キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
――何度も、壁は見てきたはずだった。
「遅い」
「うわぁぁぁっ!?」
――超級職に至った。
「今代の【修羅】に就いただけはあって剣筋は悪くないです。しかし、それでもまだ拙い」
――<
『雫様!』
「あなたの<エンブリオ>は命をかけた殺し合いでこそ真価を発揮する。だからこそ貴方は”野試合無敗”とまで呼ばれたのでしょう。たとえ勝てずとも、
――だが、この壁はあまりにも高い。
「だからまあ、野試合とも言えないこの打ち合いではあなたの本領が発揮できずとも仕方ありません」
――命懸けじゃないから本領が発揮できていない?
「……なるほど、これが噂に聞く《今際の霊姫》。あの子のように、<マスター>だから死ぬことを気にしなくていいのは助かります。手加減するのはどうにも苦手で」
――あぁ。こんなにも高い壁が……
「では、少しだけ力を上げます。もう間もなく死ぬでしょうから、全力で来なさい」
――彼女の”師匠”か……!
天地の中でも霊山として知られる場所、<畏怖山>。
ふもとには<霞ヶ森>などの危険な地帯が多い山で、とりわけ危険なその山に登る人間などなかなかいない。
だが、そんな危険地帯だからこそ、修行のためにと向かう人間もいるのがこの天地という国だ。
そして、その危険地帯にログインした<マスター>が一人。
「ま……うわぁっ!」
「ふむ。いい反応です。」
目的地に到着したとたんいきなり振るわれた刃を咄嗟に回避した雫はぜぇぜぇと息を吐く。
対して、下手人はなんら悪びれた様子はないように肩をすくめてみせた。
「ど、どうしてログインするタイミングが……」
「いえ、いつあなたが戻ってくるかなんてさすがに予測しきれません。早くとも3日後というのはわかっていましたが、それ以上はあなた次第ですからね。とりあえず待っていたタイミングでちょうどよく来たようなので試させていただきました」
もし雫が避けることができなければ、せっかくデスペナルティが明けたというのにまたデスペナルティによるログアウトが待っていたことだろう。
ちなみに、デスペナルティになっていた原因はもちろん目の前の女性である。
デスペナルティが明けた後、セーブポイントから少し離れたこの場所へわざわざ戻ってきたらこの仕打ち。
危うく死ぬところであった危険を回避し今もまだ心臓がバクバクと音を立てているような雫を気にすることもなく、下手人……御柱は刀を構えなおした。
「さぁ、あなたも構えなさい。前回は私もステータスでごり押しした面があります。なので次は」
刀の構えを見て、雫はゴクリと息をのんだ。
今までの御柱の剣筋も確かに洗練されたものだったが……それだけではない。確かに以前手合わせした時の印象はSTR、AGI共に圧倒的な差を感じさせたが……今はその時以上の雰囲気を感じる。
それはステータスの話ではなく、もっと違う何か。
例えるならそう……【修羅】への転職クエストの際、立ち会った一人の男が雫の脳裏に浮かぶ。
あの老人と向かい合った時のような、達人と向き合うようなプレッシャーが雫に冷汗をかかせていた。
だが引くという選択肢はない。
キノを追ったところで、また負けては意味がない。彼女を追いかけるためには、彼女が師事したこの人物の修行を受けて彼女がたどった道を追うべきだ。
「先ほどとは違い、技術メインでいきますよ。
才能がないだなんてどの口が言うんですかね、などと軽口をたたく暇もない。
瞬きのうちに御柱は雫との距離を詰め、雫へと刀を振るい始めたので雫も慌てて刀を抜いて対応する。
だが、雫の攻撃は当たらない。
今までは
それが今は全て丁寧に見切られたうえで対処されている。その対処も必要最小限の動きで避けたり、刀で受け止めるのではなく受け流されたりといった対処だ。
(明らかに技術で対応されてる……! いくらティアンと<マスター>では技術に差があるとはいえ、ここまであるものなのか…‥!?)
戦闘技術という一点において、基本的に<マスター>よりもティアンの方が優れていることが多い。
一番の理由は、時間だ。
戦闘技術というものは長い時間、訓練と実戦を通して成長していくものだが、<Infinite Dedrogram>のサービス開始してから経過した時間はほんの数年。三倍加速時間を考えても、十年を少し超えた程度。
それに対して熟練のティアンが費やした時間は十年では足りないのが大半だ。
(そしてこの人はあちこちで噂を聞く”師匠”! 南朱門家でもお世話になった人がいたって聞いたけど、あの人は私よりも年上だった……! だったらこの人の年齢、そして費やした時間はその比じゃない…‥!)
