エロエロンナ物語 -港湾都市編-   作:ないしのかみ

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エクシー達の日常話です。
時期は『リオン』から少し経った頃です。
ヤシクネーの生態。特に脱皮と甲羅を主題になります。


ヤシクネー イン ザ シェル

ヤシクネー イン ザ シェル

 

 ヤシクネーとは女系魔族である。

 ヤシガニの下半身と人間女性の上半身が合体した姿であり、甲殻類の硬い殻に覆われて二本の大きな鋏を持ったアラクネーの近隣種であるが、概ね性格は温厚な者が多い(但し、人間に善人や悪人が居る様に個体差はあって、中には乱暴なヤシクネーも居る)。

 胎生で蜘蛛の様に糸を吐けるのも、ヤシガニとの違いだ。

 

 大陸では珍しい存在であったが、数十年程前に起こった南海事件のせいで、彼らの住んでいた島々が津波で壊滅し、大陸へと緊急避難する事で一気に広まった。

 寒さに弱く、気温の高い沿岸部に定住している為、大陸内陸部で姿を見る事は滅多にないが、沿岸部では珍しくない一般的な魔族となる。

 働き者で力持ちなので、土木作業員として泥の中で働いているのをよく見掛ける。

 特に港湾都市エロエロンナ建設時に、彼女らが多大な貢献をしているのは有名な話だ。

 

            ★        ★        ★

 

 警備隊員のエクシー・ドラフトは異変を感じていた。

 気が付いたら、脱皮が始まっていたからだ。

 丁度、左の鋏脚を失っていたのでこれで再生出来る。

 エクシーはそれに気が付くと、シュシュ小隊長へ休暇の許可を取る。

 

「脱皮? そう、大変ね」

「午後から休みたいんですけど、一日仕事にならないので」

「途中で脱皮失敗したら困るから、午後じゃ無くて、今から休んでなさい」

 

 と、許可はあっさりと下りた。

 この街にはヤシクネーは多いので、脱皮の大変さは知られている。

 今日一日休んで構わない代わり、失敗すると命に関わるので、医者へ行けとも勧められる。

 エクシーは貧困階級の生まれではなかったが、今まで脱皮で医者のお世話になった事はなく、内心『大袈裟だなぁ』と嘆息しつつも、意見は素直に受け入れて医者へと行った。

 

 さて、その翌日。

 第三分署に現れたエクシーはぷにぷにだった。

 

「分隊長、面白い感触ですねぇ」

 

 部下のウィン・スペクターがペタペタと第二胸部の甲羅を触る。

 いつもは硬い外骨格で身を固めたそれが、指で触ると不思議な感触で押し返して来るからだ。

 ぐいっと沈み込んだ後、低反発枕みたいにふにゃーっと元へ戻る。

 

「あたしの身体は玩具じゃ無いぞ」

「脚も、脚も柔らかい」

「お腹の方は……、やっぱり、いつもよりもぷにぷにですねぇ」

 

 もう一人の部下、ソル・ブレインも加わってお触り大会になる。

 

「お前達……」

 

 そこへ親友のケイが現れた。

 彼女もエクシーと同じヤシクネーである。

 

「みんな珍しいんだよ。ヤシクネーの脱皮とか」

「半年に一回は脱皮するけどな」

「甲羅が硬くなるまで、普通は家で過ごすでしょ?」

 

 ケイの指摘に「もっともだ」と納得する。

 しかし、エクシーは仕事を溜め込んでいる為、なるべく早く職務に復帰したかったのだ。

 書類って溜めれば溜める程、後から仕事する気が起きなくなる物なのである。

 

「あたしも身内以外の脱皮って初めてかも……」

「おいおい」

「そう言えば、左鋏脚は再生したの?」

 

 以前、任務で強敵と戦って、左の大きな鋏脚を自切(自分から切り離す事)したのである。

 幸いヤシクネーは甲殻類と同じく、脚の類いは失っても再生する。

 但し、同じ大きさに生え替わるまでかなりの時間を要する。

 

