エロエロンナ物語 -港湾都市編-   作:ないしのかみ

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移籍、第三弾です。

凄く未来のお話になります。『偽りの聖女編』から見たら百年以上は先の時代。
本来は『エロエロナ物語』(R-18)で発表すべき話なのですが、淫魔についての設定がかなり多いので、R-18抜きで発表した方が良いと判断しました(『エロエロナ物語』でR-18版も掲載しています)。

なお、題材がサッキュバスのお話ですので、露骨な性行為の描写こそありませんが、性的なその手の話が苦手な人はブラウザバックをお勧めします。


淫魔、フルドラの生涯

淫魔、フルドラの生涯

 

 風紗館の開け放した窓から、そよ風が入ってくる。

 遠くからぽーっ、汽笛の音が響く午後。フルドラ・テレーズは教え子達の訪問を受けていた。

 

「校長先生…」

 

 最初の教え子であったサーシャ。マーシャ。カーシャの内、亡きマーシャを除いて病床にある恩師をじっと見詰めている。

 彼女らはサッキュバス。魔族の中でも淫魔と称される種族だ。寿命は約百歳。ヒト種の倍程度はあるが、女として魅力的な年齢、十代後半から二十代になると容姿は固定され、老化しない。

 だから、恩師とその教え子達も一見、若い娘に見えてしまうが、彼女たちはかなりの老境に差し掛かっていた。

 フルドラは今年で109歳。サーシャ達は90歳だ。

 

「御免なさい。役に立ちませんでした」

 

 恩師であり、元校長であったフルドラに詫びを入れるのはサーシャ。

 少しでも精を付けて貰おうと、文字通りふたなり化して精を絞り出したのだが、既に吸精機能が低下していたフルドラは、彼女の精を吸収出来なかった。

 フルドラは寝台から身を起こすとサーシャを抱き寄せる。

 

「いいのよ。貴女の熱い想いは胎内で受け取ったわ。

 あたしも耄碌したわね。昔は、何リットルも平然と吸精したのに」

 

 お腹をさするフルドラ。胎内に出された精はそのままだ。健康な淫魔なら直ちに吸い尽くすのだが、機能障害を起こしたフルドラのそれは貯まったままだ。

 

「そろそろお迎えが来る頃だから、仕方ないわよね」

「校長先生」

 

 カーシャが泣き出したのを見て、フルドラは彼女も抱き寄せる。「あらあら、今の校長は貴女でしょう。カーシャ」と指摘しながら。

 目を閉じると昔の事が、走馬燈の様に脳裏に浮かんでくる。

 そう、あれは、もう90年も前の話だ。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「淫魔学校の教師、ですか?」

 

 エロエロンナ領立魔導アカデミーの研究者、フルドラ・テレーズは目の前の女性に問い質した。

 このアカデミー自体の歴史は新しい。

 元々、魔法教育機関が王立魔導学院の一極集中を危惧した女伯によって、この地に建設された新設校であり、フルドラはその中でも優秀な成績を収めて、学生から研究者へと昇格したばかりの新人であった。

 

「あたしは若輩者ですし、他人に教える事なんて…。

 それにエッチの方は、私よりも上手い淫魔が沢山居るでしょう?」

「必要だからです」

 

 その女性はフルドラの言葉を遮って、ぴしゃりと言った。

 

「貴方の出自が、それに最適だからなのです」

 

 目の前の人物、スリットから大胆に脚を露出させた白いドレスに身を包み、流れる様な長い金髪を持つ半妖精は続ける。

 思い当たる事はあった。忘れたい過去、マーダー帝国での履歴。

 

「それは、私がサッキュバスだからですか?」

 

 頷く女性。やはり。嫌な勘は当たる物だ。

 

「帝国に改造されたのでしたよね。他の犠牲者と同じ様に」

「はい」

 

 第四次マーダー大戦。今から一昔も前の話だ。

 当時、敵国であったマーダー帝国はグラン王国に対する攪乱として、どこからか大量のサッキュバスを王国内へバラ撒いた。

 当然、国内では淫魔に襲われ、枯死に至る犠牲者が続出。その上、滅ぼしても、滅ぼしても淫魔の流入は続き、しかも、その淫魔の一部が元王国民である事が突き止められたのだ。

 何と帝国は捕らえた王国民を元に、サッキュバスを量産していたのである。

 ロイヤルサッキュバス。今は希少種の上級淫魔には、普通のヒトや亜人を下位種の眷属に変える力がある。それを悪用した作戦であると推測した王国は、決死隊を送って元凶を破壊した。

 

 だが、製造源は断ったが、数百人にも及ぶ淫魔に変えられた犠牲者は残った。

 元国民。しかし、今は精を啜ってしか生きられない魔族である。

 元に戻す研究も始められたが、既に身体構造を変異させられ、彼女らはサッキュバスと言う別の生物に生まれ変わっており、最早、元に戻す事は不可能だと結論づけられてしまう。

 王国は対応に苦慮する。

 秘密裏に処理(殺害)してしまえとの声が大きかった中、幾つかの地域と都市が彼女らを受け入れる。その中にこの街、エロエロンナもあった。

 

「貴方が帝国の正規の訓練を受けた間諜であった。それは調べが付いています」

「! それは…」

「工作員としてサッキュバス化させられた。そうですね?」

 

