キタカミベイベー   作:SPAM

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2017/11/25
ちょっと修正しました。
一文字程度しか変わってませんが、意味合いは結構変わっておりますので注意願います。


キル2

 

 それからの大井は、航行練習という名目で呉鎮守府近海を掃海する任務に就くことになった。だが呉が面する瀬戸内海は平定されて久しい。強敵が居ない反面、教練に適した敵艦も極めて少なかった。その為、彼女は2週間ほど軽い任務に従事した後、一時的に佐世保鎮守府へと移籍。本格的な研修として、九州近海での掃海に励むこととなった。

 

 佐世保は呉と同様に大規模な基地だった。そしてやはり、同じような理由で移籍してきた艦娘が2人居た。そのいずれもが呉からの研修組であり、大井もその中に混じって実地研修を受けることとなった。呉の艦娘は随時着任し、そして随時研修を終えて呉へと戻る。それから彼女らはまず遠征部隊、つまりは海上護衛艦隊へと組み込まれ、遠方へ飛び回る生活に身を投じることとなる。

 

 ただしそれは駆逐艦、あるいは比較的低燃費の軽巡洋艦に期待されるルートであり、大井のような、いずれ雷装特化艦となる未来が約束されている場合は話が違った。重巡洋艦以上のクラスとなれば言わずもがなだ。その高い火力を活かすため、主力へと即時に組み込まれるのだ。よってそれに堪えうる練度を得るため、大井への教育は苛烈を極めるものとなる。

 

 そのはずだった。

 

 ●

 

 大井の教育のため充てがわれたのは、夕張という艦娘だった。薄緑の髪をポニーテールに結い上げた麗しい女だ。

 彼女は装備可能な武装の多さからマルチロールであり、雷撃戦・砲戦・対潜戦、全てをそつなくこなす熟練の戦士だった。ただし、その重装備の代償として軽巡にしては鈍足であり、取れる戦闘方法の全てが“それなり”の域を出ない。

 鈍足で器用貧乏、それが“普段”の彼女に付けられた評価だった。

 無論、特化した装備を行えば彼女はその役割に対して更に良い働きをする。それでも雷撃戦に関しては他の軽巡の後塵を拝しはするが、そこまで速度の求められない対潜戦ともなれば、彼女は軽巡の中でもとりわけ良く戦果を挙げていた。

 

 そんな彼女が大井とバディを組むのは当然のことだった。”まさか”の時、あらゆる状況に対して柔軟に”それなり”の対応が取れるからだ。そして、鈍足故にシンガリを務めて後輩を守る役になっても、彼女は熟練の艦娘だ、確実に生き残り帰って来られる。師匠役としては申し分が無かった。加えて、彼女は稀代の人タラシとも呼ばれていた。面倒見の良さから後輩らによく慕われ、勇敢さから同輩らにも一目置かれていたことからもよく分かることだ。

 

 だから、彼女は艦娘を育てることに関してたいへん重宝がられていたのである。普通の艦娘に対してであれば、彼女は研修の初期にしか立ち会わない。何故なら次に入ってくる艦娘の研修、その初期段階に立ち会うからだ。次々と取っ替え引っ替えの要領で、彼女は新しい艦娘に充てがわれる。そんな人気者の彼女が大井の研修の全期間に渡って教練を担当するともなれば、向けられた期待の大きさも測り知れるというもの。事実、大井はキツい扱きを受ける予定となっていた。それをカバーするのが夕張の人徳である。これで大井の心を折れないように支え続けるのだ。スパルタでありながらも決して無慈悲ではない、そんな絶妙の教練を行えるのは、夕張にしか出来ない芸当だ。それを裏打ちする実績も有る。幾人もの艦娘が彼女の薫陶を受け、そしてその殆どが生き残り、未だに彼女を”良き姉”として慕い続けているのだから。

 

 そして大井もまた、その幸せな後輩の1人になる。

 そのはずだったのだが。

 

 

 ●

 

 

