編入式も終わり、会場から各々が自分の教室に帰っていく中、二人の少女が会話をする。
「いや~すっごい編入生もいたもんだねぇ」
「でもこの学園で生き残っていくにはあれくらい強気な方がいいのかも」
片方は、オレンジ色の髪をした、小動物のような雰囲気を感じさせる女の子。そしてもう一人は、ワインレッドの髪をした、お姉さん肌がありそうな女の子だ。
そして、そこにいるべきもう一人に向かって話しかける。
「私たちも頑張ろう!ねっ 恵…あれ?」
しかし、目的の人物はいつの間にかいなくなっていたようだ。
◇◇◇
……そして、その目的の人物は、会場の端っこに設置してあるパイプ椅子の上で体育座りをして、小さく蹲っていた。
もうすでに、会場には人っ子一人見つけることが出来ず、すっからかんになっていることもあり、ただでさえ漂う悲壮感が目に見える程に濃く漂っているように見える。
彼女は、はぁ…っとため息一つ。先ほどの言葉を思い出して、もう一度ため息を吐く。
『諸君の99%は1%の玉を磨くための捨て石である!』
――もうやだ。絶対私が捨て石1等賞だよ…。
考えれば考えるほど自分が惨めに見えて、そんな自分にため息を吐く。
そんな永遠の負の循環を何度か続けた後、彼女は故郷の皆を思い出す。
笑顔で送り出してくれた皆。
私の料理は一番だって言ってくれた皆。
私の事をここまで大事に育ててくれた皆。
そんなことを思い出して、気合を入れ直す。
…ううん諦めちゃダメ。みんなの期待に応えるんだ!
とにかくただでさえ落第ギリギリなんだから、あの編入してきた人みたいに悪目立ちしないように、平穏にいかないと。
よし!あの編入生には絶対近づかないようにしよう!
そうとなったら早速行動だ!
恵は嫌な気持ちを振り払うように勢い良く立ち上がると、嫌になるほど晴れ渡る空を見て、よしっと呟くと、急いで自分の次の授業場所にいくのだった。
◇◇◇
しかし、現実は非情である。
恵は、講師の言葉で再び悲しみのどん底に落ちるのだった。
「今日はこのペアで調理してもらう。…ああ、編入生は初めてだと思うので、三人チームでやってもらうことにするが、異論はないな?」
恵が指定されたペアは、つい先程関わらないようにしようと誓った人だった。
すなわち、ソーマ・ソフィー・恵チームである。
(ってうわ~ん!なしてぇ~!?先生、超異論ありですよ~!)
しかし、恵には全くと言っていいほど異論を唱えられる度量はこれっぽっちもないので、心の中で先生を呪いつつ、ただただ蹲ることしか出来なかった。
「いや~授業で料理するなんて家庭科の調理実習以来だなぁ」
「確かにそうだねー。私、楽しみだよ。」
な、なんでそんなに楽しく会話しちゃってんのー!周りの視線を見て!お願いしますぅ~!あの、刺すような目線に気づいて~!
……ああ、終わった。私の高校一年生、一ヶ月もしない内に終わっちゃった。おじいちゃん、おばあちゃん、私のこと、育ててくれてありがとう~!この不肖田所恵、このあたりでそろそろ生き倒れそうです。ああ、いや、まだ倒れたくありません。もう少しだけ見守ってて下さいぃ~!
「何で親の敵のように“人”の字を書いて飲んでんの?」
「こ、これは緊張しないようにって思ってですね…」
ギャーーっっ、話しかけられたぁぁ~!無意識に人の字を描いていたことが仇になった~!!
ででで、でも、話しかけられたなら、何か言わないと。ええっと、ええっと…。
「わ、私、あと1回でも評価E取ったら退学だから…」
うわーっ悲しい!私、自分で言ってて超悲しい!
なんでこうなっちゃったの?うわーっ!