 突き刺さる言葉。そう、自分は帝国の間諜であり、志願して自ら淫魔になったのだった。祖国に忠誠を誓い、その任務が尊い物だと信じて淫魔に吸収され、生まれ変わった。

 捨て駒にされたとも知らずに。

 そう。多くの国にとっても同じだが、間諜なんぞは組織にとっては末端に過ぎない。トカゲの尻尾切りと同じく、使い捨てにされる駒に過ぎなかったのだ。

 戦争終結時、フルドラはそれを思い知ってしまった。

 

「…はい」

 

 フルドラは肯定した。

 隠し事は無駄だろう。多分、目の前の女は事前に全てを調べている筈だ。

 その証拠に「テレーズ、いえ、ボロンさん。だからこそお引き受け願いたいのです」と申し入れて来たのだから。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「娼館ですよね?」

「はい、公娼館の一つ、『風紗館』(ふうしゃかん)って名です」

「名は知ってます。ここに併設するんですか?」

 

 フルドラは戸惑っていた。別の公娼館、『翠晶館』(すいしょうかん)に務めていたので同系列の店だから名だけは知っている。しかし、娼館のどこに学校を設けるのだろうか?

 

「一応、淫魔学校の建設は秘匿したいですからね」

「ああ、世間体も悪そうですしね」

 

 世間一般では、サッキュバスは人々に害を与える魔物であると認知されている。

 討伐されて当然だと考えられ、事実、人権は認められず、見付けたら殺されても文句は言えない土地が多い。

 このエロエロンナ領だけが彼女らサッキュバスに法的な権利を与え、領民として認めているのが、例外中の例外なのだが、それでもあからさまに淫魔の教育機関を置くのは、抵抗が大きい筈である。

 

「秘匿するのは、それだけが理由じゃありませんよ」

「え?」

「貴女を教師として招聘したのにも、理由が思い当たるでしょう?」

 

 白いドレスの女は柔らかい笑みを浮かべるが、フルドラには背筋が凍る程の悪寒が走る。

 こいつ、美しい顔をしているがとんでもない女だ。

 

「それは…、まさか?」

「中へ入りましょう。外で話す内容ではありませんからね」

 

 そう言いつつ、新しく建設中である娼館の正面玄関をくぐる女。

 フルドラは続く。続かねばならなかった。アカデミーを出てここに至るまで、どこからか監視の視線を常に感じていたからである。

 あからさまな姿は見えない。だが間違いなく、この女に数人の護衛らしき者が影になって随伴している気配がある。それは自分の監視をも兼ねているのだと推測出来たからだ。

 

「さて、機密としたいのには訳があります。

 一つは先程、貴女。スンダル・ボロンさんが仰った通り、世間体の問題」

 

 娼館のVIPルーム。そこへ通された白いドレスの女は語り出した。

 ちなみにスンダル・ボロンはフルドラの捨て去った本名だ。

 

「二つ目は、貴女が間諜であったから…」

「ふざけるな、ここの淫魔達をスパイに仕立て上げて工作に使うつもりかっ!」

 

 確かに淫魔を各地に送り込めば、その効果は絶大であろう。相手が男性ならば【魅了】や性技によって骨抜きにするのも容易い。

 しかし、それは露見すれば命がないも同然の暴挙である。

 

「そうです」

 

 だが、フルドラの怒りに女は当然と言う顔で頷いた。

 

「残酷ですが、この地でサッキュバスが生きて行く為にはやって頂くしかありません。はっきり言えば、領民として役に立てと言う事です」

 

 戦後、引き取り手の居ない淫魔達に救いの手を差し伸べた者は多かった。だが、多くの場所でそれは次々と破綻して行った。

 特に善意で彼女らを引き受けた所はそうである。「可哀想だ。哀れだ」とのヒューマニズムは立派だが、彼らにはサッキュバスの性質という現実が分かっていなかった。

 

 それは『淫魔が生きる為には男の精が必要なのだ』と言う、一番基本の大原則を失念してしまった事である。それを供給出来なければ、上手く行く筈がない。

 無論、淫魔だって普通の食事は口に出来る。しかし、それは酒や煙草の様な嗜好品であって、生きる為の栄養にはまるでならないのである。

 よって、引き取られた各地の淫魔はたちまち飢えた。無論、ボランティアで精を提供する者もあったが、個人ならともかく、大量のサッキュバスを養う為にはまるで足りない。

 飢えを凌ぐ為に土地の者を襲い、更に保護区を脱走して野に下る淫魔達。

 それは生存と言う自己保存の為に仕方の無い事ではあったが、その結果、保護されていたサッキュバスは危険な魔物として狩られて行く。

 

 そうして保護された淫魔達が、唯一、定着した土地がこのエロエロンナ領である。

 ここが保護したサッキュバスは約五十名。最大百人以上引き受けた他の土地と違ってそれなりの数でしかない。

 だが、引き受けるに当たり、領主は「彼女たちは自活の為に公娼になって貰う」と、エセ人道主義者から非難されるのを覚悟で最初から宣言していた。

 

 無論、引き受けたのは行き先のない彼女らを生かす為であるが、単なる慈善事業気取りで受け入れたのではない。

 現実を見て『では彼女らの糧を何処から得るのか。公共事業で支える為の財源は何処から出すのか』から引き出された結論である。

 

