世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第八十三話

「じゃあ、よろしく」

「任されたぁー…」

 

そう言いながら、視線が彷徨い続けているハインリヒに引き摺られていくクロを見送るローウェンとレフィーヤの二人。如何にかなると言ったとたんにこれだと、若干の呆れ交じりの溜息を吐く。

 

クロは眼鏡が完成させるのに一週間ほどだと言っていた。其れもあくまで下手に拘らなければという事なので、もっと掛かるかも知れない。が、クロと言うキチガイが言った通りの日数で完成できないとは欠片も思っていないレフィーヤ。だって、ハインリヒと言う現在ぶっ壊れてしまっているキチガイが一緒に居るのだから……そう考えると言った通りに完成しなかったら彼はどうなってしまうのだろうか。少し気に成るが取り敢えず、考えない様にする。

 

「しかし一週間ですか」

「思わぬ足止めだな。まぁ、此ればかりは運が悪かったと言う他無いが」

「そう言えば、あの時の揺れって何だったんですかね?」

「ギンヌンガ辺りが中心らしい、と言う事位しか分からなかったからな」

「ギンヌンガ?」

 

それは、確かハイ・ラガード近くの亀裂。其処に在る遺跡の名前だった筈。そこからあの激しい揺れが発生したと言うのか。

 

「何か、あったんですかね?」

「さてな。若しかしたらミズガルズの調査隊なら何か知ってるかもな」

「調査隊なら? 何でですか?」

「最近探索してるらしいからな…案外、調査隊が揺れの原因だったりしてな」

「それは、無いでしょう。人間があの揺れを起こせるとは思えませんし」

「切っ掛けに成っただけかもしれんぞ?」

「あぁ、その可能性が在りましたね」

 

言いながら、笑い合う二人。都合の良い事につい最近、世界樹を揺らした事を綺麗に脳内から消しながら笑う。

 

「さて、一週間如何しますか」

「普通に情報整理」

「私が手伝う事前提ですか?」

「だと俺が楽だから嬉しい」

「まぁ、二人でやった方が早いでしょうからね。手伝います」

「レフィーヤは優しいなー」

「それ程でも在ります」

「あるって言っちゃうのかよ」

 

そんな他愛も無い会話をしながら宿へとお戻っていく二人、だが不意にレフィーヤの足が止まる。如何したのかとローウェンが問い掛けると。

 

「いえ、どうせだから食事に行こうかなと思いまして」

「宿で無くか?」

「はい。この前、紹介してもらった。あの店にでも行こうかと」

「あぁ、あそこか」

 

呟きながら頷くローウェン。二人とも店名を口にはしない。だって、絶対に許されない存在の名前が入っているのだから、口にしたら近くに居る冒険者たちが殺気立ってしまう。

 

「なら俺も行くか。まえちょっと気に成るのがあったし」

「そうなんですか、なら行きましょう」

「そうだな」

「では行きましょうか。永劫にも思える螺旋階段の果てに在る辛さと美味さの極致を垣間見る為の探求へと」

「そう……何言ってんだお前?」

 

 

 

扉を開け、ベルの音を響かせる。

 

「いらっしゃい」

 

店主の言葉を聞きながら見渡す。何処か空いている席は無いかと探し、カウンター席が目に付く。あそこで良いかと視線をローウェンに向けて、カウンター席を指さす。彼は頷いてみせた。

 

前回と違い、殺気立っていなかったからか。此れと言った反応を見せない店主の目の前の席に着く。無論、此れと言って意味は無い。

 

「何にする?」

 

もう少し愛想よくすればいいのにと思いつつ、メニューに目を通す。またカレーでも頼もうかと思い、駄目だと首を振る。

 

「幾らカレーが数多の探究者を生み出した始まりへと至る道しるべで在るとしても、しかし、だからこそ始まりに何時までも縋っていては駄目ですね」

「お前何言ってんだ?…あ、樹海パエリアを頼む」

「はいよ」

 

何か言いながらさらりと注文するローウェンを横目で見てから、メニューに視線を戻す。如何するかと悩みながら何か無いかと眺めて居ると。ある料理が視界に飛び込む。だが、其れは今のレフィーヤにはまだ早いと直ぐに理解できるモノであった。しかし、しかしだ。

