キタカミベイベー   作:SPAM

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キル3

 夕張の悩みは深かった。

 非常に深かった。

 何しろ、こんな例は初めてなのだ。

 彼女は優れた教導者だ。現在に至るまで、数々の艦娘の巣立ちを助けてきた。色々な艦娘がいたが、誰もを”使える”レベルまで引き上げてきた。心を折らないための”切り札”だって持っていた。そんな彼女が、こんなたった一人の艦娘、この大井にお手上げなのである。

 

 問題を整理すると。

 まず彼女は話を聞かない。現に自己紹介があったことを完全に頭の外に置いている。せっかくの親しみポイントを作ったところで、それでもなお記憶に引っかかることが無かったのである。

 この”話を聞かない”原因は、異常なまでの北上への入れ込みようだ。頭の中は北上で一杯だ。

 

 ちなみに夕張は、”呉の北上”のことを知っていた。

 彼女が教導役としての立場を完全に確立する前のことだ。その頃もやはり呉は教練場所に乏しく、多くの艦娘をこの佐世保に送り込んでいた。北上もその中の1人だった。僅かに先任だった夕張は、彼女に対潜戦のイロハを教えていた。彼女は掴みどころこそないが従順であり、よく教えを吸収した。加えて終始精神を平静に保っていた。なので夕張の”切り札”は出しどころもなかった。そして他の実践訓練でも詰まることなくスムーズに教練を終えて呉へと帰っていった。そのように記憶している。

 そして時は流れて夕張は熟練の艦娘となり、教導を主に仰せつかる役目に収まり、一方の北上は他の基地にも勇名轟く精鋭として知られるようになった。それを夕張は誇りに思っていた。そうなるまで更に多くの艦娘を導いてきたが、彼女はとびきりの出世頭だった。

 

 さて、夕張が担当してきた中には、反抗的な艦娘も従順な艦娘も、言ってしまえばどちらにも当てはめがたい”変な”艦娘だっていた。それもなんだかんだでどうにか使えるレベルまで叩き上げた。

 そしてこれは、その”変な”艦娘である。中でもとりわけエクストリームな。夕張の”切り札”は言うことを聞かせることにも有用だったが、大井に対しては全く通用しないだろう。むしろ彼女の神経を逆撫でる。それを夕張はよく理解していた。だからこそ、こうして悩んでいる。

 

 こちらに関心を向けさせられていない、

 それが問題を総括して出た結論だった。それへの対処は難しい。おそらく北上本人を連れてきて担当させたとしても、関心のベクトルが明後日へ向かうため難航するだろう。かと言って夕張が普通に接しても、さっきのように僅かに正気を取り戻したときしか話の相手にならない。その瞬間を見計らって教育を施すのを繰り返すというのも、非現実的だった。何せ、上層部は気を長くして待つ気などこれっぽっちもない。夕張が全期間を担当するということは、それだけ早く仕上がることを期待されているのだから。その期待に答えるため、なんとしても北上を大井の頭から追い出す必要があったのだが、

 

「ああ、北上さん……あなたは何故北上さんなの……?」

「ロミジュリもちょっとねぇ……」

 

 出来ない。現実は非情である。

 

 夕張の発想力は決して貧困ではなかった。だからこの北上脳を改善するのではなく、利用する方法を考えていた。よって、夕張は情報収集をすることでその方策を考えようと切り替えた。

 

 要は、雑談するのである。北上に関連する話題に絞り込まれるとしても、それはそれで良いのである。その話題の中で利用できるポイントが出てくる可能性は非常に高い。加えて、自分が北上を知っていると言えば、誘い込むのは楽だ。

 

 というわけで、

 

「呉の北上は、私も知ってるわ」

「北上さんをご存知で!?」

「おおう……」

 

 釣れた。まさに入れ食いである。楽だとは思っていた夕張だが、こうも一瞬で食い付かれると仕掛けた側が面食らっている。

 気を取り直し、夕張は話を始める。自分の誇りでもある立派な艦娘だ。その話をするのは嫌いではないし、何より目の前の大井は喜ぶだろう。そう考えながら、エピソードを選ぶ。

 

 その、はずだったのだが。

 

