(Living In The) Perfect World 作:忍者小僧
結局あれこれと悩んでいるとほとんど眠れないまま朝を迎えた。
学校に行かないわけにはいかないので、もそもそと朝食を食い、制服に着替えた。
朝の道をとぼとぼと歩いていると、津島さんが立っていた。
「止まりなさい」
いかにも不機嫌そうな声。
よく見ると、目の下にクマができている。
彼女も眠れなかったのだろうか。
明らかに俺のせいだ。
だが、俺はあえてそっけない声を出した。
「何?」
「それはこっちの台詞。いったい昨日のは何なの?」
「というと?」
「もう一緒に帰らないって」
「そのまんまの意味だよ」
意識して、淡々と語る。
感情を表に出してはならない。
感情を表に出すと、俺の本当の気持ちが津島さんにバレてしまう。
「もういいだろ? それじゃ……ぶぎっ」
横を通り抜けようとしたら首根っこをつかまれた。
「な、なにするんだよ! 息が詰まるだろうが!」
「あ。やっといつもどおりに戻った」
「はっ! しまった!」
ついつい感情を荒げてしまった。
俺は深呼吸して、感情を押し殺す。
「と、とにかく。俺は気がついたんだよ。あんな儀式ごっこなんかには意味がないってね。ただそれだけだから」
「祐二くん、それ、本気で言ってる?」
「あぁ。本気だよ」
「本気の本気?」
「本気の本気だ」
「そう……。わかったわ」
あれ?
意外に聞き分けがいいな。
こういう時、もっとごねるかと思ってたんだが。
わかってくれたなら、それに越したことはない。
俺はそれ以上何も言わず、歩き出した。
背中には、津島さんの視線を感じてはいたけれど、後ろをついて来ている訳ではないみたいだ。
途中で一度だけ振り返ってたら、同じ場所に立ったまま、じっと俺をにらんでいた。
……遅刻するぞ?
※
ぼんやりとした頭で授業を受けた。
先生の言葉の内容がほとんど頭に入ってこない。
まぁ、もともとあまり真剣に授業を受けるタイプじゃないけど。
俺は板書をするふりをしながら、ずっと津島さんのことを考えていた。
津島さんがはまっている、魔術とか、厨二的なこととか、そういうの。
俺は、別に信じてはいない。
そもそも、津島さんが可愛かったから、受け入れたようなものだし。
でも、二人で一緒に遊ぶようになって、なんやかんやわいわいとやって。
すっげー楽しかった。
普通にゲーセンとかで遊ぶよりもずっと楽しかった。
普通の退屈だけど平和でそこそこ満たされた生活とは、少し違う世界へつれていてくれるような。
なんかそんな感じ。
谷口先生は「怪しげな妄想だ」って一蹴したけど、俺はそこまで否定したくない。
本気で信じたりはしないけど、魔術とか、あったらいいじゃんって思い始めてる。
でも、このままの状態を続けてたら、津島さんはたぶん、不幸になる。
先生には怒られ続けるし、何よりも、お母さんとの仲がこじれてしまうだろう。
それは、良くないことだと思う。
津島さんのお母さん。
あの優しそうでまじめそうなお母さんをこれ以上困らせたくはない。
……どうすりゃいいんだろう。
悩んでいるうちに終業のチャイムが鳴った。
おぅ、いつもなら長すぎると感じる授業が一瞬だったぜ。
俺は首を鳴らしながら、教室の扉を開ける。
するとそこに津島さんがいた……変な格好で。
「ちょっ。おま。なにやってる」
「我が眷族にかけられた呪いを解きに来たの」
「の、呪い?」
なんですか、それ。
ってか、本当にその格好、何?
