世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第五十三話

そこは正しく地獄だった。

 

紅い稲妻が走り、立てる場所はあるがしかし壁と成る様な物は無く。縁より覗き見れば奈落を思わせるほど深く、けれど底にある膨大な溶岩が確かに光を発し存在を見せつけている。熱は余りに暑く、熱く。其れだけで命を脅かす。だが、其れを気にしている余裕が、レフィーヤには無かった。

 

一つの上の階に居た時から感じていたその余りに暗い感情、憎悪が比べようも無い程強く、重く圧し掛かってくる。息が詰まる程に。

 

紛らわせるように見渡す。まず間違いなく居るのだと確信できる程の存在感を感じる。しかし、姿は見えない。何処かに隠れて居るのか。そう思い考えて、隠れられそうな場所は、いや、一つしか無かった。

 

反射的に、出来る限り陸地の中心部へと向かう。嫌な予感がするから。他の三人も同じで、寧ろレフィーヤよりも早く其処にたどりついていた。

 

そして、暫しの沈黙。コポリゴポリと溶岩の蠢き弾ける音が響いて。

 

音が変わる、何かが溶岩を進み突き破る音。響き、揺らす。堪えなければ立っていられ無い程の揺れに、しかし彼等は一切前から視線を逸らさない。

 

そして、その姿を見る。

 

紅い、朱い、赤いそれは、殻を破るかの如く開かれた。女性を思わせるその姿はしかし、余りに怨念に復讐に染まり切っていた。

 

「あれが――――――――ムスペル」

 

誰の呟きだったか。其れを聞いて、まるで誰が呟いたのかと探すかのようにムスペルは彼等へと視線を向けて。

 

 

―――――――タンッ!!

 

 

銃弾が叩き込まれ僅かに仰け反った。

 

「・・・・・えぇ」

 

思わず其れをやったであろう彼を、ローウェンを見る。すると、何でも無いかのように肩を竦めて。

 

「やる事は変わらん」

 

言いながら続けざまに弾丸を放つその姿が今までで一番頼もしかった。そして、あぁそうだ。その通りだとレフィーヤは頷いた。変わらない、そうやる事は変わらないのだ。眼前に居る存在が神話に語られるものであろうとも。

 

ただ、ただ。敵を打倒するのみ!!

 

レフィーヤは杖を構える。今までの強張りが嘘のように。しっかりとした余裕を取り戻している。見れば、コバックが前へと向かい。ハインリヒは仲間に異常は無いかと視線を走らせる。なんだ、戸惑っていたのは自分だけかと、少しだけ恥ずかしくなる。だが、恥じ入るのは後だ。今は、唯前を向いて相対するのみ。

 

闘志を漲らせながらムスペルを睨む様に見る。其れを受け、ムスペルも又動き出す。高々とその両腕を掲げ、それに呼応する様に地面を突き破り姿を現すのは怨念の手底と復讐の下僕。そして、彼等を貫く敵意。ムスペルもまた、彼等を敵と認識したのだろう。ならば、話は早い。

 

 

戦いの始まりだ。

 

 

 

ムスペルの腕が振るわれる。女性的なその腕はしかし、人間など塵の如く吹き飛ばす事の出来るもの。幸いに速いと言える程でない。余裕を持って動けば躱せる。

 

「ぐっ――――…!!」

 

しかし、生じる風圧までは躱せない。唯、腕が振るわれるだけで巻き起こるそれは、溶岩の熱を含み彼等を蝕んでいく。

 

如何したものかと考えながら視線を走らせる。ローウェンは相変わらず的確にムスペルの頭部に弾丸を叩き込んでいる。その所為か、一番狙われているが。取りあえずは問題ないだろう。次に視界に入るにはハインリヒ。これは、しかしムスペルの攻撃に巻き込まれない様に動き、其れ以外はすべて治療する事に専念している。そして、コバックだ。彼が一番まずい。ムスペルが腕を振るう際に発生する熱風を受け乍ら、手底と下僕を相手取っているのだから。

 

