桜舞い散る春の季節。
一つのお花見会場にも出来そうな、ここ、遠月學園の編入試験会場で、赤毛の青年が辺りをキョロキョロ見渡しながら、うんざりした様子でぼやく。
「広すぎんだろ、ここ…」
心の中で、東京ドーム何個分だよ、とどうでもいい呟きを零しつつ、青年――この世界の主人公であるソーマは、あることに気付く。
「そういや、なんでこんなに貴族のボンボンみたいなのが沢山いるんかね」
その疑問は、ごもっともである。
黒塗りの超高級車に乗って現れたパツキンのイケメン(笑)や、黒服のボディーガードに固められた深窓の令嬢(笑)など、見渡しただけで服を着せた美男美女(笑)だらけ。
流石にこんな光景を見せられたら、どんな人でも萎縮、または辟易してしまうのは、仕方のないことなのだろう。
ソーマは人の流れに身を適度に流されつつ、やってきたのは試験会場。
父からの言葉――いい料理人になるコツは自分の料理の全てを捧げたいと思えるような。そんな女と出会うことだぜッ。キラッ
と、少し…いや、かなり脚色しているオヤジの言葉を胸に秘め、会場の門を開く。
その会場に入った途端、彼はやや気後れしてしまう。
その理由は単純だ。この試験会場を包む異様な空気だろう。
その疑問を残したまま、時間になったようで試験官らしき人物――15歳くらいだろうか。しかし、それにしては引き締まった体だなと変態思考をするソーマをよそに、軽い自己紹介が行われた。
「本日の編入試験を一任されました薙切えりなと申します」
やや上から目線の高圧的な態度。ふむ、どこかの貴族令嬢のお嬢様かな?と当たってるけど違う的に当てたような感想を抱きつつ、えりなのすぐ側にいる彼女――秘書の女の子だから、秘書子かな、などと、当たってもいないし外れてもいない名前予想をしたソーマを、これまたよそに、自分の飼い主(?)であるえりな様へと進言する。
10人単位での集団面接。三品ほどの調理実技等々。
規範的な試験方法がつらつらと述べられる中で、まさにこの試験会場の長というべき魔王様は、その貫禄をもって、まさかの一言。
―下らない…
そしてすかさず、調理台をここへという一言も忘れない。さすが魔王様修羅様えりな様。
そんなこんなで運ばれてきた調理台とその上に載せられた食材達。
特に、その中で目を惹くのは卵だろうか。大量の卵が載っていることから察するに、実技試験は卵料理にする予定なのだろう。
こうして、魔王様による試験が火蓋を切られた。
――メインの食材は卵
――一品作りなさい。私の舌をうならせた者にだけ遠月学園への編入を許可します
ソーマは思う。あれ、普通の試験だ。
要は、美味いと言わせればいいんだろう?
しかし、最後に放たれた言葉がソーマの首を捻らせる。
――なお希望者には今から1分間だけ受験を取りやめ棄権することを認めましょう
なんでだ?
その疑問は、その瞬間起きた人波という津波によって一気に膨れ上がる。
『うわァァァァ!!!』
その悲鳴と共に、試験会場からまた一人、また五人、また十人と走って去っていく中で、ソーマは咄嗟に誰かの肩を掴む。
「おい待て!なんで逃げんだよ?」
掴んだ相手は、ヒィッと小さく悲鳴を上げるが、早く会場から出たい気持ちからなのか、駆け足で説明する。
「あの方……薙切えりなは人類最高の神の舌…ゴッドタンの持ち主なんだよ!紆余曲折あって、彼女の顧客である料理人が山ほどいるんだ!だから、不味いなんて言われたら、店が潰れちまうんだよ!もういいか?いいよな!うわぁぁぁん、ママぁ!!」
そうして嵐は過ぎ去り、静けさが立ち込める会場には四人の人影が残る。
そのうちの一人――魔王・えりな様は、秘書子に話しかける。
「やっぱり見込みのないグズばかりね。もう今日の予定は消化しましたね?これから私室で新作料理を試します」
その言葉を聞いた秘書子は、ポーカーフェイスを保ったまま…いや、微妙によだれを垂らしながら、心の中で叫ぶ。
えりな様の新作料理…!!
