世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第七十一話

「…え?」

 

そう零したのは誰だったのか。レフィーヤには分からないが、若しかしたら自分かも知れないと思う程度には驚いていた。今、ローウェンは何と言ったのかと。確認する様に、恐る恐る口にする。

 

「今、その。わざと負けたって言いませんでしたか?」

「言った」

「えー…この人が?」

「そうだ」

「と言うか勝った負けたってもう決まってたんですか?」

「分からないまま包囲してたのか?」

「分からなかったから邪魔されない様に包囲してました」

「そうか、ありがとう」

「あ、どうも」

 

いやじゃなくてと。自分自身にそんな事を言いながら、改めて訊き直す。

 

「どうしてわざと負けたなんて思ったんですか?」

「戦い方見ればわかるだろうそんなのは」

「さっぱりですが??」

 

寧ろ何をして、何が起きたのか。全く分からなかったレフィーヤ。そんな彼女を少し呆れた様子で見るローウェン。

 

「ガンナーの弱点は何か分かるだろう?」

「弱点ですか、そうですね。ぱっと思い付くのはローウェンさんが何時も……あ」

「で、さっきの戦い。この爺さんは派手に弾をばら撒いてたが、それをすればどうなるのかは言わなくても分かるだろう?」

 

銃弾の消耗がえげつない事に成る。其れこそ、冒険など碌に出来ない位には。

 

「普通の、と言うか俺の知ってる爺さんなら最初の撃ち合いの時点で風穴開ける積りで撃ち込んで来てたはずだしな。中・長期戦に成ったら消耗が激しい戦い方をする爺さんの方が不利なのは分かり切ってる事だし、なのに」

「それに移行したから。それで、わざと負けたと?」

「そうだ…と言うか、弾幕が薄かったから隠す気が皆無だったし」

「あれで薄い……基準が可笑しいですよ?」

「だが、事実だ。構えを解いたその証拠。弾も尽きてるだろうし」

「それ、分かる事なんですか?」

「大体な」

 

さらりとローウェンの口にした言葉に戦慄するレフィーヤ。だが、そんな事は如何でも良いと言いたげに彼は静かに笑みを浮かべたライシュッツへと視線を向ける。

 

「間違ってないだろう?」

「そうだな。わざと負けたと言うのも…弾丸が尽きている事もな」

 

認めた。その事に驚きつつ、どうしてそんな事をしたのかと、レフィーヤは問い掛けようとした。しかし、其れよりも早く言葉が響く。

 

「…なんで?」

 

その呟きの様な声は。しかしはっきりと彼等に届き、視線を言葉にした少女に。アーテリンデへと向けた。

 

「何でそんな事をしたのよ」

「それは……」

「俺達を先に進ませて、天の支配者を代わりに倒させようとしたから」

 

だろうと、問い掛ける様に彼は静かに頷いた。

 

「自分達では倒せない処か傷付ける事すら出来ない。如何したらいいのか分からなかったのは本当だが。如何にか出来そうな俺達が現れて、それで決めたな?」

「…そうだ、お主ならば間違いなく辿り着くだろう?」

「それに関しては其の積りだと言う他無い…しかし性格が悪い所も変わらんな。そのくせ、仲間への配慮はまでしているときた」

「其処まで見抜いていたか」

 

レフィーヤには彼等が何を言ってるのか訳が分からない、配慮ってどういうことだと。配慮も何も無いだろう。そう思いながらレフィーヤはローウェンを見ると、やれやれと言った様子で口にする。

 

「俺、ライシュッツと言う冒険者には襲われたがアーテリンデと言う冒険者には襲われて無いぞ?」

「…それが?」

「更に言えば、アーテリンデがさっき武器を構えようとしたのは仲間が危険だからって理由が在る。詰り可笑しな事では無い」

「そう、ですね」

「で、襲われたからとライシュッツを公国に突き出したとする。当然の様に事情を聴くだろうが…若しもその時に第三階層でしてきたことを告白したらどうなるだろうな?目撃者がいなくて、自分の都合の良い様に口にできる状況で」

