世界樹の迷宮 ―――英雄達の軌跡―――   作:春山乃都

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第九十三話

最初に動き放つのはレフィーヤ。慣れた手つきで鞄から一枚の布を取り出し、刻まれた印術を輝かせる。

 

生み出されるは氷塊。圧倒的と言える程の質量を誇る其れを、容赦なく眼前の猛牛に叩きつける。空の城が微かに揺れるのを感じながら、一切視線を外す事など無い。あの程度で終るとは欠片も思っていないのだから。

 

直後に轟音。響き渡るは先の一撃の揺れすら覆す極大の咆哮。物理的な衝撃と成って彼等を襲う。思わず蹈鞴を踏みそうになるのを堪え、改めて見る。

 

「うわぁ、平然としてる」

「あれが直撃して角一本しか折れて無いんですか…ちょっとショックですね」

「いや、直撃はしてないな。角で防ぐような動きしてたし」

「そうね。角しか折れなかった、と言うよりは角を犠牲にして攻撃を防いだって所かしら」

「防いだって事は危険と判断したって事か。やはりレフィーヤの火力は凄いな」

「いえ、そう言われると照れはしますが何で分かったんですかそんな事」

 

「あたし、専門みたいなものだし」

「見えたから」

「コバックさんはともかくローウェンさんは何時も通りですね」

 

見えたからってどういう事だ。あの一瞬を目視したとかどんな目をしているのかと思わざるを得ない。コバックの方がまだ理解できる事を言っている。いや、其れでも十分凄いのだが。

 

と、そんな事を語らう彼等へと猛牛は睨む様に視線を向ける。それには溢れんばかりの敵意が、殺意が込められていた。排除すべき者と判断されたと見て良いだろう。

 

「まぁ、俺達の事は如何でも良い。あの一瞬でああ防ぐなんて真似をした強敵が…来るぞ」

 

ローウェンの言葉を掻き消す様に、再び咆哮は放たれる。猛牛は揺れる程力強く床を踏み締め、腐り果てた吐息をまき散らしながら視界に映る彼等に向かって突撃する。

 

それは王者の如き猛進。掠れば其れだけで体が原形を留めぬ程砕けようそれに、彼等は散開する。

 

標的が四方に別れるのを目にした猛牛は、さて誰を狙うのかと思いながらレフィーヤは方向転換の際にするであろう減速に合わせて攻撃を叩き込もうとして。其の儘、誰も居ないにもかかわらず直進する猛牛。何をする積りなのかと警戒しつつ視線を逸らす事無く見続け。猛牛が壁へと激突し。

 

壁を破壊しながらも角を滑らせるようにして一切減速する事無く方向転換した。

 

「はぁ?!」

 

そんな事出来るのかと驚きの声を上げるが、それ処では無い。方向転換に成功した猛牛は其の儘、視線の先に居る存在、ハインリヒへと向かって行く。標的としてはもっとも小さい此れを狙ったのは単純に方向転換した際に視界に映り込んだからか。其れとも彼が回復を担っているから。何方にせよ、突進を受けては一溜りも無い。

何かしらの援護を送ろうかと思い、止める。彼が、ハインリヒが大丈夫だと手で示しているからだ。

 

猛牛が頭を下げる。目標であるハインリヒが小さい故に当たりやすい様にだろう。巨大な角が床を削りながら迫るのを見たハインリヒは逃走する様に掛けだした。猛牛に向かって。そして。

 

「はぁ!!」

 

角が折れていた故に出来た隙間に、体を潜り込ませる様にして突進を掻い潜る。

 

「ハインリヒさん!!」

「大丈夫問題ないけど問題在り!!」

「如何いう事だ!」

 

確かめるように叫んだレフィーヤに対して、返しながら真逆の事を口に知る。其れはどういう事なのかと思っていると、視界の片隅に映るハインリヒが何かを飲んでいるのが見える。それはレフィーヤの記憶が正しければ…解毒薬。

 

「あいつの息、毒性ありだ! 下手すると毒で死ぬ!」

「まじかめんどくさいなまじで!!」

「本当にね!!」

 

