「おはようございます」
誰が居ると言う訳でも無いが、レフィーヤは窓から外に向かってそう言葉にする。言ってしまえば独り言の様なものだが。そんな事は如何でも良い。重要なのは、目覚めがとてもよく、清々しい朝を迎える事が出来たと言う事の方が大切だ。
しかし驚く程に気分が良い。何か、つっかえが取れた様な。よく分からないからこその不快感が根元から失せたかのようだ。まぁ、兎に角、とても気分が良いと言う事だ。部屋から出る際にスキップでもしてしまいそうな程に。
しかし、自分でも何故こんなにも気分が良いのか分からないのも確か。だからレフィーヤは、なにかあっただろうかと思い返し。此れだと言える物は、否定していた事を受け入れた事位かと思う。けれど、其れだけで此処まで為るのだろうかと更に疑問に思う、が今は如何でも良い事かと。彼女は朝食をとる為に、食堂へと向かう。
「おはようございます」
「あら、おはようレフィーヤちゃん」
如何やらコバックの方が早かった様だ。席について料理を待っている様子。挨拶をしながら同じテーブルの席につき、カレーを頼む。
「またカレーなのね」
「ええ、何か問題でもありますか?」
「いえ全く。唯、最近カレーが多いなって思っただけよ」
「そう…ですね」
思い返してみると、確かにカレーを頼んでばかりだ。よくもまぁ、飽きないものだと自分の事ながら思う。まぁ何度も頼む理由は、宿で食べられる辛い料理がカレーしか無いからなのだが。と、おまたせしましたと言う声と共にカレーがテーブルに置かれる。
「あら、もうきたの。やっぱり早いわね」
「それもカレーの良さの一つですね」
「そうねぇ」
「まぁ、一番は辛さと美味さの織りなす素晴らしき旋律なんですけどね」
「何言ってるのレフィーヤちゃん?」
心底分からない様子のコバックに、分からないなら其れで良いと言いながら水を少し飲んでから食べ始める。分かる人には分かる。ただ、其れだけで良いのだ。
「ローウェンさんは?」
「知りたい事が在るからってサンドイッチ片手にもう出たわよ」
「早いですねあの人は。ハインリヒさんは…まだ戻って来てませんよね」
「勿論」
でしょうねと呟く。寧ろ、あの状態のハインリヒが戻って来て居たら驚くところだ。眼鏡が完成するまでへばり付いて居そうな状態だったし。
「コバックさんは今日どうしますか?」
「そうねー、此れと言って予定は無いから…街中を散歩でもしようかしら」
「成程」
「レフィーヤちゃんは如何する積りなの?」
「私ですか?…そうですね」
考える。今日一日如何過ごすのかを。またあの店に行くのも良いし。新たな店でも探して見ても良い。何方にせよ有意義な一日が過ごせるだろう。が、しかし。レフィーヤはやる事が在るのを思い出した。
「そう言えばまだ印術の調整が終わって無かったんでした」
「印術? それってこの前スキュレーに対して使った奴?」
「はい、其れを持ち運べるように布に印した物です。劫火のはもう大丈夫なんですけど。あと二つ程、吹雪と天雷のがまだ調整が途中なんですよ」
正確には使えない訳では無いが。味方を巻きこんでしまうかもしれないので調整が必要なのだ。
「そっか。なら今日はそれをすると言う事なの?」
「そうですね。今日である必要は無いですけど。もしまた必要になるかも分かりませんし。早めに完成させておかないと」
そうと決まればさっさとやってしまおうと、カレーを食べきりスプーンを置く。それではとコバックに向かって言いながら立ち上がり、部屋に向かう。
と、そう言えばと思う。結局、食べている間に料理は来なかったがコバックは何を頼んだのだろうか。其れとも唯休んでいただけなのだろうかと考えて。
「お待たせしたした」
「別に良いわよ。それにしても……やっぱり美味しそうね」
そんな会話が聞こえて、今来たのかと視線を向けると其処には。
豚の丸焼きがテーブルの上に。朝から其れを食べるのかと。レフィーヤは驚きを隠せなかった。
書き印し。
描き印し。
いいや正しくは縫い印すか。