 公的に補助金で淫魔達を養うのは、税金を納めている住民達からの反発を生むからである。ならば、サッキュバスが得意な分野で金を稼いで貰わなくてはならない。「娼婦。それも領地所属の公務員として勤めて貰うのは義務である」を謳ったのだ。

 難民扱いの他の土地と違い、無料で養いはせず、対価としてサッキュバスからも税金も徴収しているのも、『俺達の金でのうのうと暮らしてやがる』との反発を見越し、領民が持つ不公平感是正の為だ。

 領主曰く、「経済的自立は必要。『街に利益を還元する娼婦として貢献してますよ』『皆さん同様、ちゃんと税金も払ってますよ』と示さねば、遅かれ、早かれ異物として排除されるわよ。早く、街の一員になってくれなきゃ困るわ」であった。

 

「それの延長だとしても、酷すぎませんか?」

「貴女が考えている様な事にはなりません。と言うか、潜入工作として外国に派遣する様なのを想像しているみたいですが、それはありません」

「使い捨てにされる。え?」

 

 思考が停止した。

 

「やって頂くのは、あくまで領内での情報収集活動です。それにこちらとしても、サッキュバスを領内以外に出したくはありません」

 

 彼女は続けて、「我が領が『サッキュバスを野放しにしている』とか、他から非難されるじゃないですか。そんな政治的自殺は行えませんよ」と澄ました顔で述べる。

 

「やって頂けますね?」

「領内限定か…。要するに娼婦として寝た男から、情報を聞き出せって事ですか?」

「男とは限りませんけどね」

 

 クスクス笑う女。サッキュバスは両性具有。俗に言うふたなり化して女を犯す事も出来る。

 

「間諜の技術が必要なのでしょうか?」

「生体魔法の【魅了】の効果は絶大ですが、ばれると後がありません。

 それに対象が女相手では【魅了】は通じません。

 だから口八丁、手八丁の手練手管を使って行う昔ながらの技術が必要なのです」

「成る程」

 

 相手を上手く誘導して口を滑らせる。そこら辺は間諜の得意技である。

 

「時々、貴女達が伝説の夢魔の力を持っていたらと思いますね」

 

 淫魔は持ち前の能力で夢に入り込んで相手を犯す。と言う話は眉唾である。

 魔法でそれに近い事する方法もあるにはあるが、そんな高度な魔法を使えるサッキュバスなんて稀であるからだ。

 

「そりゃ、誤解ですよ。あと【エナジードレイン】でしたっけ?

 射精された精液から記憶や経験を盗み取って、相手の全てを奪うって与太話」

 

 これも人々が誤解する淫魔の力だ。確かに全ての精を搾り尽くして殺してしまう力は持っているが、そんなに便利に他者の持つ記憶やら経験を己の物に出来る能力は持っていない。

 

「エッチするだけで全ての情報が丸判りですから、出来たら便利ですのにね」

 

 無理である。「うふふ、貴方の事は精液を通じて全て理解したわよ♪」とかの台詞と共に、性交した淫魔が相手の能力をフルコピーして大活躍(暗号を知る唯一の男から【エナジードレイン】したサッキュバスが、そいつしか知らぬ暗号を入手するとか)なんて話があったりするが、そんなの三文小説のフィクションだ。

 甚だしい物になると物理的に相手の経験まで、【エナジードレイン】で全てを吸われた相手は若返って消滅してしまったり、体力、知力、更に記憶なども低下して何も出来ない廃人になってしまったりするが、そうだったら化け物の類いである。

 それは既にサッキュバスではなく、悪魔じみた魔神か何かだ。

 

「偉人や名将を犯しまくって、一山幾らで沢山コピーが出来たら苦労しません」

 

 精液を膣で受けるだけで、即座に天才的な魔導士の力や剣豪の戦技を全て己の力として使えたら、とっくの昔にサッキュバスは世界を征服している筈だ。

 

「まぁ、もしかしたらロイヤル種辺りは持ってるのかも知れない。

 でも、あたしらコモン種とは別次元の話だし、話しても詮無き事」

「ですね。では。具体的な話に移りましょう」

 

              ◆       ◆       ◆

 

 学校の教科は読み書き、計算を中心に幾つかの特殊カリキュラム(サッキュバスの性技の訓練。間諜としての技術や、軍事知識も含む)を教育する。

 教室は娼館の地階を活用。運動場は同じく、娼館の中庭を使う。魔導訓練場とか特殊な施設が必要な場合、領内の他施設を転用して活用する。

 

「こんな所でしょうか?」

「予算はどうします」

「機密費です。まぁ、余り大袈裟な額にはなりませんよ。将来的な投資ですからね」

 

 機密費。娼館の利益から計上している謎の予算だ。単に名目上の物で、誰かが懐に入れて利益をかすめ取ってるかと思ってたが、違っていたのかとフルドラは認識を新たにした。

 

「で、いつからやるんです?」

「二年後ですね」

「そんな先延ばしで構わないのですか」

 

 彼女は卓上のサモワール(茶沸かし器)からお茶を注ぎつつ、「構いません」と言い切った。サラサラとした金髪が目に眩しい。

 

「今、娼館にいるサッキュバスは確か五十余人。やるなら早めが…」

 

 彼らは歳も身分も様々。元貴族も庶民も居るし、当然、中には読み書きが出来ない者も多い。

 だが、彼女の答えは違っていた。「彼女たちは対象の範囲外です。このまま娼婦の仕事に専念して貰います」である。

 