そんな顔を目聡く見抜いて、えりなは秘書子――緋沙子に悪魔の囁きをする。
「どうしたの?緋沙子。物欲しそうな顔をして……まさか、私の料理を試食する権利が欲しいの?」
「あ、ほっ、欲しい…です…」
唐突に始まり、試験会場を百合で満たしたそれに、しかし、水を差す影が二つ。
「あのさ~作る料理はなんでもいいの?」
「あのっ、作る料理はなんでもいいんですよね?」
――何?私に挑む者が二人も?
えりなは、全員逃げ出すだろうと思っていたが、そんなことはなかったららしい。
一人だけならまだともかく、それも二人いるなんて。
一人は、赤毛のつんつんした髪が特徴の、どことなくやる気がなさそうな表情をした男。
そして、もう一人は、季節は一応春ではあるものの、それにしては厚手の淡く青いロングコートを着た、猫のような可愛らしさのある赤茶毛の女の子。
そう感じると同時に、肩に重みを感じたえりなは、肩に手をかけた張本人――ソーマを見る。
「いや~料理もしねぇで落とされたらどうしようって思ってさ。はっはっ!」
その、人をからかうような笑いとともにそんなことを宣ったからなのか、それとも自分が敬愛・純愛・恋愛しているえりな様の肩に触れているからなのか、緋沙子はソーマを睨みつけ、まるで江戸時代を描いたドラマの、主人を説明しようとする部下のようにご高説が始まる。
「離れろ!この方をどなたと心得る!中等部首席生徒にして学園の最高意思決定機関遠月十傑評議会の史上最年少メンバー薙切えりな様だ!」
しかし、もうすでに当の本人は目の前のおらず、周囲をざっと探すと、包丁に手を添えて、ほう~こりゃなかなかの業物ですね、などと宣うソーマ。
「「ウロウロするな!」」
本日初めてえりなと緋沙子の息が合った瞬間である。
「あの~、私、完全に空気なんだけど…」
そう呟いた錬金術士も、いたとかいないとか。
◇◇◇
「で。本当に受ける気なの?」
えりなは目の前に映る害虫――創真とソフィーに冷めた目線を送りながらそう吐き捨てる。
しかし、二人も負けじと対抗意思を表明する。
「受けるよもちろん」「うん、ちゃんと受けるよ」
えりなは、ふっと不敵な笑みを浮かべると、緋沙子に二人のデータを調べるように言う。
緋沙子は既に調べ終えていたようで、これです、えりな様、と言い資料を見せる。
そしてえりなは、敢えて声に出して資料を読み出す。
「へぇ…。幸平創真。実家は定食屋。見るからに二流の料理人……さては、私の高貴さが分からないのね。
そして、もう一人がソフィー・ノエインミュラー…「えりな様、ノイエンミュラーです」…コホン。ええっと?実家は北海道の山奥。一応自分で建てた店はあるらしいけど、あまり知られていないみたい……君たち、本当にここに受かる気あるの?」
えりなは片眉を起用に上げて二人に問うと、ソーマは、何食ってもいないのにんなこと言うんだよ…と言い、ソフィーはそれに同調して、そうだそうだーと片腕を上げながらえりなに抗議する。
「そ、そこまで言うなら味わって差し上げるわ。」
えりなもここまで言われたら流石に決まりが悪いと思ったのか、腕を組んでやや高圧的に言い放った。
◇◇◇
二人が各々の料理を作り始めると、空気は一瞬にして謎の緊張につつまれた。
特に、緊迫感があるという訳でもなく、ただ単純に試験なのだから緊張が走るのは当たり前といえばそうなのだが、それとは違うベクトルの、謎の緊張感が会場に張り詰めている。
えりなは、まず先にソーマの方を見る。
包丁とまな板が当たる音を連続的に響かせるソーマは、ねぎを切り刻んだり、卵を割ったりと、何を作るつもりなのかえりなには全く分からないが、迷いなく丁寧に調理を進める。
試験官としてからなのか、それともただ単純に疑問に思っただけなのか。
えりなは、ソーマにその料理が何なのか、また今までと同じように…いや、だんだん崩れてきた魔王様ロールで聞くと、ソーマは、え、まだ分かんないの?ぷぷぷ(笑)などと、ご丁寧に(笑)までつけてえりなをおちょくる。
しかし、聞かれたからには答えないソーマではない。
彼は自信満々に、自分が作っている料理名をえりなに言う。
「 いいぜ、教えてやる。俺の作る料理は 「食事処ゆきひら」裏メニューその8!
