キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第16話 手紙の話 ―Game or World?―

キノは王国の西の方にある、旧ブリテイス伯爵領をバイクで走っていた。

町を目指して走るキノは、手紙の配達を依頼されている。

 

届け先はブルンガム邸。

裕福な商家であり、港町のある旧ブリテイス伯爵領において海産物など食糧を中心に扱っている。

 

今回キノが運んでいる手紙も、王都の商会から配達を依頼されたもの。

内容までは知らされていないが、キノにとってはさほど問題ではない。

 

『ねぇキノ、配達が終わったらどうするの?』

「そうだなぁ、とりあえず」

『とりあえず?』

「おいしいものが食べたい」

 

エンブリオであり相棒であるヘルメスとたわいもない会話を交わす。

やがて、木や草ばかりの道を進んでいくうちに、遠くにではあるが建物が見えてきた。

それはすなわち、目的地に近づいてきたということも意味していた。

 

『あ、海だね。キノ』

「海産物、楽しみだなぁ」

『アルター王国に来る前はカルディナにいたから、海産物なんてめったに食べられなかったもんね』

「そりゃあ、商業国家というだけあって売ってはいたよ? でも輸送費とかでえらく割高になってたから……」

 

カルディナは大陸の中心に位置する砂漠の国。

いかに商業国家とはいえ、地理的問題がある以上どうしても海産物は割高になってしまっていた。

 

もっとも、海上国家グランバロアにいた頃は飽きるまでひたすら海産物の料理を食べていたのだが。

カルディナにいた時にはそこまで気にしなかったのだが、グランバロアにいた時にたくさん食べたからかもしれない。

 

「目的地はもうすぐだ。飛ばすよ、ヘルメス」

『転ばないように気をつけてね!』

 

速度を上げると、バイクは町へと走っていった。

 

 

 

 

 

町に着くと、まずは依頼完遂のためブルンガム邸へと向かう。

話は通っていたようで、門番に依頼された手紙を持ってきたと伝えるとすぐに屋敷の中へと通された。

通された応接間には絵や彫刻が並べられており、一通り眺めたところで屋敷の主であるブルンガム氏が入ってきた。

 

「はるばるどうも。私がブルンガムです」

「初めまして、ボクはキノといいます。王都から依頼された手紙を持ってきました。」

 

うむ、と頷いたブルンガム氏が手を伸ばしてきたので、アイテムボックスの中に仕舞っていた手紙を取り出し、彼へと手渡した。

そのまま退出しようとしたのだが、予定がなければこちらの依頼も受けてくれないか、と声をかけられた。

 

「目を通したら、返事を書く。その配達を依頼したいのだが……構わないかね? 冒険者ギルドを通して指名依頼を出そうかと思っているのだが」

「わかりました。ボクもこの町で1日はゆっくりしたいので、その後で良ければ」

 

分かった、とブルンガム氏は頷く。

その時、扉の外から急ぐような足音が聞こえたかと思うと、扉を開けて少女が入ってきた。

 

「お父様! 手紙を持ってきた<マスター>の方がいらした、と、ケホッ、コホッ」

「イレーヌ! 部屋でゆっくりしていなさいと言ったではないか」

 

咳き込む少女の背中を優しくさすると、メイドを呼び、少女を部屋へと連れていかせた。

その様子を見送り、ほっとした息を漏らしたブルンガム氏は苦笑いをしてキノの方を見た。

 

「先ほどの方は……」

「私の娘です。病弱なので部屋のベッドに寝かせているのですが……あなたのことを勘違いしたらしい」

 

勘違い? と首をかしげるが、ブルンガム氏はその理由を説明する。

 

「娘は外の者と文通をしておりましてな。ずっと部屋にいては気が滅入るでしょうし良い気晴らしとなっているのでしょう」

「なるほど、その手紙が届いたのだと」

「えぇ。最近はある<マスター>の方がずっと配達を引き受けてくれていましてね。その方が来たのだと勘違いしたのでしょう」

 

わざわざこの部屋まで来たのだから、よほど楽しみにしていたのでしょうな、と彼は呟く。

どうやら彼女を期待させてしまったことに罪悪感があったらしい。

そうだ、とブルンガム氏は提案する。

 

「明日、手紙をこの屋敷に取りに来て欲しい。その時に、良ければ娘に外の話をしてやってくれないだろうか」

「ええ、構いませんよ」

 

ではまた明日、と頭を下げ、キノはブルンガム邸を後にした。

屋敷を出て紋章からヘルメスを出すと、跨がってエンジンをかける。

 

「さて、ひとまず手紙を届けたことだし、次は」

『次は?』

「ご飯にしよう」

 

 

 

 

 

 

翌日。

ブルンガム邸に着いたキノは、再び応接間に通された。

やがて現れたブルンガム氏は王都に配達して欲しい手紙をキノに渡すと、娘のイレーヌがいる部屋へとメイドに案内させた。

 