「どう言う意味です?」

「対象は次代のサッキュバスです。最近、産まれましたよね」

 

 そう、淫魔と顧客の間に子が誕生したのである。それも三つ子だった。

 サッキュバス、それも子供を孕む機能がないコモン種は、ふたなり化して愛した女性へ精を注ぐ事でサッキュバスを生み出せる。

 しかし、相手とは相思相愛であるのが必要条件。単に強姦しただけでは絶対に子供は出来ない。これが世にサッキュバスが溢れていない理由である。受精率が異様に低いのである。

 

「あれも伝説か与太話だと思ってました。でも、実際に子供が産まれた事で実証されました。

 これに刺激されて、これから次々と次世代の淫魔が誕生するでしょう」

 

 言いつつ、彼女はお茶をフルドラに勧める。

 シンプルで地味の色合いだが、明らかに高価そうな東方の磁器だった。

 

「それが二年後の理由ですか?」

「はい。その間にここを含めて施設建造や法整備も進める必要も有ります。そして、大人をオミットするのも、娼婦として戦力外になる以外の理由があります。

 付け焼き刃の素人では役に立たず、もし敵に勘付かれたら、このコンセプト自体が没になるからです。最初の世代はただの娼婦だと相手に思わせる為の囮です」

 

 しれっと語るドレスの女。

 

「でも、そうなると間諜として役に立つには、急いだって十年かかりますよ?」

「エロエロンナ百年の計の一環だと思えば、たったの十年に過ぎません」

 

 ここの領主は半妖精。妖精族とか半妖精族は寿命が長い分、とても気が長いと聞くが、本当の事だったのかとフルドラは感嘆した。

 

「分かりました。引き受けましょう」

「ありがとうございます」

 

 フルドラは「でも」と意地悪い笑みを浮かべる。

 

「あたしは元帝国兵ですよ。しかも、帝国貴族ボロン男爵家の娘。そんな女を信頼して宜しいのですか。えーと、ミキさん」

 

 最初に自己紹介された名を思い出す。そう、確かこの女性はミキと名乗っていた。

 

「貴女は祖国を喪失してます。それは貴方が一番良く知っている事です。それにボロン男爵家はマーダー帝国では既に存在していません」

 

 今、何と言った?

 

「え…ボロン男爵家が…存在しな…い?」

「知らなかったのですか。戦役直後に改易されてますね」

 

 目の前の女は続けて「我が王国と違いマーダー帝国は皇帝の権力が強いですから、余程強い勢力家でもなければ、こうした改易は珍しくもありませんけど」とか言っていたが、フルドラにはひどく遠くの言葉にしか聞こえない。

 

「何故?」

「戦後処理の問題ですね。敗戦の責任を取らされたと表向きにはなってますが、必要のなくなった貴族家を幾つもお取り潰しにして、戦費を捻出したのでしょう」

「敗戦の責任?!」

 

 単なる地方貴族のボロン家に何の関係が?

 

「或いは貴女の存在を秘匿する為の処置かも知れません。

 戦後、貴女は自分の身分を明かして帝国への捕虜返還に参加するつもりだった。

 しかし、帝国は『サッキュバスなど帝国には存在しない』と拒否した。あの時に貴女の存在その物を抹殺すべく、実家が取り潰された可能性は否定出来ません」

「父母は? そして兄妹たちは!」

 

 ミキは手元の書類をめくった。そして「お気の毒ですが生存してない模様です」と告げる。

 取り潰しにあった後、士族へ降格して領地(くに)替えさせられたが、その途中で事故死となっている。崖崩れで一家諸共、乗っていた馬車が生き埋めになったのだと言う。

 

「そんな…」

 

 力が抜ける。

 

「何故か、敗戦処理の結果、改易された帝国貴族の殆どが、こうした不可解な事故死を遂げてます。一種の口封じなのかも知れません」

「それはあたしに対する報復なのか。あたしは家族を連座させてしまったのか」

 

 戦後のあの時、「私は帝国貴族である。捕虜として正式な返還を要求する」などと公言してしまったせいなのか。大人しく口をつぐんでしてさえいれば…。

 その問いにミキはかぶりを振る。

 そして「私は帝国の一員ではないので、それはお答えしかねます」と事務的に述べた後、「では、教師の件、宜しくお願いしますね」と言ったのだった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「フルドラ先生?」

「そう。あたしが貴女達の先生です」

 

 二年の月日が過ぎた。

 その間にサッキュバスを巡る法の整備が行われ、新規に登録される淫魔に対して職業選択の自由が制限されてしまった。

 以前は公娼であっても副業が認められていたのだが、新法では一定期間、公娼を続けなければ新しい職に就く事は不可能になった。

 何でも、「淫魔を自由にさせていたら、何をしでかすか分からない」との訴えが多かったからで、充分、模範的な領民として信頼出来るまで、娼婦として監視する必要があると判断されたからであると言う。

 

 まぁ、飛び抜けた才能を示した者や軍に所属する者は例外となるが、職業が制限された事にはフルドラは不愉快であった。

 フルドラの様に研究者として他の学校に在籍したり、以前の職を利用して店を開いたりとかが一律禁止になってしまったからだ。

 娼婦以外に開花した折角の才能を腐らせる結果になりはすまいか、そんな危惧がある。

 

