キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
キノがヘルメスに乗って走っているのは、森の中。
今回のキノの目的はまず第一がクエスト……一定のアイテムの採集。
ここ、レジェンダリアは空気中に魔力が漂っている。そのせいか、自然環境で育つ植物などにも自然と魔力を帯びたりするものが多々ある。
そのようなアイテムは素材としても評価が高く、したがって需要も出てくる。
だが、まずこの森にはモンスターが出るので戦闘職でもないティアンには危険である。また、それ以前にレジェンダリアには「アクシデントサークル」という自然魔法現象が存在する。
迂闊に巻き込まれてしまえばなにが起こるかわからない。
ただ……キノにはもう一つ、目的があった。
『巨人?』
「うん、この森でつい最近、巨大な人影が目撃されている。突然現れ、突然消えた……このことから、町では新たな<UBM>が現れたんじゃないかって話になってる」
今のキノは下級職でありエンブリオもまだ上級エンブリオには至っていないただのルーキー。
旅をしているとはいえ、さすがに<UBM>に挑めるとは思っていない。
もちろん倒せるなら倒して特典武器を手に入れたいものだが、<UBM>はそんな甘い相手ではない。
「でもね、何かしら情報が手に入ればそれは売れる。さっきの話だってあくまで巨大な人影の目撃、その程度なんだ。どんな相手かも、どんな力を持っているのかもわかっていない。だからこそ、情報には価値がある」
<DIN>あたりにでも情報を持ち込めばさぞいい値段で売れるだろう。
なにせ<UBM>はその強さはもちろんだが、1体限りのモンスターであるが故に遭遇することがまず難しい。
そして特異の能力を持っているがゆえに倒すことも難しい。
故に情報が重要となってくるというのがキノの言葉だ。
『なるほど。逃げ足くらいにはなれるから、頑張ってね』
「もちろん、ボクだって無謀な挑戦をするつもりはないさ」
それからも、バイクは……ヘルメスはずっと森の中を走り続ける。
途中で出てきたモンスターはキノが銃を使って倒す。場合によっては逃げる。
その都度ヘルメスを紋章に戻すのが手間といえば手間だが、今のキノではバイクに乗りながら戦うということがうまくできないから仕方ない。
そんなふうに適度に狩りを続けつつ、無事に目的の素材を手に入れて軽く情報収集しようかなとでも思っていたところで、”それ”は起こった。
『キノ、左! 避けて!』
「っ!?」
突然飛んできた魔法を避けるため、キノは慌ててハンドルを回して大きくバイクの方向を転換する。
相手にも放った魔法が避けられたことがわかったのだろう、それまで潜んでいた人数がどんどん姿を見せていく。
奇襲は一撃で決めてこそ意味がある。一度襲撃者の存在を悟られてしまったなら隠れ続けるよりは一気に攻撃を仕掛けるのは”彼ら”の常套手段だった。
「おいおい、なに外してんだよルーキー相手にさ」
「バイク型のエンブリオか……戦闘系ではなさそうだな、楽でいい」
「ケケケ、お嬢ちゃぁん、逃がさないよぉ」
姿を見せ始めたのは<マスター>、それも集団。
彼らが服やアクセサリーなどにつけているマークを見て、キノは舌打ちしたくなるような気持ちだった。
そのマークは、とあるクランのシンボルだったからだ。
「<デモンアーツ>……くそっ、よりにもよって……
PK。プレイヤー・キラー。
このゲームではプレイヤーをキルする……つまり殺すことが可能だ。
当然、殺された側はデスペナルティになる他、アイテムを落とすこともある。その他にも経験値などを得られるので、利益目当てにPKをする者もいれば、単にプレイヤーを殺すのが楽しいから、悪役が楽しいから、そういった理由でPKを行う者もいる。
ともなれば、「PKのクラン」が出現するのは自明の理であり……今キノの目の前に現れた面々もまた、PKクランであった。しかも<デモンズアーツ>というクランは、ランキング上位というわけでもないがレジェンダリアではそれなりに知られたPKクランだ。
「<UBM>を先取りされちゃかなわねぇ……狩るぞ」
「ルーキーには無理だろ? ま、情報を独占できないからキルするけどな」
「ウヒッ、お嬢ちゃぁん、ごめんねぇ」
PKたちは次々に武器を手に取ったり、エンブリオを出したりし始める。
一方で、キノも全力でアクセルを踏んだ。
「逃げるよ! 《ギアシフト》ぉ!」
多勢に無勢、しかも相手は格上。
キノがここにとどまっている理由はもはやなく、キノは速度増加スキルの《ギアシフト》を限界まで引き上げて発動させる。
