キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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この話には、とあるテーマがあります。
デンドロだからこそのテーマですし、読者の方々にもきっと心当たりがある人はいるだろうと、思っています。


第26話 仲間たちの話① ―You are Not Alone― 

「ではよろしくお願いします、キノさん!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

カルディナのとある街で、キノは一人の<マスター>と握手をしていた。

快活な少女という印象を受ける彼女の名前はアイリーン。今回は、彼女率いるパーティーと合同で、モンスターの討伐依頼を受けることとなった。

もともと、何かいい依頼はないものかと冒険者ギルドを訪れていたのだが、そこでたまにあるパーティー募集の一つに目が留まったのだ。

 

「募集に応じてくれて助かりました。いやー、クエストを受けたのはいいんだけど、まさかあそこまで硬いとは……」

 

たはは、と恥ずかしそうに頭をかくアイリーン。

話を聞いたところによると、彼女たちのパーティーは少し前にクエストを受けたそうだ。それがモンスターの討伐依頼なのだが、彼女たち5人で挑んでみたところ予想以上の防御力によってモンスターを倒し切れなかった。

もう少し時間か火力があれば、と彼女は言う。

モンスターが出現する場所は標的のモンスターだけではない、他のモンスターも出没する場所であり、長期戦に移行しようものなら他のモンスターの対処にも手を取られ倒し切れないと判断したのだそうだ。

 

話を聞いている限り、それもそうだな、とキノは納得した。

そして、キノがもしこの討伐に参加した場合難易度は大きく変わる。まず、単純に戦力が一人増えることに加え、キノは特典武具【ガルカノン】を持っている。注いだMPに応じてENDを無視した攻撃を放ったり、防御力を減算できるこの装備は大きな力になる。

 

「準備できたんなら、とっとと行くぞ」

「まぁまぁ、キノさんにそういう言い方しなくてもいいだろ、ヘリッシュ……」

 

キノとアイリーンが手を離したのを見て、腕を組み壁に寄りかかっていた<マスター>……ヘリッシュが苛立たしげに言う。

それを諌めるのはウォルトという名の【盾巨人】。パーティーで一番の巨漢である彼はアイリーンのパーティーにおいてタンクと言われる役割に当たり、背中には大きな盾を背負っている。

 

「うっせぇ木偶人形! てめぇには何も言っちゃいねェンだよ!」

「ちょっと、ヘリッシュ! いくらなんでも怒るよ!」

 

仲間への暴言に憤慨したらしく、咎めるような声を出すアイリーンだったが、反論されたことが気にくわないとでもいうようにヘリッシュはむしろ声を荒げて怒鳴り返した。

 

「てめぇもてめぇだアイリーン! オレは友達ごっこに付き合う気はねェぞ! だからこそイラつくんだろうが!」

「うっわ、感じ悪……」

 

吐き捨てて一人冒険者ギルドの外に出ていったヘリッシュの背中を見ながら、ヒーラー役で【司教】のリーリーが不機嫌な顔で呟く。彼女の言葉に、【黒土術師】アレイズも苦笑して頷いた。

アイリーン、ヘリッシュ、ウォルト、リーリー、アレイズ。この5人がアイリーン率いるパーティーのメンバーであり、今回はこの中にキノが参加するということになる。

 

少し空気が悪くなってしまってはいるものの、それをごまかすようにアイリーンはキノへと恥ずかしげに笑ってみせ、実際に戦闘になった時は問題ないから、と弁明する。確かに人によっては、これからクエストに行くというのにパーティー間の連携は大丈夫なのかと気にするところだろう。

 

「最近、ヘリッシュと皆がどうもうまくいかなくって……でも、いつかきっと仲直りできると思うんだ。だって以前は皆仲良しだったからね。ほら」

「これは……」

「パーティーを結成して少しした頃の写真だよ。スクリーンショット、っていうんだっけ?」

 

