悲鳴が聞こえる。酷い異臭が鼻に付く。其処だけが、正しく真冬の様に肌寒い。其の全てが、レフィーヤの瞳に映っている怪物の仕業だ。
見れば酷くボロボロなゴザルニが戦っている。攻撃でも受けてしまったのだろうか。駆け付けたポシェも、戦いに加わろうとしている。そう言えば、カースメーカーはどんな戦い方をするのか知らなかった、何て他人事の様に考えながら。
レフィーヤは動けなかった。
何で、こんな場所に来たのか。それは彼女自身にも分からなかった。何も出来ないと思いながら、邪魔でしかないだろうと思いながら、なんで。
実際、暴れている花の怪物を目の前にして、動けていないじゃないかと。
振るえている事を自覚している。怖いと、敵が怖い。恩恵が無い自分は、いいや彼等も無駄な行いをしていると思ってしまっている。神の居ない、神に見捨てられた世界で何を足掻いているのかと。
それが侮辱であると分かっていながら、いや、分かっているから口に出していないのかも知れない。自分が、真っ先に諦めてしまったから。
映る花の怪物の動きが、目に見えて鈍くなる。なにがと、考える前に視線が暴れ狂う蔦から逃れる様に動いているポシェに向かう。恐らく、彼女がやったのだろうと辺りを付けて。
怪物から、悲鳴の如き甲高い音が響く。
不快と言う他無い音は、心を掻き毟るかのようにレフィーヤの耳にも届く。あぁ、この感覚を彼女は知っている。あの蟷螂の時と同じだ。何も出来なくなった時と。
ポシェの動きが鈍る。何か、確かめる様に口を開き、閉じた。先程まで、ずっと何かを呟いている様に見えたのにそれを、いや其れが出来なくなっているように思える。
花の怪物は頭部を振るわせて毒々しい花粉の様なものをまき散らす、あれはあの朱に染まる宿り木と名付けられたものが使っていた物と同じ。注意を呼びかけようとして・・・声が出ない。
明らかに危険であると分かる其れを避ける様に下がるゴザルニを見ながら、声を出す事も出来ないのかと愕然とする。
なんだこれは?
本当に何の為に此処に居るんだ私は?
愕然と、唯立ち尽くす事しか出来ない彼女は。
「レフィーヤ殿!?」
吹き飛ばされた。
――――――……
意識が遠のく中、声が聞えた気がした。
――――――…帰りたい?
声、其れは前と同じ事を問い掛けて、彼女は其れに頷いた。
――――――…帰ろう?
また、手を差し伸べられる。あの時と同じで、其れを取れば帰れるかも知れないと思えてくる。いや、若しかしたら本当に帰れるかも知れない。だから、彼女は手を伸ばし・・・・・しかし、躊躇う。
なにか、何かが彼女の中で引っかかっている。ここで手を取れば、帰れば後悔すると。
なんで、なんで後悔すると言うのか。何に後悔するというのか。帰りたい、帰りたいからあんなに必死になって迷宮に行ってたんだろうと。必死に、必死に手を取ろうとする彼女はしかし、反するかのように取る事が出来ない。
そんなレフィーヤの手を差し伸べた手で包む様に触れられた気がした。
――――――…帰ろう
優しく、しかし力強く手を掴むそれは。
――――――貴女が帰るべき場所へ
語りかける、酷く優しくまるで諭すかのように。
――――――そうすればもう
そして、レフィーヤは手を引かれて
――――――無力ではないのだから
「あ”?」
その手を握り潰した。
――――――ッ?!
驚いた様に声が遠退く。自分でも少し驚いている。主に、自分はあんな声が出るのかと。
――――――……どうして?
声が問い掛ける、何故。その様な事をしたのかと。あのまま、手を引かれていけば、帰れたのにと。其れに対してレフィーヤは、少しだけ視線を彷徨わせて、何も見えないなと思いながら。
「なんか…ムカついたので」
言ってローウェンみたいな事言ってるなぁ、と思いながら声を探す。そう言えば何処から聞えて来ているのだろうかと。
――――――…どうして?
再びの問い掛け。どうして、そう思うのかという事だろう。そう言えば何故だろうと考えて。
「なんであなたにわたしの事を弱いだとか、無力だとか言われなくちゃいけないんですか」
そう、それだ。最初、夢だと思った。次に語り掛けてきたのは自分だと思った。自分が、自分自身にそう言っているのだと。けれど確信した、無力だと言われて理解した。この声は、夢でも無ければ、自分の本心でも無い別の誰かだと。だって、そうだ。
「私が帰りたい理由は、そんなのとは違う」
断じて
断じて
断じてッ!!
「力を…恩恵を取り戻す為なんかじゃ無いッ!!」
あの人に、あの人達にまた会う為だ。
――――――どうして?
問い掛けてくる、レフィーヤは振り払う。
――――――帰れるのに
其れは事実なのだろう、けれどレフィーヤは振り払う。
――――――帰れるのに
――――――帰れるのに
――――――帰れるのに!
――――――帰れるのに……ッ!!
――――――どうして!?
「帰れる訳無いでしょう」
否定する、レフィーヤは声を否定する。帰る積りが無いのではなく、帰れないと。だって、だって。
「友達が戦ってるのに私だけ逃げた…なんてことしたら、胸張ってあの人達の所に帰れないでしょう」
それに
「まだ、冒険の途中ですから」
だから彼女は声を振り払う。
絶叫、悲鳴のようにすら聞こえる其れは、淀んだ怨讐がへばり付いていた。けれど、そんな事は知らない。だから如何したと振り払う。問い掛け続ける声も、怒鳴り散らす声も。
全部
全部
全部
振り払って。最後に小さな光が残った。これが最後かなと思いながら、しかしこれは今までのと違う気がして耳を傾ける。
『力は必要ですか?』
問い掛けてくる。あぁ、そうかと思い至る。見た時から何かに似ていると思っていたが。
神に似ているのだ。それは在り方か、それとも力か。彼女には分からなかった。分からなかったけれど。彼女はその問い掛けに。
「いいえ、必要ありません」
そう答えた。どうしてと、光は問い掛ける。此処で頷けば、きっと恩恵の様なものを得られるだろうと彼女自身思いながら、しかし、しっかりと答えた。
「戦う力が無くても、勝利する術があります。それに……仲間も居ますので」
言葉に、光は可笑し気に瞬いて…消えた。
そして、レフィーヤ・ウィリディスは覚醒する。