キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
キノはレジェンダリアの森の中を移動していた。
頭上には良く晴れた青空
森の中で昼寝でもしたくなるような天気だったが、残念ながらそれはあまりに危険。
PKに襲われる可能性や盗賊、強盗といった系統のジョブ持ちに荷物を盗まれる可能性。
そしてモンスターに襲われる可能性。
フィールドでの昼寝はこのような危険が色々とある。
そしてもう一つ。
レジェンダリアには特有の危険がある。
「まずい、まずいまずいまずい!」
『キノ、急いで前進!』
その名を、アクシデントサークル。
空気中に魔力が多いレジェンダリアでは、自然魔力が集合した結果、一定濃度を上回ると発生する自然魔法現象。
ようするに、自然現象として魔法が発生するのである。どのような魔法かはその時によって異なるが……
命に関わる魔法の場合もある。だから今、キノ達は大層焦っていた。
「駄目だ、逃げ切れない……」
『このままじゃ巻き込まれるよ! 専用のマジックアイテムはどうしたのさぁ!』
「買った使い捨てのは効果が切れて……新しく買うのは、忘れてた!」
『キノのバカぁぁぁあ!』
そして、アクシデントサークルが発動し……
「う、ん……」
『どうやら攻撃系の魔法じゃなかったみたいだね。良かったー、スクラップにならなくて』
森の中でキノは起き上がる。
辺りには霧が漂っているものの、それ以外はただ森が静まりかえっているだけであった。
「アクシデントサークルは、発動したよね?」
『そうだろうね』
「でも、ダメージは受けていない。他の効果がある魔法が発動したのか……?」
ステータスを見る。異常はない。
だったら周りに何か手掛かりになるものが……そう思って辺りを見回してみたのだが。
よくよく見れば、ここはどこだ?
森とはいえ、先ほどとは違う木や道。明らかに自分たちがいた森とは違う。
マップ情報を確認しようとしたが……それはエルメスの声で止められる。
『キノ。お客さん』
「わかった」
無論、これは人が来たということではない。
ガサガサと木陰から姿を見せるのは、狐の姿をしたモンスター。
牙をむき出して唸り、明らかな敵意を見せている。
それに対し、キノも銃のホルスターへと手を伸ばす。
次の瞬間、銃声が森に響いた。
『お見事』
「旅に出るにあたって、まあ戦える程度にはね……。まだ上級職にもついてないけど」
ドライフを出てアルター、レジェンダリアと旅をした。
そのさなかレベル上げもしてはいるが、まだまだ上級職はとっていない。これはせっかく国をめぐるならいいのが見つかるかもしれない、という考えもあるし、そもそもまだ下級職が埋まっていないことにも起因する。
とはいえ、旅を通して銃の技量は多少は身に着いた。
「それよりも、ここはどこかな……えっ」
『どうしたのさ』
「これ、この表示……」
表示された言葉は……【天地・<霞ヶ森>】。
「……天地? まさかさっきのアクシデントサークルは、転移魔法?」
『西のレジェンダリアにいたのに、一気に東の先まで飛ばされちゃったね』
どうやらキノたちは一気に天地へと飛ばされてしまったらしい。
もっとも、セーブポイントはレジェンダリアのままだ。戻ろうと思えばおそらくログアウトすれば戻ることは可能。
考えた末に、キノは……
「うん。このまま天地を旅しよう。武者修行気分で」
新たに天地を旅することを決めた。
せっかく移動が難しいとされる天地に行けたのだ。ならばこの幸運に甘えようと言うのがキノの考えだった。
土地勘はない、地図もない。モンスターの情報なども持っておらず、正真正銘霧の中をさまように等しい。
しかし、それもまた旅の醍醐味。キノはそう割り切ることにした。
万が一デスペナルティになってしまえばレジェンダリアに逆戻りだが、それはそれ。
木陰から現れた【霧狐】と呼ばれるモンスターを銃で撃ち、使った分の弾丸を再装填する。
だが、キノの目は厳しかった。
モンスターを倒したからではない。むしろその逆。
確かに撃ち抜いた霧狐が、通常のモンスターのような光の塵にはならず、霧になったように消えたからだ。
(……あれはフェイクだろう。本体はどこにいった…‥?)