 

まぁ想像でしかないがと言葉を置いてから。

 

「裁かれるだろうなライシュッツだけ。アーテリンデなんていう冒険者が何を言っても、仲間を庇う為に言っている様にしか聞こえんだろうし。というか、そんな風にしか聞こえない様に色々仕込むだろうしなこの爺さんは」

 

彼は言葉を聞いて。そして。

 

「なによそれ」

 

アーテリンデの声が響く。

 

「全部、計算通りって事?」

「まぁ、大体は。って所じゃ無いか?」

 

肩を竦め乍ら言う彼を見て、視線をライシュッツへと向ける。

 

「そう…なの?」

 

問い掛ける。出来れば、そうで在って欲しくないと、そう分かる程に願いながら・・・・けれど。

 

「はい」

 

彼は静かに、だが確かに頷いた。

 

「お嬢様、貴女は唯家族を失ってしまっただけの少女。咎を受ける必要等、欠片も御座いません」

「だから、全部…貴方が」

「罪の重さなど、この老いぼれは分からぬ程背負ってきました故」

 

覚悟はできていると、そう宣言するライシュッツ。

 

その言葉を聞いたアーテリンデは……笑った。声を出して笑った。其れは決して愉快だからでは無く、寧ろ逆で。不快だからこそ彼女は笑っていた。

 

「ねぇ、爺。約束は、守るって言ったのは嘘なの?」

「…私にはお嬢様、貴女を守る事等、その権利など在りません」

「そう。なら…もう駄目ね」

 

駄目とはどういう事なのか、そう問い掛けようとしたライシュッツへとアーテリンデは近づき。

 

「お嬢さ―――――――ッ?!」

「ふざけるんじゃないわよライシュッツ!!」

 

彼が何かを口にする前に、その胸倉を勢いよく掴み上げた。

 

「なに勝手一人で終らせようとしてるのよ。なに勝手に一人でいこうとしてるのよ。なに勝手に一人で決めてるのよッ!!」

「……お嬢様」

「いえ、いいえ!! 其処じゃ無い!! あたしが一番許せないと思ってる事はッ!!」

 

「貴方が約束を破ろうとしてる事よッ!!」

 

「それは、しかし」

「守れなかったとでもいう積りなの?! ふざけるんじゃないわよ、まるで違うでしょ!! 守れなかったのと、自分から破るのは!!」

 

叫び声が響く、少女から言葉が雫と一緒に零れていく。

 

「手を抜いていた事も、慢心してた事も、油断してた事も。其れに比べたらたいしたことじゃないわよ!!」

「ッ?! アーテリンデ、それは!」

「守ってよ!!」

 

叫ぶ、叫ぶ。如何しようも無く、止める事も出来ずに溢れて出てくる。

 

「約束したんでしょ?! 守るって言ったんでしょう!! 守れなかったとかそんな事は如何でも良いのよ!! 嘘にしないでよ!!」

 

きっと彼女自身何を言っているのか分からないのだろう。けれど、だから止まらない。思った事が、言葉と成って。

 

「嘘吐きに成らないでよ!! 嘘吐きに……させないでよ! 貴方は、貴方はあたしの―――――」

 

静かに、零れ落ちた。

 

 

「あたし達の憧れた冒険者でしょうッ!」

 

 

アーテリンデは、少女は膝から頽れる。まだ、言いたい事は沢山在ると口を動かして。けれど嗚咽だけが零れて、雫は流れ続けている。

 

彼は、ライシュッツは少女を抱き留めながら静かに口を開いて。唯、一言だけ口にした。

 

「また…間違えてしまったか」

「そうだな」

 

呟きに同意する様に、ローウェンは頷いた。ライシュッツから視線を向けられた彼は告げる。

 

「仲間を蔑ろにしてしまったあんたは…明らかに間違えた」

「そうか……あぁ、そうだったな」

 

そんな当然の事も忘れていたのか。その言葉は葉の揺れる音に混ざり、溶けて消えていった。

 

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