 領民となる為の『誓い』制度も導入された。これは淫魔の吸精能力を制限する為、【ギアス】(呪い)を掛ける物である。これは子々孫々まで続く強力な物であり、どうやって地方領であるこの土地に導入したのかは謎であるとしか言い様がない。

 大司教や聖女なんて呼ばれた、高位の聖職者しか使えないクラスの神聖呪文なのだから。

 

「何やるの。お絵かき?」

「あたし、せーえき飲みたい」

「眠いよぉ」

 

 とにかく、目の前に座るこの三人がフルドラ最初の生徒になる。

 三つ子のサッキュバス。実は凄いレアだ。大抵、サッキュバスは一人っ子であるらしい。

 らしい、と断言系でないのは、この街に居住するサッキュバスの全員が転生系だからだ。

 つまり、元々は淫魔ではなく、上級淫魔に淫魔に変えられてしまった存在で、実は純粋にサッキュバスの間から産まれた淫魔は、この三つ子達以外はまだ一人も居ない。

 要するに転生した時から大人であり、誰一人として、サッキュバスの子供時代を体験した者が存在しないのである。

 

 そんな訳で、育てる方も四苦八苦。淫魔の子供であった経験がないので、どうやってミルクを与えるのかも判らない。股間をふたなり化して精液を与えるのだと気が付くまで、餓死寸前にまで追い詰めてしまった失敗もある。

 普通の赤子とは違う育て方を試行錯誤しつつ、二歳にまで成長した。

 幸い、魔族の精神的な成長は早いので、この年になったらいっちょ前に受け答え出来る程度に会話がぺらぺらなのは助かる。

 でも、サーシャ。マーシャ。カーシャと言う名の三つ子は見た目がそっくりで、どうやって識別しようかと戸惑ってしまう。

 

「じゃ、まずは数字を覚えましょうか?」

「「「はーい、先生」」」

 

 最初はお遊戯。ここから淫魔学校の歴史は始まったのだった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「先生」

「サーシャ、静かに。どうやら寝てしまったみたいね」

 

 二人を抱き寄せたまま、寝息を立て始めたフルドラをそっと寝台に横たえるカーシャ。

 だが、フルドラの腕が小刻みに揺れているのをサーシャが気が付いた。

 

「あれ、これって…」

「打通信号だわ。ええと、ホンジツハ、ウテンナリ?」

「…雨よ。飴じゃないの。こら、変な風に理解しない…」

 

 独り言が呟かれる。何か夢を見ているのだと二人の淫魔は理解した。

 

「雨と飴って、マーシャだわよね」

「返信してみるわ。えーと、アメハアメ。オイシイ、と」

 

 トントン、ツートントン。カーシャが手を丸めると先生の肩を軽く叩いて行く。

 サーシャは次女のマーシャ。既にこの世には居ない。が、最初に習った打通信号で遊んでいたのを思い出す。あれは、五歳くらいの頃だったろうか?

 

              ◆       ◆       ◆

 

 間諜としての基礎。それはまず知識の詰め込みが肝要になる。

 土台がなければ何事も上手く行かない。文字を知らないで文学を書いたり、魔力の制御を出来ないまま、通常の魔導を覚える事は不可能だ(但し、生体魔法は生まれつきの能力なので別)。

 四苦八苦して三人の幼女に読み書き計算を覚えさせた後、フルドラはまず、打通信号を教え込む事にした。

 

 打通信号とは、長音と短音を組み合わせて意志を伝える通信法である。

 女傑テラ・アキツシマ曰く、「それ、何処のモールス?」だそうだが、古くから続く由緒正しい通信法で、太鼓を打って遠くに意志を伝える事から始まり、後に光による点滅や、魔力を解放する事による長距離通信へと発展して行った。

 

 始めの例文は「本日は雨天なり」だ。

 別に「晴天なり」でも構わなかったのだが、テキスト作成時に雨が降っていたと言う理由でこうなった。

 教材は手書きである。後世では印刷となったが、初期の段階では生徒数の関係から、こうした教師手製の教材が主だ。のんびりした時代であった。

 

 五歳になった三つ子達。

 幸い、この三年でフルドラは各人を識別する事が出来る様になっていた。

 サーシャ。長女。真面目で三つ子のリーダー格。堅実。でも仕切り屋さん。

 マーシャ。次女。お転婆で良く脱線する。一番、外交的で面倒見は良いが、飽きっぽい。

 カーシャ。末っ子。控えめだが、何をするにも内向的で自分から動かない。放っておくと大抵は寝ている。

 

「雨天って、雨が降ってるの?」

「わーい、飴。飴は美味しーよね」

「…眠い」

 

 フルドラは手を叩いて「飴じゃなくて、雨です」と注意を促すも、アメハカンロ。アメハ、ナーダチャンノコウブツ。とか、机を叩いて勝手な通信が飛び交う。

 マーシャの通信に首を捻るサーシャ。

 

「ナーダちゃんて下級生の?」

「うんっ、この前飴あげたの。彼女、ぽっちで同級生居ないでしょ?」

 

 答えるのはマーシャ。サッキュバスの子供はまだまだ少なく、年間に数人程度しか産まれない。だから二年下のナーダには同級生が居らず、一年下のグループに編入させられていた。

 

「寂しそうだったから、飴をあげたら喜んでくれたの」

「…そこは淫魔なんだから、精液をあげるべきだよ」

 

