キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
原作の内容に伴い■のエンブリオのカテゴリーを変更。
あぁ。あぁ!
見つけた!
見つけた!
その人物は、飛び上がらんばかりに歓喜した。
やっと見つけた、と。
慣れない旅をした甲斐はあった。
世話になった人に頭を下げ、長らく過ごした国を飛び出した甲斐はあった。
全ては、この時のために。
「おいお嬢ちゃん、そんなに目をキラキラさせてどうした? 試合開始はまだだろう?」
いくら<超級激突>を楽しみにしてたとしても気が早いだろう、と隣に座っていた男性が言う。
それに対し、肩にも届かない程度の短い髪型をした少女は答えた。
ずっと探していた人を、観客席に見つけたと。
少女が今いるのはテラス席。
探し人がいる席よりも遠く離れているし、試合開始も近い。
相手もまた隣にいる人物と話しているようで、邪魔をするのも気が引ける。
ならば待とう。
試合が終われば、時間もできる。邪魔にもなるまい。
これまでずっと待っていたのだ、試合一つ分くらいなんてことはない。
もともとは試合を楽しみに来たのだから。
少女は決闘はしない。一度決闘設備を使った大会には出たが、それ以降は決闘に参加しなかった。
しかし、野試合ならば何度か経験があった。
そのためこの<超級激突>を見ることはきっと自分の糧にもなる、そう思っていた。
だから、あの人のところへ行くのは少し待とう。
そして、出会えたならば今度こそ。
己の全力をもって
相手が話している人物も相当強い。
戦ってみたくて、でもやはりまずは探し続けてきた相手と戦いたくて。
そんな飢えるような視線をずっと向けていた。
「楽しみだね。あの人は私を覚えているかな? タマ」
「きっと覚えているでしょう」
少女の足元で、床に座った白い犬は尻尾を振りながら答える。
少女もまた、犬の言葉に頷いた。
「そうだね。早く会いたいなぁ……キノさん」
タマと呼ばれたのは、犬の姿を借りた彼女のエンブリオ。
その到達形態は……第七形態。
デンドロ内において、百といない<超級エンブリオ>が一つ。
その<マスター>である少女の名は、雫。
"野試合無敗"、"一斬必殺"、"剣霊"と呼ばれる<超級>の一人。
「な……な……」
試合が終わる。
そしてこの時、雫の目論見は見事に崩壊していた。
本来なら、試合が終わった後、すぐにでもキノの元に向かって野試合を……あのとき出来なかった、己の全力を用いた戦いを申し込むつもりだった。
キノが相手なら、結界を用いた決闘でも構わない。
彼女との戦いは、紛れもなく命を懸けた本当の殺しあいであったのだから。
だが。
『ゲームをしよう!』
それに待ったをかけたかのように……「フランクリンのゲーム」が幕を開けた。
実質的には都市ギデオンを狙ったテロだ。
そして、当然と言えば当然なのだが。
このテロのさなか、「自分と戦ってくれ」だなどと自分本位なことを言えるはずもなかったのである。
「雫様……」
「どうして……どうして、こうなったっ……!」
頭を抱える雫。
しかし人の危機というなら、黙って見ているわけにはいかない。
天地の<超級>が王国と皇国の争いに首を突っ込んで良いものかと迷いはしたが……雫は数秒迷った後、まあいいやと考えを放棄した。
現在は天地を出ていること、そしてそこまでした目的であるキノとの決着をつける機会を台無しにされたのだ。
テロを起こしたフランクリンら皇国側に配慮する必要はどこにもない、と考えた。
パニック状態の中、下に降りて現状を確認する。
結界で閉じ込められていることがわかると、雫は人気のない壁際へと移動する。
「まずはここから出ないと。タマ、一度
「かしこまりました、雫様」
次の瞬間、犬の姿が消えた。
そして雫はウインドウを操作すると、一つの装備を装備する。
【全身甲冑 暁一式】。全身鎧に分類される装備であり、これ一つで頭・上半身・篭手・下半身・ブーツの5カ所の装備スロットが消費される。
パーティーメンバー強化のスキルを持つこの装備は、ソロのため普段は滅多に使わず、どちらかというと