「えっと……」

 

 彼女の挙げた戦果を理由に、”自分が教えた”という記憶が残ったというだけであり、特筆すべきエピソードは無かった。それも彼女の個性が見えるようなところは何一つとして。いや、強いて言うならば無いことはない。そして捻り出したのは、

 

「北上はね、その、優秀だったわ。うん」

「……それで!?どのように!?」

「うん、なんでも覚えた、多分。……それくらい」

「それ、だけ……?」

 

 つまり、無いということは、という話だ。

 これは夕張にとって大誤算だった。話を振る前によく思慮すべきだったが、彼女はそこまでには至らなかった。事実、彼女は北上を知っていた。知っているから話せると考えた。しかし、エピソードが少ないことは話し始めるまで分からなかったのだ。思い出せなかったとも言っていい。

 

「それだけなんですか……?」

 

 期待を裏切られたとばかりに、大井が夕張を見つめる。睨むような目つきではないことに夕張は感謝したが、それでもご期待に背いたのは事実だった。

 だから夕張は手を合わせて苦笑し、

 

「……ごめん。彼女を教えたのは私だけれど、あんまりにそつなく物事を覚えていった……はずだから。手が全然掛からなかったんだと思う。当時はスルスル研修が進んだことに疑問も無かったんだと思うけど、彼女、もしかして天才ってやつだったのかもね」

「やっぱり北上さんは凄いんですね!?」

「あ、うん。でもあんなになるほどとは全然思わなかったのよ。手は掛からなかったのは確かだけど、実際そこまで出来が良かったかって言われると、それも疑問……あれ?」

 

 突然疑問符を浮かべ宙を見つめる夕張に、大井は食い気味に聞く。

 

「何か、思い出しましたか!?」

「いや逆……おかしいのよ」

「覚えてないんですか……?」

 

 あっという間に盛り上がり、そしてしゅんとなる大井に罪悪感すら感じながらも、夕張は、

 

「……うん。はっきり言うとそうなるわ」

 

 ハッキリと、そう言ったのだ。

 それに異常を感じた大井はすぐに食って掛かり、

 

「え?……でも、北上さんを教えたのはあなたじゃ……」

「うん。……分からないけれど、なんでこんなに覚えていないの?下手すると、彼女の存在自体を覚えていなくてもおかしくない。でも、私達の間で有名になったから、結果的には今覚えているわけで……」

「それで……覚えているんですか?覚えていないんですか?」

 

 大井が続けて問い掛ける。しかし、夕張はしっかりとした答えを出せない。

 

 夕張は困惑していた。

 大井の扱いを悩んでいたと思ったら、北上のことを思い出すのが難しいことに悩み始めていた。

 何故?こんなにも覚えていない?つまり、記憶に引っかかるところがない?関心の対象にならなかった?

 ということは、そう、北上はそれほどまでに、

 

「彼女は……印象に残らない、そんな艦娘だった」

 

 北上は、艦娘の中でも確かに“変な”艦娘だった。それは、

 

「彼女は確かに……いや、多分優秀だった。けれど、どういう人なのか、私にはわからない」

 

 まさしく、謎の艦娘だからだった。

 

 

 ●

 

 

 それから夕張と大井は北上の奇妙さに悩み続け、結果として何一つの戦果も挙げず、昼前に佐世保鎮守府へと帰投した。この精神状態で戦闘を起こすのは危険だと夕張が判断したのもあった。出来たのはせいぜい海上のパトロール程度だった。しかし、今日日の日本近海は掃海が進んでおり、敵潜水艦の不安もそこまで無いというのもあって今回の無成果について咎められることはなかった。

 

 便りがないのは良い便りである。戦闘が起こらないことは平和の証左だ。

 佐世保鎮守府の提督はその程度にはオプティミストだった。

 

 ともかく、艤装を整備班に預けた彼女達は、尚もバディとして行動を続ける。これから2人揃って昼食に向かう。そして昼休みの後は実戦訓練の代わりに座学をやろう、と夕張は決めていた。大井と接する時間をできるだけ取って対策を練りたいという狙いもあった。それ以前に、自己紹介のやり直しをする必要も出てきていたのもある。食事はうってつけの機会だった。

