キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第18話 向かうべき話 ―He was a Hero.―

『キノー! やっぱり無謀だって!』

「うん…‥ちょっと、期待したんだけど、厳しいかも……」

 

彼らは今……空を飛んでいた。

正確には、空中を走っていた、というのが正しいが。

 

ヘルメスの固有スキル、《行路適応》。このスキルを使用した場合、MPを消費することで荒地であろうと水面であろうと空中であろうと、平坦な道として走行することができるようになる。

もちろん、場所によってMPの消費量は異なる。空中ともなると、陸路を安全に走れるようにするよりもはるかにMP消費量は多くなる。

 

「まさか、ここまで船が見つからないとは……」

 

キノ達は今、天地での旅を終え、新たに海上国家グランバロアを目指していた。

……どちらかというと、天地では旅に費やした時間よりも、修行に費やされた時間の方が多かった気もするが、それは天地に来たその日にあの女性に会ってしまったからかもしれない。

 

”師匠”と呼ばれる少女からの厳しい修行を潜り抜け、上級職にも就いたキノは天地を出て、新たな国へと向かおうとしていた。

したの、だが……。

 

『しかしどうやって次の国に向かうつもりですか? あなたの力量なら、まぁ通常ルートでも大丈夫でしょうが……ここからだとだいぶ時間がかかりますよ?』

『そこは、ボクに考えがあります』

 

キノが思いついた方法こそ、ヘルメスによる空中走行。

水面走行も可能ではあるのだが……水棲モンスターに襲われる可能性が否めないため、MP消費を覚悟してでも空中という道を選んだ。

 

『それでMP切れが近づいてたら意味ないんじゃないの!?』

「うん……」

 

しかし現実は厳しかった。

海上国家ということで海の上に都市があるのがグランバロア。

万が一都市までたどり着けなくとも、途中に船があればそこで一度降り、休憩させてもらおう、というのがキノの考えだった。

なのに、船一隻見つからない現状はキノ達に多大な焦りを与えていた。

 

霧が集まっている領域へとキノ達はつっこむ。

目に見える範囲では海の上に船はない。だから、霧で見えていないその中になら船があるのでは、という賭けだった。

そして、キノは…‥

 

「あれは」

 

賭けに、勝った。

 

「船、に見えるんだけど」

『なら早く降りてー! キノのMP的に今から降りないとそのまま海にダイブだよ!』

「それは困るね!」

 

MPが切れて《行路適応》が効果を失う前に、キノは船へと進んでいく。

早く、早く…‥とハンドルを握る手にも力が入る。

そして、そのまま飛び込むように船の甲板へと飛び込んだ。

衝撃を抑えて着地すると、急ブレーキをかけて停止する。

 

「な、なんだ!?」

「空から何か…‥人じゃねーか!」

 

何事かと甲板に船員たちが集まってくる。

無理もない、彼らからすれば空から突然人が船に降りてきたのだ。警戒されても仕方のないことだろう。

顔を険しくして迫る海の男たちに、キノも若干顔をこわばらせながら弁解する。

 

「す、スミマセン、ボクは怪しい者ではありません」

「空から降りてきた時点で怪しいだろうが!」

『だめだキノ、まったくもって正論だ!』

 

う、と声を漏らすキノ。

 

「だいたいなんだそれは!? 空を飛ぶアイテムなんて聞いたことがねぇぞ!」

「こ、これはボクのエンブリオです!」

「えんぶりおだぁ!?」

 

船員たちの顔はなおも険しいまま。

キノとしてはここで、最低でもMPが回復するまで休ませてほしいだけで、決して船員たちと事を荒立てたいわけではない。

 

その時、甲板にひときわ大きい声が響いた。

 

「おう、なんだこの騒ぎは!」

「せ、船長!」

「空から変なヤツが……」

 

あぁん? という声と共に、甲板がきしむ足音が響く。

船員達が道を空けた先にいたのは、不精ヒゲにボロボロの上着といった見るからに見た目に気をつかっていない男。

しかし、よくよく見ればその服装はどの船員よりも豪華なことがわかる。

 

ガシガシと頭をかき、船長と呼ばれた男はキノの前に立つと目を細めるようにしてキノを見た。

 

