キタカミベイベー   作:SPAM

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キルミーベイベー復活記念です。
艦これSSでやる理由については、今は深く聞かないで下さい。
どうぞ宜しく。


キル1

 私は、その時のことをはっきりと覚えている。

 稲妻に打たれるとは、即ちこのことだと。

 

 体の震え、心のゆらめき、魂の鼓動、あの光景を思い出すだけで、今でも思い返すことが出来る。それどころか、思い出しただけであの時の感覚が蘇る。それほどに鮮烈だった。

 

 誰に言っても納得しないだろうけれど、彼女と私が”誰と誰”だと聞けば、そこに一定の理解は得られる。けれど、私にとっては理解なんて出来なかった。人が恋に落ちる瞬間、そんなもの、誰にも理解できない。あの瞬間、彼女が私の全てになったのだ。常人にとっては理解しがたい―――――狂気に包まれたのだ。私の全てが彼女のもの。神を愛するように、あの人を愛してしまった。感情で盲た私の瞳に、映るのはただ、彼女だけ。私の感覚のピント全てが彼女に定まり、他はぼかした色合いに変わる。彼女だけがフルカラーで、他は全てモノトーンの背景へと堕した。

 

 あの人しか見えない。私は、積み重ねた私全てが崩れ落ちるのが分かった。そして残ったのは、あの人への思いだけ。最早、私は私では無くなってしまった。私は彼女なしでは居られなくなった。だって、私の全ては、あの人を好きだという、そのことだけで一杯になったのだから。あの人を欠いた私は、すぐに屍のような心になってしまうだろう。核を失った星、骨を失った生物、言葉を失った人間、それが”それ”である全てを失って、何が残るというのか?何になるというのか?

 

 骨抜きになり、人格は壊れ、口は一つの言葉だけを紡ぎ出す。

 

 私は、千鳥足で三歩を踏むと、四歩目では走り出して、そして、

 

「き――――――――」

 

 彼女の、

 

「た――――――――」

 

 名前を、

 

「か――――――――」

 

 呼んで、

 

「み――――――――」

 

 それが、全てになった。

 

「さぁ――――――――ん!」

 

 だと言うのに、彼女は、

 

「ウザい」

 

 私のダイブをひらりと躱した挙句、

 

「あと、うるさい」

「へぶぅっ!?」

 

 地面にビタンと落ちた私の首筋に、無慈悲に踵落としを叩き込んだ。

 幸せ。

 

 

 ●

 

 ことが起こったのは廊下だった。日本における学校の校舎のような、義務教育を受けた・あるいは受けている人間にとって見飽きられた形式の建築物だった。

 床は薄緑のリノリウム、外側の窓枠は褪せた銀色のステンレス、そして廊下と部屋を区切る壁もステンレス。そこに嵌っている窓は磨りガラス。ステレオタイプを体現したように、そこは学校の要素で埋まっていた。しかし、名前は違う。

 

 ここは呉鎮守府。

 組織変更により”軍”という名を取り戻した、日本の持つ軍事組織、その中の海軍が保有する施設である。

 本来、”鎮守府”という名前を持つ施設ならばそこに詰めているのは海軍軍人、その中でも士官・下士官らのはずだが、

 

「北上さん……しゅき……あいしてりゅ……」

 

 居るのは大多数がこのように、少女か妙齢の女性と呼べる人間だ。

 倒れ伏した彼女はその妙齢の方の1人であり、そして彼女の首筋に踵を添えているのも、

 

「しぶといし、うるさいな……」

 

 こちらも女性。長い髪を三つ編みにし、ベージュ色のセーラー服に身を包んだ痩身の女だ。

 その女は地べたに貼り付いている女性から足を退けつつ、顎を右手で擦り、思案する。

 そしてその行為が一頻り続くと、唐突に口を開く。声色は驚きというより、セレンディピティを含んだそれであり、

 

「……ああ、大井。そっか、大井っち、ってやつか。ふーん。そういうもんなんだね」

 

 言葉が尻に向かうにつれて、彼女の関心のグラフは減衰の一途を辿っていく。トーンもついでに下がっていった。

 

 人間というものは、初対面の他人に対しては須らく関心を持つとしても、ただ一度の邂逅である限り、基本的にそれは急速に弱っていく。それは記憶と忘却の対なる現象を図示化したものと同じことであり、この出会いもそのご多分には漏れないはずだった。

 

 しかし、

 

「これが”大井”かー。……なかなか、インパクト、あるよねぇ」

 

 北上と呼ばれた女は、地面の彼女を深く記憶した。関心はともかくとして。

 当然のことだ。人と人の出会いというものはインパクトのない、つまり特別性のないイベントが大多数である。しかし、先程の彼女らのファースト・コンタクトはそのご多分から漏れた1つだった。北上は床を、そしてそこに這いつくばる大井という女を見つめ、軽く嘆息。