「エリート校って聞いたけどお前みてぇなのもいるのな~」
ぐはっ。し、しぬぅ…。
「俺は幸平創真。創真でいいよ。よろしくな!」
ま…周りの視線が刺さるよ。気付いてないのかなこの人…。
「あ、私はソフィー。気軽にソフィーって呼んでね?」
ば、ばかぁ…、ホント、胃が痛くて死ぬぅ…死んじゃうぅ…
「あ、そうだ、私の名前は田所恵です…覚えてくれなくて結構です…。」
「田所恵…メグメグだね。よろしくね、メグメグ!」
「め、メグメグだけはやめて下さい!」
周りが怨敵を見るような目で三人がコントをしている場面を見ていると、教室の前側からパンパンと二拍の手を叩く音が教室に響く。
金髪碧眼の美少女…ではなく、金髪碧眼の、若い頃はさぞやモテたであろう男性が、こちら側…主に、ソーマ・ソフィー・恵ペアを見て言う。
「さて、お互いに自己紹介は済んだだろうか。おはよう、若きアプランティたちよ」
ソーマは、アブラのティーなどと聴き間違えるが、アプランティである。アプランティとは、フランス語で新人・見習いを表す言葉なのだが、この教室の中で理解できた者は居ないだろう。
現に、誰もがアプランティの場面で首を傾げそうになるが、気力で傾くのを止めて、そんなことを全く意に介さないソーマとソフィーは、首を傾げるのだった。
「私の授業ではAを取れない品は全てEとみなす。覚えておくがいい」
この、二位以下は全て同じ事だと言わんばかりの独裁政治ぶりを発揮する彼は、遠月學園講師・フランス料理専門主任のローラン・シャペル先生だ。
恵は先生をはっきり認識すると、顔が青いを通り越し、白くなりながら自分の不幸さを呪う。
「なんか怖そうだなあの先生」
ソーマがそう零すと、恵は自分が感じている緊張を誤魔化すためなのか、細かく説明し始める。
「遠月でも特に評価が厳しくて有名な先生なの。去年も、1クラス50人全員に評価Eを出して、うち18人はその授業で退学が決定したんだって。
それから、付いたあだ名が「笑わない料理人」。彼が笑うときは、地球が滅亡する、なんて噂もあるほどなんだよ!」
本人の前で説明するような内容ではない話も入ってはいたが、地球が滅亡する以外は間違ってもいないので、聞こえていたシャペル先生は、その広い心をもってスルーし、課題を生徒達に伝える。
「本日のメニューはブッフ・ブルギニョン。フレンチの定番と言える品だが、一応レシピを白板に記しておく。
制限時間は2時間。完成した組から出しなさい。
では始めるとしよう。コマンセ・ア・キュイール(調理開始)!」
「は?こま切りしたキュウリ入れる?」
「いや、ソーマ君、クマさんはキュウリになる、だよ」
ふ、二人共、何言ってるの…?とにかくやるしかない。それに創真君だって自信ありげだったし料理の腕も…
恵は、勘違いを加速させる二人をよそに、一抹の希望を彼らに託す。
「ブッフ…ブル…何?」
「バッファロー?」
「ひぃ~!創真君、ソフィーちゃん、あの料理作ったこと…」
「いやねぇけど」「うん?ないよー?」
「要は牛すじ煮込みみてぇなもんだろ?レシピ見てくるわ」「じゃあ、私も~」
しかし、その希望も一瞬で打ち砕かれた。
やっぱダメかも…
…ええい!私一人でもしっかりしなきゃ!
ええっと確か、ブッフ・ブルギニョンの作り方は…
――マッシュルームはバターで炒めてあとから鍋に…と。
――あとは弱火でじっくり煮込むだけ。それじゃあ、お肉も処理しちゃおう。
……あと40分で牛肉を取り出す
……あと39分で牛肉を取り出す
………あと38分で牛肉を取り出す!
