キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第28話 約束の話 -I want to Meet You.-

机を挟んで、二人の女性が向かい合っていた。

一人は二十代半ばか後半くらい。もう一人はまだ十代の、少女というべき年齢の人物。

机の上には、それぞれの前にコーヒーカップが置かれており、そこから湯気がほんのりと立ち上っている。

 

「改めて自己紹介するわね。私はハンニャよ」

「ボクはキノといいます」

 

二人は互いに自己紹介すると、笑って話しながらコーヒーを飲む。

基本的にハンニャが話し、それをキノが静かに聞く、という構図ができあがっている。

最初の出会いこそ事故のようなものであわや大惨事となりかけたが……今の二人からは、そのような殺伐とした雰囲気など欠片も見られなかった。

 

「そしてね、私が会うのが待ちきれないって送ったら、彼も早く会いたい、って言ってくれて!」

「うらやましいですね。ボクにはそのようなお相手はいないので」

 

自分を待ってくれている人間がいるのがうらやましい、とキノは答えた。

ハンニャはそんなことないわよ、とキノに優しく言う。

 

「今はまだでも、きっと見つかるわ」

「そう、でしょうか…‥‥」

「えぇ」

 

彼女の言葉に、キノはコーヒーを飲み、しばし考える。

やがて、カチャリとカップを置いて今度は自分の話を始めた。

 

「ボクには……ハンニャさんのように愛し合っているような相手はいません。ですが、会いたい人がこの世界にはいます」

「まぁ! 素敵ね」

「といっても、本当に恋愛とかそういうのは関係ないんですけどね。なんというか、そう……また会おうと約束しただけにすぎないのですが」

 

厳密には少し違う言葉だったし、約束と言っても、自分から一方的に言ったようなもの。それを約束と言ってもいいのだろうか。

そんな彼女の困った様子に、ハンニャはそれでいいんじゃないかしらと優雅に笑って答えた。

 

「気持ちなんて押し付けるくらいがちょうどいいんじゃないかしら? もちろん、程度はあるだろうけど」

 

この言葉を、ハンニャのリアルについて知っている…‥‥例えば、クマの着ぐるみを普段着ている男が聞いていたらなんと言っただろうか。

少なくとも、クリスマスの日に引くほど準備万全の状態にしてプロポーズを待っていたり、ゲームでの出会いを理由に振られた結果現実で裁判沙汰を起こしている彼女が「程度はあるだろうけど」などとどの口で言うのだろうかと本気で思ったことだろう。

 

もちろん、今ハンニャの目の前にいる人物はそんなことは知らない。

 

「フフ、私たちって意外と似た者同士なのかしらね? 早く会いたい人がいる。今はその日が来るのを待つことしかできないけれど、でもお互いにその約束を胸に確信している。その日がいつか来るってね」

「……えぇ。その通りです」

 

アイテムボックスから取り出した懐中時計を見ると、キノは穏やかな表情を見せる。

ハンニャもその意味を悟ったのか、暴走した時からは想像もつかないような優しい顔で彼女の顔を眺めていた。

二人を閉じ込めているのは時間であり、そしてこの空間。

だからこそ、時間は彼女たち二人にとって、大きな意味を持つ。

 

コーヒーがなくなってしまったので、手をあげて店の人間を呼ぶ。

その手に気づいてやってきた男性が、二人の注文を聞き、しばらくすると今度はアイスコーヒーが注がれたグラスをお盆にのせて戻ってきた。

一礼して去っていた男性を目で見送った後、氷と一緒にミルクとコーヒーをかき混ぜながら考え込むようにしてハンニャは口を開く。

 

「……いけないわ。つい自分がもう少し待てば会いに行けるからって思ってたから軽く言ってしまったけれど。貴方はどれくらいで会いに行けるようになるのかしら……?」

 

人によっては意味が分からない、しかしこの場にいる人間なら全員が理解している質問をハンニャは投げかける。

いつ、というのは重要な問題だ。

場合によっては、一年や二年ではすまない可能性が十分にあるのだから。

心配そうに様子をうかがうハンニャに対し。キノは落ち着いた顔で答えた。

 