「こんなところに何の用だ、坊や」

「坊やはやめてくれませんか、ボクはキノです」

 

坊や呼ばわりにキノの方も不機嫌そうな声で答える。

だが、男は全く気にしていないようで話を進めていた。

 

「んなこたぁどうだっていいんだ。質問に答えろよ。てめぇは何者だ、俺の船に、何の用だ?」

 

のぞき込むように見てくる船長に若干不愉快さは感じながらも、キノはしぶしぶ答えた。

そもそもキノの方がここでは不審者なのだから。

 

「ボクは<マスター>で、こちらはエンブリオのヘルメス。グランバロアを目指してヘルメスに乗って空中を移動していたのですが、MPが切れてしまったのでこの船で休ませてもらいたいのです。グランバロアまで乗せていってもらえるならとてもありがたいのですが」

 

キノが要望を伝えると、船長はふぅむとあごをさすり、横にいた船員に声をかけた。

 

「おい、今のヤツの言葉は本当か?」

「《真偽判定》に反応はありません!」

「ますたぁ、ますたぁねぇ。伝説には詳しいから知っちゃあいるが、見るのは初めてだな。」

 

物珍しいものを見たと口元をゆがめた船長は、笑うと自らへ親指を向けた。

 

「俺ぁこの船の【船長】、ヴィンセントだ。お前がここで休むことは許可してやろう、グランバロアの……まぁ、近くまでなら運んでもいい。ただし問題を起こしたら即海へ放り出す。あと、物資に余裕があるわけでもなし、休む場所は与えても飯までは出せねぇ、それでもいいか?」

「わかりました。それで構いません」

 

キノは旅人。道中で野営する場合に備えて食料は常にアイテムボックスの中に日持ちするものを用意している。

【料理人】のジョブはとっていないが、それでも火を起こして肉を焼くなどはできる。もちろん船の上ではそんなことはできないため、保存食を食べることになるだろう。

まあ、味はもう慣れたものだ。今更どうということはない。

 

他にもいくつか船長としてキノに注意をする。このあたりは床が壊れかけているから通るなとか、船員や自分たちに《看破》をかけたりするなとか、必要がない限りキノから話しかけて仕事の邪魔をするなとか。

ヴィンセントはニヤリと笑うと、集まっている船員へと怒鳴る。

 

「話はこれでしまいだ! 野郎ども、持ち場に戻れぇ!」

「「「はい、船長!」」」

 

 

 

 

 

そこからキノは船旅を楽しんだ。

一つ難点があるとすれば、この船にはセーブポイントがない。

街にあるデスペナルティになった際に復帰できるセーブポイントとは別に、一部の乗り物には移動式セーブポイントというものがあるのだが、どうやらこの船にはないらしい。

これがどういう問題があるかというと、一言で言えばログアウトできない。

 

システム的にできないというわけではない。

ただ、ここでもしキノがログアウトし、船が移動したとする。その場合、キノが「前回ログアウトした地点でログイン」を選んだとしてもそこに船はないため、そのまま海へと真っ逆さまだ。

 

『その点大丈夫?』

「あぁ、一応海を渡ろうとした時点でこうなることは考えていたからね。今日は休みだから、MPが回復するまで乗せてもらうくらいならログアウトする必要はないよ」

 

時間的問題はないように出発の日時は選んだ。

MPの回復だが、基本的には自動回復とポーションの併用だ。

さすがに一気に飲み続けるときつい。特にキノはジョブ構成上純粋な魔法職ほどではないが、MPが多い方だ。

 

「おうてめぇら、しっかり休めてるか」

「はい、船長」

 

甲板で海原を眺めていると、ヴィンセントが近づいてくる。

初対面こそ剣呑な空気はあったが、話してみるとたんに気分屋で大雑把なだけであるということがよくわかった。

 

「この海はでけぇだろ。俺たちぁこの海の上で育った、そして」

『そして?』

「あぁいや、なんでもねぇさ」

 

何かを言いかけたヴィンセントは頭を振ると、キノ達の方を向く。

 