「なにか変なことを考えていませんか?」
「ッ!?」
思考が引き戻される。
刀を振るう御柱に対し、雫は防戦一方となる。リアルでは
だが、彼女に全く剣術の心得がないわけでもなかった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
「ほぉ……最低限の心得はあるようですね」
雫がキノと出会う前……まだデンドロを始めて間もないころ出会った一人の<マスター>、
ある理由からひたすら戦いに明け暮れていた彼女は、思うところもあったようで、右も左もわからない雫の面倒を見てくれたのだ。その際、リアルでも剣術をしているという彼女の指導を受けた。
刀と刀がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。
だんだんと押され始めた雫の体に、ひとつ、またひとつと傷が増えていく。
傷つくこともいとわないあたり、御柱の修行の厳しさがわかる。
「ほらほら、【修羅】になった技術はその程度ですか!!?」
「【神】じゃないん、です、からっ!」
もちろん、【修羅】に至るのは簡単なことではない。
【修羅】は【剣鬼】の先にある超級職。血に塗れ、戦いに身を置く剣士の至る果て。強者でなければ就けるジョブではないし、
雫がこのジョブに就けたのは、正直なところ<エンブリオ>の存在が大きい。雫が【修羅】になったのは彼女が<超級>になった後である。
だからこそ、彼女にとって一番の武器であり、頼れる力は言うまでもない。
「タマァァァァァ!」
『はい、雫様!』
彼女の<超級エンブリオ>、【怨霊憑姫 タマズサ】が雫の持つ刀に宿る。
以前の手合わせでは《今際の霊姫》のスキルまで使わされた雫だったが…‥だからといって、その時全ての手札をさらしたわけではない。
「《朧月》なら通じませんよ。刀で防げなくても私なら反応できますから」
「そんなつもりは、ない、ですよ…‥!」
前回まさに《朧月》での攻撃にカウンターを食らって腕を斬り飛ばされた雫。もちろん、通じない攻撃を闇雲に繰り返すような彼女ではない。
刀を振り下ろし、それを御柱がなれた手つきで受け止めようとしたとき……!
「《濁れ村雨》」
(今までとは違うスキル……いったい何を……っ!?)
刀と刀がぶつかったその瞬間、御柱の持つ刀が呪いに汚染されていく。
これこそはタマズサの固有スキルの一つ、《濁れ村雨》。
武器をはじめとした雫の装備に宿るタマズサの力が、他者の装備にも影響を及ぼすまでに成長した結果のスキルである。効果は【暗黒騎士】の《告別の黒闇》とほとんど同じ。しいていうなら《告別の黒闇》よりも効果は高い。
もちろん制限はあり、発動の際はタマズサが憑依した装備で相手の武器に触れる必要がある。また、呪いを流し込むというものではなくタマズサが直接移り、憑依するスキルであるために対象は一つだけだし、相手の武器を呪っている間は《朧月》や《
呪われた装備を持ち続けていては御柱の方に動作制限やHP減少などの不利益が発生する。
咄嗟に刀から手をはなした御柱であったが、その行動は雫にとって予期していた行動。
すぐさまタマズサを自分の刀に憑依させなおすと、第一の固有スキルを発動させながら、御柱の左腕を斬りつけた。
「《
「く、うっ」
受けたダメージをコストにして任意の呪怨系状態異常を与えるスキル。今回は低いコストでも発動できる分効果が上乗せできる【呪縛】を選んだ。
動けなくなれば、これで勝利は――
「――《輪廻展成》」
御柱から、状態異常が
それは再生というレベルではない。戦う前の最初の状態に戻ったかのようなスキル。
何が起こったのかわからず、雫の意識に一瞬の空白が生まれたのを御柱は見逃さなかった。
雫の足を払ってバランスを崩し、体勢が不安定になった雫の腕に打撃を入れて刀をその手から叩き落とす。
「頭が真っ白になるのは減点ですよ」
(格闘、術……!?)
