世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第二百三十話

それは、清らかであった筈のもの。

 

それは、神聖であった筈のもの。

 

それは、大いなる存在であった筈のもの。

 

過去の人々が真樹と呼び信仰し、今を生きる人々に世界樹と呼ばれ畏怖される存在で在った筈のも。

 

そう、その筈だったのだ。なのに、けれど。それは清らかと言うには、神聖と言うには、大いなる存在と呼ぶには余りにも歪み淀み切っていた。

 

生き物とは此処まで壊れることが出来るものなのかと、思わずレフィーヤが驚くほどに。あぁだが問題はそこでは無い。彼等の眼前で悠々とその巨体を蠢かしている歪んだ世界樹は確かに強大で在るだろう。しかしそれでも今までであって来た同じ、強敵の内の一体として記憶に残る事に成るだろうが、しかし恐れ慄き動けなくなる様な事は無い。

 

そう、彼等ならば…だ。

 

「―――――――あぁ」

 

声が零れ落ちた。

 

他人の心が読めるわけでは無いレフィーヤにも、其れを見るだけで理解出来た。彼、ウラノスの心が折れてしまったのだと。いいや、或いはそうでは無いのかもしれないが。それでも、レフィーヤの印術が直撃して尚、彼の鋼の器は軋みはすれど健在で在る、だというのに彼はただ膝を折り歪んだ世界樹を見上げ続けている。だからこそ、そうで在るのだろうと彼女は思うのだ。

 

何故なのかは、彼女には分からないけれど。

 

歪んだ世界樹がその身を震わせるように蠢き、瞳を開く。何処か人を思わせる瞳を、ウラノスへと向ける。そこで漸く、彼の存在に気が付いたかのように見つめる。

 

そして何気なく、乱雑に。まるで埃を落とそうとするかのようにその触手を蠢かし、彼に向かって振り下ろした。

 

空気を裂き、ただ動くだけで衝撃を伴い彼へと向かっていく。其れの一撃を彼が、彼の鋼の器が耐えられるのか。それは流石に彼らには分からない。分からないから…動くのだ。

 

銃声が響く。

 

放たれたのは一発の銃弾。それはレフィーヤの放つ印術よりも早く、そして精確に恐ろしい速度で振り下ろされている触手を捉え、火炎を撒き散らし。僅かに勢いの衰えた所にすかさずレフィーヤの印術が叩き込まれ、触手を弾き軌道を逸らす。

 

『―――――――――――――――――ッ‼』

 

音、そう音が歪んだ世界樹から響く。まるで悲鳴のような其れはしかし、決して声とは言い難いものだった。けれどその音が声であるかどうかはどうでも良い。重要なのは、歪んだ世界樹が苦痛を訴える様に身もだえていると言う事だ。詰まり、彼等の攻撃が効いていると言う事なのだから。

 

自らを傷つけた存在を探すかのように忙しなく瞳を蠢かし乱雑に、手当たり次第に触手を振り回す。けれど、その程度であればなんの問題も無い。ただ雑に振るわれているだけならば彼らが動くには十分すぎる。

 

コバックがチラリと一瞬ウラノスを見て、すぐに彼の前に守る様に立つ。恐らく、先程の一瞬で後ろに下がってもらうのは無理だろうと判断したからだろう。無理やりと言うのも、重さ的に無理だろうし妥当な判断だろうとレフィーヤも思う。

 

さてと、視線を暴れまわる歪んだ世界樹から外す事無く彼女は軽く肩を解す様に動かす。と、その時だ。

 

「一体…何を」

「え? 何言ってるのよ」

 

思わずといった感じで、視線を逸らす事無くコバックがそう言葉を零す。そして、その言葉にレフィーヤも、いや彼等全員が同意する。本当に何を言って居るのかと。少しだけ、呆れた様子でレフィーヤが口を開いて答えた。

 

「もしかして私達が目の前でやられそうになってるのに助けないなんて事すると思ってたんですか? 流石にそこまで人でなしじゃないですよ」

「そうそう、流石の僕達でもよっぽどの理由が無い限りは見捨てないよ」

 

余裕があればだけど、なんて事を言いながらハインリヒはウラノスの状態をさっと見て、視線で彼らに伝える。自分ではどうする事も出来ないと。まぁ、分かっていた事だった。どう見てもウラノスのそれは薬とかでどうにかなる類のものでは無かったのだから。

 

そもそもがウラノス自身に対して普通の人間、いや生き物に対しての治療をしても意味が無いだろうが。なにせ、体が鋼な訳ですし。

 

「さて、と」

 

言いながら、軽やかに動き乱雑に振り下ろされた触手を躱すローウェン。視線を歪んだ世界樹に向けたまま、言葉をウラノスへと投げかける。

 

「で、如何する? 今回は退くって言うんなら守りながら戻る事もまぁ、出来るが。まぁその場合あれを放置することになるんだがな」

 

その言葉に、ウラノスが僅かに揺れる。彼が何を思って居るのか、レフィーヤには分からない。だがそれは間違いないだろうと思うの、今確かに彼の心は揺れている。折れているがゆえに。コバックとレフィーヤの二人に守られながら、虚ろな視線を歪んだ世界樹へと向け、そして。

 

 

「いや、言い方を変えよう…諦めるか?」

 

 

軋む音が響く。

 

「どんな目的が在ってここまで来たのかは、正直に言って俺達は知らん。ただ何となく、あそこにいた少女を如何にかしたかったんだろうなって思う程度のものでしかない」

 

だからと、軋む音を聞きながら彼は続ける。

 

「あの少女を諦めて戻るって言うなら、先程も言った通りに守りながら街にちゃんと返すと約束しよう。そう、あの状態の少女を放置して、諦めるって言うのならな」

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

軋む音が響く。

 

「さぁ、どうする?」

 

 

 

そして…彼は立ち上がった。

 

 

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