何かが、彼らの瞳に映る巨大な何かが在った。獣の様な、植物の様な、無機物の様な、モンスターの様な、そして人間の様な…そんな何かが。
死臭がする。それは死んでいた。いや死に掛けていた。いいや、死ねないでいた。死にかけで在りながらそれでも確かに感じる強大さが死へと至ることなくそれの命を留めていた。
だがそれだけで、唯強大で在るというだけで訪れる結果が変わることは無いだろうとレフィーヤには、いや彼らには分かった。
どれだけ量が在ろうと、或いは新たに注ぎ込もうと其の器には塞ぎようのない穴が存在するのだから。
だから、近く死に絶えるという結果が訪れるのを覆す事は出来ない。例え、誰かが手を尽くしたとしても、血肉が溶け落ち、命が零れていくのを留める事は出来ないだろう。
しかし例外としてその命を留める事が出来る存在が居るとするならば、それは…神、と呼ばれる存在ならば出来ない事も無いかも知れない。
だからレフィーヤの視線は彼へと、神ウラノスへと向けられる。命が零れ落ちていくそれを、哀れむ様に見つめる彼を。一体、何が目的なのかと考えながら。
ウラノスが僅かに体を揺らし、ギシリと軋む音を響かせる。
「…昏き禍がこの星に現れ、今に至るまでに千を超える時が流れた」
そして、視線を動かす事無く語る。彼らに向けて、何よりなにかに向けて語り掛ける。
「昏き禍は正しく災厄であり、怨敵で在り、打ち倒さねばならない存在であった」
だが、しかしと彼は小さく口にする。
「だとしても我々、星に住まうものが団結しようと封じるのが限界であった程の強大さは、少なくないモノたちを狂わせるには十分だった」
狂わせる、その言葉を聞いてレフィーヤは頭の片隅に在った言葉が強く浮かび、自然と口から零れ落ちた。
「…闇派閥」
「然り。狂い、魅入られ、そして禍の眷族へと落ちたモノたちを我々はそう呼んだ」
ゆっくりと、しかし確かに頷いて見せた彼はなお語る。
「在るものはただ破壊を振りまき、在るものはその身だけでなく魂までも捧げ異形へと落ちた。星に生まれ、大樹と共に育ち生きてきたモノたちが、星を蝕む禍を主と呼んだのだ。それを……我々は許す事が出来なかった」
故に、戦い続けてきたのだと。ずっと、ずっと。元凶すら何だったのか、多くのもの達が忘れ去ってしまう程長い間、ずっと。終わりなど無いのではないかと思う程に。
けれど、そうけれど。
「それも、真の意味で終わったのだ。いや、いいや……終わらせたのだ。他でもない汝らが」
「俺たちが昏き禍を倒したから、か」
「然り。禍は崩れ落ち、眷族となったもの達の力は、命は自然へと変える様に消えていった」
そう、と小さく呟いた。
「消えていく、筈だったのだ」
「筈、って言う事はまだ残っていると言う事か」
「然り。そして、それこそが」
「……これって、事なんですか」
目の前の何かに視線を向けて、そう言葉にする。彼は静かに頷いた。
「力を失い消えていく中、しかしそれでもと叫び悍ましきを超える所業の末。昏き禍の眷族へと堕ちたもの達の…成れの果てだ」
改めて、それを見る。ウラノスが成れの果てだと言ったそれを。
「…悍ましきを超えるとか言いましたけど、一体何をしたらこんな事に成るんですか」
「いやそんな難しい事じゃないだろう」
「そうですか?」
「そうだろう。今起きてる異常事態の事を考えればな」
異常事態、と言えばそう確かとレフィーヤはほんの少しだけ忘れていたミッションの事を思い返す。不自然を超えて異常な程に姿を見せないモンスター達。目に映る巨大なウラノスの言う成れの果て。それを繋げるとすれば。
「……食べた、って事ですか」
それは確信をもって口にしたわけでは無い。飽くまで可能性の一つとして、それを確認するようにウラノスに向けられた言葉だった。そして彼はただ然りと呟いた。
「死を恐れてか、力を失わぬ為か、或いはまた別の理由か。自らの意志で昏き禍の眷族で在ったもの達は、互いを食らい合った」
少しずつゆっくりと、酷く重い言葉が続く。
「最後に残った唯一の眷族はしかしそれでも足りぬと昏き禍の子等を喰らった。昏き禍より生まれ、しかし確かな理性を持っていた新たな命たちも呑み込んだ。限界を超え、意思が希薄になって尚も、貪る事を止めなかった」
あぁ、成程とレフィーヤは思う。確かにそれを言い表す言葉は成れの果てのほかに在りはしないだろうと。しかしと新たな疑問が生まれもした。死なぬ為にしろ、力を失わぬにしろ。何故、文字通り身も心も破綻する程に食らい続けたのかと。
其れは何故かとレフィーヤが問いかければ、ウラノスは一言分からないと返した。
「何か、追い詰められたかのように、或いは死に急いでるかの様に。モンスター達の反撃を受けながらもそれでも食らい続けていた。それを私は見続けたが、しかしそうなった理由など語らうこと等無かった私は知り得ない事だ」
「それはまぁ、その通りですね」
訊く必要の無い事を訊いてしまったかとレフィーヤは思いながら改めて問いかける。本命、とでも言えばよいのだろうその問いを。
「それで、なんの目的で私達をここまで案内したんですか?」
言って、しかし恐らくはとウラノスの目的はこうだろうと思い浮かべる。彼の口にしたあの言葉に込められたものを感じ取ったから。
「…このものが、死ぬ事を覆すことは出来ない。だがそれでも、食らいすぎた。呑み込み過ぎた。貪りすぎた。其れこそ、死にきる事ができぬ程に」
彼は言った。闇派閥と呼ばれたもの達は昏き禍を主とした裏切り者で在ると。それは許される事では無いと。そう彼は未だに、許せていないのだ。
「故に、殺してやってくれ」
滅びに瀕して尚、昏き禍に同胞が縛られている事が、許せないで居るのだ。
「もう、狂う事が無いように。苦しむことが無いように。遠ざかってしまった終わりを」
ギシリと、軋む音がする。それはウラノスの体か響く音か、それとも。いいやそれ以上は考える必要は無いと軽く頭を振り、ローウェンを見る。
彼は頷いて答えた。
「元より俺達はダンジョンで発生した異常事態の原因究明と、可能であれば解決する為にここに来たわけだからな……それを理由が一つ増えたとしても何の問題も無いだろう」
あぁ全くもってその通りだとレフィーヤは火を灯した。
燃えていく。
成れの果てが、命であったものが燃えていく。
壊れかけていた故か、或いはそれを望んでいたのか。静かに、だが余すことなくその身を炎に飲まれていく。灰も残ることなく火の内に消えていく。
その光景を、ウラノスは静かに見つめた。
ギシリと、軋む音を響かせて。