キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
基本的に短編や中編をメインにしていきたいため、これからの話は時系列が飛ぶこともありますがご了承ください。その時はできるだけ前書きにだいたいいつ頃の話かを明記します。
よく晴れた日のイースター平原。
アルター王国首都・アルテアの東に位置するこの平原を、一台のバイクが走っている。
「この辺りにくるのも久しぶりだね、ヘルメス」
『そうだね。戦争を避けて東方の国へ行ってたきりだったからね』
「今度は西方の国をうろうろしようか」
バイクに乗っているのは一人だけ。
にもかかわらず、平原には二人が会話する声が流れる。
バイクに乗っている人物は帽子をかぶってゴーグルをつけており、顔ははっきりと見ることはできない。
しかしその帽子からこぼれる黒い髪は短く、肩ほどもなかった。
着こんだコートが風に揺れながら、その人物はバイクを走らせる。
「アルテアか……戦争の関係で人が減っているっていう噂だけど」
その人物の口から出る声は、紛れもなく先ほどの会話していた声の片方。
では、もう一つの声の主は誰か?
それは人ではない。
もう一つの声は、平原を走っているバイクから流れていた。
『キノはまた起こると思う? 戦争』
「もちろん」
『その時も逃げるの? それとも参加する?』
「どうかな。ドライフは報酬が多かったみたいだから損したとは思ったけど、戦力の変化があるだろうし、そもそもボクみたいな流れ者が参加できるかわからないし」
そんな雑談を続けながら、バイクの搭乗者……キノと呼ばれた人物は久しぶりに訪れる街が遠目に見えてきたことから心高ぶるままにバイクの速度を上げる。
だが、突如のどかな平原には似合わない、大きなほら貝の音が響く。
『ブオォ、ブオォ』とあちこちで鳴り響く音と共に、拡声アイテムを使っているだろうアナウンスが響く。
『エリア<イースター平原>を通過中、あるいは狩猟中の<マスター>にご連絡します。今から一〇分後、この<イースター平原>にて、PKクラン<
『……何これ?』
「K&Rって、確か王国のクランランキングにも入っているハンティングクラン……だったと、思う」
『ここ初心者用の狩場でしょ? そんなところでやるの?』
キノはこの<Infinite Dendrogram>というゲームにおいて”旅人プレイ”をしている。
各国を旅してまわる上で、襲ってくるPKクランなどに対して対処できるよう有名どころについては大体抑えている。
だからこそ、K&Rのことは知っていたし、初心者狩場でハンティングを行うと言う彼らの行動を疑問に思った。
初心者を相手にしたPKというのは、実のところうまみは少ない。
初心者をPKしたところで、彼らが落とすドロップアイテムなどたかがしれているし、何よりここは王都のすぐ側だ。王都の側で暴れて国に目をつけられようものなら王国に拠点を置く彼らにとっては痛手となる。
しかし、事情はどうあれ、すでに賽は投げられている。
キノたちもまた、巻き込まれることがほぼ確定していた。
「迷惑だなぁ……もう少しで王都に着くのに」
『で、どうするのさ。キノなら始まる前に逃げられるでしょ?』
「確かに、全速力を出せば逃げられると思うけど……。でもさ」
腰にさげた銃にぽんぽんと手を当てながら、キノは微笑む。
「たまには、自分の最高の全力を出すべきだ」
『いっつも<UBM>とかに出会ってはデスペナルティにされてるけど?』
「うるさいよ、ヘルメス」
キノとしては戦闘をしておきたい気持ちもあるが、もちろん最悪は逃げる気満々である。
そのため、MP消費が増えないよういつも通りの速度でバイクを走らせる一方、逃げる時に備え少しでも王都に近づいていようとバイクの進行方向を王都へと向ける。
無論、同じことを考える人は多いだろうから、まず王都の方にPKクランのメンバーはいるだろうな、と思っていても。
『繰り返します。今から一〇分後、この<イースター平原>にて、PKクラン<
イースター平原で狩りをしていた初心者たちは何が何だかわかっておらず、右往左往している中キノは気にせずバイクを走らせ、またキノが乗っているバイクは感心した声をあげる。
『なるほど! あのアナウンス、《詠唱》の効果もあるんじゃない?』