次の瞬間、背中に鈍い衝撃。
振り返るとそこには、見失っていた霧狐の姿が。すぐに銃を構えて引き金を引くも、やはり霧のようにかすんで消えてしまう。
まずい、と思っていたそのとき……
「何をしているんですか! 《危険察知》や《殺気感知》もないならここのモンスターと戦うのは危険すぎます!」
声に続いて、投げられる短刀。
複数のうち一つの先でギャウッという悲鳴があがり、《隠蔽》状態だった霧狐の姿があらわになった。
その体は短刀で貫かれており、やがて光の塵となって消えた。
ガサッ、と草を踏む音ともに声の主がキノの方へと歩いてくる。
「まったく……どうしてこんな危険なところに」
「助かりました。ボクは、レジェンダリアにいたところアクシデントサークルによる転移魔法に巻き込まれまして……」
「転移魔法? それはまた」
キノの前に立ったのは一人の女性。見た目は二十代半ばだろうか。
長い黒髪を結ばず伸ばしており、腰に巻いたベルトには投げたもの以外にも短刀が複数備えられている。
左手にも短刀を持っており、キノを見つつも周囲に気を配っているあたり、相当に戦闘慣れしていることがキノにもわかった。
「あなた、この森で女の子に会わなかった? 私みたいに長い黒髪で、ジト目の」
「いいえ、会っていません」
そう、と呟いた後女性は呆れた顔をしてキノの方を見る。
「それで? レジェンダリアから来たならこの辺のことはわからないのではないですか?」
「おっしゃる、とおりです…‥」
困った顔をしたキノを前に、女性はハァ、とため息をこぼした。
「いいわ、ついてきなさい。私が道まで案内してあげます」
「ありがとうございます。ボクはキノといいます。あの、あなたは……」
「私? 私は……」
キノに問われて顎に手を当て少し考える。
その後、女性はニヤリとした顔でこう言った。
「私のことは、”師匠”と呼びなさい」
女性は歩きながら、キノにこの辺のことを教えてくれた。
この<霞ヶ森>というエリアは名前の通り霞がかかっており、見通しがよくない森。
そこに生息するモンスターには、先ほどの【霧狐】のように他者を欺くことができるモンスターが多いという。
故に、ここでの戦いで”視覚”を頼ってはいけない。
もちろん無駄というわけではない。視覚だけに頼って攻撃しては必ず負けるということである。
事実、霧狐を目で追っていたキノが銃で撃ったのはすべて幻だった。
なので、ここは実のところ修行の場としては密かに有用視されている。
もっとも、いきなり挑める場所というわけでもないので人は多くないのだが。
「ここから町はさほど遠くはありません。時間をかければ歩いていける距離ですし、あなたのエンブリオが移動に特化しているということならなおさらです」
『よかったね、キノ』
女性は天地のティアンのため、「バイク」とは何か知らなかった。
しかし似たようなものは別の<マスター>のエンブリオとして見たことがあったため、キノが少し説明しただけで概要を理解し、町への移動手段は問題ありませんねと頷いた。
「ありがとうございます、師匠さん。いきなり天地に飛ばされたものの、このように教えてくれる人に会えたのは幸運でした」
「そうですか。ええ、素直にその感謝は受け取っておきましょう」
どことなく嬉しそうな女性。しかし、本心は隠そうと表情を固めようとしていたことに気づき、キノは何も言わなかった。
わざわざ指摘するのも、かえって女性の不興を買う恐れがある。
「! 何か、いる……!」
しかし途中で、突然女性が顔を険しくした。
今までモンスターが忍び寄っても涼しい顔をして対処していた女性が、だ。
その危険度の高さはキノでもわかる。キノもまた銃を構え、女性の背後へと向けながら気配を探っていた。
『人の子よ、汝らは我が視界に踏み入った』
「人語……?」
「まずいですね、まさか……」
人の言葉をしゃべれるモンスターなど、そう多くはない。
人型のモンスターであれば例外もあるだろうが、<霞ヶ森>にある程度慣れた女性はそのようなモンスターはいない、ということをよく知っていた。
ならば可能性が一つ。
人の言葉を喋れるほどに力を持った……強力なモンスター。
例えば、そう、<UBM>と呼ばれるような。
『故に、貴様らを見過ごす道理はない』
ズシン、と音を立て現れたのは……巨大な白い狐。
七つあるその尾は霧のようにかすんでおり、【霧狐】の上位種であることが察せられる。
もっとも、ただの上位種でないことはすぐにわかった。
狐の頭上には【狐理霧柱 カスミシラギ】という表示があったのだから。
それはつまり…‥相手が<UBM>であることの証。
「……よりによって、ですか」
短刀を構える女性の顔を冷汗が流れる。
カスミシラギの尻尾が揺らめくと、カスミシラギの姿が6つに増える。
これはすべて幻なのか、それとも本体が紛れ込んでいるのか。
あきらかに幻惑を得意とする<UBM>であり、ただでさえ手に余ると言うのにキノという足手まといがいる中、女性は明らかに不利であった。
(せめて実体があるのだけでも……!)
