世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第三十五話

運が悪かった、唯それだけの事。降りようとした際に偶々下の階に其れが居て、偶々それが上へ向かうのと重なってしまった。そう、偶々だ。だから、運が悪かったのだ。

 

レフィーヤはそれが酷くゆっくりに見えた。舞う雪に土、崩れていく地面。現れた蟷螂の様な怪物。そして、吹き飛ばされていく……ローウェン。

 

あぁ、彼は空も飛べるのか、何て的外れな事を考えて。

 

「止まるな動けッ!!」

 

怒声。ハインリヒから放たれた其れが、急速にレフィーヤを現実に引き戻す。今、どの様な状況なのか、現れたのは恐らくD.O.Eだ。それが階段を破壊して現れてそして、ローウェンを吹き飛ばしたのだ。彼は空など飛べないのだから。心配は、ある。けれど彼の事だ。何でも無いかのように直ぐに銃声を響かせて現れる事だろう。

 

 

と、そう思っていたのに。

 

 

響かない、現れない。思ったよりも遠くに飛ばされてしまったのだろうか。それとも身を隠して隙を窺っているのだろうか。或は、もしかして…動けない状態なのか?

 

いや在り得ないだろう。あのローウェンがそんな状態に成るなんてとてもでは無いが考えられない。ならばやはり前の二つどちらか、遠いのか窺っているのかだ。でも、あぁ、でも。もしも動けない状況なのだとしたら助けなければ。だから、レフィーヤは動こうとして。

 

「だから動けと言っているだろうッ!!」

 

ハインリヒのタックルを食らう。二人とも、転がる様に倒れて、何をするのかと怒鳴る…積りだった。見えたのは、何かを振り抜いた様な恰好の蟷螂、考えずとも其れが何をしたのか分かる。その巨大な鎌を振ったのだろう。レフィーヤを刈り取る為に。

 

ぞっとする。もしもハインリヒがタックルしてくれていなければ、体が二つに分かれていたのかも知れないのだから。お礼を言うべきかと、口にしようとして。頭から雪に突っ込んでいたハインリヒが跳ね起き。

 

「良し、二人は出来る限り時間を稼いでほしい。僕はローウェンを見てくる」

 

そう言って走り出す。漸く冷静でなかった事にレフィーヤは気が付く。そうだ、何かがあったにしても自分が言っても何も出来ないだろうと。いいや、メディカと言うポーションの様な薬が有るから出来ないと言う訳では無いが、メディックである彼の方が良いだろう。

 

ならば言われた通り時間を稼ぐと立ち上がり睨む様に視線を向けて、全力で伏せる。

 

直後に頭上で風切り音。横薙ぎに振るわれた鎌が通り過ぎる音。冷や汗処でなく、さっきから最悪が頭から離れてくれない。あんなものが振り回されているのに前に出て盾で受けているコバックは凄い。

 

でも何もしない訳には居なかないし此の侭、動かないと刈ってくれと言っているようなものなので走り出し、火球を放つ。

 

直撃し、爆ぜる。

 

しかし、鬱陶しげに体を揺するだけ。やはり効かなかった。分かり切っている事だが、凄まじいなと思わずにはいられない。こんなものを、彼は一人で倒したのかと。まぁ、あの時のはもっと小さかったけれど。

 

だが、仕方が無いし構わない。別に倒す積りでやっている訳では無い。だから、続けて放つ。出来る限り敵の意識がコバック一人に行き過ぎない様に、けれど、完全にこちらを見ない程度に。上手くできているかは分からないけれど、コバックがフォローしてくれている。

 

少しだけ、余裕ができる。さて、ハインリヒの方はあとどの程度掛かるのだろうかと考えて。

 

 

――――――――――――――ッ!!