 2人は工廠を出て身軽になり、差し込む昼の日差しを身に浴びて、夕張は大きく伸びをする。太陽に向かうその姿は光り輝き、まるで月のようだった。大井はその隣で、やはり北上のことを考えていた。今度は盲目的な愛情に支配されるのではなく、北上の謎めいた面について真剣に思索している様子だ。

 

 それを横目に見ながら、夕張はとりあえず、

 

「お昼にしましょ。せっかく佐世保まで来たんだから、佐世保のご馳走を食べなくちゃ」

 

 そう言って、大井を食事に誘った。それに彼女はやや考え込むと、

 

「佐世保のご馳走……グルメ……もしかして、佐世保バーガーですか?」

 

 顔を上げて夕張の方を見る大井。それをいい反応を感じた夕張は破顔し、

 

「お、その通り。佐世保の名物として一発目はそれがいいかなってね」

「軍の食堂にもあるって、凄いですね……」

「まぁね。ウチの提督、食には結構こだわるから。今の恋人にも手料理で落とされたって言ってたわよ。もうすぐ結婚じゃない?だとしたらとんだスピード婚だけど。おふくろの味・バージョン2、って感じが良かったんだってさ。熱いったらありゃしないわ。出会ってそんな経ってないのに長年連れ添った夫婦の域入ってるし、ああいうのを幸せって言うんだよねって感じ」

 

 言い回しはイマイチ大井には理解できないが、ともかく料理上手の女房候補をもらってホクホクだということは、彼女にも分かったことだった。上官ではあっても直属ではないし、そこまで関心は湧かなかったが、一般的感性としての返しとして、

 

「へぇ……いいなぁ」

 

 いつしかコンクリートの埠頭を歩きだしていた2人。夕張が踊るようなステップで大井の右斜に歩み出して顔を覗き込む。表情は意外な答えを聞いたといった趣で、

 

「あれ?恋愛とか結婚とか憧れる?」

 

 それに少々の苦笑いで大井は、

 

「まぁ、人並みにそういう願望ありましたし……」 

 

 右の人差し指で頬を掻きながら、明後日の方向に視線を向ける。そんな仕草に夕張は姿勢を戻し、再び大井と肩を並べ、花のように微笑む。

 

「うん、まぁ普通の女の子ならそうよね」

「でも今は北上さん一筋ですけどね!」

 

 本当に、北上のこととなると元気が良いのが大井である。夕張は何度目か分からない苦笑を浮かべて、そしてとある事に思い当たる。

 

「なるほどね。……素質はあったけど気付かなかったのかな」

「素質? 何のことですか?」

「レズ。つまり女の同性愛者。女の子のこと、好きになったことあった?」

「……これが初めてですよ。男の人は……素敵な人にはときめいたりもしましたけど」

「付き合ったことは?」

「モ、テ、ま、せん、でした!……もう、いいですか?未だに恋愛経験ゼロなんですよ、くぅ」

 

 いきなり話が下世話になったので、大井は少しツンとした顔になる。そこで機嫌を損ねたと分かった夕張は御免、と前置き、

 

「話変えよっか。そろそろ真面目な方に。―――さて、察してるとは思うけど、あなたは呉の主力として相応の実力が求められてる。だから、今回の研修はそれなり以上の成果を持ち帰らなくちゃいけないの。その覚悟は出来てる?」

 

 打って変わって真剣な顔つきになった夕張は、確かに教導者だった。今回大井が派遣されてきた理由についても、正しく理解している。だから、大井と目的を共有することが必要だと考えた。お互いの意思の行き違いは正しておくのが定石であるからだ。それさえ擦り合っていれば、ある程度の厳しさは容認されるべきものとして考えていける。加えて前触れ無く急激にスパルタに移行するという、ショック療法的な訓練は大井に向いていないと思っていた。そうでなくとも、夕張はそう言った無理に適応を迫る教え方を好んでいない。元々彼女のプランにそれは組み込まれていなかった。

 一方、大井はそれに些か胡乱さを感じたのか、怪訝な表情となる。

 

「イマイチ、ピンと来ませんけど……」

 