 

「これ、面倒だな」

 

 これ、という言葉は、彼女が何を指しているかは不明瞭だ。しかし抽象化された故に、その”これ”という言葉は多くの意味を持って響いた。

 ”大井という女”をして”これ”なのか、それともこの”出会いというイベント”を”これ”と呼んだのか、はたまたその両方とも言える”大井と自分のこれから”を称して”これ”なのか。

 

 ともかく、北上はこの出会いに関して肯定的な印象は一切持っていなかった。その対照となる大井はと言うと、

 

「ぷへぇ……」

 

 恍惚の表情を浮かべて床面に頬ずりする始末である。こちらはこの出会いに途轍もなく重大な意味を見出し、その突沸的な激情に身を任せた次第だ。

 

「キモい……」

 

 見下ろす北上の視線に、ついに蔑みすらも混じり始めた頃、テンポの速い足音がフェードインするように聞こえ始める。それを出しているモーションを推測するならば、小走りだろう。音は二種類。体重の軽い人間が出す足音と、それに比較して重い人間が出す足音。

 

 そして、それが北上の耳に付くようになると、

 

「……ああ、やっぱりだ!加賀さん、大井さんをちょっと介抱してあげて下さい……!」

「ええ、予想通りと言うか、いえ……少し予想外かもしれないわ。ともかく、大井は任せて」

 

 2人の男女の声がし始めた。片方、男は狼狽を露わにしており、もう片方、女は疑問符をそこに混ぜつつも冷静に状況を把握し対応の構えを見せる。

 

「ん……ああ、提督と加賀さんじゃん」

 

 音の方向に北上が振り向く。その目が捉えたのは2人の人。

 片方が先の男の声の主、白い詰襟を着た長身痩躯の男。髪は短く切り揃えられており、神経質なまでに整えられていた。頬は少しばかり痩けており、軟弱さが見受けられる風体だ。

 

 もう片方は、白い道着に弓術用の胸当てを重ね、スカート風の短い青袴を履いた女性。髪は左側頭部で1つに結わえられており、走る今は馬の尾のように揺れている。顔立ちは少し怜悧に過ぎるきらいがあるものの極めて整っており、控えめに言っても美女の二文字が相応しい女だ。可愛げ、表情豊かさ、愛嬌というものには欠けているが、それを補って余りある美しさだ。

 性別に反して2人の背の頃は殆ど変わりなく、中背の男性と長身の女性の取り合わせだった。

 

「はぁ、はぁ……北上君……いきなり暴力沙汰はマズいよ!?」

 

 詰襟の男性は息を乱しつつ目の前の状況に指を指し、左膝に左手を付きながら言う。どれだけを走ったかはともかく、彼の身体能力が低いことは見え見えだった。その様子に北上は、

 

「もう少し体力つけたらいいんじゃないかな、提督。もっと食べるとかさ」

「ぼ、僕は君達みたいに食べられないんだよ!というか、結構提督業ってストレス溜まるから胃が……う、あいててて……脇腹も……」

「――――――――は?」

 

 提督と呼ばれた男性は胃と脇腹の痛みを訴えながら自身の少食さを弁明したが、その言葉に聞き捨てならないものを感じたのか、加賀という女性は右に振り返る。肩を掠める程の距離に居た北上は、彼女の翻った髪に顔を打たれそうになるも、

 

「おっと」

 

 器用に身を右後ろ斜めに反らして回避。堂に入ったスウェーバックだ。

 一方、加賀は少しの無言の間を置き、そして口を開く。トーンは押し殺したような低さで、

 

「……提督。貴方は、私が大食いで、食い意地の張った、食いしん坊の、常時腹ペコで高燃費の、現役引退後も焼肉生活が止められずズブズブに太って果てには糖尿病になる野球選手のような女、と仰いましたか?」

「加賀さん!加賀さん!想像力が旺盛すぎるのは良くないと思いますけれど!?」

「頭にきました。―――――そろそろ鎮守府外周走り込みデートを提案するわ。どうかしら?……ねぇ」

「おお、怖い」

 

 美貌というものは、視線の威力を常人に数倍するものまで押し上げる。

 加賀の隣でこの、夫婦漫才のような光景を眺めつつ、北上はそのようなことを考えた。他人事である。事実、夫婦漫才と言えるだけあってこの空気は2人以外の余人を寄せ付けないのだから。

 息を尚も切らせて、提督は俯きながら、

 

「う、嬉しいけど四半周くらいで勘弁してくれないかな、うん!?」

 

 苦笑とともに顔を上げた彼の表情に、加賀は満足したらしい。

 