「タマ」
「はい、雫様」
声がどこかから聞こえたかと思うと、雫が腕に付けていた鈴のある腕輪から煙が出るかのように一人の女性が飛び出した。
長い黒髪が揺れ、白に花柄の着物を着た女性はかすかに透けているかのように見え……TYPE:メイデンwithアドバンス・アームズである雫のエンブリオは次に鎧の中へと入っていった。
それはまるで、憑依するかのように。
「さて……行こうか。《朧月》」
壁に手を付けたままスキルを行使した雫は、そのまま壁を通り抜けて闘技場から脱出した。
元の装備に戻した雫は、とりあえず敵の多そうなところへと向かう。
闘技場の結界は、合計レベル50以下の者には効果がなく、通り抜けることが可能。
しかし、結界を操作できるのならフランクリンがそれを見逃すとも思えない。必ず何かしら刺客を用意していると踏んでいた。
(そもそも、フランクリンは私相性悪いんだよね……)
フランクリンが広域制圧型であることはかつての戦争から容易に想像できる。
そして、雫は広域制圧型とは相性が悪いのでできれば戦いたくはなかった。
厳密には、真価を発揮できないと言うべきか。
目立たないように忍びつつ走っていった先で雫はPKの一団が闘技場の入口を注視していることに気づく。
雫は結界ごと壁を通り抜けることで脱出してため、彼らは予期していなかったのだろう。
雫としても、半分以上賭けだったが結果はこの通り。
「……やっとこうか。見た感じ、ほとんどはそこまで強くなさそう。亡命目当てで今回フランクリンに協力しているんだろうね」
「私は雫様の命に従うまでです」
「ほんとはタマはそればっかり……。それじゃ、多人数用のいつもの、やるよ」
右手をチョキの形にして、忍者のように顔の前で印を結ぶ。
腕に付けた腕輪が怪しく光り、付けられた鈴がチリンと鳴った。
「《
腕輪は伝説級特典武具のアクセサリー、【霊獣召鈴 リンドウイン】。天地にいた頃雫が手に入れた特典武具だ。
とある陰陽師のなれの果てであった【リンドウイン】は多数の霊獣を召喚し、使役する<UBM>だった。
雫にとっては苦手な相手ではあったが、苦戦の末に倒したこの<UBM>の特性に合わせた召喚スキルが装備スキルとして備わっている。
「では雫様、行って参ります」
召喚されたのは、多数の犬の姿をした霊獣達。
その中でもひときわ大きな白い犬が、タマだ。
タマは能力の一つとして、装備等アイテムに憑依するメイデン。さらにこの【リンドウイン】に憑依した場合、召喚される霊獣にも憑依できるらしい。
普段はコスト削減のため戦力・数を抑えることで低燃費で召喚を保っており、その際は自然回復で補える程度のMPで維持が可能。
しかし現在は戦闘のため雫の負担が増す分、ステータスを増強し、さらに他にも多数の霊獣を召喚している。
「全員、攻撃開始!」
雫の指示で、一斉に霊獣達が駆け出す。
気づいたPK達が慌てて攻撃し始めるが、霊獣達は一匹が倒されると他の霊獣がそのPKに襲いかかる。
「うわ、止まらねぇ!」
「くそ、【呪縛】がかかって動けな……うわぁぁっ!」
「やめろ、俺は動けないんだ、やめっ!?」
一部のPKには【呪縛】といった呪怨系状態異常が発生し、そこを他の霊獣に襲われる。
もちろん、状態異常にかからない者もいるのだが……
「こ、こいつが術者だぁっ!?」
「くっそ、《
「な、召喚系の後方職じゃないのか!?」
次々に雫が近づき、斬り伏せていく。
天地で鍛え上げた剣術は【神】に届くものではないとは言え、安易に勝ち馬に乗ろうとしたPK程度造作もなく対処できる。
「くっそ、俺たちは複数人だぞ!? それが何でここまで少なくなっちまってるんだよぉ!」
PKの一人が吠える。
しかし、それはもはや負け犬の遠吠えでしかなかった。
彼はかつて王国の<ゴブリンストリート>に所属していたが、クランが大打撃を受けたために勝ち馬に乗り換えようとドライフへの鞍替えする機会を待っていた。
しかし、今死んでしまっては……
「待ちわびた機会をぶち壊したあなたたちが悪いのです。これはただの、憂さ晴らしだよ」
「ふざ、けんじゃ」