「それにしても、空を飛んでグランバロアを目指すとはずいぶん思い切ったことを考えたもんだな、えぇ?」

「まぁ、自覚はしています……」

『危うく失敗するところだったけどねー』

 

痛いところを突かれた、という顔をするキノをヴィンセントはガハハと笑う。

馬鹿にした笑い方ではない、単に愉快気な笑い方だった。

 

「まあ水面移動するよりはましだろうな。船よりも小さいなりで水面を移動しようもんなら、あっという間にモンスターの餌食だ」

「そう、ですよね」

「おう。だから、空中って選択はまぁ悪くはねぇ。モンスターどもを軽く返り討ちにできるほどの力があるってんならまた別だろうが……そういうわけでもねぇだろ?」

「<超級>の人たちならまだしも、ボクはとても」

 

超級職のやつでも無理なもんは無理だけどな、とヴィンセントは笑い、まあ気にするなと軽く手を振った。

 

「海のモンスターは侮るなってことだ。船で旅してりゃあとんでもないもんと出くわすこともある。そう、あれは嵐の夜のことだった……」

 

ちょっと、いやだいぶ長くなりそうな話だったので、キノたちはヴィンセントの冒険譚を話半分に聞いていた。

もっとも、途中でヘルメスの反応が消えたのはなぜかはわからない。

 

 

 

 

 

 

「おいキノ。キノ!」

 

一日たった後、ぼんやりと船を眺めていたキノはヴィンセントの怒鳴り声で振り返る。

一日休めたこともあり、すでにキノのMPは全快していた。

近付いてきたヴィンセントは手にコンパスをもっており、普段のニヤニヤ顔とは違ったまじめな顔をして立っていた。

 

「休むのはいい、しかしグランバロアは近くまでしか運んでやれない。そう言ったな?」

「はい。確かにそう言われました」

「今がその時だ」

 

ヴィンセントは持っていたコンパスを見せる。

 

「こいつは一番近くにあるグランバロア所属の船がどの方角に、どのくらいの距離にいるのかを見るマジックアイテムだ。詳しい原理は俺も知らん。が、何が言いたいかというと近くにグランバロアの船があるということだ。そこに乗せてもらえ」

「わかりました」

 

ヴィンセントたちにも都合はある、今船を降りろと言われても仕方がないことだろうとキノは考えた。

MPは回復したし、近くに船があるという。手助けとしては十分だ。

 

『でもさ、何にも見えないけど?』

「あぁ、霧が邪魔だな……。これを使ってみてみろ、あっちの方角だ」

 

腰から下げていた、星の装飾がされた望遠鏡をキノに手渡す。

受け取ったキノが指さされた方角を見てみると、まるで霧が晴れたかのような光景になっており、確かに船が先にあるのが見えた。

 

「すごいですね、これ」

「欲しいか? 欲しけりゃくれてやる」

「え?」

 

こんなすごいものを、やると言われても素直に受け取ることはできない。

困ったような顔をするキノだったが、みかねたヴィンセントはそれなら、と提案した。

彼は腰に下げていたボロボロの鞘の剣を外すと、キノへと押し付ける。

 

「どうせ頼むつもりだったし、ちょうどいいな。こいつを、カイナルっていうやつに渡してくれ。カイナル・グランライトだ。間違えるなよ。その望遠鏡は依頼の報酬として受け取れ。どうせもう、俺には必要ない」

「そういうこと、ですか……では、受け取ります」

 

キノが二つを受け取ったのを見て、ヴィンセントは満足げな顔をする。

出立する用意を終えたキノはそれでは、と握手のために手を差し出したのだが、彼は困った顔をした。

 

「悪いな、握手はできねぇんだ。短い間だが楽しかったぜ、坊や」

「坊やはやめてくれませんか、ボクは女性です」

「マジで!?」

 

どうやら本気でキノを男だと思っていたらしい。

キノは手を振ると、ヴィンセント達に背を向けヘルメスのエンジンをかけた。

少しだけ助走をすると、すぐに空中へと走り出す。

キノが霧を超えた辺りで、ヴィンセントの後ろからガシャン、ガシャンと何かが崩れる音が何度もした。

 

「悪いな、野郎ども。長かった旅も、これで終わりだ。ゆっくり眠れ」

 

