キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
天地。
それは、修羅の国とも呼ばれる地。戦乱が絶えず、いつの時代も争いが続いている国である。
各地を大名が治めており、領地をめぐって争いが起こる。
故に。
「くそっ……くそぉ……」
「しっかりしろ! おい!」
人が血を流し、傷ついて倒れ伏す。
一人、また一人と斬られ、貫かれ、その命を散らしていく。
そんな光景が、この天地では当たり前のように国の各地で繰り広げられていた。
「この戦、我らの負けだ……撤退を!」
今回の戦いは、前園家が同盟を組んでいた南朱門家の力を借りて敵対していた丸川家の領地に攻め入ったことが発端であった。最初は勢いづいていた前園・南朱門だったが……。
たった、一人。
たった一人の<マスター>の出現によって、一気に情勢がひっくり返されてしまった。
「チクショウ……<超級>め……」
南朱門家に協力していた<マスター>の一人が、恨み節を残して光の塵となり、デスペナルティになる。
丸川家もまた、前園家同様、しかし秘密裏に同盟を組んでいた大名家に応援を要請していた。
その家とは、北玄院家。天地の中でも有数の勢力を誇る大名家の一つであり、客分として実力者の<マスター>を抱え込んでいる家でもあった。
今回この戦いに派遣されたのも、その<超級>の一人。
数々の逸話を持つその男によって、前園・南朱門は瞬く間に数多くいた兵たちを失った。
男が手に持った武器を振るうたびに離れた場所にいたはずの者までまとめて斬り伏せられる。
さらには巨大な武器が襲い掛かる。
そんな中、傷ついた南朱門家の男が覚悟を決めたような顔で遠くの敵を見やる。
「ならば仕方なし。俺はこの命かけてでも、奴に一矢報いて皆が逃げる時間を稼ぐ」
「若……我々もお供いたします」
若と呼ばれた男は、まだ青年と呼べる年だ。
今回の戦には実績と経験を重ねる目的で参加したのだが……北玄院家が陰で同盟を組んでいた上に<超級>を送り込んでくるとは思ってもおらず、予想以上の苦戦を強いられることになった。
そして今、南朱門家の一人として、その命を使う覚悟であった。
男は持っていた爆弾に火をつけようとして
「馬鹿ですか若は」
ポカリ、と頭を叩かれた。
「なっ」
「ここは私が時間を稼ぎます。だからあなた方は逃げてください」
「しかし、おぬしはまだ……」
男の頭を叩いたのは、まだ年若い少女。しかも先日ようやくレベルがカンストしたとはいえ、所詮は合計レベル500。超級職にも、<超級>にも至っていない。
しかしそれは、彼女が命をかけない理由にはならない。
「あなたはティアン。私はマスター。私の命くらい何度でも替えがききますがあなた方はそうではない。まして、若は南朱門家の大事な身分なのですから、ここで命を懸けるくらいなら私が時間を稼ぐその間に逃げてください。未熟な身ですが多少なりとも時間を稼げる自負はあります。それでもだめなら、その時に決めればいいじゃないですか、今じゃなくていいんですって」
僅かに微笑んで見せると、一転して少女は厳しい顔をして腰の刀に手をかけ、男たちの前に立つ。
もはや振り返ることもなく、最期の別れにならぬようにと祈りながら言葉をかける。
「さぁ、行ってください。…………早く行けぇぇぇぇ!!」
彼らだって戦いたかっただろう。
だが、そんなことを少女は許さない。男たちだってわかっている。生きていればなんとでもなるし、確かにマスターである彼女はたとえここで倒れたとしてもまた復活することは可能である。ティアンである自分たちとは違って。
だから、すまないと言い残して彼女に後を託して走っていった。
「……ようやく、行ったね。なんで皆して命を簡単にかけようとするのかな」
『雫様……』
少女……雫の傍らに現れた白い犬は心配そうに己の<マスター>を見やるが、雫は心配ないとでも言うように不敵に微笑んで、辺りを覆う
霧の先で数多の味方を斬り伏せていた、大男の影を。
男は雫の存在に気が付くが、今までと同じように、まるで邪魔なものを薙ぎ払うかのように武器を振るう。
それは明らかに両者との間には距離があった。通常なら届く範囲ではない。
だが、この霧の中では距離などあってないようなもの。男が振るった斬撃は距離を超えて雫を他の<マスター>同様斬り伏せようとし、
「…………ふっ」
キィィン! と甲高い音を立てて弾き飛ばされた。