叫ぶ様に言葉にする二人。しかし面倒などという話では無い。近づけば毒に成る等、厄介極まると言うものだ。突進を避けても吐き出される息は避け様が無いのだから。あるいは息を止めれば何とかなるかも知れないが、しかしそれにも限界があり、若しかすればやがて毒の息が辺りに充満してしまうかもしれない。そう成ってしまえば…もう、如何しようも無い。

 

「でも速攻で終らせるにはぁッ!!」

 

自分に向かって来る猛牛の突撃を叫びながら角に当たらぬ様にし乍らすれ違う様に避けるレフィーヤ。直後に襲う不快感。反射的に鞄に手を伸ばし、ハインリヒから渡されていた解毒薬を一気に煽る。

 

「ハァ!! あの突進何とかしないといけませんよ?! と言うか解毒薬が不味い!!」

「不味いのは仕方ないと思って!! でも同感だから改善はしよう! で、如何するローウェン!?」

「そうだな」

 

猛牛の突進を最低限の動きで躱しつつ思案するローウェン。というかさっきの避け方は何だと気に成って仕方が無いレフィーヤ。そんな彼女は如何でも良いとして、彼はコバックに叫ぶ様に問い掛けた。

 

「コバック!! 潜り込めるか?!」

「隙間が在ればね!!」

「なら良し! ハインリヒ!!」

「何かな?!」

 

 

「あれ飛ばすぞ!!」

「あれを?!」

 

驚いた様に指差すハインリヒ。聞き間違いで無ければ飛ばすと言っていた様に聞こえたが。

 

「そうだ!! と言う事で準備しとけレフィーヤ!!」

 

間違ってなかったらしい。いやいや流石にそれは無理だろうとレフィーヤは思う。

 

なんて事は無い。彼がすると言った。ならば出来るのだろうと言葉の通り準備を始める。何を使うべきかと思考し、瞬時に決める。

 

「大丈夫です!!」

「なら良し!行くぞ!!」

「了解!!」

「同じく!!」

 

彼等は僅かに視線を交わす。其れだけで何を、どの様に行おうとしているのかを読み取り。頷きながら動く。

 

止まる事無き猛進。進み続ける猛牛の目の前に立つのはコバック。彼は深く息を吸っては吐き、呼吸を整えて盾を構える。

 

其れをみた猛牛は、しかし止まらない。明らかに何かをする積りだと理解してもなお。それは止まればその瞬間餌食になると理解している為。故に、緩める事無く。尚強く蹴り進む。尚速く突き進む。何であろうと全て砕いてみせると咆哮を響かせながら角を構えてコバックへと突き進む。

 

 

猛牛の両眼を、正確無比の銃弾が穿つ。

 

 

突然の事、失われる視界と走る激痛、衝撃。思わずと言った様子に僅かに顔を上げ、しかしそれでも突撃を止めぬところは流石と言う他無い。

 

しかし、その僅かに顔を上げられたことによって生まれた隙間こそ致命へと至る。

 

「――――――――――フッ!!」

 

軽く息を吐きながら盾を用いて突進を受け乍ら滑らせて潜り込む。そしてその様を見て、いや見る前に駆けだす、猛牛の前へと。失敗しないとは思わず、しかし成功させると信じていた故に。だからこそ、恐れる事無く駆け、力いっぱい飛び、構える。

 

「せー!!」

「ので!!」

 

声を合わせて。

 

「よいしょぉー!!」

「おらぁ!!」

 

盾を、槌を叩き込む。

 

強烈な衝撃。胴体に叩き込まれたコバックのシールドバッシュが浮かし。ハインリヒの槌の一撃は頭部へと叩き込まれ。そして。

 

突進の勢いのままに、猛牛は一回転し宙へと舞う。

 

「レフィーヤ!!」

「ばっちりです!!」

 

叫びに答える様に、レフィーヤは印を輝かせる。生み出すのは巨大な氷。しかしそれは質量を持って叩き付けるものでなく、鋭い如何なるものも貫かんとする巨大な槍。猛牛が落ちるであろう場所を予測して生み出されたそれは。

 

「いけぇええええええええええ!!」

 

猛牛を・・・貫いた。




おぉ、おぉ!!

ジャガーノートさえも容易く屠るとは……ふ、ふは。

ふはははははははははは―――――――ッ!!

あぁ速く、早く。我が元へと来い冒険者よ。




そして、我を―――――――――ッ。
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