カリカリカリッ。
と、ペンを走らせる音が響く。
カリカリカリッ。
止まることなく、淀みなく音は続く。
正し、其れを響かせている人物の、いや神物の表情はどうしようもない位淀んでいた。主に疲労の所為で。今にも彼女、ヘスティアは目の前に積みあがった書類の山をぶちまけ破り捨ててしまいそうな雰囲気を漂わせていた。
そして、そんな様子をゆったりと彼女の執務室に置かれたソファーで寛ぎ乍ら出されたお茶を飲みつつ眺めているレフィーヤは随分と意地の悪い事をしているなと自分のことながら思うのだった。まぁ、別に気にすることじゃないかと直ぐに頭の中から追いやるのだが。
不意に、音が止まる。
視線をお茶から外し、ヘスティアを見る。彼女は軽く肩を解す様に回しながらレフィーヤへと視線を向けていた。
「それで、いきなり僕の所に来て何の用だい? 見ての通り、非常に忙しいんだが。まさか冷やかしに出来たんじゃないんだろうね?」
「まぁ、それはそれで面白そうですけど違いますよ。普通に用が在ってきましたし。と言うかそんな事すると思ってるんですか?」
「割としそうではあると思ってはいるかな」
酷いですね、なんて言いながら優雅にお茶をまるで見せつける様に口にする。別に、意味がある訳では無い。酷い事言われたから仕返しにして居る訳では無い、とレフィーヤは誰と言う訳では無いが心の中で思ったのだった。
「で、結局何用なんだい?」
「あぁ、其れはですね伝えておいた方が良いかなぁって思った事が出来たので来ただけです」
「僕に伝えておいた方が良い事?……それは、なんだい?」
静かに、ヘスティアはそう問いかける。先程までの緩い空気はそこにはない。張り詰めた空気の中で、それでも彼女は変わらぬ様子で言葉にする。
「一昨日ですね。私の、いえ正確には私達の知り合いから在る依頼が在りましてね。まぁ、其れも正確にはその人からの依頼では無いんですけどね」
「へぇ、その友人も気に成るけど…じゃあ誰からの依頼なんだい?」
「世界樹からの依頼…らしいですよ」
息をのむ音がする。自然と、ヘスティアの視線は外へと、外に聳える世界樹へと向けられる。
「あぁ、ここの世界樹では無いらしいですね」
そして彼女の頭に浮かびかけた考えをレフィーヤは否定するように言葉を口にする。
「なんでも、此処にある以外の世界樹から言葉が届いたそうでしてね。限界だとか、終わらせてくれだとか言って居たらしいですよ。そしてその届いた言葉のうちの一つが」
一息置いて、彼女はそれを言葉にする。
「星喰らい…だったそうです」
カタリッと、ペンの音が響く。けれど、それ以上に音は続くことなく沈黙が広がる。少しの間、ヘスティアは静かに、そして深く息を吸い、そして吐く。
「…そっか」
「あぁでも、本当に私や神ヘスティアが思った事様な事が起こっているかは分かりませんよ? 信憑性と言う点では、その友人自身も距離が在りすぎて曖昧だったからそこまででは無いって言ってましたし」
「だとしても行くんだろう?」
問いかける様な口調で、彼女は口にする。
「きっと世界樹が在るのは世界の果てと言うべき場所なんだろうね…」
「空の上らしいですからな」
「そして、そこに待っているのは星喰。名の通り星を喰らう厄災、化け物と言う他ない存在だ」
「まぁ、戦えば勝てるなんて事は口が裂けても言えないでしょうね」
「だとしても、だ」
二人の視線が交わる。しっかりと、逸らされる事無く。
「君は、君達は行くんだろう? 本当に、そこにあるかどうかも分からない星喰の封じられた場所。世界の最果てに揺蕩う世界樹を目指して」
視線が交わる。そして、確信にも似た何かが彼女の瞳には宿っていた。だから、レフィーヤは迷わずはっきりと答えるのだ。彼女の思った通りであろうその答えを。
「勿論ですよ」
沈黙は、無かった。想像通りの言葉に、思わずと言った様子でヘスティアは溜息を吐いた。
「それは依頼されたから…じゃないよね」
「いえまぁ、依頼されたからと言うのも理由の一つである事は確かですよ」
「理由の一つ、と言う事は…あれかい?」
「えぇはい」
軽く頷きながらお茶を飲み。そして口にする。
「だって世界の果てですよ? 行かない訳が無いでしょう、そんな楽しそうな場所に」
ヘスティアから苦笑が零れる。本当に、仕方が無いと言いたげに。
「全く君は、いや君達はかな。本当に分かり易いね。冒険者が此処までどうしようもない存在だと君達と会うまで知らなかったよ」
「自分で言うのは何ですけど。私達って冒険者の中でも結構極まってる方だと思いますから別枠扱いの方が良いですよ?」
「うん、そうさせてもらうよ。冒険者がみんな君達みたいだったら、大変すぎて僕の胃が壊れちゃいそうだしね。まぁ、楽しそうであるとは思うけどね」
「楽しそうなんていうあたり神ヘスティアも相当ですよね」
確かにね、と笑みを浮かべながら彼女は紙にペンを走らせる。
「はいこれ」
「なんですか?」
「正式に依頼にさせてもらったよ。勿論、相応の報酬も出すつもりさ。あぁ後、僕が知ってる事だけではあるけど星喰らいの情報もまとめておくよ」
「……そんな積りで伝えに来たわけじゃないんですけど」
「うん、知ってる。君達は頭の中が変と言うかあれだけどそこら辺、良識的と言うか善良だからね。本当に、伝えておくべきだと思ったから来たんだろう?」
「言い方があれですが…まぁそうですね」
「言っては何だけどね。僕は君たちの事を信頼してるんだよ。きっと依頼を完遂してくれるってね」
だからだと彼女は言う。其れは何故なのかと問う前に、彼女は笑みを浮かべながら口にする。
「世界樹を、僕たちの仲間を助けてくれるんだろう? そのくらいのお礼はさせておくれよ」
少しの沈黙の後。そう言う事かと…レフィーヤもまた彼女と同じように笑うのだった。
「その仲間から終わらせてくれって言われてるんですけど?」
「だとしても、助けてくれる事に変わりないだろう?」
「…まぁ、そうなるでしょうね」
「なら、其れで良いじゃないか」
ですかと言いながら、心の中でレフィーヤは強いとか、そう言う意味では無く、彼女には勝てそうにないなと。そう、思うのだった。