「小っちゃくなった」

「あはは、シオマネキみたい」

 

 ケイが揶揄したシオマネキ同様、左右の鋏がアンバランスであった。

 ごつくでかい右の鋏に比べて、左のそれは可愛くて小さく、包んだ殻もつるつるしている。

 

「あと二回も脱皮したら元通りだろ」

「聖句魔法で強性的に生やしたら?」

 

 ぷんとしながら話すエクシーに、ケイが尋ねる。

 以前、ケイは全ての脚を失って【再生】の魔法のお世話になって。復帰した事があるからだ。

 しかし、エクシーは首を振る。

 

「ケイのあれは労災降りたけど、あたしのは自腹だ」

「お高い?」

「知ってる癖に、医者の費用も痛かったよ」

 

 この前、分隊長に昇格して少し高給取りになったから良いものの、「平隊員だったら絶対に医者なんか行かなかった」と威張るエクシー。

 

「医者も数人がかりで殻を剥がされただけだったし……。痛え…」

「まぁ、脱皮に失敗して死ぬ人も多いからねぇ。脱げないと大変だよ」

 

 古い殻を脱ぎ捨てるのは結構しんどい。

 上半身の人間体は脱皮しないが、それ以外はずるりと身体を抜かないとならない。万が一、脱げずに詰まってしまうと体力を失って死に至るのである。

 毎年、何人もが脱皮に失敗して死んでいる。

 ヤシクネーに富裕層は少ない。だから、大抵は一人で脱皮に挑み、引っかかって助けも呼べず、孤独死する例が多いのである。

 

「って、いつまで触ってるんだ!」

「分隊長が怒った」

「逃げろ」

 

 セイレーンのウィンは腕を翼に変じると上空へ逃げ、人間のソルはそのままバタバタと詰め所へ駆け込んで行く。

 エクシーは「あいつら」と呟くが、無論、本気で怒っている訳では無い。

 

「午前中の巡回班は奴らにしてやろう」

「あたしらが午後組?」

「まぁ、その頃になったら、少しは殻も硬くなんだろ」

 

 ケイは「だといいね」とだけ返事をして、連れだって分署へ入る。

 

            ★        ★        ★

 

「脚が自重に負けてるな」

 

 妖精(エルフ)である分署の長、シュシュ・トリアン小隊長もエクシーの身体を触りまくっている一人だ。

 相手が上司だけに批判しにくい。

 

「体重が重いので……。外骨格分は軽くなってる筈ですが」

「脚がぐにっと曲がってるのを見ると新鮮だな」

 

 小隊長が興味深げに見ているのはエクシーの六本脚だ。

 ヤシクネーの体重はサイズ相応に重い。

 上半身の人間の女性だけで数十キロ。下半身のヤシガニ体も加わると概ね100-150kg近くになる。

 脱皮したての柔らかな脚は自重を支えるべく頑張っているが、接地面が重さに負けて軽く湾曲してしまっているのである。

 

「本来は、殻が固くなるまで家で寝転がっていますから」

 

 ケイが説明する。

 折り畳んだお腹を地面に着けて、大人しくしてるのがデフォである。

 

「成る程。変な風に脚が曲がったまま固定するのは危ないからな」

 

 小隊長は「デスクワークだから、楽な姿勢で仕事しろよ」と声を掛けると、エクシーから離れて分署長室に引っ込んだ。

 

「じゃ、仕事するか、ケイ、書類持って来てくれ」

「報告書と帳簿あるけど?」

「両方」

 

 エクシーはやれやれと首を振り、自分の席へと移動すると言われた通りに楽な姿勢を取る。

 当たり前だが、エクシー他のヤシクネーにはデスクはあっても椅子が無い。

 身体の構造上、座れないので、いつもお腹を床に着けて仕事をする。そうすると高さはデスクの位置に丁度合うのである。

 だが、エクシーは机の下に潜り込んだ。

 

「何してるの?」

「小隊長の言う通り、楽な姿勢で仕事するんだ」

 