思わず、歯を食い縛る。出来る事なら、彼のフォローをしたい。しかし、出来ない。出来ないのだ。

 

叩き付ける様に腕を振るうムスペル。地面が砕け、飛び散る礫は当然の様に熱せられ。顔面を守る様に交差した腕に当たり、衣服越しに肌を焼く。痛みに耐えながら、反射的に氷槍の印術を放つ。しかし。

 

「…駄目か」

 

それは、ムスペルへ向かう処か、あまりの熱に形を成した瞬間に溶け落ちてしまう。攻撃どころでは無い。ならばと、火球はこんな場所だから耐性があるだろうと思い雷撃を下僕に向かって放ちはした。

 

しかし、復讐の下僕は直撃したにも拘らずレフィーヤには一瞥もくれずコバックへと鋭く舌を振るう。

 

相手にされていない。単純に脅威だと思われていないからだ。

 

如何すれば良いのか、振るわれ巻き起こる熱風から顔を守りながら考える。方法は、ある。上位の印術が存在するのは火球だけでは無い。雷撃も、氷槍にもまた存在する。

 

しかし、と視線をコバックへと向ける。コバックと手底と下僕は余りに近い。距離を取った瞬間に他の三人の所に向かいかねない。だから受け、抑え続ける為にそうする他無いのだろう。だが、そんな状況だからこそレフィーヤは強力な印術を放つ事が出来ずにいた。間違いなく巻き込んでしまうから。ならば如何するべきか。

 

此処で、一度レフィーヤは考えなおして単純にする。

 

自身に問い掛ける、自分がすべき事を。それは強力な一撃を叩き込む事。

 

自身に問い掛ける、仲間を巻きこまずに叩き込むにはどうすればいいのか。巻き込まない位置に居る敵を攻撃すれば良い。

 

ならば、その巻き込まない位置に居る敵とは―――――――答えが見えた。

 

「ローウェンさん!!」

 

印術を記しながら叫ぶ。視線を向ける事無く、しかし名を呼ばれたローウェンは頷き。コバックへ、その周りに居る手底と下僕へと視線を向ける。

 

其れを、油断と見たか、隙ととらえたのか。ムスペルは腕を振るう。見るからに強力、掠るだけでも危険だと分かる其れは。他の者からすれば隙だらけだった。

 

「いけぇッ!!」

 

放たれる其れは凍れる牙。本来であれば、強力な牙は仲間に当たらない様に気にしなければいけないものだ。しかし、ここは地獄。命を削る熱は凍牙すら溶かし弱めてしまう。

 

だが、其れでも牙は…確かに届いた。僅かだが威力を削られた凍牙は、しかししっかりとムスペルの胴体を貫く。

 

『―――――――オォォオオオオオッ?!』

 

響き渡る悲鳴。今まで以上の痛みに悶え、乱雑に腕を振るう。其れを辛うじて交わしながら。背筋に冷たいものが流れる。

 

ムスペルの敵意が、レフィーヤへと向いて居る。余りに其れは恐ろしく。こんな状態でローウェンは戦い続けていたのかと戦慄する。だが、そう成ってしまったからには仕方が無い。今、彼女のすべき事は、ローウェンとコバックが手底と下僕を倒すまでムスペルの相手をする事。ほんの少し、自分がそっちに行けばよかったと後悔した。

 

『オォオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!』

 

ムスペルの絶叫が響く。ギリギリと空間を揺らすその声に耐えながら。さて踏ん張りどころだと前を向いて。

 

「ちょっと嘘でしょ!?」

 

コバックの悲鳴の様な叫びに、思わず其方を向いてしまい。

 

また、後悔。

 

 

「―――――は?」

 

コバックが見たものをレフィーヤも見た。それは、怨念の手底が掲げる様に生み出した物。

 

それは琥珀だった。巨大と言える生み出された琥珀の内には影が一つ。それは、間違いなく。

 

「――――――――D.O.E」

 

言葉を肯定する様に琥珀は砕け、解き放たれた。

 

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