「始まりと言えるのは、友に素晴らしいものを見せてやると言われたあの時か」
懐かしそうに、遠くへと視線を向けながらライシュッツは口にする。
「はて、素晴らしいものとは何だと。冒険者である私に対してはっきりとそう言ってのけたのでな。つい気に成って付いて行ってみれば、其処に在ったのは。居たのは一人の子供だった。これはどういう事なのかと思いながら見れば、してやったりと言った様子でこういったのだ」
『子供と言う宝だ。素晴らしいだろう?』
「いや、本当に驚いたものだ。だから思わず口に出たのだ。何処から攫ってきたのかとな。直後、憤慨したのをよく覚えている」
怒って当然の事を言ったのだと、可笑し気に笑む。さらに、続く。
「それから、友とで会うたびに当然子供とも、少女とも出会う事に成った。案外良いものだぞ?友の子だと言うのを鑑みても、会うたびに子供が成長しているのを見るのは」
そういう経験は在るかと問い掛ける様にローウェンを見る。分かり切っている事だろうと言いたげに彼は首を振った。
「懐いてくれたからなのかは分からないが、酷く愛らしくてな。せがまれて侍従の真似事をしたりしたものだ」
「それは今でもしているだろう」
「あぁそうだな……そうだったな」
本当にボケてしまったなと、また笑う。
「幾度も、幾度も友の元に訪れた。その度に冒険の話をして、目を輝かせるその様を楽しんだものだよ。そして、どれだけの時間が経ったときだったか、友がまた素晴らしいものを見せてやると言ってきたのだ。如何いう事か分かるだろう?」
視線が、自然と彼女へと。アーテリンデへと向かう。そうだと、ライシュッツは頷いた。
「二人目の宝だと子供、いや赤子と言う方が正しいか。見せてきたのだ」
驚いたよと呟く。
「二人目が生まれた事では無く赤子を見ていた少女が言った言葉に驚かされた。さて、何と言ったと思う?」
視線を巡らせる。けれど、別に答えを求めて居る様には見えなくて、沈黙を返せば大きく頷いた。
「この子をちゃんと守れるだろうかと、そう言ってきたのだ。子供がだ、驚くだろう?」
だから、つい問い掛けてしまったと零す。
「何故、守る積りでいるのかとな。するとどうだ。幾ら凄い冒険者でも二人は守れないかも知れない、だからこの子はあたしが守って、あたしはあなたに守ってもらうのだと言ったのだ」
「それはまた何とも、子供らしくないのか、らしいのか」
「だから、言ってやったのだ。私を舐めるなよ、何人だろうと守って見せるとな。其れはもう、嬉しそうにはしゃいだものだ。全く本当に」
「守れぬ約束などするべきでないのにな」
「さて、そんな事を宣言してから時が過ぎ、少女達が健やかに成長していくのを見ていたのだが。ある時、言ったのだよ。冒険者に成りたいとな」
「憧れからから…か」
「そうだ、あの時ほど焦った事等ないよ。私の様になりたいなどと言われたのだからな」
「そう言えば、爺は止めておく様に言ってたわね」
今、思い出したと言った様に呟くアーテリンデ。
「やっぱり、貴方は成って欲しくなかったのね。冒険者に」
「いや、其れは無い」
「何で貴方が断言するのよ」
思わずと言った様子で答えたローウェンをアーテリンデは見る。不快と言うよりは、唯疑問に思っての言葉に見える。
「この爺さんが言ったのは、冒険者の部分で無く。爺さんの様になりたいって部分だ」
「え?」
「流石、よく分かっているな」
「優れた冒険者の様になりたいと思うの、可笑しい事では無いですよね?」
首を傾げながら言葉にするレフィーヤ。其れを可笑し気に見ながらライシュッツは答えた。
「何故、友の子が。自らも愛おしく思っている子が。化物などと誹られても良い等と思うか?」
「それ…は」
「少なくとも、私は嫌だった。だから如何したものかと考えて、馬鹿な事を思い付いてしまったのだよ」
「なによ、何を思い付いて、何をしたっていうのよ」
「お前の事を見れば大体は分かるな」
「なにがよ?!」
「手加減した」
だろう? と、ローウェンは視線を言葉に絶句しているアーテリンデから、ライシュッツへと向けて。彼は静かに頷いた。