 お尻を机の下に突っ込んで、リラックスしているヤシクネー。

 書類を受け取ると床に置いて、パラパラとめくり始める。

 

「子供みたいだね」

「何とでも言え、はぁ、安心する~」

 

 ケイの皮肉も何のその。エクシーは大きく伸びをすると、ふんふん鼻歌を歌い出した。

 ヤシクネーはヤシガニの性質を受け継いでいるので、本来、無防備になるのを恐れて、三方が壁に囲まれた閉所に身を隠すのが好きなのである。

 特にお尻の後ろに壁があると安心出来る。

 小さい頃はヤドカリみたいに、貝殻を被って身を守る性質もあるからだ。

 

「兜なんかを背負っていた頃を思い出しちゃった」

「ああ、背中が守られてる気がして安心するんだよな」

 

 生まれ立てから幼少時に、ヤシクネーが取る自衛行為だ。

 この頃が一番危険で、野生動物や犬猫みたいな家畜に襲われ、命を落とす個体が多いのだ。

 大きくなると犬や鳥なんかは恐くなくなるが、それでも脱皮時の身体が脆弱な頃は、何か無いか見回して、取りあえず何か被りたくなる。

 

「あははは、あたしは醸造所の樽の蓋を被った事あるよ」

「へぇ」

「大目玉食らった」

 

 掌サイズの頃は貝殻。少し大きくなると皿や鍋釜。そしてヘルメットなんかを見付けては背中に被せて歩くのだが、 問題は身体が大きくなると被る物品が無くなるのである。

 ケイが言っている樽の蓋は、殆ど被る物がなくなった頃に見付けた逸品だった。

 直径2m。

 これならば大人のヤシクネーでも、小柄な者なら充分に身を隠せる。

 ケイは心躍らせてそれを装着した。

 ヤシクネーの六本脚の内、最後尾に二脚は小型の鋏脚になっており、ここで貝殻なんかの冠り物を。挟んでがしっと固定するのである。

 

「るんるん気分だったけど、街中じゃ流石に目立ってね」

「そりゃ、そうだ」

 

 醸造所から少しも行かぬ内に通報されて、警備隊の御用となった。

 

「あたしが警備隊員になったのは、あのせいだねぇ」

「ん?」

「泥棒より捕まえる方に回った方が、お得だと悟ったから」

 

 エクシーは「言ってろ」と呆れながら、書類を整理して行く。

 実際は「ヤシクネーでも警備隊員になれる?」と尋ねて、隊員の「正義感があって腕っ節が強いのなら」との答えで警備隊への道に進んだのであるが、結構、警備隊に入るのは難しい。

 まず試験がある。

 当然、読み書き計算は必須だ。更に実技。

 これは荒事に当たるから必須。但し、腕っ節に問題あれども、魔法とかの特技を持ってる者は優遇される傾向にある。

 犯罪歴なんかも調査されるが、幸い、ケイの蓋泥棒は「子供のやった事だし、ヤシクネーの性格上、仕方ない」として、記録に残される事は無く終わった為に問題にならなかった。

 

「このおやつ代って何だ?」

 

 決済していた手を止めて、エクシーがケイに尋ねた。

 ケイは「あははー、何だろーね」とか言って逃げに掛かったが、エクシーの手が素早く伸びて、ケイの第六脚を捕まえる。

 

「いててててっ、こら、観念して説明しろ」

 

 カシカシと小さな鋏が開閉するから痛いので、女性体の手に変えて太い右鋏脚がケイの脚をホールドする。

 

「うわぁ、ぷにぷにの癖に馬鹿力」

「悪かったな。ほら、説明」

 

 ヤシクネーの前部鋏脚は、彼女ら最強の武器である。

 その握力は体重の90倍の力を持つとも言われ、鉄の棒でもひん曲げてしまう(流石に材質的には、殻より鉄の方が強いので切断は難しい)。

 普段は食事の補助。重量物の運搬。木に登る時の支持肢として用いて滅多に武器にしないのは、その恐ろしさを自覚しているが故である。

 