 彼女らの最初の任務は潜水艦狩りだった。

 夕張にとって最も得意とする任務であり、大井はまだ不慣れな分野である。尤も、大井が期待されているのは雷撃能力であり、対潜能力は特に要求されているわけではない。であるからして、今回の実地研修は基本的なところを押さえるという程度に済まされる。訓練プログラムの中にはこの形式の任務を3回程度こなす、ということが含まれていた。そしてこれがその1回目である。

 

 朝9時頃、社会にとっては出社時間からしばらく頃のことだった。

 埠頭を降り、濁って光のない海面に立ち、航行開始。しかし、2人の顔は浮かないものだ。そして、その理由は2人の間で異なっていた。

 

「北上さん……ああ、北上さん……北上さん……」

「その、芭蕉の真似か知らないけれど、ものっすごく気が滅入るトーンでやるのは止めてくれないかしら……」

 

 このざまである。

 大井は北上大欠乏症に陥り、夕張はその煽りを受け、呆れと諦観で調子の出しようがない。こうなっては夕張のお得意、愛に満ちたスパルタ教育も始まりようがなかった。

 

「これ、どうしたらいいのかしら……」

 

 まずは、大井を仕事に集中させる方法を探さなければ。

 夕張の艦娘教育は、まずそこを乗り越えてから始まるものとなっていた。

 

 

 ●

 

 

 大井のこの様子は今に始まったものではない。佐世保に来る前、呉に居た頃からそうだったのだ。新人もいいところの大井は、最精鋭とも言える北上と組むことは出来なかった。当然のことだ。しかし、それに大井はひどく苦しんでいた。

 

 

 話は過去に返る。

 艦娘軍とも言える海軍の一部門、その黎明期にあったこと。

 艦娘に関して大した理解もなかった提督の1人は、比較的練度の高い艦娘の露払い、もとい”雨除け”に新人艦娘を数人付け、そしてそのいずれもを死なせたことがあった。無論、到底許されない用兵である。そもそも艦娘には莫大なカネが注ぎ込まれている。しかも大事な軍の”資産”、”備品”だ。それを提督という立場に飽かせ、好き勝手に扱ったなどというのは軍に対する明らかな背任である。すぐに懲戒免職処分となり、今は人格に問題のない青年が提督の座に就いている。

 それが呉鎮守府のことだ。

 

 そして、よりによって大井はその話を引き合いに出し、自分が北上の”雨除け”になる、と言い出したのだ。これには提督もひどく憤激し、そして勢い良く立ち上がったせいで持病の貧血に倒れた。それを引き継ぎ、秘書官である加賀は、北上と大井の目の前でこのようなことを告げた。

 

「北上、大井。貴女達……いえ、大井。貴女には”北上禁止令”を発令します。北上はそれに協力するため、接触を徹底的に避けなさい」

「ほーい」

「へ……ほあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 別段気にする様子もなく受け入れた北上に対して、大井は顎をガコンと落とすとそのまま絶叫し、直立のまま真後ろに倒れていった。その後は痙攣、泡を吹く、戦慄などの数々の症状を起こし、ついには医務室に文字通り引き摺られていき、ベッドの上で数時間ほったらかされた。

 

 この対処の効果は覿面であり、大井の人格を”ロールバック”させることに成功した。要は”北上と出会う前の大井”にまで性格・思考を戻したのだ。これにより”北上さん分”なるゲージが概念ごと消滅し、大井の精神に不足した部分が消滅したのだ。

 この原因は間違いなく、大井の無意識による自己防衛反応だった。それほどまでに大井の人格は破壊されていた。そして、その不可逆とも思われた人格の変性を見事に取り繕って見せた大井の精神構造にも、提督と加賀も呆れと感嘆で声も無い。

 ただし、それも万全では無い。全くだ。

 ”北上”という単語、あるいは”北上の姿”という視覚情報がまた大井に感知されると話は別である。”振り出し”に戻ってしまうのだ。ここで言う”振り出し”はつまり、”北上を病的に求める大井”、つまり変わってしまった後の大井のことだ。