アイリーンがキノに見せたのは、5人が笑顔で笑っている写真。

あれだけ仲が悪そうに見えたヘリッシュは、先ほどからはとてもできないような無邪気な顔で笑ってウォルトと肩組んでいる。そんな光景がいつか戻ってくるのだと、アイリーンはそう信じているようだった。

 

「私たちは、仲間だから」

 

 

 

 

 

問題のモンスターが出現するところまではしばし移動となる。

もちろん、移動する間もヘリッシュはウォルトやアレイズが話しかけてくるたびに怒鳴り返し、リーリーがイラつき、アイリーンがたしなめる。そんなやりとりが1,2回ほどあったがキノはあえて何も言わないでいた。

部外者が口を出すものでもないと思ったし、出したところで改善できるような気の利いた言葉がキノには浮かばなかった。

 

「あ、キノさん。アクセサリー枠、一つ空いてる?」

「え? まあ、埋めてはいますけど空けようと思えば空けられますが……」

「よければ、これを装備してくれないかな?」

 

そう言ってアイリーンが差し出したのは藍色に光る腕輪だった。

よく見ると、アイリーンだけでなく他のメンバー、ヘリッシュまでもが皆同じ腕輪をつけていた。

 

「これは私のエンブリオ。もちろん本体は私がつけているんだけど……いわば付属品でね。これを装備しているパーティーメンバーには、《共に目指す先》っていうパッシブスキルが発動して、少しだけどステータスを強化できるんだよ。あと、私のジョブスキルによるバフ効果も上がる」

「なるほど……では、遠慮なく。ジョブだけではなく、エンブリオもサポート型なんですね」

 

アイリーンのメインジョブは【司令官(コマンダー)】。パーティーメンバーを強化する各種スキルをもっているため、装備するだけでステータスが上がるだけでなく、さらに【司令官】のスキルで大きな強化を得られることになる。彼女が差し出したエンブリオはパーティー専用ということやアクセサリー枠の一つを消費して装備しないといけないという難点はあるものの、それでもジョブとシナジーさせたことで仲間を支える強力なバフをもたらすメリットがあった。

 

「うん。さぁ、もうすぐ戦闘だよ! 気合い入れて行こう!」

 

加えて、パーティーを鼓舞し引っ張る彼女は、まさにパーティーの司令塔であった。

 

「う、うわああああああああああ!」

「今のは!?」

「もしかして、誰が襲われてるんじゃ……」

「急ぐよ!」

 

砂漠に響く叫び声。

その切羽詰まる声を聞いて、一同は声がした方へ走る。遠目でも、そこには巨大なモンスターが出現しており、集団でいた人々を襲っていることが容易に見て取れた。恰好から見るに、あれはおそらく商人の集団だろう。

キノはすぐにガルカノンを抜くとスキルを使って発砲。防御力を貫通させたその攻撃に、モンスターは襲っていた商隊ではなくキノ達の方へと頭を向ける。

モンスターがこちらへと体の向きを変えるのを見ながら、アイリーンはすぐに仲間たちに指示を出し始めた。

 

「ウォルト、抑えて商人さんたちを守って! アレイズはゴーレムを横から挟撃させて! 取り巻きが出てくるだろうからその時はゴーレムで対処! 一匹も通さないように」

「「了解!」」

「ヘリッシュはとにかくモンスターの体力を削って! リーリーはダメージを負った人の回復を!」

「任せろ!」

「わかった!」

 

ウォルトが巨大モンスター、”鋼殻亜竜”の攻撃を耐え凌ぐ中、アレイズはスキルでゴーレムを次々に作り出し、地面の下から現れたトカゲ型のモンスターへと突撃させていく。【剛拳士】であるヘリッシュも攻撃に加わり、モンスターを攻撃していく。もちろん、キノも要所要所でガルカノンを使って攻撃するが、アイリーンによるとこのモンスターは追い詰められるほど固くなっていくという。そのため、ガルカノンのスキルはMP温存のためまだあまり使わないで欲しいと指示を受けていた。

 