「ほら、港の所に『素敵なドレス亭』ってカフェあるでしょ?」

「ああ、サッキュバスのお姉さんがやってる奴だな」

 

 巡回途中にある喫茶店だ。

 お茶の他に軽食や、西大陸産の珈琲と言う飲み物を出す店として繁盛している。

 店のオーナーが淫魔であるサッキュバスなのが繁盛の秘訣じゃないかとも言われているが、それを抜いたとしても感じの良いお店である。

 

「あそこの飲食代」

「あ? んな高い所で浪費してるのかよ」

 

 喫茶店の代金は、この世界の相場から見れば割高である。

 特に珈琲とかお菓子は高級品だ。

 近年、砂糖はそれなりの価格に下がったが、それでも庶民が日々口にする様な物では無いし、珈琲なんかは輸入品だから高い。

 

「だって…あそこのオーナーいい人で、警備隊の皆さん、一服していって下さいって」

「それが戦略だろ。そしてクソ高い代金を払わせるんだ」

「違うよっ!」

 

 ケイ曰く、サービスでタダなのだそうだ。

 しかし、毎日、毎日、タダで飲食をサービスして貰い続けていると…。

 

「後ろめたくなっちゃうでしょ」

「断りゃ良いのに」

「がさつ。エクシーはそれだから、女心が分からないんだよ」

 

 女であるエクシーにはこれは応えた。

 自分ががさつで、女性っぽくないのは自覚している為だ。

 女性しか居ない警備隊の中で、時々皆の話題になる女性向きの事、化粧だの、芸能だの、ファッションに付いての知識はまるで足りず、何が面白いかの理解も進んでいない。

 武道一筋、繊細さの欠片も無いのがエクシーであった。

 

「向こうの好意は断れないよ。それに美味しいんだよ」

「習慣性の麻薬でも入ってたりな……御免、冗談だ。まぁ、つまり、居たたまれなくなって代金を払った結果だと」

 

 ケイは頷く。

 それでも、五回から十回に一度程度の割合だそうである。

 どうするか、エクシーは悩んだが「必要経費にしとくよ」と書類を処理する。

 

「でも、小隊長にどう説明しよう」

「そこはエクシーの腕次第だよ」

 

 この代金で『分隊の士気が高揚するなら、安い物です』とでも説明するか。

 分隊長になったら平隊員とは違う責任も出て来るので、色々と悩むエクシーであった。 

 

            ★        ★        ★

 

 午後。食事を済ますとエクシー達は巡回に出る。

 

「警備隊に入って、良かったと感じるのは食事だな」

 

 たっぷりと食べたエクシーは力説する。

 基本、給食はタダだ。更に朝食まで付いている。

 エルダ世界の食事は二食が基本なので、昼と晩がスタンダードだからだ。

 朝食は摂らない世帯が多い。

 

「結構、美味しいしね」

「ああ、三食食べられるなんて夢みたいだ」

 

 エクシーは食べた。

 脱皮とは古い殻を脱ぎ捨て、身体を一回り大きくする為の物である。

 外骨格が再び固まる前に、大いに食べて身体を大きくする為だが、脱皮で体力を消耗してるのを補う為に、食いまくる必要もあるからである。

 

「うわぁ、泥棒ーっ」

 

 突如、上がる叫び。

 

「今の……」

「あっちだ、急げ」

 

 泥棒と相手なら警備隊の仕事である。彼女達は駆けた。

 かしゃかしゃと石畳に音を立てるのはケイの脚。エクシーのは足音がしない。

 

「警備隊だ。どうした!」

「あっ、ケイさん」

 

 現場はカフェテリア。

 先程、話題になっていた『素敵なドレス亭』である。

 オーナーである女主人が出て来る。

 店名の通り、素敵なドレスを着た清楚な美人であるが、お尻から揺れる逆ハートの鏃型した尻尾が淫魔である証だ。

 