 これはカーシャ。最近精通して、ふたなり化出来る様になったのが嬉しいらしい。精巣が未発達なので、大人みたいな量は出せないのだが、子供に与えるなら充分だろう。

 

「それでこの前、私にやたらお辞儀してきたのか」

 

 サーシャは納得する。三つ子だから顔は同じ、ぱっと見では誰がどの子か分からない。次女を長女と間違えるのも無理は無い。

 

「アメハアメ、オイシイ。か。ま、いいか…。ちゃんと基礎は分かってるみたいだし」

 

 あらかじめの予習の成果か、一応、基礎の基礎は三人とも理解している様だ。

 軍人や船乗り達が覚える標準通信であり、いわゆる平文(ひらぶみ)だ。各国共通なので通常使用にはこれで問題はないが、これだと内容が筒抜けになるので、軍や諜報機関は暗号を設定して、内容を外へ漏らす事がない様にするのが普通である。

 応用課程へ移ろう。遊んでいる子供達を見て、そうフルドラは決心した。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「マーシャが重傷?」

「はい、校長。無理したみたいです」

 

 卒業間際の事だった。第一期生として育った三つ子に不幸が起こったのは。

 この時、学校も規模を拡大していた。寺子屋に毛の生えていた初期とは違い、毎年、平均五、六名が入学する様になったので、フルドラ一人では手が回らなくなったのだ。

 それで彼女は校長に収まり、サッキュバスの中から数名を選抜して教師役に当てる事となった。幸い、元教師であった者が数名おり、何とか運営可能な状態を維持している。

 しかし、教師も専任である事は叶わない。フルドラを含めて娼婦をしながら臨時で教鞭を執るしかないのが、苦しい台所事情であった。

 

「私が目を離したせいで…」

「貴女の責任ではないわ。ロスメルタ。全ては人材不足のせいです。それにしても…無理をせず、見学していなさいと、あれほど注意していたのに」

 

 校長はうな垂れているロスメルタ教諭を叱責しなかった。

 公娼の方が本職で、給金は出るが教師はボランティアの様な物である。無理をして務めて貰っているのだから、責任を感じて優秀な人材を失う訳には行かないのだ。

 

「サーシャ、カーシャ。マーシャの具合はどう?」

「あっ、校長先生」

 

 風紗館の救護室は珍しく地上階にある。

 これは訪れる客にも開放されているからなのだが、それでも屋根裏部屋なのはバックヤードの悲哀であろうか。だが、地下と違って窓があり、開放的なのは好ましいと言えた。

 フルドラが訪れた時に、マーシャは既に処置が施されていて、その病床にはその容体を心配する数人のサッキュバス達が取り巻いていた。

 マーシャの下半身にはシーツが掛けられているが、それが真っ赤に染まっている。

 

「あたしがやれるだけの事はやりました。でも、本格的な治療は聖句の【治癒】がないと手が付けられません」

 

 校医のアブラヘルが報告する。彼女も勿論、元女医であったサッキュバスであったが、人間だった頃の医師免状は剥奪されてしまっていた。「淫魔になった者は医師として認められない」と医師ギルドが宣告した為である。

 その腕は以前と全く同じであるのにも関わらず、だ。

 非合法医であるが、淫魔を診てくれる医者などそうそう居ないし、そこらの町医者よりも腕も良い。だから、彼女は娼館の医師としてお目こぼしがされているのだ。

 

「具体的には?」

「出血が酷すぎるのです。止血処理はしましたが損傷場所が場所なので、普通の医術では物理的に手が届きません。治癒魔法の手を借りないと…どうにも」

「翠晶館も含めて、聖句の使い手に心当たりはない?」

 

 答えはなかった。

 聖句魔法。別名を神聖魔法とも言うが、生命や治癒に関わりの深い呪文大系だ。何故か女性にしか使えないが、これは女の持つ生命を生み出す力が関係していると言われており、神官が会得する呪文の代表格である(神官以外でも、素質のある女性なら覚えられる)。

 

「駄目か。じゃあ、娼館関係者以外で聖句の使い手に心当たりのある人は居る?」

「なるべく聖句五級以上でお願い。かなりの重傷だから、擦り傷を治せる様な、七級や六級では、とても足りないのよ」

 

 校長と校医らそう言われ、ざわつく生徒達。

 魔法の実力を測る等級で言うならば、五級はかなりの実力になる。魔導士(ソーサラー)だの治癒士(ヒーラー)だのと名乗れるレベルであり、その道のプロとして通用する専門家レベルなのである。

 当然、市井で持つ者は相対的に少ない。

 

「冒険者ギルドになら」

「近所じゃないけど、グレタ教会の司祭さん」

 

 別々の生徒が答えた。フルドラは頷くと、彼らに使い手を呼んでくる様に伝える。

 直ちに彼女らがそれぞれの心当たりに走る。ロイヤルサッキュバスと違って翼を持たないので徒歩だ。もし翼があれば、一直線へ目的地へ飛んでいけるのにと歯がゆい。

 

「マーシャちゃん」

 

 たたたっ、と入室して来たのはナーダ。この時は十歳で、マーシャとは親友同士。そしてただ一人の三期生だ

 だが、意識を失っているマーシャはその声にも反応しない。その間、フルドラは事故の詳細を改めて聞いていた。

 