動けない商人に対してはリーリーが駆け寄って回復魔法をかける。ある程度動けるようになると、今度は攻撃を防ぎ続けているウォルトの回復に専念し始めた。

 

「それにしても、ゴーレムはすごいですね。いくら砂がたくさんあるとはいえ、ああもたくさん……」

「ウォルトのエンブリオはクヌムっていってね、ゴーレム運用に特化してるんだって。数とか、能力とか」

 

クヌムとはエジプトの神の一柱であり、粘土から人間を作ったと言われる創造神である。実際のところ今ゴーレムを生み出しているのは粘土ではなく砂なのだが、そこまで細かく気にしてはいけないだろう。

元より、地属性とは固体の操作を得意としている。いくら元が砂であろうと、固めてゴーレムへと変えてしまうのもまさに地属性魔法といったところか。

そんな地属性に特化した【黒土術師】であるアレイズは周りに気を配りつつもゴーレムを操作する。

 

「ドラァァァァ!」

 

しかし、このパーティーにおけるメイン火力はアレイズのゴーレムではない。ヘリッシュだ。

手にはエンブリオである巨大な手甲を装備し、スキルを用いながら敵を殴り飛ばしている。ウォルトも堅実に盾を駆使してモンスターの攻撃をいなしつつ、ヘイトを稼ぎ続けていた。

彼らが亜竜を抑えている間に、商人たちは礼を言いつつ必死な顔で逃げていく。

 

「! 今だよ、キノさん!」

「装填!」

 

やがて、商人たちがモンスターから離れ、好機と見たアイリーンが指示を出すと同時に、キノはガルカノンにMPを込め、ENDを減算する《一砕貫通》を発動させる。

そして、亜竜の頭部めがけてガルカノンの引き金を引いた。

 

グギャアアアア!

 

今までとは違う、大きな悲鳴がモンスターからあがる。少しずつしか与えられなかったダメージと違い、キノの一撃は防御力を貫通させている分今までより遥かに大きなダメージを与えている。それが頭部ならなおさらだ。

これでとどめとばかりに、キノはさらにもう一発と引き金をひいた。

 

ギァァァァァァァァ!! ……ァァァァァ……

 

ズゥン、と大きな音をたて鋼殻亜竜は倒れ伏した。それに思わずやったぁ! とガッツポーズをするアイリーン。

難敵を倒したことで全員が大きく息を吐き、気を緩めた。

それがいけなかったのだろう、ここはまだ砂漠だというのに。まさか先ほどの鋼殻亜竜が、最後のあがきとばかりに取りまきのモンスターを呼び出していたことに気づいていなかった。

 

「……危ない!」

「ぐあっ!?」

 

誰かが気づいて声をあげるも、もう遅い。

 

突然地面から現れたトカゲ型モンスターが、完全に気が緩んでいた隙をついてアレイズの腹に深々とその爪を突き立てていた。さらに他にも現れたモンスターたちはアレイズへと集中的に攻撃を仕掛けていた。ダメージを受け動けなかったのが災いしたのだろう。

すぐにキノが引き金を引いて、モンスターを倒す。数匹しかいなかったために、キノだけでなくヘリッシュも参加するだけで時間をかけずに一掃できた。やはり取りまきというだけあって、鋼殻亜竜よりははるかに弱い。

 

(アレイズさんはデスペナかな……ただの引っかきじゃなくて内臓の多いお腹をグッサリと貫かれてる。ダメージも多いしあれじゃ回復魔法でも厳しいんじゃ)

 

デスペナルティになるのは仕方ないかな、と思った、その時だった。

アイリーンの、絶叫がその場に響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だめ、ダメエエエエエエエエエエ!! 《偽・地よ固まり合って人と成れ(クヌト・イデア)》ァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

え? とキノが声を漏らすより早く、倒れたアレイズの体に変化が現れる。

まず、周りの砂が急にアレイズに吸い込まれるかのように動き始める。そして、集まった砂はアレイズの穴が開いたお腹を埋めるだけでなく、さらに彼の体を取り囲んでいく。いや、アレイズの体もまた同様に砂となって混ざり合い、やがて大きな人型となっていく。