ふりかけごはん 」
その瞬間、空気が死んだ。
えりなは思う。
え、ふりかけって、あのふりかけ?あ、いや、さすがに違うわよね。ええ、そうに違いないわ。だって、ねぇ、あのふりかけをわざわざ試験で作るなんて、頭がどうかしているんだわ。ええ、きっと。いえ、確実に。
緋沙子は思う。
おい誰かこの空気を何とかしてくれ、と。
しかし、この空気は作り出した張本人から崩される。
「何を思っているかは知らないが、俺が作るのは、“『化ける』ふりかけごはん”だ」
「ばける?」
「ああ。まあ、もう少し時間かかるから、もうちょい待っててくれ」
ソーマはそう言うと、これ以上話すつもりはないという意思表示なのか、料理作りに集中する。
えりなは、ちょっと…とは言ったものの、反応する素振りも見せないので、仕方なく諦めてもう一人――ソフィーの方を見ると、そこには異様な光景が繰り広げられていた。
ソーマの方は、まだ料理している事が理解できたが、彼女の方はどうだろうか。
調理台の上に置かれているのは、化学の実習授業でしか使われないような三角フラスコや色々な大きさのビーカーと試験管。そして、ピペット類やガラス棒など、まるでこれから化学の授業を執り行うかのような様相を呈していた。
えりなは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
これは、彼――ソーマの比ではない。
何を作っているのかが謎なのではなく、何をしているかが謎なのだ。意味がわからないと言ってもいい。
ソフィーはゆっくりと水の入ったビーカーからある部分だけを採るようにピペットで吸い取り、試験管の中に入れるという傍から見れば……いや、どこからどう見ても意味のない行動をするばかりである。
流石のえりなも堪らなくなったのか、顔から冷や汗を流しながら彼女に何をしているのかを聞く。貴女はいったい、何をしているのかしら?
しかし、えりなは、彼女の答えには首を傾げることしか出来なかった。
彼女はこの世界の人には伝わるはずのない答えを言ったのだ。
「今、超クオリティとプロの完成度と品質上昇++を水で特性を合成してるんだよ。ここの水道水は良いね。まさか、品質上昇と品質上昇+を含んでる水だなんて。これは、掛け合わせろと言っているようなものなのさ!この調子なら、直ぐに品質999の水が作れそう!」
えりなは、つい、はっ?と声を漏らしてしまう。え、何なの?ヒンシツジョウショウ…品質上昇?彼女は何を言っているのかしら。
しかし、僅かながら錬金術を嗜む者ならば、彼女の言っていることは理解出来るだろう。
錬金術において、最も大事なものは何かと問われれば、間違いなく品質を挙げる人は少なくない。
実際に品質さえ高ければ、簡単に作れるアイテムも、複雑な技術を駆使して作られるアイテムに匹敵、またはそれを越す効果が期待できるものが多く存在する。
しかし、錬金術において品質を高くするという行為ほど、単純だが難しい作業行程は存在しないだろう。
先程のソフィーのように、水の品質を高めることは比較的簡単に出来る。
蒸留水や錬金粘土といった、単純な行程しか必要とせず、尚且つ作るときに蒸留水なら蒸留水自身を、錬金粘土なら錬金粘土自身を、作る行程で入れられるアイテム同士に、品質上昇という文字通りの効果を持つものと、品質上昇+という、これまた文字通りの効果を持つもの同士をとにかく掛け合わせ続ければ、詳しいことは伏せるが、簡単に品質999のアイテムが作れる。
ただ、ここからが難しいところで、作る過程において難しいアイテムであればあるほど高品質のアイテムを作るのは難しくなっていくのだが、ここでは詮無きことだろう。
ところで、ソフィーは、一度目の生でとんでも無い錬金術の才能を見せた。
彼女の師であり、一生の相棒となった稀代の錬金術士であったプラフタが、ソフィーに出会う何百年か前の相棒と共に、その才能をもってして長年をかけて、やっとのことで作り上げた賢者の石を、ソフィーはたった1、2年の錬金術の師事を受けただけで作り上げてしまったのだ。
そんなソフィーが、死ぬまでずっと錬金術に磨きをかけていったのだ。
