言葉が出て来なかった。レフィーヤは何と答えれば良いのか、分からなかった。
既に、冒険者だと言えば良いのか?
それとも、何も言わずに頷けばよかったのか?
或は、彼から冒険者に関しての事をもっと知る為に問い掛ければ良いのか?
幾つかの言葉、行動が彼女の脳裏に浮かんでは消えて。嗚呼、しかし如何しても消える事無くこびりついた言葉が…一つ。
――――――――無理だ。
否定の言葉。何故、その言葉が消える事無くあり続けるのか。如何して、如何してと考えて。僅かに痛みを感じた気がした。ハッとする。今までは忘れていた。何か別の事に集中していた、或は混乱してたからか。だから忘れていて。そして言葉の意味が、分かった気がした。
繋がっていたかのように思い出されるのは、あの蝶の姿。ローウェンが不思議の迷宮と言った場所で遭遇した大きな・・・しかし、唯の蝶。何度思い返そうと、脅威に成る様な存在では無かった……筈だった。
躱せるはずだった……なのに吹き飛ばされた。
耐えられる筈だった……なのに気絶する程の痛みを感じた。
冒険者だったのに、神に認められて居たのに。なのに、まるで唯の人のように体が上手く動かずに、吹き飛ばされて痛みで気絶して。まるで、其れはまるで。大切な何かが失われた様な。
嗚呼、言葉が零れる。分かってしまった。そういう事なのかと。できる事なら、否定したかった。だが、不思議と、そうなのだと確信してしまった。今の、レフィーヤには――――――
「迷ってるのか?」
掛けられた言葉、其れは問いで。的外れなモノである様にレフィーヤは感じたが、傍から見れば悩んでいるように見えたのかも知れないと、まるで他人事の様に感じた。
「うーん。冒険者気質だから直ぐに食いつくと思ったんだがなー」
「いや冒険者気質って何ですかそれ?」
思わず問い掛けてしまった。いや、仕方が無いだろうと。才能があるとか、そういうのではなく気質とは。
「ん? いやだって。見て感動してたし、聞いて楽しそうだったからな。もう、これは冒険者と言う他無いだろうって感じだ」
「―――――――は?」
首を傾げた。見て感動していた、というのは分かる。世界樹を見て、そして実際に感動と言う他無い感情が駆け巡っていたのを自覚していたからだ。しかし、聞いて楽しそうだったとは、如何いう事なのか?
そう、疑問に思うレフィーヤに、意外そうにローウェンは言った。
「あれ? 自覚無しだったか。君、迷宮の話を聞いた時、滅茶苦茶楽しそうにと言うか、嬉しそうに笑ってたぞ?」
「わら……え?」
口元に手を当てる。笑っては、いなかった、そう今は。しかしだ。本当に、本当に自身は迷宮の話を聞いた時に笑っていたのか?
もし、仮にそうだとしたら……何故?
「あー……さっき、冒険者が迷宮に挑む理由は色々あるって言っただろう?」
その言葉には、頷く。大体変わらないと思った其れだ。
「でもぶっちゃけ、其れって少数派なんだよ」
「はいッ?!」
レフィーヤも驚くまさかの言葉である。え、少数派なの!? 思わず目を見開いてしまった彼女に。ローウェンは楽しそうに笑ってから。
「そう、割と少ないんだよ。そう言ったちゃんとした理由を持って迷宮に向かうやつって。じゃあ何で迷宮に挑むのか? そう思ったなら、君は考え過ぎだ。単純に冒険者が、冒険者だから挑んでいるんだよ」
まぁ、詰まりはと言葉を置いて。
「唯、冒険がしたいから……其れだけだ」
「それ…だけ?」
「嗚呼、其れだけだ。まぁ、流石に目的を持っている奴が少数派って言うのは言い過ぎかもしれないが……結局は、其処に行き付くんだよ」
何だそれは、そうレフィーヤは思わずにはいられなかった。迷宮、迷宮だ。もし知っているのと、そう変わらないのであれば間違いなく危険な場所だ。未知のモンスターに、天然のトラップ。自分よりも弱い物しかいないと思ったなら其れは間違いで。油断すれば、慢心すれば死ぬ。それがどれだけ強い者であろうと。それが、迷宮。それが、ダンジョンと言うものだ。
其れに、冒険したい。唯、それだけの理由で挑む?
余りに其れは、馬鹿と言うやつでは無いのか?
レフィーヤはそう思い、思い。しかし、否定できなかった。
冒険、そう冒険だ。行った所の無い場所に向かう。誰も知らない素材を手にする。前人未到の秘境に足を踏み入れる。圧倒的なまでに強い魔物と相対す。
それが、どれだけ危険な事なのか。それが、それだけ困難で険しい道のりであるのか。間違いなく、大半は半ばで朽ち果てる事だろう。
冒険者は…冒険してはいけない。浮かぶ言葉は、何度も良い聞かされてきた言葉。それは正しく、間違いなどで在る筈が無い言葉。命は落としてては、全てが零れ落ちるのだから。
だから、間違ってるのは自分だ。馬鹿なのは自分だとレフィーヤは自覚した。
何故なら、嗚呼何故ならば!!
思い浮かべたそれに!!
冒険に!!
挑戦に!!
心躍らずにはいられないのだから!!
気が付けば、浮かぶ言葉が綺麗に無くなり一つの言葉が浮かんでいた。間違っていると思っている。馬鹿だとも思っている。なのに、嗚呼、なのに。
冒険したい、そう思っていた。
変な笑い声が零れる。まさか、自分が此処まで馬鹿だったとはとレフィーヤは笑って。しかし、嫌では無い事に終わっているなと思う。そして納得した。成程、冒険者気質とはそういう事かと。詰りそれは、冒険を楽しめるかどうか、という事なのだろう。レフィーヤは思う。なら自身はやはりローウェンの言う通りなのだろう。
迷い?
あるに決まっている。
心配?
無いと思っているのか?
溢れているとも、満ちているとも。少し気を抜けば、底なし沼のように沈んで行ってしまいそうな程だ。
けれど、レフィーヤがローウェンに向かって言う言葉は決まっている。
「さっき、冒険者に成らないかって……言いましたよね?」
「嗚呼、言ったな。それで、如何する?」
問い掛けに、レフィーヤは笑みを浮かべて答えた。
「私は、とっくに冒険者ですよ!!」
「そうか、そうか!! 此れは失礼した」
では、歓迎の言葉を送ろう!
「アスラーガへようこそ新たなる迷宮に挑みし冒険者よ!! 存分に、そう存分に堪能したまえよ!! 冒険をな!!」
目的は変わらない。何故、如何して。何が在ったのか、如何して此処に居るのか。それを解き明かす事だ。
けれど、だ。
世界樹を麓から見上げてみたいと思う位は良いだろうと、レフィーヤは静かに思う。