彼は進む。音を響かせながら。
歪み軋む音と共に歩む。急速に朽ちてゆく歪んだ世界樹から零れ落ちた一人の少女の元へ。崩れ落ちる様に膝を付こうとも、その鋼で出来た…けれど今はただ彼自身を縛る重しでしかないその体を引きずりながらも少女の元へ辿り着く。
手を伸ばし、酷く優しく少女の頬を撫でる。恐らく変わり果ててしまっていただろうに、けれどそうであったとは思えぬ程静かで存在そのものが淡く消えてしまいそうな少女を慈しむ様に。やっと、手の届いた掛け替えのない宝に触れる様に。その血の通わぬ、しかし心が宿ったその掌で触れる。
音が響く。軋み歪み、そして壊れていく音が。彼の体を構築する鋼が零れ落ちていく。それでも、己が崩れて行っているにも拘らず、彼は少女を抱きかかえ立ち上がる。壊れてしまわない様に優しく、壊れた己の腕で傷つけてしまわない様に。
そして、一言。小さく彼は言葉を零す。
――――――ありがとう
その言葉が、誰に向けてものなのか、それは考えるまでも無い事だった。ギシリッ…と、音を響かせながらウラノスは歩みだす。ただ、地上を目指して。
そして、あぁそして――――――――……
「其の後どうなったんですか?」
「さぁ?」
「成程、さぁですか。……え、さぁ?」
「そのまま見送った後に軽く探索して帰って来ただけですからね。その後なんて言われましても困るんですよね」
カチャリ、とカップを置き、軽く肩を竦めながらレフィーヤは言う。
「…え。追っかけたりとかは?」
「してませんよ、そんな事。と言いますかそもそも帰りはアリアドネの糸ですよ? どう追いかけろって言うんですか」
「じゃあ二人のその後の事は」
「知りませんよ。当然じゃないですか」
何でも知っているわけでは無いと、呟きながらケーキを一口。そうして、味や食感を楽しむ彼女を見ながら彼、ベル・クラネルは困ったような表情を浮かべた。
「そう、ですよね。けど、如何しましょうか」
「何に対してそんな困ってるんですか?……あ、そう言えば私達の冒険を本にするとか言ってましたね。其れに関係する事ですか?」
「はい、そうなんですよ。はっきり言いますけど、僕って本なんてもの書いた事在りませんでしたからね。と言っても、レフィーヤさん達から聞いた事を文字に書き起こしてるだけなんですけどね」
「あぁ……成程。だから、私が話す様な事は無いって言うと困る訳ですか」
とても単純な事で。文字通り書ける事が無いと言う事なのだから。
「えぇ、はい。レフィーヤさん達からすれば…その、不快かもしれませんけど」
「いえ別に、そんな事は在りませんよ。変な事を書かれるよりはずっとましですしね」
飽くまで私はだけれど、とレフィーヤは呟きながら紅茶を口にする。
「そんな、変な事なんて書く訳ないじゃないですか!」
「まぁ、そうですよね。分かって――――…」
「そんな事したらレフィーヤさん達の凄さが霞んじゃうでしょう‼」
「…はい?」
「あなた達の冒険は、僕みたいなのが手を加えて良いようなものでは無いでしょう‼ あぁ、そもそもがただ書きだすにしても才能の欠片も無い僕では十全には程遠い。何度、何度書いている時に自分自身を呪った事か‼ あぁ昔の僕の馬鹿‼ 興味本位でも、もっと色んな本を読んだり書いたりしておけばこんなことに成らなかったのに‼ あぁでもでも、その程度の事をした位じゃやっぱりあの人たちの冒険を書く事なんて出来る訳ないだろ何ふざけたことを考えてるんだ僕の馬鹿‼」
「お、おぉ……なんと言いますか。相変わらずなのは良いですけど、ちょっと落ち着きましょう?」
「あっはい」
「すっと落ち着きましたね。随分と切り替えが上手くなりましたね」
「いやぁ、頑張りましたから」
と、照れくさそうに頬を少しだけ朱に染めながら頭を掻くベル。何とも可愛らしいものだとレフィーヤは思う、まぁ見た目だけなのだが。その実、中身はどうしようもない位終わっているのだから手に負えない。尤も、そんな風にしたのは自分たちなのだが、まぁそれはそれだと思った事をレフィーヤは脇に置く。
「あ、そういえば」
「なんですか?」
忘れていたと言わんばかりに、言葉を零すベルに彼女は軽く首を傾げながらカップを置く。
「いえ、最下層を探索したんですよね? なにか凄い発見とか無かったんですか?」
「あぁ、其の事ですか。何かあったのかと訊かれれば…そうですねぇ」
と、視線を彷徨わせ考える様な仕草をするレフィーヤ。
「これと言っては、在りませんでしたね」
「あれ、無かったんですか?」
「えぇはい。他の遺跡とかと違って壁画のような物も在りませんでしたし、石像も在りませんでしたね」
「ダンジョンの最下層なのにですか?」
「ダンジョンの最下層ならあの少女と世界樹以外に何かあっても可笑しくは在りませんけど、元々はダンジョンじゃなくて昏き禍を封じる為だけの場所だったみたいですし。それ以外の用途は考えられてなかった、と言いますかそんな余裕がなかったみたいですしね」
「成程、と言う事は本当に何もなかったんですか」
「えぇ、なにも」
そう言いながらも、彼女の表情はとても満ち足りている様にベルには見えた。だが、それは当然の事だろう。何せ、彼らは決して宝を探し求めてそこへと目指していたのではない。依頼されたからと言うのは理由の一つに過ぎない。
冒険の全てを彼らは求めているのだ。
故に、冒険が出来た。依頼を達成できた。強敵を打ち倒した。宝物も何もなかった。其の全てが彼らの心を満たす。そんなどうしようもない位に冒険者なのだから。
「でも、とても楽しい冒険でしたよ」
と、笑みを浮かべながら言うのだった。