 

「これは、どういう……」

「どういうことだ、アイリーン!!」

 

キノが聞くよりも大きな声で、ヘリッシュが叫ぶようにアイリーンへと詰め寄った。

その様子を、ウォルトとリーリーは何も言わずに見つめている。

 

「どういうことって……何が?」

「何がじゃねぇよ! もとからこいつらが普通じゃねェってのはわかっていたが、何だありゃぁ! あれはまるで……()()()()()じゃねぇか!」

 

彼が作るものと同様、いや、明らかに異なったゴーレムと化したアレイズだった何かを指さしながらヘリッシュは叫ぶ。なぜ怒鳴られているのかわからないと、きょとんとした顔のアイリーンに対して。

そしてキノも、ヘリッシュとは別に気になっていたことを尋ねた。

 

「ボクからも聞かせてください。あなたが口にした”クヌト・イデア”。その意味を。まさかわかっていないわけ、ないですよね?」

「……何だよ、それ。クヌトはアレイズのエンブリオだろうが……イデアって関係あるのか?」

「【イデア】は、ある<超級エンブリオ>の名前です。そしてそのエンブリオを用いてティアンを改造した奴隷。それを【改人(イデア)】というのです」

 

な、と答えを聞いたヘリッシュが愕然とした表情になる。

一方でアイリーンは、実に自然に……ただ聞かれたから答えた、それだけのように自然に答えた。

 

「キノさんの言う通りだよ。あれは私が作ってもらった【改人】。<マスター>じゃないから死んじゃうからね、だから死ぬ前に”起動”させて砂による回復を……ッ!?」

 

次の瞬間、アイリーンの体は後方へと吹き飛んでいた。

肩で息をするヘリッシュの体勢を見れば、彼がアイリーンを殴り飛ばしたことは一目瞭然であった。痛みに震えながらも顔を伏せ、起き上がらないアイリーンに向かって、ヘリッシュは何度目かわからない叫び声をあげた。

 

「ふざけんな……ふざっけンなよ! ずっと言ってたよなァ! ”友達ごっこ”に付き合う気はねェって!

 それでも、それでもお前の気持ちだってわからないわけじゃねェから、お前がそいつらを連れてパーティー組んで、友達ごっこしてても我慢はしてきた! なのにっ……」

 

嚙み締めるような、辛そうな声でヘリッシュはアイリーン(仲間)に叫んだ。

 

仲間(ダチ)そっくりに似せた奴隷連れて遊ぶだけじゃねぇ……ティアンを改造なんざして人格までいじって! 挙句仲間の姿したそいつをモンスターの姿に変えて! てめぇは! 何も感じねェのかよ! なァ!」

「……思わないよ」

 

ゆっくりと。ゆっくりとアイリーンが立ち上げる。

顔は依然伏せたままなので、彼女がどんな表情をしているのかはわからない。けれど、ヘリッシュと自分の腕から腕輪が消えたのを見て、キノはゆっくりと武器に手を伸ばしていた。

気が付けば無表情のウォルト、リーリー……いや、【改人】たちもアイリーンの側にいる。

 

ただならぬ雰囲気を感じながら、警戒を続けるキノとヘリッシュに向かってアイリーンは続ける。

 

「仕方ないじゃん。アレイズが死んだら嫌だもん。だから【クヌト・イデア】を起動させた。何でわかってくれないの?」

 

アイリーンが静かに腕をあげる。

その腕に輝くのは藍色の腕輪。”スキルを使うために”キノとヘリッシュからは強制的に外された、アイリーンのエンブリオ。

それが示すのはつまり……明確な敵意。

 

「ドウシテワカッテクレナイノ?」

「こんの……馬鹿野郎がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

ヘリッシュが駆けだしたのと同時に、アイリーンはぼそりと口にした。

 

 

 

 

 

「《仲間か奴隷がいればいい(コロンブス)》」


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