星喰い。
酷く歪で、何処か飢えを感じさせるその存在はレフィーヤが想定していたよりも速くは無かった。もっとも、それでも普通の魔物とは比べるまでもない程の差はあるが、対応できない程では無かった。
ズルリッと、宙を這うかの様に進み迫る星喰い。三本の左腕を動かし、その先に延びる三つの二股の光の剣を振りかぶる。
それぞれがそれぞれ異なる動きをする三本と六本。星喰いそのものの動きとは違い、寒気を感じる暇もない程の速度で振るわれる刃を、氷の壁を作りだすと同時に全力でその場から飛んで避ける。
即座の体制を整えて、見えたのはそこそこの強度があるはずの氷がスルリと斬られズレ落ちる。
今までもあの領域の存在に対して盾としてはそれなりに役立っていた氷が、しかし砕かれるのではなく斬られてしまうというのはそう多くは無い。そしてそんな氷を見て、やはりと言うか直撃すれば命は無い。
白い仮面を思わせる顔が蠢きレフィーヤを捉える。ぞっとするようなその視線を彼女に向け乍ら胸部と思われる場所にある良く分からない何かを振るえ。
直後、レフィーヤは音の津波に飲み込まれた。
特別でも何でもない、唯大きいだけの音。それが一つの凶器として彼女に襲い掛かり吹き飛ばす。だが先程よりはましだと、ふらつき頭が上手く働かないがそれでも衝撃を殺し、態勢を整える。
『――――――――――――』
なにか音がした気がレフィーヤはした。コバックか誰かが何かを言って居るのかもしれないが、先程吹き飛ぶほどの音を浴びたばかり。耳が上手く機能していない故によく分からない。
揺れる視界、しかしレフィーヤは確かにコバックが上手く動けない自分のカバーに動いたのが見えた。
歪んだ盾に、折れている利き腕。全身が薬でいくらかマシに成っていたとしても痛みを訴えているだろうその状態にあっても彼の技術は神がかっていた。何度見ても、あれだけは真似できそうに無いと何時もレフィーヤは思うのだ。
あの、絶妙に鬱陶しい動きは。
着かず離れず、当たりそうで当たらない様に、避けれる位置と避ける事の出来ない距離との見切りは完璧。それでいて注意が自分からそれてしまわない様に敢えて光の剣を盾に掠らせてみせたりもする。
あんなにも酷い状態がだ、それを感じさせずにやるべき事をやっている。
だからレフィーヤも動く。杖が無い所為で大雑把では在るが術は問題なく発動する。気にすべきはタイミングなのだが、コバックとの一瞬の視線の交差。それだけで事足りる。
コバックが大きく飛び退くのと爆炎が星喰いを飲み込むのは筈かな時間差。あと少しでも遅れていれば巻き込んでいただろうし、速すぎれば感づかれていたかもしれないという絶妙なタイミング。長い間共にいた事とコバックの技量があってこその物。
さてと、細かく位置と距離を調整しつつ、星喰いを見る。僅かに微かに焼ける音を響かせながら仮面の様な顔を蠢かしている。三本あった左腕の内の一本が失われているのに、まるで気にしている様子が無い。
「思ったよりは効いてますね」
なんて言葉が零れるが、はっきり言って予想外では在った。今までに戦ってきた存在よりも、脆いと言って位なのだから。先程の術も、精々軽く傷が出来ればいいな程度のものだったのだ。だから、まさか腕が一本吹き飛ぶとは思って居なかったのだ。いい意味で想定外な事だと言えるだろう。
目の前で星喰いが蠢きながら新しい腕を生やさなければだが。
あぁそう言えば回復するとかなんとか書いてあったなと、そんな事を思い出しながら其のままだったらかなり楽だったのだがやはり都合よくはいかないかと気合を入れなおし、睨むように見る。
そんな彼女の視線を受けながらも星喰いはなおその体を震わせ蠢く。怪音を響かせながら、人で言えば足に当たるだろう部分に何かを生やす。
それがどの様な物なのか。それを考える暇などないと言わんばかりに光を脚部に在る何かから噴き出し。
気が付けば、視界が回っていた。
「――――――――――――――ぁっ?」
掠れた声がレフィーヤの口から零れる。いや、それ以上の音が出なかったと言うべきか。
くるくると、くるくると止まることなくめぐり続ける視界。また吹き飛ばされたのかと思うが、其れにしては衝撃が小さかったような、なんて思うレフィーヤは受け身も取れずに地面に叩きつけられた。
息が詰まるような衝撃、けれどそれは直ぐに何かが抜け落ちていく感覚に飲まれて消えた。不思議な事に痛みは感じず、しかし熱が失われていくのが分かった。はて何が起こったのかと、動かない体の代わりに視線を巡らせて。
ポツンッと、取り残された自分の下半身を見つけた。
「――――――――ぁぁ…」
成程、と言おうとして息だけがレフィーヤから零れ落ちる。だが分かった。自分は斬られたのだと分かったのだ。そしてそれは疑うまでもなく、致命傷である事も。
視界の端で、コバックが何かを叫んでいる。だがそれだけでなんと言って居るのかは分からない。耳が可笑しくなっているのか、単純に聴く力が弱まっているからなのか。そこの判断はレフィーヤには出来なかった。だが、一つ分かった事が在る。
『――――――』
レフィーヤの首元から零れ落ちた音を垂れ流すそれ、かの超越者が作り出したというペンダント。それが先程からしていた音の正体である事だ。そう言えば硬いらしいから若しかしたら盾代わりになるかも、なんて思って付けてきたのだったと今更彼女は思い出した。
『―――は――――故―――をめ―』
雑音でしか無かったそれに、言葉が混じる。引き飛ばされたりした衝撃で少し治ったのか。それとも単純な距離の問題か。勿論、彼女には分からない。そも、もう音を上手く聞き取れないでいた。
『ファフ―――――を―――て、完――――とする』
けれど、だというのに。その言葉だけは。
『最――に――葉をか―――に、冒険者――に―――残す』
彼女は、はっきりと聞いた。