『田所見ろよ~調味料の種類すげぇよな~』
「って、ソーマ君!あまりうろうろしないで!」
はぁ…。
…なんか私だけ緊張しててバカみたい。
「あっ そうだ!今のうちに盛りつけるお皿を用意しておこう」
恵はソーマの自由奔放な行動で余裕が生まれたのか、調理台から離れて、料理を載せる食器を取りに行く。まだ足取りは不安げだが、緊張は完全に解けたようだ。
そして、それから数分後。ソーマはレシピや調味料をだいたい物色し終えたのか、調理台に戻ってくると、肉を調理している鍋に何か違和感を覚える。
――少しだけ、蓋が外れている…
「田所、蓋開けた?」
「開けてないよ。だってまだあと20分は煮込み続けないといけないし…。」
「だよな…一回、開けてみるか」
そう言ってソーマが蓋を開けると、そこには尋常ではない光景が広がっていた。
肉の上には、明らかに誰かが故意で入れた白い物質が、山のようにぶちまけられていた。
「なっ 何この白いの!」
恵がつい叫んでしまうのも悪くないだろう。
退学か生き残るかを争う瀬戸際の場面で、しっかり作っていた料理が、しかも誰かがやった故意の悪戯で台無しにされたのだ。
混乱してしまうのも、仕方ないことだろう。
そして、ソフィーは恵の悲鳴ともとれる叫びを聞いて急いで戻ってくると、鍋の中を確認してすぐに事情を聞く。
「ソーマ君、恵ちゃん、どうしたの!」
ソーマは躊躇なく白い物体を一つまみし、舐めとると、しょっぱい…これは、塩か。塩を誰かに大量に入れられたみたいだ、と答える。
恵はそれを聞いて、更に絶望した表情を浮かべながら悲鳴をあげる。
「どっ どうしよう…この肉もう使えない!」
そして、心からのその叫びは、自分を落ち着かせようと状況分析をし始める。
「作り直し…だけど肉を軟らかくして味が染みるまで1時間以上は絶対にかかる…。
そしてそのあと、ソースになじませるのに30分は煮込まなきゃいけないのに残り時間はあと30分…かといってこんな塩まみれの品を出したら評価Eをもらうのは確実だし…」
――ううっ…お母さん…ごめんみんな…もうダメだべ…
そう、恵が退学を覚悟したその時だった。
「予備の食材もらってきた。さっ、やろうかね」
「えっ?でももう間に合いっこねぇべし…」
「ふふっ、違うよ恵ちゃん。間に合わないなら、間に合うようにすればいいだけでしょ?」
「そうそう、俺らは学生である前に料理人なんだよな。だから、頼まれた料理は何がなんでも出す!だからよ…
手伝え!」
◇◇◇
トットットットットットッ!
――田所、頼んだ処理はやったか!
――うん、やったよ、ソーマ君!
ジャラッ…ジュー…
――ソフィー、野菜は全部切ってくれたか?
――うんっ、全部切ったよ?いやー、それにしても、よくそんなこと思いついたね~?
白熱する調理台をよそに、ソーマ達の鍋に塩を入れた張本人達は、そこを見て嘲笑う。
「あの大口叩いた編入生なんか必死でやってるな」
「まあ何やったってE確定だろ。ハッハ!」
「さて、じゃあ俺らもあとはソースだけだ。さっさと作っちまおうぜ」
「ああ、そうだな。せいぜいアイツらみたいに、必死になってやらないといけない状況にはならないように…」
『次 審査お願いしま~す!』
!?
「この声は…え、あれ?でも、さっきまであそこで…」
『おあがりよ!』
◇◇◇
――おあがりよ!
ソーマはいつもの掛け声とともに、三人の合作である課題料理を出す。
「ふむ…軟らかい。フォークが弾むようだ
そういえば、君たちの組はアクシデントがあったはずだ。どうやって完成を?」
恵は、シャペル先生がアクシデントについて知っていて、敢えて手を出さなかったことにやや不満げになる。
しかし、今回の料理の功労者は、間違いなくソーマだ。彼が気にしていないのであれば、いちいち口を出すのもおかしいことだと思い、不満を内に引っ込める。
そんな恵の葛藤をよそに、今回の最大の功労者であるソーマが、シャペル先生に、完成にまでこぎつけた経緯を話し出す。
「使ったのはハチミツ。煮込む前の肉にもみ込んで下味を付けるときにも加えてみました」
「ふむ…ハチミツにはタンパク質分解酵素プロテアーゼが含まれている。それが硬い牛バラ肉に作用し、短時間で軟らかく仕上げることができたか」
シャペル先生が細かい原理を解説するのをよそに、そんなこと言われても全く理解できない三人は、恵の言から会話が始まる。
「そ、そういえば、どうしてハチミツが使えることを知ってたの?」
ああ、そのこと?
ソーマは昔の自分を思い出しながら、どうしてハチミツに行き着いたのか説明する。
「昔料理本を見てたらパイナップルの果汁が肉を軟らかくするって書いてあったんだけど…パイナップルなんて丸ごと買う機会はそうそうねぇからさ。同じように肉を軟らかくするものはないかっていろいろ試したんだよ。
んで、その時に見つけたのが、ハチミツだったってわけ。
ハチミツは保存も利くしダントツで使いやすいのさ…まあ食ってみりゃ分かるよ田所も」
そう言われて、ソーマに肉を渡された恵はそのままお肉を一口。
「んっ!?」
恵がそのときに感じたのは、強烈な肉とハチミツの完成されたハーモニー。
私は、いま、何を食べているのだろう…本当に、お肉なのだろうか。今すぐにでもどうにかなってしまいそうなこの美味しさ。まるで、天上のハチミツの湯の中に浸かって、最高の青空を眺めながら至福の時が過ごせる。そんな味で……!