最後に腹部に叩き込まれた拳の一撃で雫は倒れ伏した。
本来なら死んでもおかしくない。御柱がその気になれば今の一撃でとどめをさすこともできただろう。
しかし、そこはあえて手加減した。
「私の上級職、【師範】のジョブスキルで最低限のダメージにとどめておきました。汎用スキルなので私でも使えるのは便利なのですが……いかんせん稽古をつけているとスキルを発動させる前に勢いで倒してしまうことも多くて」
「それでキノさんは何度も死ぬ羽目になったんですね……この前の私も」
「ティアン相手にはそのぶんかなり気を使うんですがね。<マスター>相手だとやはり楽です」
微笑む御柱だったが、一方で結局御柱には手も足も出ず負けてしまった雫はそのままごろんと地面にあおむけで転がった。
また負けてしまった……と。もちろんあくまで修行であり命の奪い合いではなかったのでそこまでショックは大きくなかったが、それでも負けていい気持ちになどなるわけがない。
「何が才能がない、ですか。最後の渾身の一撃だって、結局回復されてしまって。しかも思い出してみたら、最後以外一つもスキル使われてないじゃないですか。」
「才能がないのは本当ですよ。現に私は上級職2つに下級職3つ、計350レベルまでしか器がありませんでしたから」
「えっ」
「まぁ、ジョブに関して言えば特定の系統には適性があったようです。でも戦闘系のジョブはほとんどダメですね。だから戦闘系のジョブスキルは使わなかったんじゃなくて使えなかったんですよ」
そこで口を閉じた御柱だったが、戦った雫にはわかる。
以前手合わせした時のあの高いステータスはどう考えても350レベルのものではない。彼女が何か別の力を持っているのは確実だ。
雫は《看破》で御柱のステータスを完全に見ることはできなかったが、それでも何かしらの超級職には就いていると確信していた。
そもそも、そこまでレベル差がなければ《看破》できないわけがない。
疑いの視線で見つめていたせいか、御柱はやれやれといった顔でためいきをついた。
「…………」
「……えぇ、そうですよ。お察しの通り超級職には就いています。霊媒師系統超級職、【霊媒姫】。戦闘系ジョブの才能がない私でしたが、《霊媒》によって多くの実力者をこの身に宿し、技術をその身で学びました」
「《霊媒》、ですか」
《霊媒》スキルは自らの体に霊を招き入れるスキル。霊が持つ技術やスキルが使えるようになるが霊が体の操作権を持つので自身では体を操作できない。ゲーム的に言えば霊による自動操作になる。
確かにこれで、御柱の戦闘技術に関しては説明がつく。
だが、御柱の説明だけでは雫は納得できなかった。
まずスキルは使えてもステータスまでは再現できない。だから高ステータスに関しての謎は残ったまま。
さらに言えば、最後に御柱が使ったスキル、あれは果たしてジョブスキルだろうか?
【霊媒師】については御柱も知っているが、《霊媒》は人の霊しか効果を発揮できないはず。だからジョブスキルとしか思えないのだが、何か違うような違和感があった。
しかしあの一瞬だけ《霊媒》を使ったとも思えない。
気になると言えば、もう一つ。
彼女の左腕を斬った時、服の下に見えたその肌には……爬虫類のような鱗があるように見えた。今となっては復元した服によって隠されているから見ることもかなわないのだが。
考え込むようにしている雫の頭に、御柱は拳骨を落とす。
「でっ」
「考察はそこまでにしておきなさい。私とて全てを明かすつもりはありません。それより、次の修行を……」
彼女は今日も、キノという好敵手を追いかける。
好敵手がたどった道を、一歩ずつ、しかし確実に、歩み続けて追いかける。
「今日は《危険察知》を鍛えましょう。とことん逃げてください。追いついたら殺します」
「うわああああああああああああ!!」
ただし、”師匠”に追いかけられるこの恐怖体験までは、追いかけなければよかったと強く思った。
情報の一部を開示します。
御柱
年齢:?
メインジョブ:【霊媒姫】(霊媒師系統超級職)
サブジョブ:【■■】(???系統超級職)、【師範】(師範代系統上級職)、【霊媒師】(霊媒師系統下級職)、【死兵】(死兵系統下級職)
備考:個人戦闘型。上級職2つ、下級職3つが才能の上限。ただし霊媒師系統および???系統には高い適正を持っていたため、超級職を獲得している。戦闘系ジョブは???系統が例外のようなもので、適正があるものはほとんどない。師範代系統は指導者系統の派生であり、時間をかけて上級職になった。
彼女は決して高い才能があるわけではないが、その分何十年以上の時間をかけて今の強さに至っている。
次回予定「信じていた話」