死に掛けていた。
レフィーヤの眼前で、一人の男性が。ローウェンが死に掛けていた。目は何も映して居ないのではと思わせる程に虚ろで、その体は酷く振るえていた。その口からは現実を否定したいと言う気持ちが溢れ出ており、しかし覆す事の出来ない事実であると示すものがある。彼は、静かに膝から崩れ落ちて倒れ伏す。
慌てて駆け寄るコバックを見ながら、しかし既に手遅れだとレフィーヤには分かった、分かってしまった。あのエスバットとの、ライシュッツとの戦いが致命的だったのだと理解してしまった。
だから死にかけている、いや既に死んでいる。
財布の中身が。
「ちょっと金稼いでくる」
その間、休むなり情報収集なりやっといてくれ。そう言って街を掛けていったローウェンの酷く煤けた背中を見送って三日目。早々に第三階層に関しての情報を集めてしまったレフィーヤはとても暇を持て余していた。
まさか、此処まで第三階層の情報が少ないとはと驚きながらもさらりと纏めて一日。他にも何か無いかと西区に赴き燃え上がる錬金術師互助組合と笑いながら踊り狂うクロを見て回れ右して宿に帰ってだらけた一日を送って二日。
そして三日目の今日、本当にやることが無くて心が死にそうだと思ったレフィーヤは外に出る事にした。此れと言って用事も無い、唯の散策。若しかしたら何か面白いものがあるかも知れないからと思ったから。
善は急げと言う事で少し出て来ると伝える為にハインリヒの部屋へと向かい。ふと、何やら騒がしい事に気が付く。何事かと窓から外を見ると。
吊るされたコバックが燻されて居た。近くで燻しているハインリヒも見える。また何かしたのかと思いながら、彼等の元へと向かう。
出掛ける事を伝え、序での様に氷の礫をコバックに叩き付けたレフィーヤは今、南区に居る。主に冒険者関係の人が多く集まるその地区は、しかし余り探索していない事を思い出したから訪れたのだ。
確か、ソードマンやガンナーに関する施設も此処に在ったなと思いながら彷徨う。少し視線を感じるが、耳にと言うよりは格好に向いて居る様に思う。其処まで珍しいだろうかと首を捻り、よくよく考えればここでは属性関係の職はアルケミストが主流でルーンマスターは殆ど、と言うか自分以外見ていない事を思い出す。
若しかして西区で視線が集まっていたのは其れが原因だったのだろうかなんて。十分あり得る事だなと思いながら歩く。
さて、何か面白い店は無いだろうかと見渡す。近くに見えるのは冒険者支援センターと言う施設。確か、その名の通り冒険者を支援するのを目的とした施設だったかと思いつつ、そう言えば入ったことが無かったなと近づいて行って。
「ん?……あ、レフィーヤちゃんですか?」
施設から出てきた人物に話し掛けられて。その人物はレフィーヤの名前を知っている事から分かる通り、彼女も又女性を知っている。
金髪で、暖かそうなコートを着たガンナーの少女。一瞬、まさかと思い。次に何故ここ居るのかと思い、最後に人違いであってくれとよく見て。その背に背負われている物を見て間違いないと絶望しながら確信し。
レフィーヤは背を向けて全力で逃走した。
ちょっと?! なんて声が聞えたが気にしている余裕は無い、彼女は、彼女だけは関わってはいけないのだから。
けれど、あぁけれど。彼女が彼女であるが故に。見つかった時点で既に手遅れだとレフィーヤは知っている。
「もう、行き成り逃げる事は無いじゃないですか!!」
なんて声が直ぐ近くから聞える。間違いなく死神の声だ。何時の間になんて思いながらもしかし、しかしだ。振り返れらなければどうなるのかを知っているレフィーヤは仕方なくゆっくりと止まり、振り返る。
持ち運べるように改良された大砲を背負っている彼女が見えた。
「あぁー……お久しぶりですクルミさん」
「はいお久しぶりです!! どうです? 再会を祝って祝砲でも」
「いえ、結構です」
「そうですか? でも行き成り逃げるのは酷いと思いますよ? 思わず撃っちゃう所でしたよ?」
「思わずで撃っていい物では無いですよねそれ?」
「流石に冗談ですよ!! 撃つ積りだったらもう撃ってますし!!」
「あ、そうですか」
いや駄目だろうと思うが、言っても無駄だと悟っているレフィーヤは彼女を、ガンナー・クルミを見る。
「それで、何で此処に居るんですか?」
「何でって唯の里帰りですよ」
「ここの出身だったんですか?!」
「はい、ゴザルニちゃんが帰るって言ってるのを聞いて。そう言えば帰ってないなぁって思ったので、帰ってきました!!」
なんて事だと頭を抱えそうになるレフィーヤ。何故、彼女なのかと。他にもっと居ただろうと。カースメーカーのポシェとかなら良かったのになぁ。と切実に思い、今からでも入れ替わってくださいと神に祈る。
『無理や』
声が聞えた気がする。幻聴であるとは分かっているが、それでもなぜ今だと。思わず自らの信仰する神を何時か八つ当たりしてやると誓うレフィーヤ。
と、其の時。
「あッ」
そんな声をクルミが零す。如何したのかと見ると、視線がレフィーヤの後ろに向かっている事に気が付く。何か見つけたのかと後ろに振り返ると。
「あら、奇遇ね」
と、言って手を振っているアーテリンデと、顔を覆いながら天を仰ぎ見るライシュッツ。ギルド・エスバット二人が居た。
「ライシュッツ爺様お久しぶりですー!!」
と、元気よく良い笑顔で手を振るクルミ。知り合いなのと彼に確認を取る様に見るアーテリンデに対して彼はゆっくりと前を見て。レフィーヤと視線が重なる。
その瞳は、第二階層で出会った時以上に真剣なもので。何を思っているのか手に取る様に分かった。それは。
―――――――町が滅びるかもしれない、と。
そう、思っている瞳だと。レフィーヤは確信していた。
いや本当に。
「どうしよ…?」
零れた言葉が、喧騒に呑まれるのを感じながらライシュッツに向かって行くクルミを見ながら思うレフィーヤだった。