 

 

甲高い音が響いた、いや、轟いた。

 

それは物理的な衝撃を持ってレフィーヤとコバックは吹き飛ばす。何事かと体勢を整えながら見ると、蟷螂は羽根を激しく振るわせていた。あれに因って音を出しているのだろう。何とかしたい、だが余りの音量に耳を塞ぎこれ以上に吹き飛ばされない様に踏ん張るのが背一杯だった。

 

やがて音は止み、蟷螂は体を揺すりながらゆっくりとレフィーヤを見る。少し攻撃し過ぎたかと、距離を取り。牽制に火球を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事が出来なかった。

 

「―――――――ぇ?」

 

声が掠れて上手く出ない。だが、そんな事は如何でも良い、眼中にない。火球が、印術が放てなかったのが問題だ。

 

杖を振るう…でない。

印を刻む…でない。

 

でない、でない、いいや、出来ない。印術が―――――――使えない。

 

 

なんで?

 

 

近づいて来る蟷螂は見えない、唯疑問に思いながら杖を振る。なんで、なんで。さっきまで使えたのに。なんで使えないのかと。まるで、そうまるで。全部、夢幻だったみたいじゃないか。

 

 

 

―――――なにか、壊れた気がした。

 

 

 

力が抜けて杖を落とす

そうか、夢かと蟷螂を見ながら思う

なら、ここで

ここで、あれに刈られたならば

きっと夢から覚めるのだろうなと

身を委ねて

 

 

眼前に何かが立ち塞がり、共に吹き飛ばされる。

 

 

痛い。そう感じ、吹き飛ばされたのかと思う。なんで?何もしていなかったのだから、あんな巨大な鎌が振るわれたなら痛いと思う事すら可笑しいだろうと、視線を彷徨わせて。コバックが倒れ伏しているのを見つけた。

 

あぁ、彼に守られた事に気が付いた。でも、なんで守ったのだろうかと疑問に思ってしまった。だって、夢なのだから。

 

夢、夢、夢……目が覚めれば消える。

 

現実では無い。だから、そんな無理に立ち上がる必要なんてない。盾も無いのに前に出ようとしなくてもいい。だから、だから。こんな何も出来ない自分を。

 

「守ろうとしないでください」

 

「断る」

 

振るわれる、巨大な鎌が。コバックは其れでも前に出る。盾も無く、武器も無い。あぁ、死んでしまうのだなと他人事の様に思いながら。

 

コバックを押し退ける様に前に出る。

 

突然の事に、体勢を崩したコバックが何かを言っているが気にしない。だって夢だから。あぁいや、夢だからこそこんな事が出来たのかと、少しだけ可笑しくなりながら。

 

随分と長い夢だったなと思いながら見た、迫る鎌を。

 

 

 

 

 

―――――――――ダンッ!!

 

 

それが、銃声と共に弾かれるのを。

 

「しゃぁおらぁ!! 生きてるかお前らぁっ!!!!」

 

大声、其れはローウェンのものだった。思わず、唖然とレフィーヤは立ち尽くして彼を見る。

 

「え、あ……無事、で?」

「無事? 無事に見えんのかよ?! こちとらコートはばっさりいかれるは、その所為で弾は散らばるは、その散らばった弾が背中にぶっ刺さるはで三重苦にだぞおいこら何処が無事だこら。碌に戦えない状態だぞ今の俺は」

 

止まる事の無い言葉を垂れ流しながらも蟷螂はきっちり動けなくするローウェン。其れをしっかり確認すると。

 

「良し逃げるぞ」

「え?」

「えじゃねぇよ。言っただろ弾の大半が散らばったって。とてもじゃ無いが戦える状態じゃ無いって言ったよね俺?流石にこんな状況じゃ無理だからね?それとも物理でやれってか?殴り掛かれとでもいうのかお前は?!」

「い、いえ。言いません!」

「じゃ帰るぞって事でハインリヒ!!」

「こっちは大丈夫だ!!」

「はい撤収!!」

 

言葉と共に、ローウェンは何かを叩き付け。

 

 

 

気が付けば、彼女達はアスラーガに居た。

 

あぁ、これがアリアドネの糸なのかと、レフィーヤは不思議に思いながら。

 

 

 

 

意識を手放した。

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