 そのため、大井を手懐けるのは非常に難航した。

 

 一度目ではポロッと提督が口に出したことでのリセットだった。

 禁止令から3日が経過した頃。夕刻である。執務室にて大井からその日の報告、恙無く任務が遂行されたことを聞いていて、提督が、

 

「……これなら、北上君も安心だね」

 

 と宣ったので、

 

「き、た、か、み……北上さん?北上さん、北上さん……ほああああああああああああああ!!!!!!」

「うぉあ!?」

「……馬鹿な、戻ったはずじゃなかったの?」

 

 突然の叫び声に驚嘆する提督、その左後ろで加賀が耳を塞ぎながら呟く。大井の咆哮にかき消され、それを聞く者は誰も居ない。ともかく、加賀は耳を塞ぐのを止めて、目の前で発生している騒音に険しい顔で耐えつつ、

 

「ちょっと寝ていなさい」

 

 叫びながら震える、ムンクの”叫び”さながらの大井に近寄り、首筋へ手刀を一発。

 スイッチが切れたように雄叫びは止まり、大井は前のめりに受け身も取らずビタンと倒れ伏した。

 

「やりました」

「殺ってはいませんよね……?」

「お望みとあらば、やりますが」

「別にそこまで望んではいません……」

 

 本人が聞いていないとなると彼らも遠慮がない。何しろ一番割を食っているのはこの2人だ。北上はそれに準じる苦労を背負っているが、直接武力行使に走れるだけマシなのだ。彼らにこそ大井を謗る権利があった。

 ともかく、状況を読みきった加賀は背中に掌底を一発入れて大井を蘇生する。

 

「起きなさい」

「……はっ!」

 

 詰まっていた空気を吐き出すように呼吸すると、すぐに腕に力を込めて上体を上げる。そして、

 

「北上さんは!?北上さんがいらっしゃるんですか!?」

 

 起きて第一声がこのとおりである。

 

「……提督。私、起こしたことを後悔しているわ」

「ええ、その気持ちは分かるんですが……」

 

 大きく肩を落として、そのまま提督は机に突っ伏した。それに加賀も溜息。一方の大井はと言うと、

 

「提督!加賀さん!北上さんはどちらに!?」

 

 そんな様子だったので、迂遠に”取り次ぐつもりはない”と加賀は、

 

「……北上なら出撃中――――――――」

 

 言ったのだが、大井はいきなりシャンと立ち上がると敬礼し、

 

「こうしちゃいられません、今すぐ私も出撃します!」

「ちょ、ちょっと待ってくだ――――――――」

「北上さぁ―――――――」

「待ちなさい」

 

 加賀の鮮やかなハイキックで行く手を塞がれ、そして顔面を薙ぎ払われる。彼女はラリアットを受けたプロレスラーの如く、蹴り足と顔面を支点として逆上がるように半回転、そして背中から垂直に落ちた。

 

「―――――へご!?ふぐ!?」

「―――――さい、ってええ!?」

 

 提督が机越しに手を伸ばして制しようとした時には、全てが終わっていた。

 

 そして彼は口を開き、

 

「……す、少し、はしたないですよ。加賀さん……」

「貴方になら、見られても構いませんけれど」

 

 頬を少し赤らめた加賀の言葉に、ああすっごく愛されてるなぁ、と項垂れた。

 

 

 ●

 

 

 その後、大井は再び”北上禁止令”を言い渡され……最早言うまでもない。

 人格が”ロールバック”されて至って真人間となった大井は再び実直に任務に励むようになった。

 

 一方、当の北上はこの件を知らず、そもそも接触しないようにとだけ言われていたため、大井の現状をよく知らなかった。大井がどういう精神状態の変遷を辿っているかなど知る由もなかった。

 それが大変にマズかった。

 

 大井が佐世保へ研修に向かう段取りが決まり、彼女は佐世保所有の車に乗って移動することとなった。

 そこで北上が人情を起こしてしまったのだ。

 