「良いわ。間を取って半周くらいにしましょう、提督」

「うん、うん!それはいいから大井さんをちょっと、ね!」

「楽しみにしているわ」

 

 愛する提督との会話を一頻り楽しんだ加賀は次にしゃがみ込み、地面の大井に呼びかける。

 

「大井?起きなさい」

「きぃたぁかぁみぃさぁーん……って、あれ!?」

 

 突然腕に力を入れ、身を起こす大井。北上は肩越しに後ろの大井を見下ろしていたが、それを見て肩が一度跳ねた。一方の加賀は大井が起きたことに満足して、ほう、と息を吐く。そして、

 

「元気そうでなによりだけれど。……さて、着任早々、やってくれたわね」

「え、あの、何を?」

 

 無表情で見つめられていることに困惑している大井は、本当に一体何が起きているのだ、と行った体で受け答え。問い掛けた加賀は彼女の様子に対して、呆れた、と前置き、

 

「自分の胸に聞いても分からないようなら、私が詳らかに推測を述べて差し上げるけれど?」

「えっと……どうぞ」

 

 大井が困惑の声色で、加賀に話を促す。それに頷き、加賀は表情を変えずに言葉を放った。

 

「”搬入”、その後提督への挨拶を済ませて、廊下に出た貴女は通りがかった北上を発見した。それに.01秒で発情した貴女は彼女へダイブ。それを北上は躱して貴女を取り押さえた。これで合っているはずよ。北上?」

「え、そんな、私が?まさかぁ……」

「あー、うん、それで大正解。ぱっぱらぱー」

 

 否定する大井に対し、それが正答であると北上。

 

「大井……ああいや、大井っち。……うん、この方が口に馴染むね、なんか。―――――とりあえず、大井っち。首筋触ってみ?」

 

 北上の声に反応し、大井は瞬時に正座となり、北上を見上げる。その目は爛々と輝き、いやむしろ煌々とした光を灯している。それを眼下に認めた北上はそれに辟易しつつも、

 

「良いから、触ってみ」

「はぁい北上さぁん……!」

 

 それに従い、大井は右手を首の後ろに回し、北上の蹴り痕である痣に触れる。だが、

 

「……ああ!これこそは……私に刻まれた、甘美な痛み……!ああ、北上さん北上さ――――――」

「やっぱウザい」

 

 目を細めてマタタビを嗅いだ猫のように体をくねらせる大井、その左こめかみ目掛け、北上はローキックをぶち込んだ。

 かくして状況は振り出しに戻る。大井は再び地に伏したのであった。

 

 その一部始終を見ていることしか出来なかった、提督・加賀の2人は、

 

「……コレ、どこからやり直しなんですかね」

「執務室から走って来るところからよ。さぁ、もう一度」

「どうしてそこまで天丼にしたいんですか!?」

「大丈夫よ、帰りは歩いていいから」

「その有情さを他の所で活かしてくれはしませんか……?」

 

 北上の目から見て、それはやはり見事な夫婦漫才だった。

 事実、彼と彼女は恋人関係にある。ただ、お似合いかどうかと言われると疑問符は隠せない。

 あまりに虚弱な男性と、鍛え上げられた女性だ。傍目に見れば、どちらがヒロインか分かったものではない。尻に敷かれすぎの彼は、見ていて哀れみを、そして寧ろ心の和みを誘う。ほのぼのとした雰囲気で、しかしとぼとぼとした足取りで彼は執務室へと帰っていく。その三歩後ろを加賀が歩く。……足の長さが違うせいで、足音の回数が違う。明確に、加賀のほうが少ない歩数で彼と同じ速度で歩いている。そこにおかしみを感じたのか、北上は笑いを堪えようとして、代わりに鼻が鳴った。

 

 本当にやり直すつもりなんだろうか、と疑問になったが、それはさておき、と大井を起こさなければと思い至った。そこで、

 

「大井っち、起きろー」

 頬を右足、靴のつま先でつつく。するとたちまち大井は意識を目覚めさせ、

 

「北上さぁん!」

「うわぁっ!?」

 

 突如、その蹴り足に両腕を絡めて固くホールド。いよいよもって堪忍袋の緒が切れた北上はついに、

 

「くた――――――」

 

 力ずくで右足を振り上げ、大井を足ごと浮き上がらせると、

 

「――――――――ばれ!」

 

 勢い良く振り下ろし、大井を再びリノリウムの床に沈めてやった。

 そこで今度は完全にノックアウトされたのか、彼女の体からは力が抜け、北上の右足へのホールドも完全に解けた。

 

 大きくため息する北上。視線はどこか宙を向いていて、虚ろになっていた。

 誰も居なくなった廊下で、1つの言葉だけが響く。それは、

 

「全く、本当に面倒だ。これ」

 

 その言葉の意味は、全てが正しかった。

 

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