斬られるその一瞬、雫は《居合い》のスキルと共に敵の攻撃を刀で弾いたのである。
二度、三度と離れた攻撃が繰り返されるが、雫は冷静に弾いて見せた。
「……うぅむ、驚いたな。俺の斬撃がこうも弾かれるとは思ってなかったぞ」
やがて、ゆっくりと霧の中から男がその姿を見せる。
二メートルを超えるような長身に対し、その体は筋肉の塊のような、それでいて無駄なく筋肉に覆われているような男。
茶色の髪は無造作に伸びており、髭もまた伸びかけている。
その男の名を、雫は知っていた。否、この戦場にいた誰もが知っていた。
「”ヤマギリ”のビッグマン……」
「いかにも、俺がビッグマンだ」
<超級>にして【山賊王】の超級職を持つ男。
かつて<UBM>ごと山を両断したことから”ヤマギリ”の異名をもつ討伐ランキング第二位の男。それがビッグマンだ。
「それで聞かせてほしいのだがな。なぜ俺の攻撃を防げた?」
「……ただの、慣れですよ」
訝しげに眉を寄せるビッグマンに対し、雫は静かに刀を構える。
「ここに来たのがあなたでよかった。距離を無視するかの如き斬撃なら……幸運にも、私はもう慣れているんだよ。私を鍛えてくれた人の<エンブリオ>が、あなたのものと似た力を持っていた」
人によって千差万別のエンブリオとはいえ、場合によってはモチーフや能力の方向性が他人と似たものになることはある。
雫に戦いを、剣術を叩き込んだ<マスター>は、奇遇にもビッグマン同様距離を超えた斬撃を可能とする<エンブリオ>を持っていたのだ。
むしろ「距離を無視すること」に特化していたともいえる分、その点においてはビッグマンよりも上かもしれない。
だからこそ、雫は耐えられた。
ご丁寧にも武器を振るうその動きが見えるのだ。あとはその動きに合わせ、距離を無視した攻撃に対しいつも通りに防ぐ、それだけでよかった。
スキルの補正もあって、攻撃を刀でいなすのは雫がキノと初めて戦った頃からできたこと。
「ふぅむ……慣れか。俺の攻撃が慣れだけで防がれるのには思うところがあるが、だからといって俺がそれだけと思われるのも癪なものだ」
良きかな、良きかなとビッグマンは笑いながら左手に持った
先ほど雫は武器か何かが巨大化する光景も見たばかりだ。向けられた煙管がいつ巨大化するかと冷汗を流す。雫にとっては、刀を向けられているのとなんら変わりはなかった。
「そら……これならどうだ?」
こうしてビッグマンは蹂躙を始める。
<超級>と、<超級>に満たぬ者との戦い。
雫に、勝ち目などなかった。
「ガハッ! はぁ……はぁ……」
「よく粘るのは見事なものよ。正直俺もここまでかと驚いているが……悲しいかな、俺とてそう簡単に負けてやるわけにもいかん」
巨大化した煙管で殴り飛ばされた。
防ぎきれない斬撃で斬られた。
なんとか致命傷は避けたものの、それでも雫がボロボロの満身創痍なのに対し、ビッグマンの体にはほとんど傷がなく、その差は歴然だった。
(霊獣の陽動も一気に斬られて通じない、そもそも距離を無視してくるから近づくことすら難しい……!)
肩で息をしながらも力を振り絞って刀を構える雫に対し、ビッグマンはポリポリと煙管で頭をかいた。
確かに雫の技量は目を見張るものがあった。特典武具まで持っていたことには驚かされた。
しかし、圧倒的なまでの……力の差があった。
「【剣鬼】の者は、特にティアンは意固地なものが多かったが……お前さんも大概だな」
「…………」
「正直、わかっているだろう? 俺に対して勝ち目なんぞない。なのになぜお前さんは諦めずに向かってくる? 戦はそもそもこちらの勝ちは決まったようなものだ。今更俺を討つことにそこまで意味はないと思うが?」
もう戦うのもつらいだろうという状態ですら、雫は諦めていない。
【出血】や【骨折】の状態異常もある以上、とても最初の本調子ではないだろうし、事実ビッグマンの攻撃が徐々に防げなくなってきている。
それでも戦い続けようとする雫に対し、ビッグマンは問いを投げかけた。
彼の問いに対し、雫の答えは――
「諦める理由が、ないからだよ。それに……大見栄切っちゃったからね」
ここで彼を見逃せば、ビッグマンは前に進むだろう。
自分が大した時間を稼げたとは思っていないが、それでも時間稼ぎにはなっているはずだ。だったらまだ、若たちが逃げられる可能性はある。
しかし、ここで自分が膝を屈してしまえば、それすらも無為になってしまうかもしれない。