「私の様になれば化物と誹られる。ならば、私が化物では無く、極々一般的な冒険者として振舞えば良い。そう思い付き、実行した。していたのだよ」
「それは、やったら駄目でしょう」
思わず、言葉を零すレフィーヤ。視線を自分に集まるのを感じて、しまったと思い。
「その通りだ」
ライシュッツは、大きく頷いた。間違っているのは自分だと認める様に。
「手を抜く事が正しい訳が無い、にも拘らず其の儘だった。この迷宮では、それで上手くいってしまっていたからだ…そう考えると、慢心して油断までしていたと言う事か」
何処までも愚かしいなと、自らに向かって彼は口にする。
「その結果、約束を破る事と成った」
「守れなかった、と言う事か」
「そうだ。手を抜き、慢心し、油断していた私は。唯一つを残して全て零してしまった」
ふと気が付くレフィーヤ。彼の手が、震えている事に。
「そこで漸くだ。自分がどれ程愚かしい事をしていたのかと自覚したのは。遅いにも程があるだろう?」
彼はローウェンを見る。
「お主は、言ったな。ぼけ老人と。全くもってその通りだ。もう、如何しようも無い程ボケていたのだ。公国最強のギルド。魔弾の銃士。そんな聞えの良い言葉に悦に浸るほどにな」
「それで、現実を見せられたあんたは何もしなかった…なんて事は無いだろう?」
「当然だ」
言わずとも分かるだろうと言いながらも、尚も言葉にする。
「最も許せぬものが自身だとしても、死を齎したものを許せる訳が無い。死を歪めたものを許せる筈が無い!!」
硬く握られた手は、血を流す。
「死を齎したモノはこの手で撃ち殺してやった。死を歪めたものも風穴を開けんとした」
握り締められた手から力が抜ける。
「…そう、しようとしたのだ」
「だが、出来なかったと?」
「十五階に、彼女が居たのだ」
それは、天の支配者によって、歪まされた少女の事だろう。
「いや、いいや。其れだけならば良かった。唯の化物と成り果てただけならば、私は容赦なく撃ち抜いていただろう。初めて目にした時は、其の積りだったからな」
え?と、驚いた様に声をアーテリンデは声を出し。其れを耳にしながら、だがと呟いた。
「何もして来なかったのだ」
「なにも?」
「そう、何もだ。唯私を見て…笑みを浮かべるだけだった」
油断か、慢心か。それは分からないが行動せずにただそこにあるだけ。隙だらけで、きっとライシュッツならば其の儘何もさせずに勝利する事が出来るだろう。出来たのだろう。
だが、しかし。
「どうしてだか、重なってしまったの。異形でしかないもの笑みと少女の、マルガレーテの笑みがな」
そしたら駄目だったと零す。
「撃てなかったか」
「そう、どうしてもだ。敵ならばそうで無いのにな。敵ならば撃てた。だが、何もして来ない彼女の事を敵と思えなかった」
「だから、叫んでしまったよ。自らを傷つけろとな」
「…は?」
「どうだ、馬鹿だろう? だが、其れでも私は叫ばずにはいられなかった。天の支配者に銃弾を撃ち込む為には、門番として其処に在る彼女を排さなければいけない。排する為に、彼女は敵でなければいけない」
「だから攻撃しろと、いえ、敵対しろと叫んだわけですか?」
「そうだ。尤も、それでも何もして来なかったがな。もしも、それが天の支配者の罠だとしたら私は見事に嵌ってしまった事に成るな」
結局、逃げる様に去ったのだからと。自分の愚かさを、笑う。
「如何したらいいのか。唯悩む事しか出来なかった、しなかった私にお嬢様がある時言ったのだ。彼女を冒険者から守ろう…とな」
「…つまり、十五階よりも先に到達した冒険者が居ないのは」
「我らが、いや、私が殺してきたからだ。アーテリンデの様に優しかったマルガレーテを傷付けぬ為に、傷付けさせぬ為に…等と言う事では無く。唯、その言葉に縋る為に」
どうだと、投げ掛ける様に彼はローウェンに向かって言葉にする。
「これが人として道を外れ、冒険者である事を止めた老害が馬鹿をしでかした話だ」
「…成程」
納得したと言った様子で頷いた彼は、静かに口を開いて。
「だからわざと負けたのか」
信じられ無い事を口にした。