 北上のことなど頭にない状態の大井、その見送りに出てきてしまったのである。

 禁止令とは言われているものの、少々可哀想な面もあるのは確かだと思っていた。迷惑千万でも、別に嫌いというわけではない。だから彼女は気まぐれを起こし、大井の見送りに出て来た。

 

 そしてタイミング悪く、大井がバンに乗ってドアが閉まった時、彼女はスモークガラス越しに北上の姿を認めた。

 

「き、き、き、北上さん!」

 

 またである。再び北上キチガイの大井の出来上がりである。

 彼女の乗り込みをドアの前で見届けた提督と加賀は、大井の絶叫で顔色をさっと青ざめさせて、後ろへ振り返る。

 北上は無表情に手を振っていた。

 

 そこで大井は突然暴れだし、同乗していたスタッフの制止も振り切り、スライドドアを開け、呆然とする提督と加賀の間を突っ切り、

 

「きぃたぁかぁみさぁ――――――――ん!

 

 北上へとダイブだ。そして後は言うまでもなく、

 

「早く行け」

 

 北上はそれをひらりと躱し、地面にキスした大井の首筋に一発踵落とし。

 

 ……かくして、失神したままの大井は佐世保のスタッフと加賀に担ぎ上げられて車にブチ込まれ、佐世保へ移送された。

 

 

 ●

 

 

 そして、佐世保でのガイダンスを心ここにあらずの状態で受けた後、こうして夕張と共に出撃の段と運んだわけである。

 

「北上さん……ああ、北上さん……」

 

 更に『北上さん』と続けて再び川柳を完成させようとしている大井に対して、夕張は、

 

「あなた新人でしょ?よく知りもしない人によくそこまで入れ込めるわね」

 

 そう言ったが、大井はそこで航行を停止。海の上で立ち尽くした。直立不動だ。先行していた夕張はその様子に気付くと、すぐに転進し、大井の側に寄る。

 

「え?どうかしたの?」

「……りませんよ」

「ん?」

 

 俯いたままで譫言のように呟く大井。それに様子がおかしい、と夕張は顔を覗き込むが、

 

「私にだって分かりませんよ!!!」

「わっ!?」

 

 いきなりの大音声にバランスを崩しかける。が、そこは熟練の艦娘だ。すぐに立て直す。そして少し離れた位置に立ち、大井の話を聞くことにした。

 

「耳、痛い……ソナー音聞けなくなりそう……で、分からないの?」

「分かりません……分からない……私、なんで北上さんのことが好きなんだろう……」

 

 改めて聞かれると、大井にもその理由はわからない、それに悩んでいるようだ。まるで結果があって、それだけかのように。理由という中身が無いのだ。それをすっ飛ばしてしまっているのだから。

 夕張はやっぱりか、といった顔で、

 

「それは……やっぱり、”北上”と”大井”だからじゃない?私、他にも”大井”を見てきたけど、やっぱり何故だか”北上”を好きになってたもの。理由なんてなくって、そういう生き物なのよ。きっと」

 

 あっけらかんとそう言った。しかし、大井は承服しかねる。それは違うと。きっと何か、好きになるだけの理由があったはずなのだと。

 そこで抗議しようとするも、

 

「……えっと」

 

 大井は口ごもる。その理由は、

 

「……あれ?」

「どしたの?」

「お名前、なんでしたっけ?」

「あのさぁ……自己紹介したよね!?小っ恥ずかしいのにメロンネタまで使って印象に残るように工夫したつもりだったんだけど!?」

「ごめんなさい、全然覚えてないです……」

「マジかー……」

 

 夕張にとって、誤算続きだった。上層部にとっても誤算だろう。最優の教育者を与えてみたものの、教え子はと言えば北上に現を抜かし、あげく教育者の名前さえ覚えていないのだから。

 

「これ、面倒だな……」

 

 彼女の感想もまた、御尤だった。

 

 

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