「アルメリナさん、どうなさったんですか?」

「このお客さんの武器が盗まれてしまったんです」

 

 ケイとオーナーは顔見知りの様で、早速込コミュニケーションを取っている。

 ちなみにお客さんというのは、傭兵(マーセナリー)か冒険者(クエスター)風のおっさんである。背の低さから土小人(ドワーフ)らしい。

 

「ワシの盾が消えたんじゃ」

「盾か。どんな奴だ?」

 

 早速調査に入るエクシー。

 聞いてみると何の変哲もなさそうな円形盾(ラウンドシールド)で、かなり使い込んだ代物であるらしい。

 

「かれこれ二十年は使い続けてる愛用の盾じゃ」

「単なる木の盾だよな? 魔法防具なのか」

「いや、買った当時はそれなりに値は張ったがのぅ」

 

 聞くと高価な物ではなく、特殊な物でもないので古道具屋に売っても値段は付きそうもない。

 ただ、使い込んで手に馴染んでいるので、あれがないと困るとの話である。

 

「何か特徴は有るのか?」

「おおっ、盾の表面に青線で十字が描いてある」

「青で十字っと……。分かり易くて助かる」

 

 調書に書き込むエクシー。

 そこへオーナーがやって来て、ぺこりと挨拶をする。

 

「店長のアルメリナです。ええと…」

「第三分署、第三班分隊長のエクシーだ。アルメリナさん」

「ええと、目の錯覚かも知れないのですが……」

 

 サッキュバスは自分の目撃談を語り出した。

 それによると、地面に置かれた盾が勝手に動いて行ったらしい。

 

「亀みたいでした。だから、あらあら変な亀ねってその時は思ったのですが…」

「それは亀みたいな動きで、地面を這って行ったんですね?」

 

 接客中だったのでチラリと一瞥しただけだったが、確かにそうだとオーナーは語った。

 第六勘。

 エクシーにぴんと来た物があった。

 

「ケイ!」

「分かった」

 

 エクシー達は「調査します」と行って店を離れる。

 ドワーフには後で分署に来る様に伝え、道行く人々に尋問しながら、盾の行方を追う。

 

「エクシー、あたしの勘なんだけどさ」

「言うな。あたしの勘もそれを告げている」

「「犯人はヤシクネーだ!」」

 

 二人の声が同時にハモる。

 大きな円形盾。

 鍋、釜を卒業し、被る物がなくなった頃に、身体を隠すのに丁度良い大きさだ。

 ケイが昔、樽の蓋を拝借した様に、ある程度育ち、でも、何か背負わないと不安な時期に猛烈に欲しくなる代物だろう。

 

「その位、身体が育てば、何かに襲われる心配は無くなるんだけど……」

「でも、エクシーだって脱皮したら何となく不安でしょ?」

「違いない。何か、防御力が頼りなくなるんだよなぁ」

 

 甲殻類独特の心理状態になるのかも知れない。

 柔らかい身体で動いていると、不安と身を守らなきゃと言う強迫観念が襲って来る。

 

「甲羅屋ってのを開業したら、もしかして大儲け出来るかな?」

 

 ヤシクネー専用の被り物を売る店だ。

 大人が入れそうな、巨大な巻き貝(人工物)とかを取り揃えて売る。

 当然、貝はそのまま中にと閉じこもれば、立派な簡易住宅にもなる。

 

「ケイ、馬鹿言ってないで探せ」

「いや、もしあったら、あたし大枚はたいて一軒買うと思うよ。っと、盾発見!」

 

 ととととっ、とリズミカルに動いている青い盾が路地に居た。

 

            ★        ★        ★

 

「えーん、御免なさぁい」

「あたしに謝っても仕方ないだろう。盗んだ持ち主に謝るんだ」

 

 犯人は予想した通り、ヤシクネーの子供だった。

 全長は100cm程、丁度、サイズに合う被り物が無くなる時期の子供である。

 都会に出てきたばかりで、あちこち見物していたら、被るのに最適な盾を見付けて、矢も楯もたまらずに盗んでしまったらしい。

 後で犯罪だと気が付いたが、返すのが恐くなったので逃走したそうだ。

 