「まぁ、確かに短くはありませんが……そこは気にしなくて大丈夫ですよ。()()()()()()何も問題はないのですから」

「……そう。なら私がどうこう言うことではないわね」

 

カチャリ、とコーヒーを飲み干しグラスを置いたハンニャは立ち上がる。

それに伴い、彼女の手の甲にある紋章から彼女の<エンブリオ>……サンダルフォンが現れた。

彼は話の邪魔にならないようにと二人の会話の間ずっと紋章の中にいたのだ。もちろん何か異変があったりハンニャの要請があれば出てきただろうが、今回は特にそのようなこともなく。

 

「それじゃ、今日はこの辺で。また会いましょうね」

「失礼いたします」

 

二人が店を出ていくと、周りの人間の間にはどこか弛緩した空気が流れる。

それも当然といえば当然だろう。ハンニャは……数少ない<超級>の一人。格が違う強者なのだから。

まして、彼女は「フィガロの悪口を言うな」「往来でいちゃつくな」といったルールが暗黙の了解になっているほどに。精神面で爆弾を抱えた危険な人物でもあるのだから。

 

だが。そんなハンニャと対峙していた彼女にとっては、些細なことでありさして気にすることでもなかったのであろう。

そうでなければ、どうしておふざけをしたまま話ができるというのか。

 

ここ……”監獄”と呼ばれる空間において、残された彼女は一人、懐中時計を手に穏やかに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キノさん! キノさん!」

『ん? 知り合い?』

 

時は少し流れて、アルター王国にて。

キノが店で消耗品を買い込み、ほかに何か掘り出し物はないかとあるいているところで、突然声をかけられた。

声のしたほうへ振りかえってみると、彼女のほうへと手を振りながら走ってくる女性がいる。

しかし……キノには彼女に手を振ってまで話しかけられるような()()()()()()()()()

 

「まさかあなたも出てきていたなんて驚いたわ……。あなたは入ってきてまだそんなに時間が経ってないって聞いていたからまだかかると思っていたもの。『うまくいけば』、だなんて言っていたけれど何かしていたのかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

興奮して話しかけてくるハンニャを手で制止させて、キノは言いにくそうに問う。

 

「えぇっと……あなたはハンニャさん、ですよね? 【狂王】の」

「えぇ。そうよ?」

 

彼女のことを知らないわけではない。彼女が先日愛闘祭で暴走した事件はキノも知っている。その原因がフィガロのゴシップ記事だということももちろん知っていた。

しかし、そこまでだ。彼女がフィガロのことを好いているというのは知ったが、それ以上彼女について知っているわけではない。

 

だからこそわからない。

どうして今目のの前にいる彼女は、まるで以前の知り合いだったかのように話しかけてきているのかが。

 

「もしかして覚えていないのかしら? ”監獄”で一緒にコーヒーを飲んだりしたのだけれど」

『え、”監獄”?』

「待ってください。ボクは、”監獄”に行ったことはありませんよ?」

 

そう、キノは指名手配などされていないし、それ故に”監獄”に行ったということはない。

だから、”監獄”でハンニャと会うのはあり得ないのだ。

にもかかわらず、ハンニャは依然として不思議そうな顔をしている。

 

「と、言われても……。確かに今目の前にいるあなたと同じ顔をしていたわよ? ステータスに表示されていた名前もキノだったし。まあ、思い出してみるとそのバイク……貴方の<エンブリオ>かしら? それはなかった気がするわね」

『えぇっ! そんなー』

「ならばなおさらボクではないと思うのですが……」

 

どうやら違う人物だったらしい、と彼女も思ったのか二人でうーん、と考えこむ。

どんな話をしたのか? とキノに聞かれハンニャはフィガロとのメールのことや会いたいけど会いに行けない自分の気持ちなどを話した、と答える。

なら相手はどんなことを話していたか? という問いに関してはすぐに答えた。

 