だが、そのぶん早いペースでMPが削られていくことにキノは焦りを顔に浮かべていた。
「逃がすか! 《ホールド・チェイン》!」
「くうっ……!」
おまけに、まだヘルメスは下級エンブリオ。速度補正もありはするがどうしても逃げ切れない。
さらにPKの一人がエンブリオの固有スキルを発動させ、現れた鎖によりヘルメスがからめとられ、キノは勢いのままに地面に投げ出された。
呻くキノにむけて駆け寄るPKの一人が、勝ち誇った顔をしてとどめを刺さんとキノに手を向ける。
「《クリムゾン・スフィア》!」
「むぅん!」
響き渡る爆音、そして爆風。
煙が晴れたそこには……キノがダメージのない無事な姿で、そこにいた。
いや、それだけではない。キノの前にはもう一人……男が立っていた。
2メテルは超えるだろう巨体は、銀色の鎧でおおわれている。全身鎧であるが頭だけは兜をつけていない。
兜がないために見えるその顔は短い金髪に褐色の肌、そして鋭い目でPK達を見つめている。
《クリムゾン・スフィア》を止めた盾を左手に持ったまま、彼は僅かに視線をキノの方へと向けた。
「無事か?」
「え、えぇ……あなたは?」
「俺はこの森でスキルの練習もかねて狩りをしていたのだが……そこでお前たちを見つけた。俺はPKが好きではない。故にお前を守ったというわけだ」
一方でPK達は男の姿を見て、僅かに身じろぎする。
彼らの前に立つその男は、いくつかの理由でレジェンダリアでは有名であり、その理由の一つはPKたちにとっては歓迎できない理由だったからだ。
「お、おい、あれってガマイナー・ヘイルじゃねぇか……?」
「”装備不明”のガマイナー・ヘイル……くっそ、なんだって腕利きの
プレイヤーを狩るのがPKならば、PKを狩るのがPKK。
ガマイナーはレジェンダリアにおいて、エンブリオが第5形態でありながらも腕利きのPKと渡り合える凄腕として知られていた。
PK達が構える中、ガマイナーは堂々とした佇まいで彼らを一瞥すると、自らのエンブリオの固有スキルを発動させる。
「いかにも、俺は【
すさまじい迫力と共に宣言されたスキルにより、ガマイナーが来ている鎧が光を放つ。
そして。
次の瞬間。
キノの前に立っていたのは。鍛え上げられた筋肉を誇る男だった。
ブーメランパンツのような下半身部位以外、
「………………!!?」
『なんで!? なんで脱いだの!?」
未成年の女の子にはあまりに衝撃的な映像を前に言葉を失ったキノを代弁して、転がったままのヘルメスが声をあげる。
あの銀色に輝く立派な鎧はどこにいったのだ。というか【鎧巨人】が鎧を脱いでどうするのだ。
キノはもはや【混乱】の精神系状態異常が発生する寸前だったが、一方で<デモンアーツ>の面々は驚くことなく警戒心をさらに強めていた。
中にはスキルを放ったものもいたが、ガマイナーが手を振るとそれは何もないはずの空中で弾き飛ばされた。
「脱いだのではない……見えなくなったのだ!」
《愚者に我が装いは見えず》。これはガマイナーのエンブリオの固有スキルの一つ。
効果は実に単純なもので、彼が装備した全ての装備が透明化される。ブーメランパンツはプレイヤー保護機能が働いたが故のセーフティにすぎない。それがなければ正真正銘の全裸男が戦場に爆誕していただろう。
半裸でもまごうことなき変態にしか見えないが。
これがレジェンダリアかと、呆然とした頭でキノはそんなことを考えていた。
「くっそ、こんな露出狂に負けてたまるかぁぁ!」
「《クリムゾン・スフィア》!」
「おおお! 《サンダー・スラッシュ》!」
「ヒィ、男が来るな、来るなぁ! 《ホワイトランス》!」
様々なスキルが飛んでくる中、ガマイナーはただその場で腕を動かして次々にスキルを防いでいく。
まるで、そこに
それでも防ぎきれない攻撃は、ガマイナーが自らの防御スキルで耐える。
「《アストロガード》ぉ! フン、露出狂ではない。このガマイナー・ヘイル、我が肉体に恥じるところもなければ隠すところもないッ!」
「「「『隠せよ!!!』」」」
ヘルメスも含め大勢からツッコミが入るが、ガマイナーは何も気にした様子はなく、無造作に腕を振るった。
「くそっ、軌道が見えねぇ……ががははッ!?」
何をされているかもわからないままに、まずは一人が透明な何かによって派手にふっとばされ、光の塵となって消えていく。どうやら彼は【救命のブローチ】はつけていなかったらしい。
ガマイナーが振り回していたのはムチだ。それも、棘がついており殺傷能力に長けた太いムチである。そのムチは、ガマイナーの鎧から伸びていた。
「次だ。《シフトアーマー:ガトリング》」