振り返ったそこには、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「お前は何者だ!」

「ボクはキノ、<マスター>の旅人です! こちらはエンブリオのヘルメス!」

「<マスター>はどうしてこうも変なヤツばかり……」

「空飛ぶエンブリオとかあるのか……」

 

船員達がざわめく中で、キノは忘れないようにと声を張り上げる。

どこかで見たような繰り返しの光景だった。

 

「ボクはグランバロアを目指しています! そして、カイナル・グランライトという方に届けないといけない物があります! その方について何かご存じありませんか!」

 

ピタッ、とざわめきが収まった。

やがて船員達をかき分けて現れたのは一人の老人。老人といっても堂々とした佇まいをした男だった。

彼こそ【大提督】カイナル・グランライト。

 

「ワシがカイナルだ。何の用じゃ?」

「こちらをあなたにと」

 

カイナルに、キノはボロボロの鞘の剣を渡す。

これが何かはキノも知らない。ヴィンセントに託されただけなのだから。

だから

 

「馬鹿な、これはっ!」

 

カイナルが目を見開いて剣を凝視する理由も、彼が驚愕した理由も分からなかった。

老人はキノの肩を掴んで揺さぶり、質問を浴びせる。

 

「これはどこで、いや誰に渡された!? ワシに届けに来たというのは、頼まれたからではないのか!?」

 

ガクガク揺さぶられるキノだったが、驚きつつも何とか答える。

ヴィンセントという人物から渡されたのだと。

その人物の名を、カイナルは確かに知っていた。

 

「どこにいた!」

「霧の向こうまで、船に乗せてもらいました! もうすぐ船体が見えるは、ず……え?」 

 

朧気に船の影が見えた霧の向こうから、ゆっくりとそれは姿を現した。

 

ちぎれて古くなった帆。

一部が欠け、ボロボロになったマスト。

あちこちに穴の空いた甲板。

傷だらけで朽ちかけた船が、そこにいた。

 

「どういう……こと?」

『幻、認識阻害、理由ははっきりとはわからないけれど、確かにあんな船ではなかったよね』

 

船の上にはあれだけ多かった船員が一人も見当たらない。

ただ、それだけの骨が甲板に散らばっている。

そして一人だけ……やはりボロボロになった服を着た骸骨が、立ってこちらを見ていた。

 

「あの服」

『船長さんだね』

「ヴィンセント……!」

 

朽ちかけた船の方へと駆けよったカイナルは、欄干に手を当てると精一杯の声で叫んだ。

 

「ヴィンセント! お前たちのおかげでワシらは無事帰り着いた! お前の奥さんも息子も無事だった、もうすっかり一人前に育ったぞ!」

 

その声はきっと届いていた。

骸骨はどこか嬉しそうに……そして、誇らしげにカイナルへと敬礼してみせた。

カイナルも、それに敬礼を返す。

 

「船が……」

 

見た目通り、限界だったのだろう。

船が軋んだ音をあげ、まずはマストが折れた。

その衝撃で甲板も船も割れ、ゆっくりと崩れ沈んでいく。

 

「あれは、嵐の夜だった……」

 

沈んでいく船を見つめながら、静かにカイナルが言葉を紡ぐ。

 

「ワシらの船団が、航海中アンデッドの<UBM>に襲われた。亡霊船を操るヤツは手下を多く従えており、逃げることは不可能じゃった。誰かが足止めにならぬ限り」

 

あれからもう30年だ、と彼は言う。

 

「ヴィンセントは帰ってこなかった。何度かその海域を捜索したがついぞ見つけられなかった…!」

 

キノが持ってきた剣は、別れる間際にカイナルがヴィンセントに託したもの。

必ず返せ、と約束を交わし……長い年月を経て、その約束は守られた。

 

骸骨も、船と共に沈んでいく。

自分で返しに来んか、馬鹿者が。

そう呟くカイナルとキノは、沈んでいく船をずっと見つめていた。




高評価を頂いたおかげでまた久しぶりにランキングに載っていました、ありがとうございます。
記念として、少し予定を早め次回から中編第二弾です。

次回予定「かき乱す話」

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