彼女の錬金術のレベルは、神ですらボロクソに出来るほどに昇華された。いや、されてしまったのだ。
昔は1日2日、長ければ一週間、一ヶ月間という長い間をかけて作っていた品質999の物質も、今では簡単に、それこそ本を読む片手間で作ることが出来るほどになっている。
勿論、そういう技術だけではなく、調合品のバリエーション、調合スピードや、錬金術士が持つ“スキル”にも磨きがかかり、今のソフィーは、釜なしでも錬金出来るようになっている。
しかし、彼女は愛着があるのか、なるべく釜で錬金するように心がけてはいるのだが。
「よし、それじゃあ、始めようか!」
どうやら、全ての材料の準備が整ったようだ。
調理台には、いつ作られたのか分からないクリーム色の液体と、いつ処理されたのか全く分からない新鮮そうな肉、そして、これまたいつ処理されたのかのか全く分からない野菜と、いくつかの卵が載せられていた。
すると、ソフィーがロングコートの中から唐突に取り出したのは、片手に収まる大きさの小さなミニチュア錬金釜だ。
きっと、これの正体に察しがついた人もいるだろう。
ソフィーは、エイッと声をあげて地面に投げようとしたが、しかし、手を離す直前に思いとどまる。
…あれ、ここで錬金釜を出したら、流石に驚かれるよね。
錬金術の成長とともに精神も成長したソフィーは、白昼堂々錬金釜を出すことはせずに、仕方がなく調理台についているガスコンロに、誰にも気づかれないようにしれっとそれを置く。
すると、そのミニチュア錬金釜は、その大きさを途端に変える。
調理台のコンロに合う大きさの釜になったそれは、きっと、誰かに見られたらとんでも無い騒ぎになることは目にみえているのだが、この場にいるのはソフィーを含めて四人。配慮さえすれば、先程の錬金用の色々な道具も、しれっと用意したように見える。彼女は、それを狙っているのだ。
ソフィーは、さらにしれっと釜の中に自分の魔力を液体化して流し、そしてついでにしれっと調理台の上に置いてある材料を釜の中にひょいひょいっと入れていく。
この作業には慣れたもので、何度も反復して行われたこの行程と、素材を求めてトンデモナイ敵と戦い続けたときに得た素早さと器用さで、一秒をかけずにこの行程は行われた。
そして、ソフィーは鼻歌を歌いながら、用意された料理用の長い箸で釜の中を混ぜ始める。
ソフィーは、錬金釜ではぐーむぐーるだったけど、これくらいの大きさならくーるくーる、くるくるひょいっかな?と思いながら、時には大きくかき混ぜ、時には細かくかき混ぜる。
えりなは思う。
片や化けるふりかけごはん。片や何をしているのか全く分からない食べ物。
なんて日だ!と叫びたくなる衝動を抑えつつ調理が終わるのを待つこと三十分未満。
二人同時に、出来た!の一声を聞いて、安堵の声を漏らすと同時。
ソフィーから、じゃあ、ソーマさんからどうぞー。と言う声を聞いて、ソーマはオッケーと軽く返事を返す。
ソーマはえりなの前に行き、「お待ちどおーっ」と言うと、ごはんとそぼろ状の黄色い卵がそれぞれ器に入れたものを置く。
卵の器の中には、よくよく見ると別のものも入っているみたいだが、えりなはそれに冷めた目を向け、全く食指が動かないわ。などと宣い、一蹴する。
神の舌とまで呼ばれる味覚を持つ私の食卓には、贅と趣向を凝らした高級品だけが並ぶ。まさに美食の天上界。そこで生きてきた私にこんなものを出すなんて、相当な自信家か馬鹿じゃない限りはいないんじゃないかしら。
そんなことを聞いたソーマは、逆にえりなに冷めた目を向けて、おいおい、何か忘れてないか?と言う。
「俺が作ったのは、化けるふりかけごはんだぜ?」
ソーマはそう言いながら、卵の入った器を持つ。 ふりかけの真価は白米の上でこそでしょ?と呟き、さて…
――仕上げだ
その言葉と同時に落ち始めた、ご飯の上にふりかけられる卵と、琥珀色に輝く四角い何か。
その四角い何かは、ご飯の熱で溶け始め、想像とはかけ離れた、正に化けるふりかけごはんに相応しいものが出来上がった。
えりなは堪らず、「ひと口だけ味見してさしあげます。さっさと器をよこしなさい!」と少し興奮気味に言うと、箸を手に取り早速一口を食べる。
……ああ、美味しい…っは!
