キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第12話 わがままな話②

森の中をバイクが走る。

バイクに乗った人間の顔はゴーグルで目元が見えず、うかがい知ることはできない。

 

今、キノが向かっているのは祭りの中紫苑が指さした祭壇。

手紙を読んだ後、村にはもう寄らなかった。

……寄ったところで、何の意味もなかったから。

 

 

 

 

 

「なんで、どうして…っ!」

 

もう紫苑はいない、と書かれていた手紙。

いったいどういうことなのかとキノは手紙を読み進めた。

 

『キノさんにはお伝えしていなかったのですが……あのお祭りは祝いのお祭りではありません。

依り代に選ばれた者へ最後の思い出になるように。そして、残される者が皆その出来事を共有するためのものなのです』

 

依り代。

それこそが重要なのだとキノは瞬時に悟る。

 

『キノさんはご存知か分かりませんが……この山には"忘界様"と呼ばれる存在がいます。以前村に来た<マスター>の方々によると<UBM>と言われるものです。その方々は凄腕の集団のようでしたが、忘界様を認識することすらできず、敗北したそうです。』

 

その話ならキノも知っていた。村に向かう途中でヘルメスに語った存在がまさにそれだ。

 

『忘界様は守護神として、何年かに一度、依り代を求めます。依り代に選ばれた子は、祭壇にて忘界様をその身に宿すことになりました。私たちは村を離れようにも他の生活を知りません。そして、逃げたところで無駄だと言われてはどうしようもありません。』

 

つまり、今回その依り代に選ばれたのが紫苑だったのだ。

そして忘界様とやらを倒そうにも、認識することすらできないなら倒しようがない。

 

『そして。依り代となった子は自我を失い忘界様となり……』

 

その後が、問題だった。

 

 

 

 

 

『残された者達は、依り代となった子についての()()()()()()()()()。』

 

 

 

 

 

 

なんだそれは、と手紙を持つ手が震える。

手紙の冒頭にあった『紫苑のことを覚えているか』という言葉は、これが理由だったのだ。

 

そして、祭りの本当の意味がようやくわかる。

依り代との祭りの記憶を共有することで……全員がその記憶を失う。

誰がいなくなったのか。誰の家族がいなくなったのか。それがわからないようにするためだったのだ。

村の誰かがいなくなったことは分かっても、それ以上の悲しみを味わうことのないように。

 

『手紙という形で全てをお伝えするのも、これが理由です。私はきっと、もう紫苑のことを覚えてはいないのでしょうから。しかし……記憶が失われるのは、忘界様が新たな依り代に身を宿すときのことです。』

 

だから、<マスター>の存在を彼らが知ったとき……「もしかしたら」という思いが芽生えた。

 

『もし、その瞬間この世界にいなければ……記憶は失わないかもしれない。だからあなた方が祭りの日に訪れてくださったとき、私はとても嬉しかった。貴方だけでも、娘のことを覚えていてくれるかもしれない。それが私達にとって、どれだけ大きな希望だったことか。』

 

キノはぐっと歯を食いしばる。

 

『私のことを、忘れないでね……』

 

あの言葉の、本当の意味が分かってしまったから。

 

『紫苑のことを覚えておいて欲しい。そんな私たちのわがままを押しつけることになってしまってごめんなさい。それでも……それでも、どうか娘のことを、紫苑のことを覚えていてください。』

 

この辺りから、字が歪んでいる。紙の一部が何かで濡れたかのような跡がある。

紫苑の母親がどんな思いでこの手紙を書いていたのか、嫌が応にも理解できてしまった。

 

『そして。もう一つわがままを言わせてください。』

 

 

 

 

 

『いいの? 手紙には倒して欲しい、だなんて一言も書いてなかったのに。そもそも、他の人と同じように認識できず一方的にやられるだけかもよ?』

「それで納得できるわけ……ないだろ」

 

祭壇が近づき、遠目に見えてきたその時。キノは咄嗟に進路を大きく変更した。

突如上から放たれた光線に《危機察知》で気づいたから。

 

『今の!』

「ああ、間違いない……。でも、もっと重要なことがある」

 

()()()

キノの目には確かに、光線を放った浮遊霊のような存在が見えていた。

似たようなものが前からわらわらと飛んできて光線をキノに向かって放つ。

しかし、発射が見えるのなら今のキノにとって避けることなど容易だ。

 

『ほう、珍しいものよな……』

 

やがて辿り着いたその場所に。

 

『妾が見えるか、人の子よ。依り代の名と顔を記憶しておらねば妾を見ることも触れることもかなわぬのが我が結界の一つであるのに。なぜ依り代の記憶を持つ?』

「絶対に忘れないって約束したんだ。忘れたりなんかしない」

 

祭壇の上に、それはいた。

顔は紫苑だが、その顔は醜悪に歪み、嘲るような笑みを浮かべている。髪は黒くなっており、また一目で化生とわかるほどに長く伸び、浮き上がっていた。

祭りの時は衣装として可愛らしかった服も、今の姿と合わせるとまるで呪術師のような不気味ささえ感じられる。

 

『ならばそのまま消えていけ、愚かな侵入者よ!』

 

古代伝説級<UBM>、【徴霊忘界 エリクシア】。

今まで戦った<UBM>よりも格上である敵を前に、鋭い目をしたキノも叫んだ。

自らの全力戦闘の要になるスキル。

――エンブリオの名を冠した、必殺スキルを。

 

 

 

 

 

「《世界を駆ける旅人(ヘルメス)》!」

 

 

 

 

 

 

ヘルメス。

ギリシャ神話におけるオリンピア十二神の一柱であり、俊足を誇る神々の伝令使として知られている。

また、旅人や商人、盗人の守護神としての側面を持つなど実に多面的な側面もある。

 

