったのは第一、二階層ともに其れが起こっていたからと言うのも理由の一つだ。突然の来訪者、或いは侵略者に因ってそこに住んでいた存在が蹂躙される。それは別に珍しい事では無い。特に、急激な環境の変化が在ったのだから尚の事。一二階層のそれもそれが理由だろうしとレフィーヤは思う。
そしてその言葉に対してローウェンは頷いて見せた。
「まぁ、其の可能性は高いだろうな。尤もだとしたら問題になるのは、じゃあ一体何が居るのかって事なんだがな。其れこそモンスターが居なくなるなんて事が起こる様な奴が居るって事に成る訳だし」
「其れって考えなくても相当やばい奴ですよね」
「モンスターが一切姿を見せず逃げ隠れてしまって居るか。或いはそれに全部食われてしまったかもしれない訳だしね。何方にしてもやばい事に変わりないけど後者だった場合は」
「やばいというか拙い処じゃない…ですよね」
もしも居るとしたら最低でもドラゴンの様な災害と言って良い領域のモンスターで在ると考えるべきであり、最悪なら昏き禍と同格なんて事も在り得なくはない。居なくなったからこそ穴を埋める様に引き寄せられた…なんて想像がレフィーヤの頭を過る。
詰まる所はどういう事かと言えば。
「下手すればまた世界の危機だな」
「また、ですかぁ」
「と言っても、まだかもしれないでしか無いけどね」
確かにとハインリヒの言葉に頷きながら、しかしレフィーヤの頭の中では今までに遭遇してきた世界の危機と言えるそれが駆け巡っていた。だがそう、幾らその世界の危機に幾度となく遭遇しているからと言って今回もそうであるとは限らない。そもそも、少し離れた所を調べているゴザルニとコバックの話を聞いて居ないのだからそうなのだと決めつけるのは良くない事だ。
「取り合えずこれ以上はゴザルニさん達が戻ってきてからにしましょうか」
「まぁそうだな」
「と言う訳で」
解す様に軽く腕を振りながら、視線を巡らせ。第二階層の時に自分たちを観察するように見ていたのだろう存在へと向ける。
「貴方の話を聞くのもその時で良いですよね?」
レフィーヤが問いかける様に言葉を口にする。それを肯定する様に軋む音を響かせながら姿を現したのはローブ姿を纏った巨躯の老人。いや、老神だった。
ゆっくりと、やはり軋む音を響かせながら彼らを見下ろす彼の姿を見て。レフィーヤは素早く思考を巡らせ、そして彼の名へと思い至る。
「あぁ、成程。貴方でしたか――――――神ウラノス」
其れこそが眼前に佇む、ギルドの長で在った神の名だ。