「私は彼らが逃げる時間を稼ぐ、私には彼らと違って一度限りじゃない命があるからこそ、彼らよりも前に立って命を懸ける価値がある!」
【
【同調者生存意思感知】
ゴホッ、と息をはいてよろめくも、雫はまっすぐにビッグマンの目を見据える。
「無駄な戦いなんかじゃない、きっとその先に命を懸けただけの未来がある!」
【<エンブリオ>TYPE:メイデン【怨霊憑姫 タマズサ】の蓄積経験値――グリーン】
【■■■実行可能】
【■■■起動準備中】
「たとえここで私が力及ばず死ぬとしても……」
僅かに見えたアナウンスの意味はわからずとも、20秒後に何かが起こるということを雫は感じた。
ならば、その時間を稼ぐ。無様であろうと、何としてでも。
「私の死に、意味はあったのだと信じて死にたい!」
一方で、ビッグマンは雫の言葉を静かに、そして山賊のようなを姿をした彼に似合わずまじめな顔で聞いていた。
一度瞑目した後、ゆっくりとその瞼を開く。
「あいわかった。……その覚悟確かに聞き届けた。故に、俺の全力をもって排除させてもらう」
その顔にあるのは真剣な表情。彼と並ぶ強者と相対するときのような顔。
次の瞬間、今までとは段違いの猛攻が雫へと襲い掛かる。
巨大な煙管、鉈、不意の斬撃……
それらを全てさばききることはできず、まず左腕が落ちた。
かろうじて防ぐも脇腹に大きな傷が入る。
HPも、もう残り心もとない。隙を見て飲んでいた薬ももうない。【救命のブローチ】はとっくに砕け散った。
そして、その時は訪れる。敵の無慈悲な宣告と共に。
【カウント終了】
【■■■による緊急進化プロセス実行の意思を認めます】
【現状蓄積経験より採りうる六パターンより現状最適解を算出】
【対象<エンブリオ>:【怨霊憑姫 タマズサ】に対して■■■による緊急進化を実行します】
【負荷軽減のため次回進化までの蓄積期間を延長します】
【超級進化シークエンスを実行します】
そんなアナウンスが流れるのを横目で見ながら
「《
雫の体は、両断された。
だが、まだ終わらない。
「これは……!?」
雫の体は確かに両断された。
しかし、彼女が握っていた刀から溢れた光が、優しく雫の遺体を包み込む。
土壇場で発動した雫のあらたな固有スキル、《今際の霊姫》。
それは死んで初めて発動するスキル。
メイデンだからこそできた、メイデン体との
今の雫は両断された体ではなく、自身のエンブリオ、タマズサと同様実体のない体を得てそこにいた。顔は雫のまま、しかし短かった髪はタマズサの如く長い艶やかな黒髪を揺らし、服装もボロボロになったそれではなく美麗な着物姿であった。
「馬鹿な、確かに両断して致命傷を負ったはず、死んでしまってはスキルが発動するはずが……いや、まさか!?」
かつての南朱門家との戦いを思い出してビッグマンは思い至る。
南朱門家の人間が何名かついていたジョブ。その名を【死兵】。
唯一習得できるスキル《ラスト・コマンド》は、HPが0になったとしても活動することが可能となる。僅か1分にも満たない時間ではあるが。
そして雫は、南朱門家に仕える中でこの【死兵】に就いていた。《今際の霊姫》は合体までのチャージ時間がなくコストも少ない代わりに……死亡後に存在を維持するためのリソースの一切を省いている。ようは《ラスト・コマンド》の力だけがこの《今際の霊姫》を確立させているのだ。
最期の力を振り絞り、雫はビッグマンへと接近する。
何度かビッグマンが武器を振るうも、実体のない彼女には一切当たらない。
「う、おおおおおおおおおおおお!」
「《朧月》」
雫が振り上げた刀にだけは実体がある。それに気づき咄嗟に巨大化した煙管を盾とするが……
それに対し雫は「非生物を透過する」スキルを付与することでこれを回避。今もなおその力の核は刀に宿らせたままの雫は最後のスキルを宣言する。
それは、「自らが相手に削られたHPの割合と同じ確率で耐性を無視し、即死を与える」必殺スキル。
HPをビッグマン一人にすべて削り取られ、死して尚振るう今なら100%の即死を与える正真正銘の”必殺”スキル。
「……見事!」
「《
二人の<超級>は、光の塵となった。
《今際の霊姫》と《所業無情》のコンボは凶悪の一言。
しかし、例えば二人がかりでHPを削られると必殺スキルの確率もその分減るため、1対1でこそ真価を発揮するスキルです。
そのため、数を出すフランクリンなどは苦手な部類。
次回は中編を予定しています。
次回予定「仲間たちの話」