世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第二百二十九話

「下がっていてくれ」

 

そう、唯一言だけ。彼は、ウラノスは彼らに向かって言葉にする。そして、何かを返す前に彼は堕ちてしまった少女に向かって駆けた。

 

 

いや、飛んだ。

 

 

それが技術によるものでは無いとレフィーヤにも一目でわかった。唯々只管に、脚力と言う技は技でも力技と言う他ないそれに因って、音を響かせ床を踏み砕き撃ちだされた弾丸の如くウラノスは少女へと向かう。

 

堕ちた少女の面が歪む。それは笑っている様で、或いは泣いている様にも見える表情で。ゆらりと腕を無造作に振るう。

 

瞬間、灼熱の炎がウラノスを飲み込んだ。

 

彼らに炎は届かず、けれどその熱が肌を撫でる。ただそれだけで焼けただれてしまいそうなであるのに、彼らは動かない。見つめているのだ、その光景を。炎をでは無い。勢いを衰えさせる事無く炎を突き破り、ローブは燃え尽きその顔を焼かれ。

 

 

そして、鈍く光る鋼を露にしたウラノスを。

 

 

「おォォおおおォッ‼」

 

吼え、軋む鋼の腕を振るわんと鋼の拳に力を籠める。

 

そして、其れとほぼ同時に玉座が蠢く。

 

動き振るわれるのは爪の如き触手。それは堕ちた少女へと迫るウラノスを捉え吹き飛ばす。避ける事も避ける事も出来なかったウラノスが音と衝撃を撒き散らし床に叩きつけられて土煙でその姿が覆われる。

 

何故、避ける事も防ぐ事も出来なかったかと言えば、其れは単純にウラノスがそれを出来るほどの技量も経験も無いからだ。何せ、長く長く存在し続けてきたとはいえ、ウラノスが自ら戦いに赴いた回数等片手で足りる程度でしかない。これで、瞬間的な判断をしろと言う方が無茶と言うものだろう。

 

だから、何も出来ずに攻撃が直撃したのはある意味当然の結果と言えるだろう。

 

けれど、それでも。

 

 

ウラノスは未だ立っている。

 

 

軋む音が響く。見れば、今までよりもウラノスの動きがぎこちなく思える。彼に向かって玉座は蠢き、触手を振るう。彼は揺らめく様にその体を動かし、けれど避けるは出来ずに触手が直撃する。

 

そして、直撃した触手が振り抜かれるその前、その手で掴み…握りつぶした。

 

玉座が苦痛を訴え掛けるかのように震え蠢く。触手が乱雑に振るわれる中、まるで気にして居ないかのように堕ちた少女はゆらりとその手を振るう。

 

そして、光が奔る。

 

僅かな間を置いて、音が轟き衝撃が広がる。深い底に降り注いだ雷は、例えウラノスが戦いに慣れていたとしても避けるのは至難であっただろう程のもの。であるが故に雷は容赦なくウラノスを貫く。

 

軋む音が響く。彼の巨躯が揺らぎ、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 

 

けれど、それでも彼は未だに真っすぐ少女を見据えている。

 

 

彼は動く。止まることなく少女の元へと向かってゆく。堕ちた少女は震え、玉座は接近を拒む様に触手を振るう。迫る触手に、しかし彼は避けもせず防ぎもしない。それは出来ないのだからと言うある意味での開き直りと言うべき行動だ。普通に考えれば、自殺行為でしかない。

 

けれど、彼ならばそれが出来る。

 

例え戦いが不得手で在っても、技術と呼べるものを身に着けて居なくとも。その器は鋼。上帝を思わせる機械仕掛けの巨躯。幾ら、かの超越者には劣ろうとも。

 

それでも、強さの領域が違う。

 

振るわれる触手を、丁寧にけれど強引に握りつぶし引きちぎっていく。少女へと向か道を遮るものを取り除いていく。

 

触手が失われていくごとに少女から声ならぬ悲鳴が零れ、ある意味で優雅さすら感じた動きが乱雑なものへと変っていく。けれど、それによって生み出され降り注ぐ脅威は衰える事無くウラノスへと襲い掛かる。

 

―――軋む音が響く

 

―――歪む音が響く

 

―――軋んで、壊れていく

 

―――歪んで、崩れていく

 

けれど、けれど。

 

 

ウラノスは止まらない。

 

 

ただ只管に堕ちてしまった少女を終わらせるために。

ただ只管に囚われている少女を開放する為に。

 

其れこそが己が真に為すべき事であると定めたが故に、止まらない。

 

『アァ』

 

声、声が響く。堕ちた少女から零れ落ちた声が。それは苦痛に満ちていた。

 

玉座から伸びる最後の触手が落ちる。もはや、今だ立って居る事が不思議でならない程に彼は壊れていた。しかしそれでも、もはや少女へと至る道を塞ぐものは無いのだと。彼は壊れた鋼の器から力を振り絞る。

 

『アァァア』

 

堕ちた少女の揺れる瞳に、鋼が映る。

 

「待たせて、済まなかったな」

 

小さく、けれど優しく語り掛ける様にウラノスは言葉を零す。そして、其の手が少女へと触れた。

 

「もう、終わりにしよう」

 

そして。

 

 

 

 

 

「はいちょっと失礼しますねぇ‼」

 

そんな叫びを聞くと同時に、彼は少女から引きはがされる様に吹き飛ばされた。

 

一体、何が起こったのか。分かる事は、己が少女を終わらせることが出来なかったと言う事だ。他でもない、彼を迷宮の最奥まで連れてきてくれた冒険者の手に因って。

 

何故だと、言葉にすることが出来なかった。

 

いいや、する必要が無かった。

 

 

『アァアァアァアアアァアアァァァァァァアア―――――――――――‼‼』

 

 

堕ちた少女から響き渡る悲鳴を聞きながら、ウラノスは思い出したのだ。

 

―――軋む音が響く

 

いいや、いいや。忘れていた訳では無い。ただ、少女を救う事だけを考えていた故に、思考から抜け落ちていたのだ。

 

―――歪む音が響く

 

もっと、考えるべきだった。思い出すべきであった。底へと向かったのが救うべき少女だけでは無いと言う事を。

 

―――軋み、壊れていく

 

―――歪み、崩れていく

 

あぁ、あぁ奇妙な玉座を飾り立てるかのようにそこにある骸たちが零れ落ちていく。玉座が、いや、いいや。玉座であると思い込んでいたものが蠢き。

 

 

 

―――そして、窮極の生命が花開く

 

 

 

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