第五十六話
「……あぁ」
気の抜けた声を零すローウェン。見れると、だらけ切った彼の姿が見える。
「どうしたんですか?そんなだらけて」
「厭きた」
「いや厭きたって」
「暇つぶしに読書してたが、読み終わってな。流石に限界だよこれ」
「そうは言ってもですね」
ちらりと、今彼等の乗っている馬車の外を見る。其処から、其れなりの数の馬車がある事が確認出来た。まだ、進むには時間が掛かりそうだ。
「……気球艇の方が楽だったかなぁ」
「あれ、世界樹が近すぎて駄目なんじゃありませんでしたっけ?」
「詳しくは知らん。だから分からん」
「そうですか」
溜息を吐くローウェンを見ながら。ふと、他の二人は如何しているのだろうかと視線を向ける。
「あ、寝てる」
「やる事無いからな、こういう時場所を取らないハインリヒが羨ましい」
「それ、言ったら怒りませんか?」
「あいつが寝る前に自分で言ってた事だぞ?」
ハインリヒは相変わらず自虐が凄いものだ。しかしそんな事を言っていたのか。レフィーヤは読書に集中していたから聞き逃してしまったようだ。
「…魘されてますね、ハインリヒさん」
「コバックに腹を枕にされてるからな。そりゃあ、辛いだろうよ」
「なんで枕にしてるんですかね」
「丁度良かったからじゃね?」
その言葉に改めて見る。気持ち良さそうにとても場所を取って寝ているコバックと、魘されているハインリヒ。きっと悪夢に悩まされているのだろう。
「……あぁ、良し。決めた」
「なにをですか?」
「歩いて行こう」
「は?」
何を言ってるんだ彼は。歩いて行くと言ったか。荷物とか結構な量あるが如何するんだと。視線を向けると、サムズアップをするローウェン。
「ハインリヒが居るから大丈夫」
「寝てますけど?」
「何時か起きる」
「起こさないんですね」
「いや、起こすのはな」
言って、ハインリヒを見る。釣られるように見ると、ハインリヒがついには唸り始めていた。とても苦しそうで。
「…気持ちよく眠っているコバックを起こす事になるから寝かせて置いてやろう!!」
「ですね!!」
別に、魘されている事が愉快だからとかそう言う事では無いと。自分自身に言い聞かせる。本当なんだからね。まぁ、いい加減嫌に成って来たと言うのはレフィーヤとて同じだ。だから付いて行く事にした。
「と言う訳だから」
そう言って荷台から出るローウェン。続く様に出れば、その際に御者からえ?って声が聞えたが気にしない。ちゃんと仕事しなかったらどうなるか分かってるだろうなとか脅しの様な言葉がローウェンから聞えたがきっと気のせいだろう。御者って大変だよねぇー、何て他人事みたいに考えながら彼に付いて行く。
ふわりと、心地の良い風が髪を揺らす。そういえばアスラーガでの風はそうでも無かったな思う。尤もそれは、異常に気温が上昇してしまっていたからなのだが。
行き交う人を避けながら、歩く。ここも随分と人が行き交う様だ。まぁ、見る限りは断崖絶壁、そんな場所にある街に、唯一行き来できるのが今歩いている橋だけなのだろうから。仕方ないと言う他無いのだろう。
と、何時の間にか先に歩いていった筈のローウェンが立ち止まって居るのが見える。如何したのかと近寄って見れば、理由が分かった。馬車が止まっていた理由も。
「倒れてますね」
「だな」
どういう訳か。馬車が倒れていた。橋のど真ん中に。どうしてこのような事にと少し視線を彷徨わせるがよく分からない。車輪が外れてしまった、にしては見事に横倒し状態だ。まぁ、何が在ったにせよ、これは馬車の持ち主は不運だなと、これまた他人事の様に……いや、他人事だったか。其れの所為でずいぶん待たされてしまいはしたけれど。暇だっただけで其処まで気にしてはいない。勿論、レフィーヤは、だけれども。
まぁ、こんな状態なら進めないのも仕方が無いかと。先に行きますよと口にして歩く。如何やら、ローウェンは馬車の事をもう少し見ている様だ。何か気に成る事でも在るのだろうか?
彼が普段、考えている事はよく分からない。分かるのはお金の事を考えている事が多い位のものだ。後は、冒険している時は何を考えているのかがよく分かるが、それは普段の…とは言い難いだろう。
ふと、何気なく空を見上げる。
「……あ」
立ち止まる。そう言えば、其れが見えていた事を思い出して。まぁ、街中からでも幾らでも見られるが、少しは見え方も変わるだろうから。街に入る前に見ておこうかと思い、それに目を向ける。
その世界樹へと。
「…やっぱり、凄いなぁ」
アスラーガの世界樹と違って色自体は普通だが、何だろう。目の前の其れの方が凄いように思えるのは何故だろう。距離が近いからだろうか?
ふむと、思い出して見る。それは、あの迷宮へと足を踏み入れる前に世界樹を見上げた時の光景を。そして、うんと頷いて。
「どっちも凄い」
そう結論を出した。比べようが無かったとも言うが。さてと、再び歩きだす。この街、あの世界樹ではどの様な冒険が待っているのだろうかと胸を躍らせながら。
彼女はその街へ、ハイ・ラガード公国へと歩みを進めた。