ゆっくりと、息を吐く。苦しさを感じたからだ。レフィーヤ自身、呼吸を忘れていたのかと、漸く自覚した。それ程まで目に映る巨木に、琥珀色の世界所に見入っていたと言う事だろう。
深く息を吸って、吐く。
「もう良いか?」
声を掛けられ、その事に驚いて肩を揺らしながら見る。ローウェンが、何故か楽しそうに笑みを浮かべながら見ていた。呼吸と一緒に、彼が、いや彼に此処へ連れて来てもらって居た事を思い出し、少しだけ恥ずかしく思う彼女。はいと、短く肯定の言葉と共に頷いた。
「滅茶苦茶見入ってたな。まぁ、分からなくも無いけど」
言いながら、ローウェン自身も世界樹へと視線を向ける。つられる様に、レフィーヤも再び。
やはり、凄い。そう凄いのだ。他に感想が在るとすれば綺麗だろうか?
いや、いいや。やはり違うだろう。レフィーヤは思うのだ。凄いと、唯それだけを。
「あの世界樹にはな、色々と噂があるんだよ」
まるで語る様に彼は口にした。噂とは?
疑問に思い、レフィーヤは彼を見る。
「その噂って言うのは、まぁ、本当に色々でな。その麓には楽園へと繋がる道があるだとか。将又、不老不死に到る秘密があるだとか。もっとシンプルに、幾ら世代を重ねようと使い切れない様な財宝が眠っているだとか。本当に色々だ」
実際は如何なのか知らないが、そうローウェンは世界樹を見つめながら口にする。
「そう、知らない、分からないんだよな。寧ろ、分かってる事の方が少ない。分からん分からん。あぁ、本当に分からない事が多すぎて嫌に成るよ。まるで」
そうまるで。彼は、レフィーヤを見る。
「今の君の状況みたいだろう?」
そう、かも知れないとレフィーヤは思う。分からない、分からない、確かに分からない。自分が何故此処に居るのか知らない。何時の間に居たのか分からない。
知らない、分からない。
「世界樹が分からない、ウィリディスも分からない。分からない・・・・・の、だが、だ。面白い事にな、其れを解き明かす術が在るんだよ。世界樹に関してだけどな」
「……え?」
「あ、今驚いたな?」
言いながら可笑しそうに笑うローウェン。それが何と無く気に入らなかったので、レフィーヤは睨んでみる。怖い怖いと、彼はおどけた様にして見せてから言葉を続けた。
「迷宮と呼ばれる場所がある」
スッと、手を動かして。しかし、何処を差すと言う訳でも無く、彷徨わせて。
「如何いう訳かは知らんが、あの世界樹の近く・・・と言うには聊か距離があるかも知れないが。其処に不思議な場所が幾つも存在する。其処を迷宮と呼んで居るんだ。さて、何が不思議だと思う?」
問い掛ける様に、レフィーヤを見る。彼女は少し考える様な仕草をして。そして、首を振る。
「分かりません」
「凄い素直だねほんと。まぁ、仕方ないとも。と言うより正解されたら俺が困る。因みにその正解は、出入りする度に構造が変化する、と言うものだ。階層数自体は変わらないんだがな……多分」
「はぁ?!」
自分の事ながら、変な声が出たと思うレフィーヤ。しかしだ、仕方が無いだろうと思う。
出入りする度に構造が変化するって何だ?
意味が分からないにしても度が過ぎる。そんなもの、彼女が知る其れでも無かった筈だ……多分。そうで在って欲しいと、レフィーヤは思った。
返って来る答えが何と無く想像できるが、一応、問い掛ける。
「あの、如何してなのかというのは?」
「当然だが、世界樹と同じだ」
やっぱりと思わざるを得ない。まぁ、何故なのかというのを理解して居たらそれはそれで困るのだが。説明されても、という意味でだ。
「でだ、話が変わる・・・と言う程でないが。そう言った世界樹の周りにある迷宮……多くの人々は其の儘に世界樹の迷宮と呼ぶ其処に、当然ながら挑む者達がいる。其のモノ達は、挑む理由は様々であれど、皆が皆、こう呼ばれる」
――――――――冒険者と。
驚いた様に、レフィーヤは彼を見る。冒険者、その言葉は彼女もよく知るものだったから。彼女も、そうだったから。
「因みに、そう呼ばれる理由は単純に冒険する者だからだな。まぁ、言うまでも無いか」
しかし、違った。
レフィーヤの知る其れとは違った。もしも、彼女の知る其れだったならば、冒険をする者と言うよりは、そう、見初められた者と言う方が正しいのだから。
「さっきも言ったが、冒険者が迷宮に挑む理由は様々だ。世界樹の噂を聞きつけてとか、他にも強くなりたいとか其処でしか取れない素材が欲しいとか、果ては暇つぶしなんて奴もいる」
やってる事は、変わらないのだろう。流石に暇つぶしで、というのは分からないが。
「あとは、そうだな……分からないから、知りたいから挑む、何て奴も居るだろうな」
その言葉に、何故彼が自分を此処に連れてきたのか、レフィーヤは分かった気がした。
「何故迷宮は構造が変わるのか知りたい。何故世界樹の周りにそんな物が在るのか知りたい。世界樹に纏わる噂が本当か知りたい。そもそも、世界樹とは何なのか知りたい」
「まぁ、詰りは何が言いたいのかと言えば」
「ウィリディス、君―――――――――――――冒険者に成って見ないか?」
思っていた通りの言葉を、ローウェンは笑みを浮かべながら口にした。