いけない!私としたことが、審査を忘れて味わってしまった。
えりなはもう一口を食べようとすると、ソーマはすかさずえりなを煽る。
「あれ~?二口目いっちゃうのー?一口だけって聞いた気がするけどー(笑)」
「何か文句ありますか!」
「いや、冗談だってば。ゆっくり食いな。…あ、そうだ、ソフィー…でいいんだよな。お前も食ってみるか?」
ソフィーは、おこぼれに預かろうと思っていた事が顔に出てしまったのか、と思い、すかさず顔を触ってみるが、ソーマに何してるんだ?と首を傾げられ、自分の勘違いに気が付き、顔が熱くなるのを感じつつ、じゃあ、貰う。と言って、お椀に乗せて渡された二口分をスプーンでパクりと一口。
ソーマは、おおぉ、と、その小さい口のどこにあの二口分(自分にとって)が入るんだと驚嘆する。
ソフィーは、うーん!美味しい!と喜んで、MP回復だー、とよくわからない感想を残すが、ソーマは独特な感性を持っているんだなぁ、と微妙に勘違いをしつつ、素直に喜んでくれたことに喜ぶ。
そして、ついでにソフィーの作ったものが何なのかを聞くと、ソフィーは、うーん、言うとすれば…うさぎのソフィロースト、かな?と言うのを聞いて、創作料理か…と思うソーマ。昔とってた弟子が作ってたのを見て思いついたんだー。と言うのを聞いて、まさかのこの年で弟子持ちなのか!?と、今日一位二位を争う驚きを感じたが、ソフィーが弟子をとっていたのは、前世でもそうとう昔の話なので、ただの勘違いである。いや、前世で弟子をとった年齢を考えると、同じような反応が返ってくるとは思うが。
「コホン。では、次にソフィーの作ったものを審査させて頂きますが、宜しいですね?」
「ええ、どうぞ!」
ソフィーがえりなに渡した皿の上には、五つにぶつ切りされた肉と、その上に卵の黄身でウサギの形を描いた目玉焼きが載せてあり、レタスが肉と肉の間に挟まっている、目でも楽しめる一品があった。
肉には、クリーム色の液体がかかっており、肉のくどさを感じさせない、どちらかというとサッパリした印象を抱かさせる料理である。
へぇ…見た目といい、香りといい、どちらも美味しそうで、食欲を誘ってくるわね…
えりなは食べる前にそう評価し、では、頂きます、と、黄身を割ってお肉を一口に食べる。
途端にえりなは、大量の涙を流した。
緋沙子の、えりな様!?という叫び声すらも聞こえず、えりなは何も言わずに、次に、次にと食べ進める。
そして、えりなが気付いたときには、皿の上は空になっていた。
そして一言。
――美味しかったです。
えりなは、今の料理で数々の記憶を思い出した。
父に英才教育を受けさせられたときに廃棄された食材の数々。相手を踏みつぶし、上へとのし上がっていく自分。自身の行動が招いた孤独。他にも、色々なことを思い出した。自分の忘れたい記憶。忘れていた記憶。覚えていた記憶の全てが思い出され、えりなは気付いたのだ。
自分は勝手に、孤独なんだと感じていた。
自分は勝手に、誰かを蹴落とさないと生きていけないと思っていた。
自分は勝手に、不幸な少女だと思っていた。
けれど、それは間違いだった。
その不幸と同じくらいに、自分は幸福だったんだ、と気付いた。
いつも私を気にかけてくれる緋沙子。
いつも私を心配してくれる、周囲の人々。
私の、料理への採点を心待ちにしてくれる人たち。
ほかにも、幸福は探せばたくさんあった。
さっきの料理は、それらの記憶を思い出させてくれた。
そして、隠れた…いや、自分が気付かなかった幸福に気付かさせてくれた。
――だから、ありがとう。そして、ごちそうさまでした。
その後は、正史どおり創真は落とされ、会場の外で夕日と黄昏るのだった。
◇◇◇
編入式
◇◇◇
桜舞い落ちる春。