ヘルメスは伝令使として様々な英雄譚にも登場するが、その中で自らの持つ道具を貸し与えることもある。

ペルセウスに貸し与えられた道具の一つには、空を駆け神速をもたらし、ヘルメスの伝令使としての活躍を大きく後押しするものがある。

 

その名をタラリア。

翼のついたサンダルであり、これによって大空を駆けるという……。

 

 

 

 

 

キノが跨がっていたバイクが消え、代わりにキノのブーツの両脇にパイプやエンジンなど、機械の集合体が翼を模した形となって現れる。

 

『往け、我が眷属達よ!』

 

エリクシアの叫び声に、合計で20体もの眷属が浮かび先ほど同様、キノに向かって光線を放つ。

白い布をローブのように体に纏い、顔しか見えない彼女らの顔はそれぞれ違っているものの、全員が幼い女の子。

かつてエリクシアに依り代にされた子ども達が、虚ろな目でキノを見つめていた。

 

「……《ギアシフト》」

 

必殺スキルを発動させたキノは、さらにスキルを重ねて走り出す。

《ギアシフト》はMPを消費してAGIを増加させるスキル。効果は段階的に変化させることが可能であり、一定時間ごとの消費量によって倍率も変化する。

 

『おのれ、ちょこまかとっ!』

 

そして必殺スキル、《世界を駆ける旅人》もまたAGIを倍加させるスキル。《ギアシフト》などの補正を受けたAGIを、最終的に5倍にするのがこのスキルだ。

 

しかし……キノが戦闘をする上で、このスキルには重要な点がある。

 

それは、キノの()()()()()()()()()()()()()()()

 

《世界を駆ける旅人》が発動している間も、システム上は"ヘルメスに騎乗中"とされる。

つまり、《ギアシフト》だけでなくヘルメスに乗っていることで発動する、操縦士系統派生上級職【疾風操縦士】のパッシブスキルによるAGI増加、もう一つの上級職でありメインジョブのパッシブスキルによる速度補正、さらにはレベル上限が開放されヘルメスの性能を200%引き出せる《操縦》スキルなどなど。

 

騎乗状態であるとしてこれらの補正を受け、

 

さらに()()()()必殺スキルにより5倍に増え、

 

()()()()バイクに乗っていない、手足を制限されない状態で活動できる。

 

強化を重ねたAGIは超音速機動の域へと達し、AGI型の超級職すら超える速度を叩き出す。

無論超級職についた<マスター>は新たに必殺スキルを使えるわけだから未だカンスト止まりのキノが一歩劣ることは否めない。

しかし、それでもキノの高速戦闘は準<超級>の域へと達している。

 

『速い……っ。だが速さだけで、妾は倒せぬわあああ!』

 

攻撃をかいくぐったキノは【ガルカノン】を抜いて引き金を引く。

銃火器を用いることが前提のメインジョブのスキルによって、その弾丸に速度補正が加えられ、大きな攻撃力を生み出す。

 

しかし……その攻撃は、エリクシアに何のダメージも与えない。

ニヤリと笑うエリクシアは、ゴミがついたと言わんばかりに弾丸が当たった場所を払ってみせる。

 

『言ったであろう? 妾は速さだけでは倒せぬと。そして速かろうが、避けられなければ意味もあるまい!』

 

一度身を抱くように体を縮めるが、エリクシアは即座に開放されたかのように腕を広げる。

そしてその動きに合わせ、全身から黒いオーラを放った。

 

「ぐ、あぁっっ!」

 

エリクシアを中心とした全方位範囲型攻撃。

速さだけが爆発的に増加しても、防御力は変わらない。

咄嗟に腕で顔を覆い、死亡は免れたものの受けたダメージは大きかった。

ずっと気に入っていた初心者装備のコートが、ダメージにより燃えて壊れてしまう。

 

『ハハハハハハハハ! 不様よのう!』

「…………」

 

嘲笑われようと、キノは務めて無視し、エリクシアを睨みつける。

その様子が気に入らず、エリクシアは舌打ちをする。

 

『貴様のその速度、確かに段違いだがそう長くは持つまい。速いからこそ短期決戦を挑んだつもりであろう? だが妾の三重結界、やすやすと超えられるわけもなし!』

 

エリクシアの指摘は正しい。

今この瞬間にも、キノのMPはどんどん削れている。必殺スキルやギアシフトは秒単位でMPを消費していくため、MPの多いジョブ構成をしたキノでも長期戦は不可能だ。

 

眷属がすかさず光線を放ってくる。

キノはその攻撃を避けると、次々に眷属を撃ち落とす。

眷属はエリクシア本体と違って謎の防御力は持っていないようで、補正強化だけで倒せていた。

 

「……眷属が厄介だね。なら」

 

走りながらキノはアイテムボックスからあるアイテムを取り出した。

それは伝説級<UBM>【要塞亀艦 ガルカノン】の討伐にも大きく寄与したアイテム。

レジェンダリア屈指の爆発狂がエンブリオによってさらなる付与を施し生み出した爆弾、【レッド爆弾・レベル3】。

 

起動(オン)!」

 

超音速機動が可能である今ならば、ギリギリまで爆弾を持っていようとも爆発から逃れることは造作もない。

エリクシアが逃げられぬよう、爆発間近になって放たれたそれは。

 

『貴様、それは……っ!』

「まとめて、吹き飛べっ!」

 

 

 

 

 

 

 

辺りを飛んでいた眷属も全て巻き込み、辺り一面を吹き飛ばす大爆発を起こした。




長くなりそうなので、ここで切ります。
次話でこの「わがままな話」は決着がつく予定です。
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