世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第五十四話

解き放たれたD.O.Eの咆哮が響く。

 

これは、あんまりでは無いだろうか。思わず力が向けそうになる膝を無理やり踏ん張って叩き付けられた腕を避けて凍牙を放つ。まだムスペルは彼女を狙っている様だ。

 

コバック達の方へ向かわなくてよかったと思えば良いのか。其れともまだ狙われている事に肝を冷やせばいいのか。分からないが、何方にせよ変わりは無いだろう。薙ぐ様に何度も、何度も振るわれる腕を掻い潜りながら、危険だと分かっていても気に成ってしまい視線を少しだけ向ける。

 

丁度、ローウェンが大量の弾丸を叩き込んで手底を倒した所だった。倒すの速くない?なんて思いながら、しかしこれで漸く一匹かと思う。尤も、視界に映るD.O.Eが三匹も居たので増えてしまっているのだが。

 

如何すれば良いのか。この絶望的状況。如何すれば打破出来るのか。

 

考えて、そして――――僅かにローウェンと視線が交わる。唯それだけで、彼が何を言いたいのかが分かった。

 

一人でD.O.E三体の相手をするからその間ムスペルを押さえろ。そう、言いたいのだろう。

 

駄目だと、レフィーヤは思う。幾らローウェンが凄いと言っても、あのD.O.Eを三体も、それもこんな唯居るだけで命を蝕まれる様な場所で相対するなんて。危険、等と云う領域では無い。無茶、無謀と言うものだ。

 

其れに、レフィーヤにムスペルを押さえろと言うのも無茶と言って良い。今は何とか避けれているが。疲労すれば動きが鈍る。そうなれば、避ける事など出来ずに、叩き潰さるか、吹き飛ばされて終るだろう。それは、決して遠い未来の話では無く、今にでも起きえる事だ。そうなれば、ムスペルは他の三人へと向かうだろう。きっと、ローウェンが真っ先に狙われる。なのに任せると、そう言いたいのか。

 

無理だと叫びたいのに、気が付けばレフィーヤは頷いていた。

 

信用されている、信頼されている。耐えられると、抑えられると、レフィーヤなら出来るとまるで語っている様に彼女には思えたから。あぁ、そうだ。思っただけだ若しかしたら違うかもしれない。けれど。

 

「頼んだぞ」

 

肯定する様に、ローウェンは言葉にしてD.O.Eへと向き直る。もう、やるしかない。絶望的状況。ハインリヒの助けが貰えるだろうが、其れだけ。ムスペルの攻撃を受け、避け続けなければいけない。

 

けれど、不思議とレフィーヤには出来る気がした。自然と、笑みが浮かぶ。

仲間に信じてもらえるのが此処まで嬉しいとは。

仲間に頼られる事がこんなにも誇らしいとは!!

 

「さて、それじゃあ」

 

言いながら、突き出される腕を避けながら呟く。

 

 

「やりますか」

 

 

腕が振るわれたならば避け。その翼に因って熱風を生み出すならば耐える。全て紙一重と言える、けれどそれでも。明確に隙だと思える物を見つけたならば、これでもかと力を込めた凍牙を叩き込む。

 

何時、疲れ果て動けなくなるかも分からない。何時、僅かなミスで吹き飛ばされるかも分からない。酷い疲れが体の重しと成っているのを感じながら。

 

けれど、レフィーヤと言う少女が自分でも驚く程、絶好調だった。

 

動きが見える。今まで以上に力が入り。印術の威力も増していく。重しと成っている筈の疲れすら心地よく。オラリオに居た時、恩恵を得ていた時以上に思った通りに動く事が出来る。

 

余りに気分が良くて笑みを抑えることが出来ない。

 

それでも、それが長続きするとは思っていないレフィーヤは仲間を見る。コバックは下僕を抑え、ハインリヒは何時でも動けるように構えている。驚くのは何時の間にか三体のD.O.Eの内の二体を既に倒してしまっているローウェンだ。やはり、彼は可笑しいなと笑みを深める。

 

其の時、いつも以上に良く見えているレフィーヤは、復讐の下僕が何かを仕様としているのを察知する。まるで、大きく息を吸い込むかのような動作だ。何をする積りなのか。どの様な事でも対処できる様にと動き、身構えて。

 

『アアァァアァアァアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!』

 