「こちらがお嬢様のお部屋です」

「失礼します」

 

カチャリとドアノブを捻って入った部屋は……ひどくこざっぱりしていた。

クローゼットや本棚、机などはあるが、えらく家具が少ないように感じられた。

中心にあるベッドの上では……イレーヌが身を起こして、キノのことを待っていた。

 

「ようこそ。わざわざお時間をいただき、ありがとうございます」

「いえいえ。ボクとしても、旅をする上で人と話すことを楽しみにしていますから」

「まぁ! キノさんは旅人だったのですね。今まではどのような国に?」

「主要な国家は全てまわりました。例えば、レジェンダリアでは……」

 

こうして、キノは刺激の大きいものは避けつつ、旅の話をしていった。

キノの話にイレーヌは様々な反応を見せ、キノもまたいつかこんなことがあったなと思いながら話をしていった。

そんな時、コンコン、とノックがされメイドが入ってくる。

 

「お嬢様、お待ちかねのお手紙が届きましたよ」

「まぁ、本当ですか! すぐに<マスター>の方を呼んで!」

 

え、と驚いて声を漏らすキノだったが、イレーヌの関心は完全に届けられた手紙へと移っていた。

やがて、一人の若い男性の<マスター>が部屋へと入ってきた。

キノを見て驚いた様子を見せたが、イレーヌの方を向くと手紙を取り出す。

 

「お待ちしておりました!」

「これが、今回のお手紙です。返事は、あー、お客さんがいるようだし、しばらく時間をおいて後で来ますから……」

「はい、急いで書きますので!」

 

男が出て行くと、いそいそと手紙の封を開けて読み始める。

キノの方を向くと、少し恥ずかしそうな顔をした。

 

「すみません……その、どうしても早く返事を書いて早くまたお返事をもらいたいので……」

「良ければ、今度はその手紙について話を聞かせてくれませんか。返事は書きながらでいいので」

 

はい、と頷いたイレーヌは読みながら話す。

手紙の相手はフリックといって、王都の北の方に住んでいる青年らしい。

文通はもう1年以上続いているらしく、病弱な彼女にとっては何よりの励みになっているらしい。

 

やがてイレーヌは手紙を読み終えると、返事を書き始める。

 

「私にとっては、もう生きがいと言ってもいいのかもしれません。私はこんな体ですし、彼も今は遠出ができないともう長いこと会っていません」

 

もともとはブルンガム商会の商人の子供だったそうだが、別の町へと引っ越したらしい。

面識は一度だがあり、その時に文通を提案されたそうだ。

 

「でも、こうして手紙を交わしているだけで……私は、この部屋に一人きりの存在ではないと、思えるのです」

 

やがて、大事そうに書き終えた返事を封筒に入れる。

 

「すみません、こんなつまらない話を」

「いえいえ、ボクとしてはとても興味深い話でしたよ。お話、ありがとうございました」

 

立ち上がると、キノは一礼して部屋を出る。

部屋を出た後、キノはメイドによってまた応接間へと案内され

 

「キノさん。もう一つ、依頼したいことがあるのですが」

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。相席してもよろしいですか?」

「えっ? えぇ、構いませんよ……」

 

町にある喫茶店。そこで、キノは一人の<マスター>と会っていた。

彼はイレーヌに手紙を持ってきた男性だった。

 

「でも、俺はここで待ち合わせがあって……」

「あぁ、その心配なら不要ですよ。ブルンガム氏の使いというのは、ボクですから」

 

え、と男は驚く。

確かに、イレーヌから手紙の返事を受け取った後、屋敷でブルンガム氏から喫茶店にて自分の使いと待ち合わせをして欲しい頼まれた。

 

しかし一体何の用なのか、と彼は顔を固くする。

 

「単刀直入に言いますが……ブルンガム氏は、次から別の人に配達を頼む予定のようです」

「な!? どうして!」

「なのでフリックさんの家をあなたに聞いて、一度彼に会ってきて欲しいと頼まれ」

「それは困るっ!」

 

ガタン! と大きな音をたて彼は立ち上がった。

その音に視線が集まったことに気づき、男は静かに座り、そしてキノを説得し始めた。

 

「頼む、それは困るんだ。なんとか今まで通りの状態を続けさせてもらえないかな」

「難しいと思います。大事な娘さんのことですからね、彼も考えた末の決断かと」

「それでも……それでも、困る。フリックと会わせろと言われても、それは……」

 

言いよどむ男に、キノは告げる。

確かに難しいでしょうね、と。

 

 

 

 

 

 

 

「フリックさんは、もう亡くなってますもんね」

 

 

 

 

 

 

 

その時の男性は、呆然とした顔をしていた。

それは、彼がずっと隠し通してきた……少なくとも、イレーヌの関係者には絶対知られたくなかった秘密だったから。

 

