世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第二百三十七話

痛い。と、最初に彼女が思ったのはそんな一言で表すことのできる言葉だった。

 

吹き飛ばされ、強く強く体を地面に叩きつけられ転げながらも途切れてしまいそうになる意識を気合で繋ぎ留め、何処か他人事の様に感じているはレフィーヤは冷静にこう思う。

 

このままでは死ぬと。

 

そう思ってからは早かった。他人事で在った思考を無理やり現実に引きずり戻し、そして印術を以て氷の壁を作りだし自分自身を叩きつける事に因って無理やり止まる。咳は血に因って湿り体のそこら中からミシミシと嫌な音が聞こえ、呻き声や悲鳴も出ない程の痛みがレフィーヤを苛む。

 

けれど、それを歯を食いしばりながらねじ伏せるて勢いよく跳ねる様に起き上がる。

 

全身を駆け巡る痛みに一瞬意識が跳びかけるが、それを堪えつつ自身の状態を素早く確認する。思う様に動かないが、しかし幸運な事にどこも骨は折れてはいない。尤も、かなり罅は走っている様だが、動けない程では無いというのがレフィーヤの判断だった。

 

あれほどの衝撃だったのにかかわらずこの程度で済んだのは恐らく奇襲を仕掛けてきた何かと自信との間にコバックがいた事と、反射的に氷の壁を作りだす事が出来たからこそだろう。

 

尤も、無事では無いが問題ないと言えるのはそれだけなのだが。

 

「――――――ケホッ」

 

血を含んだ咳を零しながらレフィーヤは乱雑に手の中に在る木の破片を、いや杖で在ったものを払う様に落とす。文字通り粉微塵に砕けてしまったそれはもはや武器としてはどうやっても使いようがない。そして木は木でも世界樹の枝から作ったそれなり以上に頑丈だった杖がこのありさまならと、確認するように手を鞄の中に入れ。

 

思わず、レフィーヤは舌打ちを零した。

 

思った通り最悪な事に鞄の中身が全てゴミに変わっていた。まぁ杖でさえこれなのだから当然なのだがとレフィーヤは思いながらもはや重しでしかない邪魔な中身をぶちまける様にして捨て、気休めでしか無いが鞄に沁み込んでしまっていた薬を絞る様にして口に流し込む。量は少なく味もいつも以上に最悪の一言に尽きるが、幾分楽になった気がする体を動かし、視線を捨てたゴミに成ってしまった道具に向ける。

 

若しかしたら無事だったものも在るかも知れないが、そんな一つ一つ丁寧に確認している余裕があるとは思えないと彼女はすぐに思考を切り替えた。

 

ふっ、と短く息を吐き現実と向き合う様に辺りを見渡す。そして視界に移り込む光景は酷いものだった。

 

まず、道が吹き飛んでいた。いいや、正確に言うならば大穴が開いているというべきだろう。尤もどちらの言い方にせよ道としての役割を果たすことは出来そうにない状態である事に変わりない。だがそれに関してはまだ大したことでは無い、何度か同じような事を経験しているから。驚愕する様な事では無い。

 

そう、世界樹にもまた大穴が開いて居る事に比べれば。

 

幾ら枯れ果て様としていたとしても世界樹を突き破る事が出来るという事実が彼女には衝撃であった。いや正しく言うならば、世界樹を突き破ってきたにも関わらず勢いが衰えることなかった、或いは衰えて尚自分達に壊滅的な打撃を与える事が出来るその存在に、星喰らいと言う存在に対してだろう。甘く見ていた訳では無い、そう思ってはいたがしかし想定以上であったことは確かだろう。

 

「あぁー、ちょっとしんどいわねぇ」

「あ、コバックさん」

 

声に反応し、視線を向けるレフィーヤ。そこには自信と同じようにボロボロで、しかしそれでもしっかりと自身の足で歩くコバックの姿が在った。見ただけならばいつも通りに見える彼に倣い、レフィーヤ自身も無理やり余裕を作り出していつも通りに言葉を口にする。

 

「無事、では無いにしても生きてましたか」

「真っ先に死ぬ様じゃパラディン失格でしょう? まぁ無事では無かった時点で失格かも知れないけどね」

 

ほらと言いながら、彼は自身の利き腕を見せる。骨が折れ力無く垂れている腕を。

 

「痛そうですね」

「痛いわよ凄く。と言う訳で一応聞くけど薬とか無いかしら?」

「文字通りの搾りかすでよければまだあるもしれませんよ」

「と言う事はあたしと同じって事ね」

 

先程彼が腕を見せたのと同じように微妙に湿り気が帯びている鞄を見えると、彼は彼で同じことをしていたようでやはりかと肩を竦めてみせた。

 

「詰りちゃんとした薬を飲むためにはハインリヒちゃんに渡してもらうしか無いって事ね」

「そうなりますけど、ちょっと今ハインリヒさんは手が離せそうにないみたいですけどね」

 

と、軽くレフィーヤが指差した方向にはぐったりと力なく倒れるゴザルニとそんな彼女を治療しているハインリヒの姿が在った。忙しなく手を動かし続ける彼は視線だけを二人に向けると、雑に腕を動かして薬を投げ渡してきた。

 

そう言えば態々近づかなくても良かったのかと、今更自分が結構混乱していたのだなと思いながらそれなりの勢いがついていた薬を受け取り、一気に胃の中に流し込む。

 

流石に腕が折れてしまっているコバックはしょうがないが、レフィーヤはある程度だが痛みが引き、これで問題ないだろうと思いながら今度は治療を受けているゴザルニを見る。

 

少し離れているが瞳だけを動かして二人へと視線を向けてきている事から意識は失っては居ない様だが。咄嗟にレフィーヤが生み出した氷の壁と自身盾とそれを扱う技量でなんとか凌いだコバックと位置的にそんな彼に守られたレフィーヤ。そもそも奇襲から逃れることが出来たハインリヒと違い、防御では無く回避を主軸としていた彼女は先程の一撃で少なくない痛手を負ってしまった様だ。

 

尤もあれだけの威力があったのだ、人の形を保っている時点である程度は躱したようなのだが。それでも治療が終わった所で直ぐに動く事が出来る程では無いだろうとレフィーヤは思う。

 

と言う事はと息を吐きながら辛うじて無事だった微妙に湿っている手袋を嵌め、調子を確かめて整える。視界の端で少し歪んでいるがそれでもまだ使えそうな盾を手にして調子を確かめるコバックを見る。利き腕で無いから少し勝手が違うのかもしれないなんて思いながら。

 

現状、動くことが出来るのはコバックとレフィーヤだけ。先ほどの通りゴザルニは動けずハインリヒはそんな彼女の治療中。

 

そして、ローウェンの姿は…そこには無い

 

けれど、不思議と彼は大丈夫だとレフィーヤは思えたから取り乱すことは無かった。普通に考えればハインリヒを庇った彼は防ぐにしろ躱すにしろ間に合わないだろうという結論に至る。なのに、何故かローウェンなら大丈夫だと思えるのだから仕方ないと思わず笑みが浮かぶ。信頼、とは少し違うかもしれないが悪いものでは無いだろうと。

 

まぁなんにせよ、取り合えず時間稼ぎをすればいいのだから気が楽な物だと、再び投げ渡された薬を湿っている鞄に叩き込み、汗が滲む手を握りしめながらも無理やり余裕を作り出し。道に出来た大穴から這い出る様に姿を現したそれを。

 

星を喰らうものを、見る。

 


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