「会いたい人がこの世界にいる、って言ってたわ。だから私と同じだなんだな、って思って話がはずんでね」

「むむ……ますますボクとは違うようなイメージが……いや、ちょっと待ってください」

 

ここで少し嫌な予感がした。

 

なぜキノの姿をしてその人物はハンニャと会話をしたのか? いや、そもそも、なぜキノのことを知っていたのか? という疑問が最初にあってしかるべきだった。

自分の名前や姿を模倣するということは、当然それを知っていなければならない。

 

そして、「会いたい人がいる」というその人物の言葉。考えられるとしたら一番の候補は、やはりわざわざその姿をとったキノの可能性が極めて高い。

 

「あ、そうそう……」

 

一人、心当たりがあるような……と考え始めたキノに追い打ちをかけるように、ハンニャは思い出したことを素直に伝えた。

 

「また会おうと約束したって言ってたわね。いや、確か正確には……」

 

 

 

 

 

『また遊ぼうね』、だったかしら?

 

 

 

 

 

「…………」

『いたねぇ、キノ。キノの顔をしてそんなことを言ってた人が、監獄に。良かったね、キノモッテモテー』

「うるさい」

『んぎゃ!』

 

ゴツンとヘルメスを殴りつけたキノは、その人物の正体に確信を持ち、顔を手で覆うと大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

ハンニャが店を出た、その後のこと。”監獄”内にある喫茶店では、次のような会話があった。

 

「嬉しそうですね」

「えぇ……その通りですよ、ゼクスさん」

 

喫茶店の主である人物……先ほどまで一緒に会話をしていた人物同様、<超級>として恐れられている【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルに対し彼女は笑顔で肯定した。

 

「いつ自分の正体を明かすのかと見ていましたが、結局そのまま通したのですね」

「ま、ハンニャさんは僕よりも早くここから出ていくだろうからねぇ。もしキノさんに会ったらそれもまた一興さ。そう思うと、キノさんのままでいた方が面白いと思わない? だからこの私はそうします」

「……最後は私の真似、ですかね。貴方らしいものです」

 

それはもう、と頷いて彼女はアイテムボックスから()()を取り出した。

姿を変えていても、それをつけていればある程度情報に通じているものなら誰でもわかる。ましてこの”監獄”の中にある程度いる<マスター>なら、もう見慣れているものだ。

 

「しかし、ここを出るのに、貴方は貴方で何やら計画があるようですね」

「まぁ、そうだねー。あいにくと、僕のプランとあなたのプランは両立させることはできないし、あなたを一緒にってわけにもいかない。こっちはこっちでやらせてもらうさ。とは言っても僕はただ待つしかできないんだけどねぇ」

 

パチン、と懐中時計……()()()()()()()の蓋を閉じた彼女は立ち上がると仮面の下でニヤリと笑う。

それが彼女の在り方だから。

それが、この世界ではそう演じようと決めた彼女の役柄(ロール)だから。

たとえ相手が迷惑に思おうが、彼女のやることでティアンや他の<マスター>が巻き込まれようが。

大事なのは、約束を守ること。今”自分”がやりたいことを明確に自覚できていると悦んでいる彼女が、他人を気にして止まるわけがない。

 

喫茶店を出た【大役者】は、大きく手を広げ、空を仰いで天に届けとばかりに叫んだ。

 

 

 

「約束は守るものだからねぇ……また遊ぼうねキノさん、次はもっと大きな騒動で!」




ええ、ハンニャとずっと話していた”キノ”は、キノではありません。
正体にピンとこなかった方は、「かき乱す話」をどうぞ。

キノは監獄にはいきませんので、”監獄”の話は彼女をメインキャラとして書くことにしました。雫に続く二人目の準主人公ですね!

あと、これは個人的なことですが、感想がもっと増えるとうれしいのでどんどん書いてほしいなーとか思ったり。

さて、次回は以前にちらっとだけ情報を出したオリキャラとのお話。

次回予定 「愉悦の話」
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