 きっかけは実習だった。将来は公娼であるから当然、接客なども含めて娼婦としての教育を受けねばならないし、お客から糧である精を貰う必要がある。

 小さい頃は大人の淫魔が交替で精を供給してくれるが、ある程度育ったら、自ら精を摂取する訓練を行って、公娼になる準備を始める。

 だが身体が未成熟なので、主な方法は口と尻尾(淫魔の尻尾は搾精器なのだ)である。

 しかし、サーシャ、カーシャは問題なく女性器が使える様になっており、実習もこれを使って行われたのだが、一方のマーシャはそれが出来なかった。

 何故か、他の二人と異なり、ある一定時期から身体の成長が止まってしまったのである。

 

 原因不明であるが、数々の文献を当たったり、ご当地以外の淫魔に尋ねてみた所、サッキュバスの中でも恐れられる奇病の一種であると判明した。

 本当に病気なのか、それとも突然変異なのかは掴めていないが、サッキュバスとして産まれた者の中で、ごく少数ではあるが、一定数が罹る現象だと言う事例には間違いない。

 ロリ体型のまま、姿が固定されてしまうのだ。特にマーシャの様な幼女になると、淫魔にとっては致命的であるらしい。メインである搾精の主力器官が全く使えなくなるからだ。

 

 80年後の現在では、ある程度の対処法もあって、張型を用いて徐々に膣を拡張して行く方法も開発されたのだが(辛いが、数年掛けて慣らしていけば膣内射精を受け入れる程度にはなる)、当時は全てが初物尽くしであり、サッキュバスの生態に関しても未知だらけであったのだ。

 

 ともあれ、マーシャの実習は口と尻尾を使っての搾精であった。これだけであるならば、何の問題も起きない筈であった。

 サッキュバスによる口での奉仕と、尻尾の先端をホース状に変形させ、男性器を咥え込むバキュームフェラ。

 どちらも男性に快楽を与えて、搾精するのには充分な方法である。しかし、マーシャはそれに飽き足りなかった様だ。

 

「膣を使った?」

「禁止していたのですが、他の姉妹に負けたくないとの事で、更に悪い事が重なりまして」

「どうしたの」

「相手がセントール(人馬)族のお客さんだったんです」

 

 ロスメルタの説明に目の前が真っ暗になる。

 人馬族は人の上半身と馬の下半身を持った亜人である。そして、想像出来るとは思うが、その男性器は文字通り、馬の様な巨根であるのだ。

 大人のサッキュバスでも挿入に躊躇する様な代物なのである。それを処女の、しかも未成熟なあそこへ突き入れたら、壊れる。確実に壊れてしまう。

 事実、フルドラは校医のアブラヘルから、「膣は引き裂かれて見られた物ではありません。子宮も下手すると全壊しています」との報告を受けている。

 

「…お姉ちゃん」

「マーシャ」

 

 うっすらと目を開ける次女に、残りの姉妹二人が駆け寄った。

 

「へへっ、失敗しちゃった。

 お姉ちゃん達も無理なあれを収めて、どうだって自慢したかったんだけど…」

「馬鹿」

「うん、馬鹿だね。やっぱり勢いだけじゃ…駄目なんだよね」

 

 そこでばんっと扉が開く。聖句使いを呼びに行っていた一人が戻って来たのだ。

 だが、その報告は「駄目っ、誰も話を聞いてくれない」と言う絶望だった。

 冒険者ギルドでの募集は失敗に終わったのだ。一応、依頼は受理され依頼書も壁に貼られたのだが、張られた途端に冒険者(クエスター)共に剥がされてしまった。

 依頼を受ける為ではない。外されたそれは丸められ、床へと投げ捨てられた。「サッキュバスなんて、みんな死んじまえ」との罵声も飛んだ。

 

 皆、敵として現れる魔族として淫魔を憎んでいた。

 説得にも馬耳東風。誰も、幼い淫魔を助ける者は居なかった。

 その娘も幼いけどサッキュバス。例の、淫魔っぽい露出過多なサッキュバスルックこそ身に付けてはいないが、ばれたら生命の危険すらあった。

 この時は尻尾を隠しておいて幸いしたのか、這々の体で逃げ伸びる事に成功した。 

 とすると、残りはグレタ教会へ向かった一人だが、こちらも宛てにはなりはすまい。

 

「マーシャちゃん。待っててね。あたしの力が役に立つかも…」

 

 ナーダが両手を前に出して、「偉大なる生命の源よ。ここに発現せよ。【癒やし】」と呪文を発動させた。本当に聖句の力である。

 偶然、聖句使いの力があるのが判明し、自己流ながらグレタ教会の司祭様にレッスンを受けていたのだと言う。

 それを聞いたフルドラは、もし間に合えば、グレタ教会の司祭は宛てになるのかもと認識を改めるが、それも間に合えばの話だ。

 

 ナーダは後にサッキュバスでありながら教会の司祭にまでなるのであるが、これは別の話だ。この時は本当に初歩の初歩クラス。七級程度の力を発揮するだけに過ぎなかった。

 せいぜい傷にかさぶたを発生させる程度であり、こんな重傷には焼け石に水だ。

 しかし、マーシャは目を閉じて「気持ちいい。とっても良い気持ちだよう」と呟きながら意識を失う。未熟な魔法の力は直ぐに切れて、ナーダが再び呪文を唱えかけるが、それをフルドラは制した。「無駄だ」と。

 既に彼女は事切れていた。

 

「司祭様を連れてきたよっ!」

 