「で、どうします?」

 

 カフェに戻って来たケイは、当事者のドワーフに事情を説明し、対処を求めた。

 ドワーフは困惑しているが、自慢の長い髭に手をやり「ふむむ」と思案する。

 

「こら、お主の名は?」

「ロイン・ヒィだよ」

 

 ドワーフの質問に答える子供。

 逃げられない様に、ケイの鋏脚で胴体をがっちりと拘束されている。

 

「そうか。わしの名はドネル・ヒサーリじゃ。まぁ、自己紹介はともかく、親はどうした」

「故郷の村だよ。あたいは口減らしの為に都会へ出てきたんだ」

 

 ケイは「あたしみたいだ」と呟く。

 ヤシクネーは子沢山な為に、ある程度まで子が育つと放任する事が多い。

 いや、ちゃんと子供が独り立ちする頃まで面倒見てくれたロインはまだマシな方で、ケイの場合は産んだら産みっぱなしで姉妹に育てられた経緯がある。

 教育の機会も無いまま、文盲無学な民が多いのもこうした貧困が理由である。

 

「幾つだ」

「五つだよ。あれ、六つだったかな。多分、5歳だった気がする」

「五つの子供に『窃盗犯じゃ』と本気になるのも、大人げないかのぉ」

 

 しかし、要請があれば警備隊は動く。

 未成年だから罪が減少するとかの法は、エルダにはまだないからだ。

 如何に幼くとも、罪は罪として罰さないとそこら中が犯罪だらけになってしまうのである。

 エクシーは事務的に「では、どうしますか?」とドネルへ尋ねた。

 

「仮に罪になったら、処罰は?」

「鞭打ちですかね。余罪が発覚したら、もっと酷くなりますが」

 

 かつては奴隷に堕とすとかの刑もあったが、今では禁止だ。

 しかし、貴族の虜囚でも無い限り、ただ単に留置所に収容なんて甘い処置は無い。

 社会が罪人にただ飯を食わせる程豊かでは無い為だ。現代社会みたいに刑務所に入って三食労働付きの楽隠居なんかは、させてはくれない。

 強制労働に就かせるとかが一般的である。しかも、その作業中に死亡しても責任は問われない。

 罪人になったのが悪い。

 そう考えられているからだ。

 

「盾が気に入ったのか?」

「うん」

「良い機会かのぅ」

 

 老ドワーフはカフェの椅子に座ったまま、短い足をぶらぶらさせる。

 

「引退のお話ですか?」

 

 アルメリナがやや心配そうに口にすると、ドネルは「うむ」と肯定した。

 最近、傭兵稼業に行き詰まってたからである。身体が思う様に動かなくなり、野盗やモンスター共にも遅れを取り始めていた。

 店のオーナーとその話題で語り合ったばかりだったのだ。

 

「前にも話したが、これは職人にでも転向するかと考えておってな」

「鍛冶屋さんでしたっけ?」

「身体の頑丈さで鈍さを補ってきたが、防具も重く感じる様になってしまったからのぉ」

 

 ドワーフはがしゃがしゃと身体を鳴らした。

 重装甲と言っても良い程の、分厚い鱗鎧(スケール・メイル)と下地の鎖鎧(チェイン・メイル)。今はテーブルの上に乗っている二本角の付いた兜(ホーンドヘルム)や、立てかけてあるごつそうな戦斧(バトルアックス)も重そうである。

 

「ロイン。貴様、突き出されたくなければ、わしの徒弟になれ」

「えっ、徒弟って……」

「つまり手下、早い話が丁稚じゃ」

 

 ドネルは顎髭を撫で「育てば、その鋏は荷物運搬に便利そうじゃからな」とのたまう。 

 実際、鍛冶職人は力仕事が多いのである。

 ロインは「えーっ」と不満そうな声を上げたが、「鞭打ちは好きか?」との問いに沈黙した。

 