「それに《生体探査陣》のスキル名まで言うってことは、隠れても無駄だから逃げるか戦うかしろっていう警告も含んでいるんだろうね。よくできてるなぁ」
やがて、「これよりハンティングを開始する」という旨のアナウンスが周囲に響き渡る。
逃げられなかった<マスター>、来るなら来いと警戒していた<マスター>が構える中、開始を知らせるアナウンスが終わったと同時に、空から何百、何千もの矢が降り注ぐ。
これは天地の上級職【強弓武者】のスキル《五月雨矢羽》によるもので、一射で百の矢を放つこのスキルが集団で使用されたことにより何千もの数へと膨れ上がっていた。
「始まったね、《ギアシフト》」
『まずは範囲攻撃。しかも威力じゃなくて数の暴力による攻撃だね。特定範囲を狩りの対象としているわけだから安定の選択肢かな。もっとも、
そう、多くの矢が降り注ぐにもかかわらず、キノにはほとんどダメージがない。
正確にはいくつか矢が当たっているのだが、その矢はキノに刺さることもなく、ただぶつかるだけで地面に落ちていく。
キノが呟いたスキル《ギアシフト》はバイクの速度を上げるためのものであり、今回の攻撃を防いだのはまた別の理由である。
速度を上げたことで王都がどんどん迫る中、キノの《殺気感知》スキルが先にある茂みに複数の殺気を感知する。十中八九、矢を抜けて逃げようとする<マスター>を待ち構えるPKクランのメンバーだと予想できた。
「……ここからは、いつも通りやろうか」
『気をつけてねー』
「いくよ。――《
キノがスキル名……TYPE:ギアである自身のエンブリオ<疾駆二輪 ヘルメス>の名を冠した必殺スキルの名を口にした次の瞬間。
キノを待ち構えていたPK達の視界からその姿が消え
パァン! パァン!
「え?」
次に彼らが目にしたのは、自分たちの仲間のうち二人の頭部が弾け飛んだ姿だった。
そして、その先にいるのは銃口から煙を出す、銃を構えたキノの姿。
何があったのかは一目瞭然だった。
「あ、あいつ!」
「今向こうにいたよな!? いくら猛スピードのバイクに乗ってたからって」
パァン!
また一人、キノが引き金を引くとともにPKの頭部が弾け飛ぶ。
的確に頭部を打ち抜く技量も相当だが、何より一切の動揺もなく頭を打ち抜いている。
冷たくPK達を見つめるキノの目は……PKである自分たちよりも、よほどPKらしい目であると、彼らは恐怖した。
「申し訳ありませんが、ボクは先を急いでいますので」
PK達が応戦しようとするも、武器を向けた次の瞬間にはキノの姿が別のところにある。
キノはいわゆるAGI型と呼ばれるビルド構成であり……高速で移動しながらの戦闘スタイルであった。彼らのトップである【抜刀神】カシミヤなら追いつくことはたやすかっただろうが、今その場にいるメンバーのAGIではキノに追いつくことができない。
キノが全員を撃ち殺すまで、さほど時間はかからなかった。
『おつかれー』
「おつかれさま」
PK達がいなくなったので元のようにヘルメスに乗って先へと進むキノ。
PKとして実力があっただろうにもかかわらず、十数人はいた彼ら逃亡者対応チームを全員殺した上に猛スピードで走っていくキノを追いかける気は他の<K&R>のメンバーにはなく、サブオーナーである狼桜もあんなのが標的の初心者のわけがない、と判断しこれ以上は追わなくていいと指示を出した。
『ねぇねぇ、キノ』
「何?」
『たぶんあのPK、計画的なものだよね。PKクランが初心者狩場でわざわざ初心者を狩るって、それなりの理由があるでしょ?』
「そうだろうね。王都に所属するPKクランがわざわざ? って思ったけど、よくよく考えれば<マスター>だけを狙うなら国からのペナルティはないだろうし」
王都アルテアにまもなく着くという頃に、ヘルメスはキノへと話しかける。
『迷惑だっただろうね』
「ああ、そうだね。確かに初心者狩場でクランによる広範囲PKが行われたらそりゃあ迷惑だろうさ。初心者の多くがデスペナルティになっただろうから」
『あー、うん。それはそうなんだけど、そうじゃなくって』
ヘルメスはゆっくりと速度を落としていく。
アルテアの入り口にたどり着き、降りたキノにヘルメスは答えた。
『統制されたクランにおいて、あれだけメンバーを殺されたらきっと計画とか予定は狂うよ。逃げることができたのに好き好んで暴れまわったんだから、さぞかしキノはPKクランにとっていい迷惑だっただろうね』
次回予定「歓迎する話」