 それもそうである。何しろ、

 

「まぁ新人だし、自覚がないのは分かるわ」

 

 いきなり『主戦力として期待しています』と着任早々で言われるのもなんだか面映いというか、重いものがある。それも夕張は理解していた。彼女は栄えある”第1ロット”の艦娘である。つまりは最古参だ。ただし、着任からはまだ半年を過ぎてしばらくと言ったところ。その程度で熟練というのも、それだけ密度の濃い戦争生活を送っていたことが原因だった。比較できるものがなく、その中でも最先任であるとなれば、彼女が熟練と呼ばれるのも仕方のないことだ。

 

 一般的な軍隊で言うと新兵に相当するとは言え、しかし相当の修羅場の数々を潜り抜けて生き抜いている艦娘である。さらに彼女は教導役としての才能を遺憾無く発揮して地位を確立している。そんな先輩の重要なお言葉ともあり、大井は耳を傾けていた。今朝とは全く違う態度である。……とは言っても、彼女が北上を教えた・北上と知己であるという事実が無ければ、やはり脳内の北上に没入して妄想から帰らぬ人となっていたのだが。

 真面目な顔で夕張の顔を見つめる大井。それに気分を良くしたのか、夕張はにたりと笑む。そして続けた。

 

「うん、今度は話聞いてくれてるね。さて、私の予定、というかお偉いさんの期待だけれど……あなたの練度を上げて、重雷装艦装備が可能なくらいまで持っていくのが最低ライン。それ以上ならなお良し、それ以下は用無しってわけ。厳しい言い方だけど、理解してね」

 

 装備の変更、それに大井は並々ならぬ興味関心を発現させた。今の装備は標準的な軽巡洋艦の装備だ。雷撃装備、砲撃装備共に程々の積載状態。それが、

 

「重雷装艦装備ってことは、北上さんと同じような……?」

「そそ、良いわね。わかってるじゃない。さすが北上マニア」

 

 大井の察しの良さに更に機嫌を良くして、夕張は尚も説明を続けた。

 

「要するに、あなたもほぼ同型の装備をして同じように活躍することが求められてるってこと。……まぁ今の北上のような改二艤装はまだちょっと無理だけど、改艤装は射程内……ってか、それを最低ラインなんだけどね」

 

 大井の目標は具体的に提示された。だから、夕張の目的、”認識を同じくする”という点はこのとき達成された。そして目標の内容が”北上と肩を並べられるようになること”ともなれば、彼女のやる気ゲージは上限一杯まで振り上がった。

 右手を振り上げて、一発ソウルフルに咆哮し、

 

「―――――――頑張ります!超頑張ります!」

 

 目の光り輝きは尋常ではない。狂信者のそれである。しかし、度合はともかく関心を正しい方向に向けられたという結果に夕張は満足し、右手のサムズアップとウインクで大井を褒める。

 

「良し、その意気。―――ん?」

 

 それに、ダメ押しをすることを思いついた。

 

「北上と早く組みたいよね?」

「勿論です!」

 

 食い気味だった。既に釣れているというのに、手応えは底なしだ。どこまでも食い付いてくるだろう。なので夕張は続けて、

 

「じゃあ……スペシャルコース行っちゃう?」

「なんでもやります!」

「ほぉーう、今なんでもって、言ったわね?」

「北上さんに誓って!」

「そこは神じゃないんだ……」

 

 既に慣れてきた北上マニアック振りにはさておき、大井のやる気は本当に頼もしい。それにいよいよ笑みを深くした夕張は、

 

「じゃあ明日は潜水艦狩り、徹底的にやっちゃうからね!根こそぎ行く勢いで行くわよ!?今日の座学で深海棲艦をフルボッコにする方法を全ッ部叩き込んであげる!一音も聞き漏らさないように!」

「はい!北上さんの先生!」

 

 ……そして、夕張はその呼び方に脱力し、

 

「北上基準で物事を考えるのも、程々にね……?」

 

 自己紹介のやり直しを早急にするべきだった、と自戒した。

 

 

 ●

 

 

 そして1週間が経過した。

 その時既に、夕張の予想は10段ほど裏切られていた。

 

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