世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第二百三十一話

「――――――――……」

 

声が零れる。歪み軋み、今にも倒れてしまいそうなウラノスから掠れた声が。聞き取れないほどに小さな声が。

 

「――た、し…を」

 

声が言葉に成っていく。震えながらも、掠れながらもしっかりとした意味を持った言葉に。

 

 

「私を」

 

その言葉を、彼らに向けて。

 

 

「私を、連れて行ってくれ」

 

 

それは、如何とでも取れるとても曖昧な言葉。果たしてそれはどの様な意思を持って言葉にされたのか。それはウラノス自身では無い彼らには分からない。

 

いいや、分からないはずが無い。それ以上を言葉にされるまでもない。彼の覚悟を彼らはしっかりと受け取った。故に、言葉では無く行動をもって答える。

 

 

「おォおおぉっぉオオオおぉおぉぁァアアアぁアァァァアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッ‼‼」

 

 

ウラノスの絶叫が、いいや方向が轟き迷宮を揺るがす。彼はその鋼で出来た体が軋み歪み、亀裂が走る程に力を籠め、そして。

 

歪んだ世界樹の悍ましい瞳が蠢き彼を捉える。

 

彼の全力が、彼の覚悟が、彼の意思が余りに鮮烈で。だからこそ歪んだ世界樹は恐怖したのだ。理解してしまったのだ。或いは今瞳に捉えた存在は自らを滅ぼしかねないと。だから全力で一切の躊躇なくその凶悪な触手を以て今度こそ砕き終わらせんと蠢き振るう。

 

 

等と言う、致命的な過ちを…歪んだ世界樹は犯した。

 

 

知らなかった。だから無視してしまった。

 

知らなかった。だから視界から外してしまった。

 

そう、歪んだ世界樹は知らなかったのだ。

どれだけ強靭で在ろうと。

どれだけ凶悪で在ろうと。

どれだけ強大で在ろうと。

 

 

自分達を見ていない存在を叩きのめす事等、彼らにとっては余りに容易い事である事を。

 

 

トンッ…と、軽い音が響く。其れが一体なんであるのかは問うまでも無い。誰よりも早く、誰よりも正確に。彼、ローウェンによって叩き込まれたその銃弾は、悍ましき瞳の内にて…爆ぜた。

 

『―――――――――――――ッ⁈』

 

歪んだ世界樹から耳障りな音が響き渡る。苦痛に苛まれ、淀んだ体液を撒き散らしながら瞳を蠢かし。

 

「ほいっと」

 

一本の触手を飛ぶ。軽やかに、元々繋がってなど居なかったのではと思う程に、スルリと歪んだ世界樹から切り離され、音を立てて床へと落ちた。

 

瞳を巡らす。忙しなく、蠢き先程まで瞳に銃弾を叩き込んだ者を探して居た筈が今は触手を切り落としたものを探して居る。

 

だから、自らに迫る氷塊に反応できずに直撃した。

 

『―――――――――――ッ‼‼』

 

絶叫、いいやそれは歪んだ世界樹が響かせる悲鳴。それは余りの苦痛から零れ落ちた音。まるで恐れる様に、近寄るなと威嚇するようにその触手を振り回す。

 

その、前に。銃弾が打ち貫き、刃が斬り飛ばし、氷塊が叩き潰した。

 

彼らの攻撃が、情け容赦なく歪んだ世界樹の行動を阻害し封殺する。一瞬だけれど、しかし隙を彼らに見せてしまった故に、唯蹂躙されていく。抜け出すには余程の理不尽な力でねじ伏せるか、或いは彼等では遠く及ばない程の英知を以て打ち破るしか無いだろう。そして歪んだ世界樹ならば、理不尽と言えるだろう力でねじ伏せる事が出来るだろう。

 

 

ここに居るのが彼らだけだったならばの話だが。

 

 

衝撃が爆ぜ迷宮を揺るがす。余りに暴力的で、唯の人であればただそれだけで肉体が弾け飛んでしまうだろうそれは、しかし歪んだ世界樹によって引き起こされたものでは無い。

 

『―――――――――――ッ!?』

 

悲鳴が止まる事が無い。痛みに次ぐ痛み。そして、衝撃。侵食しているかの様に伸びている根が床から、大地から引きはがされ歪んだ世界樹が吹き飛ばされる。意味が分からないと、理解できないと言わんばかりに音を響かせながら何が起こったのかと治ったばかりの瞳を蠢かし其れを、彼を見る。

 

ウラノスを、見る。

 

彼が行った事は大したことでは無い。ただ、全力で突進しただけだ。技術も何もないそれは、しかし彼がそれを行った結果。文字通り根こそぎ歪んだ世界樹を大地から吹き飛ばし壁へと吹き飛ばして見せたのだ。

 

彼は、勢いをそのままに駆ける。

 

彼らによって力を振るう術を奪われた歪んだ世界樹に向かって。其の内にまるで囚われているかのようにある少女の元まで。もはや声を出すことも出来ぬその身を、動かして。少女に向かって手を伸ばす。

 

 

直後、その場にいた全員が死を幻視する。

 

 

勘、と言うものを通り越して彼らは確信する。これから自分たちは死ぬと。何が起こって、何をされてそうなるのかは分からないが、とにかく自分たちは死ぬ事に成ると。だがそれは何もしなければの話だと彼らは動く。もう遅いと感じながらも、銃弾と印術を叩き込み。吹き飛ばされた故に生まれた距離を塗りつぶす様に走る。迫る死を押し返す為に構える。

 

 

けれど、そんなものは無駄だとあざ笑うかのように。

 

光が、視界を覆い。

 

感覚を消し飛ばし。

 

そして。

 

そ、して―――――――

 

 

 

 

 

 

 

歪んだ世界樹が爆ぜた。

 

 

「―――――はッ?」

 

急速に視界に映る景色が色を取り戻していく。そして思わずと言った様に、零れ落ちる声。こんな事を何度も繰り返し、その度に危険だと分かっているのに。その瞬間だけはどうしても思考に空白が生まれる。何が起こったのか、本当に理解できなかったから。一体、何が起こって理不尽にもほどがある死の押し付けが唐突に失われたのか。その答えが瞳に映り込む。

 

痛みに悶える歪んだ世界樹が移り込む。いいや、違う。そうだ、もう一人いた事に今更気が付いた、思い出した。

 

 

そして、理不尽を払い除けた一人の少女が手を伸ばす。

 

 

それはまるで、ウラノスの手を取ろうとしている様で。いや、いいや。本当はどうであるか、等と言う事はどうでも良い。彼にとってはどうでも良いのだ。ウラノスにとってはただ、自らに向かって手を伸ばしてくれたと言う事こそが、大切なのだ。

 

だから、彼は走る。一瞬でも止まってしまった体を動かし少女の元へと向かって駆ける。

 

『―――――――――――――――――――――――――――ッ‼‼‼‼』

 

けれどそれを阻む様に音が、声が、悲鳴が響き。歪んだ世界樹は不快な音を響かせながら触手を再生させる。無理やりであったのか、更に悍ましく歪な姿を晒す。

 

 

そんな、無駄な足掻きを晒す。

 

 

「結局、どんな関係なのかは分からないでござるが」

 

トンッ、と軽やかな音が聞こえる。

 

「取り合えず、あれでござるな」

 

ウラノスを見て居た筈の悍ましい瞳に、その姿を映す。

 

「男女の仲を邪魔するような魔物は」

 

鈍くも美しい…煌めく剣閃が歪み果てた世界樹に振るわれる。

 

 

 

 

「拙者に斬られて死ね」

 

 

 

 

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