 

「だからと言って、挑まない理由には成らない…そうですよね」

「さっきから何言ってるんだよお前は??」

 

覚悟を決めた様に頷き、レフィーヤはその料理を注文する。

 

「麻辣獄火鍋を一つ、お願いします」

 

店の中が空気が変わった。

 

 

 

コトリと音を立てながら置かれた其れは、まるで彼の火焔郷ムスペルを彷彿とさせる程に煮えたぎる紅だった。立ち上る湯気が鼻と瞳を刺激する。涙が溢れてきそうになるのを堪えつつ。水を一口。そして……口にする。

 

直後、レフィーヤの瞳から涙が溢れ出た。

 

「…如何したんだよお前」

 

何時の間にか席を移動していたローウェンがそう言ってくる。心配させてしまったのだろうか。申し訳なく思いながら答える。

 

「いえ、唯少し……悔しくて」

「え、悔しい?」

「はい。この料理を食べて、唯辛いとしか思えない私が、美味しさを見つけられない私自身が惨めで、悔しく」

「お前何言ってるんだ?」

 

困惑したようなローウェンの言葉を聞きながら、食べ続ける。ただただ辛いと、辛いとしか思えない料理を食べ続ける。涙を流し続け、ある事を誓いながら。

 

「必ず……辛さに磨かれた旨味を見つける。必ず!!」

「だから何言ってるんだよお前?」

 

負けを認め、其れでも何れはと示す様に、レフィーヤは麻辣獄火鍋を完食した。

 

 

 

栗鼠の喫茶店からフロースの宿へと向かう道。其処をゆっくりと歩きながら、しかしレフィーヤは決意に燃える。改めて考え思い至ったのだ。あの時は悔しくてたまらなかったが、挑むべき壁が高いなら。目指す場所が遠いなら。だからこそ挑む価値が有るのだと。故に涙している暇など無い。悔しさを糧として、レフィーヤは進むのだ。

 

と、そんなレフィーヤに対してローウェンは口を開く。

 

「なぁ、レフィーヤ」

「何ですか?」

「お前さ」

「はい」

「自分がキチガイとしか思えない様な言ってるの気が付いてるか?」

「え?」

 

今何と言ったのかレフィーヤには分からなかった。いや違う、理解を拒んだのだ。自分が、キチガイの様な言動をしていたと。そう彼が言ったのを理解したくなかった。

 

「そん、な事は、無いです……よ?」

「いや、在る。完全にキチガイの其れだったぞ? 食事中のお前」

「なんと」

 

探究していた時の自分が、挑んで居た時の自分が、そして敗北した時の自分が。キチガイだと、そうローウェンは言った。

 

「…確かに、そうかも知れませんね」

 

思い返すと、明らかに正常とは言えない事を口走っている。一般人が理解できない類の言葉を。

 

「…ローウェンさん」

「なんだ?」

 

レフィーヤは問い掛ける。

 

「私って…キチガイなんですかね?」

「一般人からしたら確実に」

「…そうですか」

 

否定の言葉は出ない。そうか、そう言う事だったのかと理解する。ローウェンが前言っていた、否定しようがしまいが、変わらないと言う意味を。

 

「ローウェンさん」

 

若しかしたら、今からでも止めれば、或は我慢すればまだ大丈夫かも知れない。駄目かもしれないが、そうしなければ、自分がそうである事を認める事に成る。

 

「…何だ?」

 

だから、彼女はその言葉を口にする。

 

「探求を、挑戦を止める位なら私はキチガイで良い…ッ!!」

 

そうだ、そうなのだ。今ここで止めるのは、止まるのは敗北どころでは無い。恐れをなして逃走するのと変わらない。それは、嫌だ。駄目だ。認められない。

 

故に彼女は受け入れた。吹っ切れたとも言えるだろう。今まで、自分は違うと否定してきた事を受け入れたのだから。

 

その言葉に、意思に、ローウェンは言葉を返す。

 

「そうか」

 

彼は、ふっと浮かべた笑みは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前本当に意味分からん事で吹っ切れたな」

 

酷く、呆れた様であった。

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