「職も決まっておらぬのだろう?」

「就職先が決まって良かったね」

 

 ケイの祝福にも当人は不満そうだ。

 

「だけどさ……。鍛冶場って熱いんでしょ、焼きガニになりそう」

「とにかく、事務的に事を運ばせて貰います。ロインは釈放。身請け先はドネル氏でいいですね?」

 

 エクシーはドネルへ調書を見せ、その記述を確認させるとサインをお願いする。

 彼がサインを終えると、ロインの管轄は警備隊からドネルへと移る。

 

「ケイ、解放してやれ」

「はいよ。あ、逃げるなよ。逃げたら確実に鞭打ち刑だからね!」

 

 一応、脅しも込めて言い含めた為か、ヤシクネーの子供はその場に留まった。

 

「ま、良いけどさ。何やれば良いの?」

 

 丁稚にされてしまったロインは、実際何処へ行く宛ても無い。

 ドワーフは「まず工房を借りるか。全てはそれからじゃ」と述べ、アルメリナへ「ギルドやツンフトを紹介してはくれぬかのう」と頼み込んだ。

 店を構えてる淫魔は、これでもそれらの団体とは繋がりがあるからだ。

 

「鍛冶屋は専門職同士の縄張りが激しいと聞きますよ。何を専門になさるのですか?」

「武器・防具は競争が激しそうじゃな」

 

 都会であるエロエロンナは激戦区だ。

 腕に覚えのある名工達が競って武器工房を開いており、新参者が参入するには厳しすぎる。

 それよりは緩そうだが、碇みたいな船具。蹄鉄を扱う馬具もやはり厳しい。

 となると、装身具辺りの職人か。

 

「甲羅屋は?」

 

 ケイのとんでもない意見に、エクシーは「バカッ」と声を出してしまった。

 だが、ドワーフは「なんだそれは」と尋ねて来た。

 ケイは得意げになって「ヤシクネーのおうちだよ」と説明を開始する。

 大きくなっても背中が守られていないので、不安になってるヤシクネー用に被り物を作るんだとの説明に、ドネルは口をぽかんと開けていたが、途中から笑い出した。

 

「面白い! 確かにまだ未開拓の新分野じゃ」

「でしょ。だーれも作ってくれなかったんだけど、需要はあるんじゃ無いかな?」

「売れるのか……おい」

 

 エクシーの呆れ声を他所に、何故か周囲は盛り上がって行き、世界初のヤシクネーシェル専門店、シェル工房『ヤドカリ』は開店してしまう。

 

            ★        ★        ★

 

 エクシーの憂慮とは別に、これの狙いは当たり、工房は繁盛を極めた。

 様々な色や形、更に実用性とファッショナブルさを兼ね備えたシェルは大ヒット商品となったのである。

 

 ヤシクネーの人口が多い事もヒットの要因であったが、アドバイザーとして本物のヤシクネーであるロインの存在が、自分自ら試して改良を施す細かな造りとも相まって、後に雨後の竹の子の様に乱立する同業他社の物とは一線を画しており、同工房とロインはヤシクネハウスの第一人者として君臨する事となる。

 

 だが、後年、彼女自身がそのエピソードを明かすまで、ロインの出発点が盾泥棒であった事を知る者は僅かな者達だけであったと言う。

 

 

〈FIN〉




ヤシガニさんは小さい頃の姿は、陸ヤドカリと見分けが付きません。
当然、貝殻を被って身体を守ってますし、襲われると貝殻に身を引っ込めます。

でも、大きくなると身体に見合う貝殻が無くなってしまうんですね。
仕方ないので無蓋のままか、たまたま見付けた代用品を被ったりします。皿とかアルミ鍋とか、縁日のお面(!)なんかの例もあったりします。
ヤシクネーはそれよりも大きくなるので、被り物が無くなってしまいます。でも種族的な本能では、何かを背負って身を守りたいと考えている訳で…。
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