なんて事を考えながら、地道に布に印術を縫っていく。普通に、書くか描けば良かったなと思いながらも。縫い縫い、縫い続ける。なんで自分は印術を縫い付けようと思ったのだろうか。そうだ、書くよりも、或は描くよりも丈夫で良いものが出来るかもしれないと思い付いてやり始めたのだったと思い出す。
「…過去に戻れるなら自分を殴りたい」
まぁ出来ないけどと。縫い続ける。と、ドアを叩く音。誰か来たのかとさっと広げていた道具をしまってからドアへと向かい、開ける。
「どなたですかー…ってローウェンさんですか。如何したんですか?」
訪ねてきたのはローウェンだった。何か用かと尋ねると。大した事では無いがと口にした。
「部屋に籠っていると聞いてな。まさかお前もハインリヒみたいになったのかと思って確認しに来ただけだ」
「あ、そうでしたか…でも、そんなに籠っては居ないですよ?」
「朝から夕方ずっとなら十分籠ってるって」
「あぁ、それはそうですねって夕方?!」
慌てて窓から外を見る。言葉の通り、夕方だった。作業に集中していたからか、或は辛すぎて現実逃避していたからか。全く気が付かなかったレフィーヤは、酷く落ち込んだ。
「なんだろう。凄く、一日を無駄にした気がする」
「あぁ、分かるぞその気持ち。俺も銃弾の数を数えて一日が終わった時に同じ様な気持ちになったからな」
重要な事で、決して無駄では無いのだが。それでも、損をした気分に成る。それが、地道な作業の繰り返しと言うモノ。いや、同じ事だけをして一日を過ごしたからかと思うレフィーヤだった。
「……ん?」
と、何かに気が付いた様子のローウェン。如何かしたのかと首を傾げるレフィーヤにも、それは届く。
「笑い声?」
「だな」
誰かの笑う声が耳に届く。相当、大きな声で笑っているのか。かなり響いている。若しかしたら思っているよりも距離があるのかも知れない。
はて、何だろうか。誰が笑っているのか、気に成る二人は外に出てみる事にした。そして、笑い声の響く方へと向かうと、其処に居たのは。
「……ハインリヒだな」
「ハインリヒさんですね」
笑っていたのはハインリヒだった。暫くは帰ってこないだろうと思っていた彼が真っ直ぐフロースの宿へと向かって歩いている事も意外だが。其れ以上に何故ああも機嫌が良さそうなのか。と言うか何であんなに笑っているのか。二人は互いに視線を向けてから、ハインリヒへと近づいて行く。
「おーい」
「ハインリヒさーん」
「ん、んん?? おぉ!! ロー!! ウェンにレッフィー!! ヤじゃ無いか。如何かしたのかい!?」
「お前こそ如何した??」
主にテンションが異常である事に関して訊きたい。そう呟いたローウェンにハインリヒは意味有り気に、やっぱり笑い声を響かせながら言葉にする。如何でも良いがちょっと声を如何にかして欲しい、近所迷惑だから。
「訊くか、聴くかい? 聞くのかい?! ならば答えて上げよう。だって僕だから」
「……で、如何したんだ?」
「め・が・ね・が!! 出来たんだよ!! いやぁ、凄いね彼!! 軽く毒薬をチラつかせながら早くと急かしただけで完全完璧に仕上げてくれたよ!! それも三つも!!」
ヤッタァー!! そう喜びを露にするハインリヒ。そんな様子の彼を見ながら、とても苦労したのだろうなとクロを思う。
「彼ならいける、出来る!! こんな見事な眼鏡初めてだよ!!」
「そうか、よかったな」
「あぁ、本当に見事、素晴らしい!! ほかの眼鏡が出来上がるのが楽しみでならないよ!!」
「え、クロさんにまだ作ってもらうんですか?」
「勿論!! 最低でも二十個は欲しいからね!! もっと頑張って貰わないと!! まぁ、僕は眠くなったからこうやって帰ってきたわけだけどね!!」
「…そうか、ゆっくり休めよ」
「言われずともだよ!!」
それではと、笑い声を響かせながら歩いて行くハインリヒを見送った二人は、ふっと息を吐いて。
「…レフィーヤ」
「何ですか」
「謝罪しに行くか」
「……ですね」