復讐の下僕の咆哮が響く。それは衝撃波と成って彼等へと襲い掛かる。想像以上の衝撃に、身構えていたレフィーヤも蹈鞴を踏んでしまい、直後に視界が歪む。自分が立っているのかも分からない状態に。しかし、強い悪寒に反射的に体を動かそうとする。その直前の事。

 

――――カシャン。

 

ガラスの割れる音。同時に、頭部に感じる僅かな痛み。あぁ、何かをぶつけられたのかと気が付いて。

 

視界が晴れる。

 

今まさに、突き出された腕をギリギリの所で躱す。其れでも、熱風に堪える事が出来ずに転がる様に吹き飛ばされて。しかし、しっかりと土を踏み締めて態勢を整える。

 

髪が湿っているが、今は気にせず。何故なのかなんて考えるまでも無い。だって、サムズアップするハインリヒが見えたのだから。

 

叫びが聞こえる、それは復讐の下僕のもので。しかし先程とは違い悲痛なモノ。見れば、復讐の下僕が崩れ落ちる所だった。ローウェンが見えるので、きっと三体のD.O.Eを倒した彼がやったのだろう。

 

此れで、残るはムスペルだけだ。

 

思い乍ら視線を向けて。

 

ムスペルが、その腕で虚空を薙ぐのが見えた。何をしているのか、其れは考える間も無い程に、直ぐに分かった。僅かな衝撃が彼等を襲う。けれど、其れは復讐の下僕の放った方向に比べれば痛みは少なく、けれど後に起こった其れは、その比では無かった。

 

「――――――――ッ! 引き寄せられてる?!」

 

足に力を込めながら、自分に起こっているそれを思わず叫んだ。そう、引きよされていくのだ。投げた物が地面に向かって落ちていくように、彼等はムスペルに向かって。

 

だが、其処では無い。危険なのはそこでは無い。ムスペルに向かうだけならば良い。危険では在るが、其れだけならば。問題は、いる場所だ。ムスペルが居る場所は、溶岩の中なのだ。

 

詰り、此のまま引き良さられたなら彼等は、溶岩の中に叩き込まれる。

 

「ま……ずい!!」

 

幾ら印術で暑さを、熱さを和らげようと溶岩の中に入って大丈夫なんて事は無い。故に、何とか堪えなければならない。成らないのに。

 

ムスペルが、腕を薙ぎ払わんと動いているのが見えた。

 

留まろうと踏ん張るのが精一杯の状況で、それを避ける術は無かった。ならば、如何しようも無いのか。其れを考える前に、レフィーヤの視界に映ったのは。

 

ムスペルに向かって全力疾走するローウェンの姿だった。

 

「ローウェンッ?!!」

 

悲鳴の様なその言葉に、しかしローウェンは一瞥もくれずに、走り続ける。

 

走って。

 

走って。

 

走って。

 

そして、跳んだ。

 

 

「――――――――ちょ?!」

 

驚き、思わず零れた言葉。それを聞きながら、彼は引き寄せられる勢いと疾走した勢いの全てを乗せて。

 

「オラァ!!」

 

全力で、ムスペルへと蹴りを叩き込んだ!!

 

余りに型破りな行動。耐えるのではなく利用すると言うそれは、思考に空白を生むには十分だった。それはムスペルとて同じで。

 

「レフィーヤッ!!」

 

けれど、彼の叫びに動き出す。反射的に、しかし思い描く通りに動き、そして見る。映るのは、予想外の攻撃に態勢を崩しているムスペル。その所為なのか、吹き寄せる力が消え失せていた。其れは詰り。

 

ムスペルにとって、致命的な隙を生んだ事に成る。

 

杖が走り、思考が廻る。如何すれば良いのか、如何するべきなのか。

放つべき攻撃は何か?

凍牙の印術を放つべきか?

いいや、いや、違う。其れでは無い。

幾ら力を籠めようと、威力が弱まってしまう事を防げない攻撃では駄目だ。ならば、ならば如何するのか。

 

「強力で、衰える事の無い一撃をッ!!」

 

レフィーヤは知っている。其れを教わっているのだから。故に、示す。

それは火では無く。

それは雷でも無く。

それは氷でも無い。

 

そうそれは、無。

 

ルーンマスターの始まり、示したるその印はこう呼ばれた。

 

『始原の印術』と。

 

示された始まりは……ムスペルを捉える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、レフィーヤの意識は途絶えた。

 

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