 安らかな死に顔を浮かべるマーシャの前で、二人の姉妹は泣き出した。

 一歩遅く、教会の司祭を連れて来た生徒はへたりと座り込み、呆然となって虚空を見詰めている。ナーダはマーシャの顔を見詰めながら、「うそ、やだよう」と繰り返し呟いた。

 やって来た女司祭は、「さすがに【蘇生】の御技は使えません」と頭を下げるが、わざわざここまで来てくれた相手を蔑ろには出来ない。

 

 フルドラは礼を尽くして司祭を別室へと案内する。マーシャの葬儀の話をする為に。

 ここまでやって来てくれたのだから、サッキュバスだからと言って葬儀を断られる事はあるまいとの目論見だ。

 

 マーシャ・エコー。享年12歳。

 葬式は翌日、グレタ教会にてしめやかに行われた。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「…マーシャの事を思い出してたわ」

「妹はどうでした?」

「姦しかったわよ。でも、最後の看取りは悲しかったわ」

 

 サーシャに笑いかけるフルドラ。

 そして「あたしも、もうすぐマーシャの元へ召されるんだねぇ」と呟く。そして「カーシャ」と声を掛けた。

 

「はい」

「元校長として現校長の貴女に命じます。あたしの生体データは貴重ですので、あたしの死後に研究室に献体します。手続きを宜しく」

「校長先生!」

「どうしました。寿命で死んだサッキュバスは貴重ですよ。今後のサッキュバスの研究の為に、この老いた身体が役に立つのです。またとない献体ですよ」

 

 サッキュバスが寿命で死んだ例は余り確認されていない。

 淫魔とて魔族と言う生き物で有る限り、寿命はあると勿論言われている。しかし、老いた己の骸を他者に晒すのは、サッキュバスの矜持に反するのだろう。

 大抵は皆の前から忽然と消え、一人孤独に最期を迎える事が多く、寝台の上で往生を遂げた例は余りないのである

 

「だからと言って…」

「貴女は校長。この領内のサッキュバスを統べる一員です。全体の利益を優先しなさい。

 偏見は少なくなったものの、まだまだサッキュバスの地位は低いのです」

 

 目を閉じると眠気が襲ってきた。

 

「やっと眠れる。さて…どうか未来を頼みましたよ」

 

 フルドラは言い終えると、永く深い眠りへと落ちて行った。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 エロエロンナ城。

 海に突き出した要塞島の上に建つ領主の城である。最新の稜堡式要塞なので、平たい建造物しかなく、シンボル的に建てられてる塔も主塔(ベルクフリード)ではなく、単なる灯台と監視塔に過ぎない。

 その城内の一角で、彼女は報告を受けていた。

 机の上で白い指を優雅に操りながら、さらさらと山の様に貯まった書類の処理を施して行く美女は、暫し休んでそれに耳を傾ける。

 

「本日、元淫魔学校校長、フルドラ・テレーズ女史が死去しました」

「そう。解りました。葬儀は盛大に行いなさい。喪主は私が務めましょう」

「え、閣下が?」

 

 近習の報告に耳を傾けていた半妖精の女性は、当然とでも言う態度で頷いている。

 この人は領内のNo2だ。領主である女伯に次いで偉いのだ。いや、実質的な実務は目の前の女性が全て仕切っている。それが、淫魔学校の引退した校長とは言え、たかがサッキュバスの葬儀に出る必要があるのか?

 

「いけませんか。本当は予算が許せば領葬で行いたい程です。

 彼女は友人であり、功労者です。向こうは私の事をそうは思ってないでしょうけどね」

 

 近習は何とも言えぬ顔をしたが、黙って一礼すると退出した。

 彼女はため息をついて立ち上がると、深いスリットの入った白いドレスを翻してバルコニーへと出る。眼下には茜色の空に照らされた夕方の海が広がっている。

 

「また一人、皆、私を置いて行ってしまうのですね」

 

 腰まである長い金髪をはためかせながら、白の宰相、ミキ・ラートリィは涙を浮かべた。

 両手を組み、小さな声で「安らかに。願わくば、フルドラの魂が女神の元へ届かん事を」と聖教会式の祈りを捧げる。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 三日後、フルドラ・テレーズの葬儀はエロエロンナ大聖堂で行われた。

 人間であった時に24年。

 サッキュバスとして生まれ変わって109年。

 実に合計133歳の大往生であった。

 数多くのサッキュバス。教え子や関係者達が集い、式には女伯とその片腕、宰相が喪主を務め、盛大に執り行われた。

 遺体は遺言通りに献体となった。しかし、秘密裏に遺髪の一部が分葬されマーダー帝国へと向かったのだが、それを知る者は宰相他、ごく少数だった。

 

 マーダー帝国の旧ボロン男爵領。

 スンダル・ボロンと記された小さな墓が、断絶したボロン一族の墓地にひっそりと建ったのはその半年後の事である。

 

〈FIN〉




汽笛で気が付いた方も居るでしょうが、この時代になると汽船やSLが登場してます。
サッキュバスはこの物語で、結構大きな位置を占める種族です。今後、様々なシーンで登場して来る予定です。


裏設定。
スンダル・ボロンはインドネシアの有名な淫魔の名です。
フルドラもまた、淫魔の有名所です。こちらはスカンジナビア産。

遺体は聖句で施術され、アンデッド化せぬ様に処置を施されています。
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