ガチャリ、と音がしたが何が起こったかを見ることができる者はいない。
両手を前に出したガマイナーは、次の瞬間大量の弾丸をPK達に向けてばらまいていた。
見えないムチを警戒し、離れていたPK達は突然の弾丸に対処できず、ENDの低いAGI型のPK達が逃げ切れずに蜂の巣にされていく。
彼の鎧はただの鎧ではなかった。あの鎧こそが彼のエンブリオ。
ムチもガトリングも全て鎧が《シフトアーマー》のスキルによって変形したものだ。しかし当然ながら、その武器を見ることはできない。透明化しているからだ。
故に彼は”装備不明”。
通常装備が不明なのではない。これから”何を装備するのか”わからないからこその”装備不明”。
しかし、歴戦の彼は理解している。PK達はまだエンブリオのスキルを使っていない者が大半であると。だから、使われる前に切り札を切ることにした。
「このまま攻め落とさせてもらおうか…‥! 最近習得したばかりの必殺スキルだ、プレイヤーに使うのはこれが初めてだがな!」
「や、やべぇ……」
PK達がエンブリオのスキルを発動させるも、もう遅い。
いくつかの攻撃を受けるも、元来END型であるガマイナーは全て耐えきってみせた。そして発動させる。
彼の必殺スキルを。
(装備を透明に……まさか、あの人のエンブリオのモチーフって……!)
透明な服を着た王の話。
それは、デンマークの童話作家、アンデルセンが書いた有名な童話。
「《
ガマイナーを中心として、爆風が吹き荒れた。
ダメージがあるほどではなかったが、それでも勢いのある爆風にその場にいた全員が顔を腕で覆った。
その直後。PK達の一部が何かに押しつぶされて光の塵となった。
「……は?」
【救命のブローチ】で致死ダメージを防いだのだろうPKは間抜けな声を出したが、胸からブローチが落ちた直後、今度は他の潰されなかったPKと共に何かに吹き飛ばされてデスペナルティになる。
何が起こっているのかわからない彼らに対し、上空から響くような声が聞こえた。
『そろそろ時間だ。完全透明化が解ける今なら見えるだろう。我が姿が!』
言葉の通り、世界の一部から浮き出てきたかのように、”それ”は現れた。
銀色に光り輝くその姿。
ムキムキの肉体が銀色に輝き、光を放っているかのように日光を反射する。
それは……15メテルを超える
『言ったはずだ、俺は【鎧巨人】だと。どうやらこれも巨大とはいえ鎧に分類されるそうでな……。さぁサービスはここまでだ、《我が装いは愚者に見えず》!』
再び巨人の姿が透明になっていく。
厳密には、最初と違いガマイナーの姿だけは消えずに残っているのだが……上空に浮かんだガマイナーは高笑いを続けながら見えない巨人を操り、PK達を殴り、蹴り、蹂躙していった。
その姿を見ながら、キノは死んだような目でその光景を見ていた。
PKを蹂躙するその姿は紛れもない強者のそれだったが……
半裸男が宙に浮いて高笑いしているその絵面で、全部台無しだった。
お気づきでしょうが、当初目撃されていた巨人の正体は、必殺スキルの試しをしていたガマイナーです。
今回登場の<マスター>(一部省略)
年齢:??
メインジョブ:【鎧巨人】(鎧特化上級職)
エンブリオ:【透明鎧装 ハダカノオウサマ】
キャラ紹介:
レジェンダリア変態枠その1。本人はまるで自覚無し。
ちなみに、彼はキャラメイクの際、自分の体をベースに顔のみを変更したため、このムキムキな肉体に関してはリアルのものをそのまま投影している。
だからこその自信の表れなのだろうが、「ゲームだから」と半裸状態であることに何の違和感も持っていない。
彼のエンブリオは装備の透明化、つまり相手に手の内を悟らせない戦いができることから対モンスターよりも対人に向いたエンブリオとなっている。
鎧としての性能は並より高い程度だが、《シフトアーマー》によりムチやガトリングといった武器に鎧を変形させることができる(正確には籠手部分が変形している)。もちろん、普通に持った盾や武器も透明化できるため、相手には何を構えているかがまるで見えない。
必殺スキルは<上級エンブリオ>の出力であり、外部コストもないため15メテル以上とどこかの戦神や怪獣と比べれば非常に小さい方である。また、発動時間が約3分程度と非常に短い。しかし、《我が装いは愚者に見えず》による透明化ができる他、スキルを発動して10秒間はガマイナーの姿も含めて透明化できるのが大きな特徴である。もちろんリソースが高さにいってないぶん、ステータスも大幅に上がっている。
なお、再登場の予定はすでに決まっている。
次回予定「信念の話」