「なん、で……」

「ずっとあなたが配達を続けていたことを不審に思ったらしいです。それで、何故だろうとフリックさんのことを調べて……彼がすでに亡くなったことを知ったそうです」

「あ……あぁ……」

 

項垂れる男は、呻き声しか漏らさない。

 

「でも手紙は今も書かれている。ずっとあなたが届けている。誰が、フリックさんの代わりに文通をしていたのですか?」

「…………分かった。話す。全部話すよ……」

 

生気を失ったような顔をした男は、静かに話し始めた。

まるで懺悔をするかのように。

いや、彼にとっては懺悔そのものだったのかもしれない。

 

「俺は昔、ドライフ所属の<マスター>だった。トップクラスじゃないけどランキングには入る程度のクランの一員で……あの日、戦争に参加したんだ」

 

アルター王国とドライフ皇国との間で起こった戦争。

その結末をキノは知っている。

トップランカーが参加せず士気の低かった王国に対し、報酬も提示されトップランカー全員が参加した皇国。

その結果は火を見るより明らかで、王国のティアンには国王を含め大量の死者が出た。

 

その中に……フリックもいた。

彼は、戦争に参加し、そこで亡くなったのだ。

 

「俺が殺した若い兵士は……最後に、『イレーヌ……すまない』、そう言って死んだんだ。戦利品としてアイテムボックスを手に入れて、中を見て……そのイレーヌ宛の手紙を見つけたんだ」

 

必ず帰ってくる、そう書かれていた手紙には紛れもなくフリックの遺志が込められていた。

男は頭を抱えて話し続ける。

 

「あの声が、あの顔が今でも忘れられない。そいつを殺した時、俺はその顔に手が止まっちまって、何とかアイテムボックスを手に入れて呆然としたところをやられてデスペナになった」

「……そして戻って、手紙を見た」

「あぁ。だから……俺は戦争が終わった後、王国に来たんだ。せめて手紙だけでも渡そうと思って、持っていった」

 

そして、男はイレーヌと会った。

フリックとの文通に元気をもらい、病弱な自分の支えとしていたイレーヌと。

 

そして……男は嫌というほど苦悩した。

返事を届けて欲しいと渡されたその封筒を、どこに持っていけば良いのか分からなかった。

 

どうすればいいか分からなくなって……自分が代わりになることにした。

死んだ男の代わりに、イレーヌと文通を始めたのだ。

 

「DINでフリックの家をどうにか調べて、過去の手紙を手に入れた。それを読んで……寝る間も惜しんで転職した【筆写師】のレベルを上げたよ。筆跡を真似る必要があったからな……」

「あのジョブのスキルならできなくはないでしょうが……文書の偽造ができるほどのものではないのでは?」

「女の子一人騙せたらそれでいい。それで良かったんだ……」

 

しかし、配達を人に任せるわけにはいかない。

フリックがいないこと、代わりに自分が書いていることを知られる訳にはいかなかった。

 

だが、秘密はここに暴かれた。

 

「これはゲームだろ!? なんで、なんでこんなことに……。あれじゃまるで、本当に人が死んだようで……本当に人が笑って生きていたようで……」

 

フリックやイレーヌのことを思い出し、男は慟哭した。

これはゲームじゃなかったのかと。ティアンがもうただのNPCには見えないと。

 

「なぁ、あんたは違うだろ!? 俺がおかしいだけなんだろ!? そう言ってくれ、お前はゲームのストーリーを真に受けすぎてるだけなんだってそう言ってくれよ!」

 

縋るような男の言葉に……キノは、首を横に振るしかできなかった。

キノには、ティアンが自分たちと同じ生命ではないと否定することはできなかったから。

 

「いいえ。ボクにはそんなこと言えません。ボクには……」

 

キノの表情を見て、男は悟った。

相手もまた、世界が自分と同じように見えているのだと。

 

「そう、か……。あんた()、世界派なんだな……」

 

男は再び訴える。

自分のしてきたことは全て話した、真意も明かした。

だから……どうにかブルンガム氏を説得してくれと。イレーヌに真実を知らせないでくれと。

 

「ボクが依頼されていたのは、ことの真相とあなたの真意を知ることです。ブルンガム氏には報告しますが、イレーヌさんには伝えませんし、あなたの希望は伝えておきます。……最後に決めるのは、ブルンガム氏です」

 

そのままキノは席を立つと、お茶代を机の上に置いて喫茶店を出て行った。

 

 

 

 

 

男はしばらく黙ったまま座っていたが……やがて、アイテムボックスから手紙を取り出し、封を開けた。




今回のテーマは遊戯派と世界派。
遊戯派から世界派に変わる人はある程度いるそうですし、騎鋼戦争で変わった人がいてもおかしくないな、と。

そして今回の話、お気づきの方もいるでしょうが「キノの旅」のある話が元です。
あれは結構、自分の中で印象的な話だったのです。


次回予定「惑わされる話」
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