世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第八十二話

「ハインリヒさーん」

 

名前を呼びながら扉を叩く。しかし反応は無い。

 

「出て来ないか」

「ですね」

 

フロースの宿にある一室。ハインリヒが利用しているその部屋の前でレフィーヤはローウェンに向かって肩を竦めてみせた。反応が無いと。

 

第四階層での悲劇の後。酷く落ち込んでいたハインリヒは街に帰還してフロースの宿に到着するや否や部屋に籠ってしまったのだ。

 

が、其れだけなら傷心しているからと言うだけで済むかもしれないが。何故か、何かを削る音が部屋から微かに響いているのだ。お陰で少し気に成って眠りが浅く成ってしまったと少しだけ不機嫌なレフィーヤだった。

 

「で、何してるんですかねハインリヒさんは?」

「知らん。音だけじゃ、硬いもので在るくらいしか分からん」

「あ、其れは分かるんですね」

 

凄いなと思うレフィーヤ。削る音の違いなんて分からないと思いながら、音に耳を傾けてみる。が、やはりよく分からない。

 

「取り敢えず、入るか」

「鍵は如何するんですか?」

「おっと、こんな所に合鍵が」

「何でそんな物を持ってるんですか」

「借りたからだよ」

 

まさか奪ったとでも思ったのか。そう言ったローウェンから視線を逸らす。実は少し思っていたとは言えないレフィーヤ。まぁ、逸らした時点で彼は思ったのだと分かっただろうが。まったくと呟きながら鍵を開けて。

 

「入るぞー」

 

そう言って扉を開く。そして視界に飛び込んできたのは。

 

「駄目だなずれてるな合ってないな作らなきゃ削らなきゃ僕の眼鏡作らなきゃあった眼鏡を作らなきゃ作らなきゃ削らなきゃどうしてもずれてる眼鏡じゃだめだから削らなきゃ作らなきゃ駄目だずれてるから合った眼鏡を作らなきゃだから削らなきゃレンズを作らなきゃ眼鏡は出来ないから削らなきゃ――――――――――――……」

 

よく分からない事を呟きながらガラスの塊を削り続けるハインリヒが居た。思っていたよりも酷い光景に固まるレフィーヤと、どう動こうかと考えているローウェン。その二人の事等気が付いて居ないかの様に削り続けるハインリヒが不意にその手を止める。気が付いたのかと思うレフィーヤだったが、如何やら違う様で。ゆっくりと予備の物と思われる眼鏡を取って横に置いてから、ガラスの塊を目元へと持って行き。

 

「ぁぁああぁあぁあああぁあぁ―――――――――――――…」

 

寒気すら感じる程重い呻き声を上げて、再び呟きながらガラスを削り始めた。

 

其れを見て、ローウェンはふっと息を吐いてから扉を優しく締めた。そして視線をレフィーヤへと向けて。

 

「…眼鏡、何とかしないと駄目だな。あれは」

「ですね」

 

今日一日の予定が決まった瞬間である。

 

 

 

そして時がたち夕暮れにて。

 

「見つからん」

「全然居ませんでしたね」

 

見付からず。

 

 

 

「で、如何しますか?」

 

と、道を歩きながらレフィーヤはローウェンに問い掛ける。そうだなと言って、少し考える様な仕草をしてから。

 

「冒険者用で無いなら眼鏡作ってる場所もあったんだがな」

「でもそれじゃ駄目だって言ってましたよね」

「逆に訊くがあの状態のハインリヒを連れてくのか?あそこに?」

「あ、駄目ですね」

 

作って貰う処の話では無いなと悟る。ドン引きされて。

 

「しかし、眼鏡かけてたのに何であんな事に成ってたんですかね」

 

度が合っていないとかずれているとか呟いていたが、あそこまで落ち込む物なのだろうかと疑問に思うレフィーヤに、気が付いて無かったのかとローウェンは言う。

 

「あいつの付けてた眼鏡、休暇用のものだぞ」

「休暇用とかそんな物も在るんだすか?!」

「あるぞ」

 

驚きの事実である。

 

「序でに、冒険用の眼鏡もちゃんと複数用意していた筈だ」

「なら、尚更なんであんな惨状に」

「割れてたからだろ」

 

地震で。その言葉に、今朝見た光景が浮かぶ。そう言えば幾つも眼鏡が転がっていたなと思い出す。全部割れていたけど。

 

「運悪くぶつかり合ったのかもな。要するに予備の物まで全滅だったから嗚呼成ったんだろ」

「悲惨」

 

その一言しか浮かばない。余りにも運が悪すぎるのではないだろうか。と、頭に過る疑問。

 

「普段から持ち歩いてる予備とか無かったんですかね?」

 

其れあったなら、大丈夫だったのではと思い。やれやれとローウェンは答えた。

 

「迷宮から帰るとき、ハインリヒは如何だった?」

「……えっと、確か」

 

思い返す。記憶が正しければ、掛けていた筈だ……罅割れた眼鏡を。

 

「あ、駄目ですね」

「と言うかな。其れが無事だったなら、あそこまで酷くはならないだろ」

「それもそうですね」

 

なんとも根本的な事を忘れて居たなと、レフィーヤは思いながら笑う。決して現実逃避では無い。決してだ。

 

「けど…本当に如何しますか?」

「如何する、如何するかー」

 

声を零しながら視線を彷徨わせるローウェン。と、不意に視線がレフィーヤに向かい、暫くしてから考える様な仕草をしてから。

 

「キチガイなら作れる奴が居ても可笑しくないか」

「ちょっと待って下さい。なんで私の事見てそんな事言うんですか」

 

なんだか自分がキチガイであると言われているみたいではないかと言葉にする。が、そんなものは知らんと言わんばかりに彼は言葉を続ける。

 

「で、作れそうなキチガイと言ったら誰が居るか」

「答える積もりありませんね?」

「当たり前だろう」

「ですよね」

 

知ってたとため息交じりに呟いた。と、其の時だ。

 

「あ」

 

ローウェンが声を零す。何かを見つけたのかと視線を追っていくと。

 

「あ」

「ん?何かね?」

 

キチガイ、と云う名のクロが歩いていた。彼は見られている事に気が付き、二人を見つけて問いの声を投げかけてきた。其れに対して、レフィーヤは問いを投げ返す。

 

「クロさん」

「何かね」

「眼鏡作れますか?」

「眼鏡?…まぁ、作れるが」

「作れるんですか」

 

やっぱりキチガイって凄いなと思う、レフィーヤだった。

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