ここ、遠月學園では、絶賛編入式が行われていた。
《……最後に本日より編入する生徒を2名紹介します》
二名…?一人は、ソフィー…もう一人は、他の試験会場で合格したのかしら…。
えりなは思う。あの時感じたあの味は、今でも忘れることが出来ない。美味しさ、香り、食感、そのどれもが、自分が食べたことのない至高の一品。そして、それ以上に、創り手が秘めた感情があんなにも感じ取れる料理は、初めてだった。
ふふ、また食べてみたいものね。
《では、貴方からお願いします》
それに、幸平創真…。あの男は、思い出しただけで腹立たしいわ。いちいちおちょくるし、美味しい料理を出すし、根はしっかりしてるし…ふん、まあいいわ。どうせもう会うことなんてないんだから。あんな男なんて、さっさと忘れて……
《えっと幸平創真っていいます。この学園のことは正直踏み台としか思ってないです》
え゛え゛…
《思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負けるつもりはないっす。
まあ何が言いたいかというと要するに…入ったからには
てっぺん取るんで》
「それじゃ、3年間よろしくお願いしま~す」
その瞬間、会場は湧き上がる。
主に、怒気で。
――てめぇ!――待てコラァ!――下りてこい!
会場全体から、ソーマに向かってヤジと怒声と物が飛んでくるも、ソーマはとくに何をするでもなくそのまま退場。司会の人が、物は投げないでくださいぃーと泣きそうになりながら留めようとするも、怒りのボルテージはもはやマックス。
司会の人は、もう止められないと思い、誰かに助けを求めようとしたその時。
もう一人の転入生がマイクの前に立った瞬間…否、ステージに出てきた瞬間、誰もが息を飲み、そして静まった。
その彼女は、遠月學園の制服を可愛く着こなし、年相応の可愛らしさが感じられるものの、その瞳から感じられる確かな理性と全身から出るオーラが、この場の全てを静まらせた。
風がそよぎ、桜が揺れたとき。彼女は口を開いた。
《私の名前は、ソフィー。ソフィー・ノイエンミュラー。私の夢は、世界中の人を笑顔にすること。あくまでも、この学校は私の夢を叶える一つの手段としか考えていません。宜しくお願いしますね?》
そして、誰もが言葉を発することなく、彼女のステージは終わりを告げた。
誰もがあの瞬間、自分の敗北を悟った。
見ただけで悟ることができる、圧倒的な力量差。
それは、偶に見かける遠月十傑から感じられるオーラの比ではない。神の名を冠する者ですら霞むほどのそのオーラは、はたして凡人の彼らにどう映ったのか。
ステージから降りた錬金術士は、こんな言葉を残したそうな。
英雄降ろしの丸薬を飲んで緊張和らげてて良かった~。あんな人の前で話すのは、初めてだったからねー。
ソフィーは神も精霊もドラゴンも岩の壁も何でも爆弾で吹き飛ばします。
・クリーム色の謎液
本当の名前はアプコール。
いちご×2(植物類)×1(水)×1を混ぜれば完成。
中身の色は作者の勝手な妄想です。
・ウサギのソフィロースト
ソフィーの愛弟子であるフィリスの母の手料理。それをフィリスが錬金術で再現したものをソフィーがアレンジしたもの。新鮮な肉、アプコール、植物類、燃料が一つずつで、混ぜるとできます。今回は、卵は燃料として入れられます。果たして卵に燃料成分が入っているのか疑問に思うかもしれませんが、燃料ったら燃料なのです。
・英雄降ろしの丸薬
今回ソフィーが緊張を和らげるために飲んだアイテム。主に膂力について強化されるアイテムなので、この世界線では、気が強くなる・なんかヤバイオーラが漂うという効果になってもらいました。これを飲めば、貴方も英霊の力を持てるよ!なお、ソフィーが何故これを飲もうとしたのかは不明。