津島さんは、頭に(たぶん先日一緒に拾った)カラスの羽を挿し、制服の上からポンチョのようなものをかぶっている。
ヨーロッパのジプシーが着ているような雰囲気の民族調のものだ。
そして、靴は学生靴ではなく、皮の編み上げのブーツ。
手には、蝋燭を持っている。
やばい。
完全に怪しい人だ。
当然のごとく、廊下を歩いている生徒たちや教室のクラスメートから好奇の視線が。
俺はあわてて津島さんの手を引き、屋上へと連れ出す。
津島さんは抵抗せず素直についてきた。
それどころか、俺の手を強く握り返して、どこか上機嫌だ。
何なんだまったく。
屋上の扉を開けると、高層部特有の強い風が吹いた。
風に向かいポーズを決めた津島さんが「来たれ、堕天の疾風っ!」とか言っている。
自分がこの風を引き起こしているつもりなのだろうか。
俺は頭をかいた。
馬鹿なんだけど、可愛い。
ちくしょうめ。
「なんなんだよ、呪いって?」
「よく訊いてくれたわね!」
ばさぁっとポンチョの袖をめくり上げて津島さんが答える。
「祐二くん。あなた、昨日から様子がおかしいわ。自分では気がついていないみたいだけど、呪いによって精神干渉を起こされてているみたいよ」
あ~。そうきたか。俺は額を押さえた。
「これはきっと、この堕天使ヨハネを追って天界からやってきた刺客の仕業ね。私の大切な眷属を洗脳して、困らせようとしているのに違いないわ。祐二くん、呪いを解いてあげるから、そこに座りなさい」
言いながら、手に持っていた蝋燭に火をともそうとする。
コイツ、またそんなことを!
あれだけ、危ないから火は使うなと怒られてたのに!
ライターの火をつけるのをやめさせなきゃ。
俺はあわてて、津島さんの体を羽交い絞めにした。
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ、祐二くん。ち、ちか、近いいいい」
津島さんが顔を真っ赤にしてわたわたする。
ちょ、動かないで。
あ、危ないから。
「津島さん、動かないで」
「ででで、でも……」
「ちょっと、話を聞いて」
「は、話?」
「うん」
「だ、大事な話かしら?」
「もちろん」
「(こ、こんな、抱きしめて伝えたい大事な話……)わ、わ、わかったわ。と、特別に聞いてあげるから、い、言いなさい」
なぜか急に津島さんが、観念するように抵抗をやめた。
ついでに、顔がすげー赤い。
どうしたんだ?
まぁいや、とにかく、言うべきことを伝えなきゃ。
俺は諭すように言った。
「火はだめだよ、津島さん。先生に怒られちゃう」
「へ? 先生?」
拍子抜けしたような声。
そして、見る見るうちに津島さんの表情が険しくなった。
しかし、ここで止めるわけにはいかない。
きついようだけど、ちゃんと言わなきゃ。
「ポンチョとかカラスの羽とかはまだしも、ライターは学校に持ってきちゃだめだよ」
「か、カラスの羽じゃないし。これ、漆黒の天使の羽だし!」
「この間、公園で一緒に拾ったじゃん……」
「祐二くん、き、記憶まで操作されているのね!?」
「いやいや、事実だから。津島さん、ゴミ箱漁ってるカラスに近づこうとして威嚇されてビビッてたでしょうが」
「それは偽りの記憶!!」
「偽りなんかじゃないよ。ねぇ、津島さん。ちゃんと話を聞いて。二人で一緒にやったことまで、出来事を改ざんしなくてもいいでしょ?」
「改ざん……」
「そうだよ。俺と一緒に公園に行って、カラスの羽を拾ってきたのは事実でしょ? その羽を天使の羽だって言って遊ぶのはかまわないけど、本当はカラスの羽だってことは、ちゃんと認識しなきゃ……」
「…………」
すっと津島さんが、俺の腕の中から離れた。
「もう、いい」
そうつぶやくと津島さんが右手を振り上げた。
「もう、いい! 祐二くんの馬鹿!!!」
「あいたっ!」
俺のおでこに、津島さんが投げたライターがヒット。
くそっ。力いっぱい投げやがって。
角が当たったからすげー痛い。
うずくまってる間に、津島さんは走って行ってしまった。
「交渉、決裂かぁ」
俺はおでこを撫でながら一人ごちる。
ひりひりするぜ。
落ちていたライターを拾う。
さっきまで津島さんが握っていたからだろうか。
その無機質なプラスチックの物体は、ほんのり暖かく感じられた。
さて、これからどうしたもんかねぇ。
そのとき、屋上の扉が開いた。
津島さんが戻ってきたのか?
期待をこめて振り返ると、生活指導の谷口だった。
「騒がしいと思って来てみたら、またお前か」
「あ、いや、その」
「手に持ってるのは何だ?」
やべ。
これ、詰んだかも。
その日、隠れてタバコを吸っていたわけではないことを釈明するのに小一時間消費した。
(続く)