武器を振り上げる男だったが、すでに雫はその懐にいた。
剣士系統派生剣鬼系統超級職、【修羅】。
それが雫のメインジョブ。
数多いる剣士の中でも、死にかける、あるいは死ぬほどの死闘を繰り返した【剣鬼】の頂点。
その奥義にしてパッシブスキルである《血戦舞台》の効果は……斬れば斬るほど、相手にダメージを与えれば与えるほどステータスが増加するというもの。
霊獣達が与えたダメージもまた加算されているため、すでに並のPKなぞ軽く凌駕していた。
「あ――」
「御免」
《血戦舞台》で強化されている上に、《居合い》で倍加したAGIによる攻撃。
それはPKに逃げることを許さず、とどめを刺した。
「……どうやら、向こうもルーキー達が頑張ったようだね」
「もし雫様がいなければ、ここの集団が追加戦力として彼らに襲いかかったのでしょう」
数刻後。
すでに雫の周りは壊滅している。
別の集団がルーキー達によって撃破されたことを知って、雫は撤退を決めた。
後はこの騒動が解決するのを待っていよう、と。
「待っていました」
そして、「フランクリンのゲーム」が終結した後のこと。
雫の前には、一人の女性が立っていた。
いや、厳密には……一人と
「……何の用かな?」
「そちらこそ用があったのでは? ずっと戦いに飢えた視線を向けていたのはあなたでしょう」
鬱陶しいことこの上なかった、と秘書のような女性は首を振ると、獲物を見るような目で雫を睨みつけた。
「今回私は見ているだけだったので少々欲求不満でして」
「…………」
「今後ちょっかいを出されても面倒ですし」
グシャッ!
「か、はっ……」
「少しは期待したのですが……天地の<超級>と言っても、この程度がかわせないのですか」
超音速で近距離から胸を貫かれた雫は血を吐く。
ただでさえ高い女性の攻撃力に加え、急所を抉られた雫はもう助からない。
女性はため息をつくと、死んでいく雫に背を向ける。
「期待はずれでしたか、この程度で死ぬなら――っ!?」
急にゾクリとした悪寒を感じた。
何事かと振り返ると、長い黒髪をたなびかせ、今まさに刀を女性へと振り抜く雫の姿が。
死んだはずの雫が動くことにも、その鬼気迫る姿にも驚かされたが……何よりも、その刀から発せられるオーラが危機感を募らせた。
あれは、まずい。
聞かなくても分かる、あの刀に込められているのは恐らく……必殺スキル。
『レヴィ!』
普段は言葉を発さぬ女性のパートナーが慌てて彼女の名を呼ぶ。
そして、女性の腕の中にいた小動物は【爪拳士】のスキルで雫の肉体を細切れに
『!?』
できなかった。
攻撃をすり抜け、まるで幽体となったようなその姿は、よく見ればおかしい。
彼女は……あんなにも、
咄嗟に女性は小動物を抱きしめて自らの体を盾とし、
「《
雫の必殺スキルを受け、消滅した。
(あーあ、やっとキノさんと再戦できると思ったのになぁ……また、待たなきゃ……)
そして雫も、デスペナルティとなって消えていった。
今回は6話で予告していた、雫メインのお話でした。
頻度はそう多くはなりませんが、たまに蒼白詩篇のような感覚で挟もうかな、と。
雫のエンブリオについて(一部秘匿)
タマ/【怨霊憑姫 タマズサ】
TYPE:メイデンwithアドバンス・アームズ
到達形態:Ⅶ
能力特性:???
固有スキル:???
必殺スキル:《
モチーフ:「南総里見八犬伝」の「玉梓」
初めてキノと会ったときはまだ【霊獣召鈴 リンドウイン】を持っておらず、その時は天地の犬型モンスターの完全遺骸に憑依し、動かしていた。
キノが見覚えがあったのはそのため。
メイデンとしての食癖は「箸やスプーン、フォークなどを使わない」。
つまり手で持って食べるか、かぶりつくか。
いつも犬の姿をしている理由の一つがこれ。
最後のシーンの通り、最強のガーディアンをも屠る必殺スキルを持っているが、あの結果を出すにはいくつかの条件を満たす必要がある。
また、代償として必殺スキル発動後三秒経過で即デスペナルティが発生する。
これは、たとえ《ラスト・コマンド》の発動中でも同様である。
次回予定「手紙の話」