そう考えた女性はアイテムボックスから出した短刀を6体すべてに投げつける。
そして……
あるものは爪で、あるものは牙で、あるものは尾で。
「なっ」
『我が分身は全て実体を持つ。幻を身に包んで変化させることもできる』
6体いるカスミシラギのうち、2体がその姿を変える。
1体は女性の姿に。1体はキノの姿に。
それを見て女性は舌打ちする。仮に逃げても、分断でもされればキノと偽って襲ってくる可能性があったからだ。
思った以上に厄介だ、そう思わずにはいられない。
いっそキノを見捨てて逃げに徹するか、と考えたその時。
「やっと見つけましたよ、コトハ」
その場にいた全員の視線が、声のした方へと向けられた。
無理もない、声が聞こえるまで誰もその気配に気づけなかったのだから。
コトハをじっと見つめる声の主は、黒髪を長く伸ばした少女だった。
背丈はキノよりも低く、顔も幼い。童顔だと考えても、多くの人間がせいぜいが15歳までにしか見ないだろう。
ただし、その目つきだけは子供らしからぬものであり、僅かに細めたその目は明らかに威厳、そして威圧を感じさせるものだった。
「師匠さん、あの少女は」
「あ、ちょっ」
探していた女の子ですか、そうキノが聞こうとした言葉に女性……コトハは焦ったような声を出す。
一方で少女の方からは、ほーぅという低い声が漏れた。
同時に、コトハを射抜くような視線を放つ目がより細くなる。
「師匠、ですか。まぁそれは」
次の瞬間、キノには見えぬスピードで少女が自分の左側への空間を殴りつけ
『ギャアアア!?』
「この狐を片付けてからにしましょう。あなた達を狙っていましたが、私に標的を変えたようです」
キノ達を取り囲んでいた6体の姿が揺らぎ、代わりに少女の左にカスミシラギの姿が現れた。
牙が折れ、顔から血を流すカスミシラギはわけがわからないと言わんばかりに叫ぶ。
『どういうことだ!? 貴様のような小娘が、このような力を……』
「見た目に惑わされるようでは、<UBM>と言えどその程度でしょうね。<古代伝説級>に届くような器でもないでしょう」
この小娘は危険だ、今更そう気づいて逃げようとするカスミシラギだったが、もう遅かった。
背を向けたカスミシラギの横にぴったり張り付くようにして走っていた少女が、勢いよく、拳をカスミシラギへとたたきつける。
その衝撃に、カスミシラギは白目をむいて悶絶する。
『ごっ、は……』
「これで、とどめです」
首筋を狙った蹴りが炸裂し、完全にカスミシラギの息の根を止めた。
【<UBM>【狐理霧柱 カスミシラギ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【御柱】がMVPに選出されました】
【【御柱】にMVP特典【幻霧装飾 カスミシラギ】を贈与します】
アナウンスが流れた後、少女が特典武具として手に入れたイヤリングを鑑定する。
「なるほど、実体つき変化能力ですか……。幻なのでいくつか欠点はあるのでしょうが、まぁ悪くないですね」
【カスミシラギ】をつけた少女は、ゆっくりとキノ達に近づくと、まずはコトハへとデコピンを放った。
ぎゃうっ! と叫び声をあげもだえるコトハに対し、少女は呆れた声で言う。
「なにが師匠ですか。見たところそちらの人はまだ下級職。大方いい恰好をしたかっただけなのでしょう? このお調子者」
「うぅ……すみません、ししょぉ」
え、とキノが驚いて口を開ける。
女の子が自分より年上の女性をしかりつける光景にも驚いたが……コトハが口にした言葉には思わず声が出た。
そこで少女がキノの方を向いたので、キノは自己紹介をした。
「えっと、助けていただきありがとうございました。ボクはキノといいます」
「キノさん、ですか。はじめまして、私は
名前としては妙だと思うでしょうね、と少女は笑う。
しかし彼女にとってはこれが名前であり、看破しようとしてもこの名が出るのだという。
そしてキノは気が付いた。彼女の手にはコトハ同様紋章がない。
つまり……隠蔽しているのでもない限り、<UBM>を軽く屠ったこの少女は、ティアン。
「コトハをはじめ、多くの方からは”師匠”と呼ばれています。どうぞよろしく」
さあ皆さん、「惑わされ」ていただけましたでしょうか?
最初に出てきた”師匠”を名乗る人物は、キノの”師匠”ではありません。
これまでの話で言及された”師匠”は少女、つまり御柱の方です。
ちなみに、少女と書いてはいますが見た目の話であり、本当の年齢は(ゴフッ、ゲフッ、ガハッ
次回予定「向かうべき話」