「あああぁぁ!とろけるぅ…とろけちゃう~!」
「おおっ!セ・メルヴェイユー!(素晴らしい!)」
この至福の時に抗えなかった二人は、なくなったこの料理の味の余韻をその舌で楽しむ。
シャペル先生も、この美味しさに堪らず笑顔を零し、素晴らしいの一言とともに、三人に最高評価を与えた。
「幸平・ソフィー・田所チームに評価Aを与えよう。ただ…
――私がAより上を与える権限を持ち合わせていないことが残念でならないがね」
フッとシャペル先生が笑うと、ソーマはいつもの通り、言うだけである。
「御粗末!」
◇◇◇
各々がA評価、E評価を付けられ、両手を上げて喜ぶ人や両手を頭に乗せて蹲っている人たちがいる中。
恵は今日お世話になった二人に挨拶をしていた。
「………創真君。それに、ソフィーちゃん。あの…改めて、今日はありがとう」
恵にとっては勇気を振り絞って言った言葉。
だけど、どうやらその勇気は無駄に終わったらしい。
彼らが見せるのは笑顔。どことなく晴れやかでいて、初めての実習に満足感を得ているようだった。
「いいってことよ。これからよろしくな田所」
「私こそ、今日はありがとう!これからもよろしくね、めぐみん!」
それに、彼らだってお世話になったことは同じ事。
作ったことのない料理を作るのは、どんなに料理に自信があっても難しいことだ。
もしも、レシピ通り完璧に一回で作れるような人がいれば、それは料理人の誰もが羨む一つの才能だろう。
その点、彼らにはそんな才能がある訳でもなく、何度も恵に助けてもらっていたのだ。
こういう反応になるのも、当たり前というものだろう。
「そうだな…お近づきのしるしに俺の新作料理食わねぇか?」
「いいの?食べてみたい!」
「あ、めぐみんだけずーるーいー。私もー!」
「どうどう。はい。スルメのハチミツ漬けだよ」
美味しいと思って食べてみた両名。
しかし、彼女達は一言、言葉を発するのみだった。
「まずっ」
後に、恵は語ったという。
スルメの風味が間違った方向に変貌を遂げ体中をまさぐられるような不味さでした、と。
◇◇◇
その後
◇◇◇
名前も何も付いていない、どこかの學園の廊下で、少女の悲痛な叫び声が上がる。
『えりな様大変です!シャペル講師の授業を最高評価で通過したそうです!
あの男…幸平創真が!』
その少女が主人に報告した瞬間、主人から可視化出来るくらいの黒いエネルギーが湧き出したのを確認すると、ソッコーで頭を下げる。
『わ、私の前でその名を口にしないでくれる?』
『もっ申し訳ありません!』
幸平創真!私の聖域に侵入した唯一の汚点!捨て置くことはできないわ!見てなさい!
……今に排除してみせる。必ず!!
◇◇◇
◇◇◇
「あ、そうだ。じゃあ私からもお近づきの印に、ぷにゼリーを…」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、適当に作ったぷにゼリー。
適当と言っても彼女基準になるわけだが、それは置いておこう。
見た目は、ぷにっとしたゼリーだ。ただ。そのゼリーから覗く謎の顔が、食べる人の恐怖と罪悪感を煽る。
“ぼくを食べちゃうの?”
恵の耳元で囁かれた幻聴。
つい、そんな声が聞こえてきそうなゼリーだが、恵は目を瞑りながら、ひと思いに食べる。
後に恵が語ったとき、あれ程美味しいのにあれ程罪悪感が湧いてくる食べ物は、これまでも、そしてこれからも出会わないだろうと言ったとか。
ソフィーは元々家事が苦手だったものの、前世での長い旅と北海道での一人暮らしで人並み以上に出来るようになった。
・ぷにゼリー
プニプニ玉×2、(水)×2、(中和剤)×1を混ぜると出来上がる。
なお、プニプニ玉はぷにを倒すとドロップするアイテムで、これの素材としての能力が高いとき、調合をした時に高確率で、“生きている”という効果が発生する。
「ふふ。まさか僕を食べるつもりなの?」